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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)784号 判決 1960年12月19日

被告人 立松勝太郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

近藤及び田島各控訴趣意第一点、事実誤認又は法令違反並びに採証法則違反の主張について。

(一)  所論は、先づ被告人は原判示右近村次郎外一〇名位と、原判示目的で、公職選挙法一四二条の禁止を免れる行為として、原判示被告人の氏名入りの挨拶状を配布、頒布することについて、共謀した事実はなく、かつ又右共謀の事実を認定するに足りる証拠は本件記録上存在しない、という。

然し、原判決引用の証拠、特に被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、及び右近村次郎、一柳雄治郎、中村長之助、鬼頭竹三郎、木村文蔵、石黒徳松、山田清五郎、平野金五郎、福谷治郎の検察官に対する各供述調書等によれば、被告人は原判示被告人の氏名の印刷記載された挨拶状を名古屋市中川区富田町自治会組織を利用して、同町民各戸に配布頒布しようと考え、原判示名古屋市議会議員選挙の告示直前の昭和三四年四月六、七日ころ(告示の日は同月八日)、右選挙について被告人が立候補したときの選挙運動の打ち合わせのため被告人方に出入りしていた原判示右近村次郎、中村長之助その他の者に対し、富田町内自治会別に一束ねにしてあつた前記挨拶状を、「既に各自治会長の了解済みだから」と申し向けて、町民各戸に配付すべく同町内の各自治会長に伝達することを依頼し、そのころその伝達を受けた当時の自治会長であつた原判示鬼頭竹三郎、木村文蔵、山田清五郎等は、右挨拶状には被告人の氏名が印刷記載されていること、あるいは、その文書の内容が選挙運動に利用されるものであること、又は斯る挨拶状を町民各戸に配布すれば選挙運動を被告人のために有利に展開することに役立つであろうことをそれぞれ認識しながら、被告人が立候補し、かつ選挙告示のあつた同年四月八日以降町内各下部組織を通じて原判示の如くこれを町民各戸に配布したこと、被告人としても、右挨拶状を選挙告示後に配布すれば、選挙違反に問われることになるかも知れないということは、選挙運動者の一人に注意され、被告人としても、右文書が選挙法に触れる文書であることを知りながら、前記告示日以降前示方法によりこれが配布頒布されることを容認していた事実を認定できるのであるから、原判決の所論共謀に関する事実認定に誤認のかどは認められない。この点の論旨は、結局原判決が採用しなかつた原審公判廷の被告人の供述に依拠して、原判決の事実認定を攻撃するもので採用できない。

(二)  所論は、いずれも本件文書は、被告人が富田町町政顧問を昭和三四年四月一日附で退職したについて、その退職の挨拶状として同町民に配布したに過ぎないもので、選挙に関係のない社交儀礼上の文書であり、しかも該文書が選挙の告示後に配布されたことは、被告人としては予期しないことであつた。という。

なるほど、被告人が昭和三四年三月三一日附を以つて所論の富田町町政顧問を退職したこと、本件文書に、被告人として原判示名古屋市議会議員選挙について投票を依頼する旨の文言の記載のないこと、その形式が一応被告人が富田町町政顧問を退職したことについて、同町民に対する挨拶状の体裁を整えていることは所論のとおりであるが、その内容についてこれを見ると、そこには、被告人が右町政顧問当時の行績を謳い、将来も同町のために尽力したい旨記載されているもので(原審において押収されている右挨拶状と題する書面参照。)これを被告人の氏名の記載と通覧すれば、優に選挙運動を被告人の有利に展開するための文書としての効用をもつものであること、被告人の検察官に対する供述調書によれば、被告人は同年三月下旬には、富田町を選挙地盤として、原判示名古屋市議会議員選挙に立候補することを決意しており、同年四月八日の選挙告示と同時に立候補の届出をしていること、被告人は、右挨拶状の印刷方を興英印刷所江場東重に依頼した同年三月二九日ごろ、同人に対し原判示市会議員選挙に立候補したい意思のあることを告げ、選挙の告示前に町民に配布したい故なるべく急いで印刷してくれるよう依頼していること(江場東重の司法巡査に対する供述調書)、然るに、被告人は、先に見た如く、右挨拶状を選挙告示後に配布すれば選挙違反に問われることになると選挙運動者にも注意された事実があるのに、右告示後も敢えて原判示の如くこれを富田町自治会組織を通じて町民各戸に配布するのを容認していること、以上の諸事実に徴すれば、本件文書は、その形式体裁の如何を問わず、これが右告示後の選挙運動期間中に選挙権者に配布頒布された限りにおいては、公職選挙法一四二条所定の頒布を禁止された選挙運動のために使用する文書と解すること及び右文書の配布が原判示目的のもとになされたものと認定することに毫も支障はない。論旨はいずれも理由がない。

(三)  近藤趣意中採証法則違反の主張について、

原判決が証拠として採用した関係人の司法巡査に対する供述調書が予め捜査官憲において必要な項目をガリ版刷りにて印刷したものを用いていること、殊にその項目の中に、「立松勝太郎さんは今迄にこのような挨拶状を配られた事はなく、今回の選挙間近になつて配られる事は何んとか当選をしたい為にやられた事ではないかと思います。」旨の記載(第八項)のあることは所論のとおりである。ところで、被疑事件捜査中の捜査官憲が、捜査の終結前に、予め関係者の供述を予定した文書を作成して、供述調書の作成に当ることは、いわゆる見込捜査の弊に陥る虞れもあり、更に関係者をいわゆる誘導尋問に陥れる危険も存し必ずしも好ましくないものであることは、論旨に指摘するとおりであるが、然し、反面、本件の如く関係者が極めて多人数にのぼる事件の捜査については、捜査の迅速を期するため、この種の供述調書作成の方法が用いられ、かつ又かかる方法を用いる必要の存することも強ち否定できないところである、但し、場合によつては、斯る方法を用いた供述調書の証拠能力又は証明力が争われることがあるが、それは具体的事件について、個々に解決されるべき問題であつて、予めこのように捜査官憲において参考人の供述を予定し記載した場合であつても、その現実になされた供述内容に従つて、すなわち、供述者の意思により予め印刷記載された文言を抹消又は削除し、あるいは挿入、追記の方法によつて訂正されるものである限り、これを関係者の供述調書というに妨げないのみならず、捜査官憲において、ことさら証拠を作り上げたものということは余りに偏した見解である。ところで、論旨に指摘する原判決引用の右ガリ版刷りを用いた参考人の司法巡査に対する各供述調書は、本件文書の配布を担当した各町内会班長らにおいては前示第八項の記載を供述者の供述に従い抹消しているものであるから、それが各供述者の任意の供述を録取したものと認めることに支障はなく、かつ右各供述調書は原審において弁護人において証拠とすることに同意したものであり、原判決も又右ガリ版刷りの各供述調書を、被告人が本件文書を配布頒布したという客観的事実の証拠として引用した趣旨であることは明らかであり。原判決は被告人が所論の目的を以つて本件文書を配布した事実、すなわちその主観的要素については、論旨第一点の(一)において引用した各証拠により認定した趣旨であることは明らかであるから、この点の論旨も又採るを得ない。

以上の次第であつて、本件記録を精査してみても、原判決の事実の認定に誤認あることを疑うべきかどは認められない。

各控訴趣意中量刑不当の主張について、

本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠について原判決の量刑の当否を検討してみるのに、被告人は本件法定外の文書を配布するについて、その宛名は公務員である名古屋市役所富田支所の係員をして記載させ、これを既に見た如く富田町自治会組織を通じ町民各戸に配布したもので、本件は被告人が前に勤めていた富田町町政顧問の地位を利用して行つた選挙違反であり犯情悪質を認められること、被告人はこれ迄富田町公安委員、富田村村会議員、富田町助役等の公職を歴任した者で居町においては相当の社会的地位を有し指導的人物と目されている者であるのに、本件の違法であることを選挙運動員から警告されながら敢てその違反行為を容認していること、その他、同種事件に対する量刑一般との権衡等諸般の情状に徴すれば、未だ原判決の科刑(公民権の停止を含めて)を目して、所論の如く重きに過ぎ不当なものであるとはいえない。論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑訴法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決した。

(裁判官 影山正雄 谷口正孝 中谷直久)

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