大判例

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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)79号 判決 1960年4月11日

被告人 仲村次司

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入する。

但し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収中の証第一号コンクリート塊一個は、没収する。

理由

第一点法令違反の主張について

所論は、原判示第四事実について、被告人が自動車料金一、四五〇円を支払わず財産上不法の利益を得たとの詐欺の事実は、強盗未遂の罪に吸収され、後者の一罪を構成するに過ぎないというが、原判決は、判示第四事実について強盗予備の罪を認めたに止まり、その未遂罪を認定していないのであるから、所論は既にその前提において失当である。然しながら、職権を以て更に検討してみるのに、原判決は、被告人は所持金がなくなつたところから、いわゆる自動車強盗を敢行しようと決意し、原判示の如くコンクリートの塊一個(証第一号)を拾つて、これを携え乗客を装い、原判示久野光国の運転する小型タクシーを呼び止め、原判示場所迄の運行方を命じ強盗敢行の機会を窺つたが、その実行に着手するに至らないうち、同運転手にその態度を怪しまれ強盗は予備に止つたが、その間の自動車料金一、四五〇円を支払わず財産上不法の利益を得たとの事実を認定し、強盗予備罪と詐欺罪とを、一個の行為で二個の罪名に該るものとして、刑法五四条一項前段、一〇条により重い詐欺罪の刑に従い処断しているが、原判決にいわゆる「自動車強盗」を敢行しようと決意しとあるのは、その意味するところ必ずしも明確でないが、原判決引用の証拠と対照すれば、そこにいう自動車強盗とあるのは、乗客を装い自動車に乗り込み、所携のコンクリート塊で自動車運転手に暴行を加え、その反抗を抑圧して運転手の所持する金員を奪取し、逃走することをいうものであることは、自ら明らかである。(この場合、運転料金の支払を免れる行為の随伴することは蓋し当然である。)そして原判決は、被告人が、強盗の意思をもつて、乗客を装い原判示久野光国の運転する小型タクシーを呼び止め、これに乗車して原判示場所迄の運行方を命じた事実を認定しているのであるから、この時被告人に代金支払いの意思のなかつたことは、原判決も又当然これを認定したものというべく、しかも、その支払いをしない手段としては、先に説明した如く、原判決は、これを自動車強盗の方法によつてするもの、と認定しているわけであつて、詐欺の手段によるものとは認定していないのである。もつとも、原判決は、乗客を装い自動車に乗込み原判示場所迄の運行を命じ、同運転手をして料金は乗車後支払いを受け得られるものと誤信させた旨判示しているのであるが、右は、原判決の認定したいわゆる自動車強盗を行うための当然の手段であり、その強盗行為は右の如き手段を用いることにより、初めて可能となるのである。ところで、本件の如く自動車運転料金の支払をしないことについて、自動車運転手に暴行を加えて、その支払を免れる強盗の意思(原判決にいう自動車強盗の場合、かかる意思を包含することは既に説明したとおりである。)と、これを欺罔しその支払を免れる詐欺の意思とは互に相排斥するもので、両者が同時に併存し得ないことは、強盗罪と詐欺罪の各構成要件を対照すれば自ら明らかである。そして又同一の財産上の利益を得るについて、強盗の罪と詐欺の罪とが同時に併存し得ないことも又明らかである。(所論の如く両者が吸収関係に立つというのも誤りである。)してみれば、原判決が、判示第四事実について、他に何らの理由を示すことなく、一方において、強盗の犯意を認定しながら、同時に、これと相排斥する詐欺の犯意を認定したことは、理由にくいちがいのある違法があるばかりでなく、更に又詐欺罪を認定するについて理由不備の違法があるものというべく、原判決は、他の論旨についての判断をまつ迄もなく、とうてい破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三七八条四号に則り原判決を破棄するが、本件は、原裁判所において取り調べた証拠により当裁判所において直ちに判決できる場合であるから、同法四〇〇条但し書に従い被告事件について、更に判決する。

当裁判所の認定した罪となるべき事実及び証拠の標目は、判示第四事実を次の如く変更する他、原判決に摘示するところと同一であるから、ここに、これを引用する。(なお、原判決に被告人の当公判廷の供述とあるのは、原審第三回公判調書中被告人の供述部分と読み替える。)

第四、(イ)昭和三四年八月二二日仕事を求めて名古屋市に来たものの、所持金もなく、その日の食事代にも窮したので、なんとかして金銭を手に入れようと思い廻らした末、自動車運転手は常に運転料金を所持しているであろうから、乗客を装いタクシーに乗り込み運転中の自動車運転手に暴行を加え、その所持金を奪取して逃走するいわゆる自動車強盗を敢行しようと考え、右犯行に使用する目的で同市栄町テレビ塔附近の道路端に落ちていた縦横約一〇糎位、厚さ約四糎のコンクリートの塊一個(証第一号)を拾つて用意し、これを携えて同市中区丸田町一丁目丸田町交叉点附近路上において、運行中のタクシーを物色し、同日午後八時五〇分頃いよいよ右強盗の意思を実行に移すべく、折柄通りかかつた久野光国(当時三九年)の運転する小型タクシー愛五あ―五二〇一号を呼び止め、乗客を装い「東山の方まで行つてくれ」と申し向けて同自動車に乗り込みその運行中同運転手の背後から強盗敢行の機会を窺つたが、その都度附近に人や車が居たため遂に強盗に着手するに至らず、その予備に止り、

(ロ) 右の如く強盗の予備に止り遂に強盗の犯意は抛棄するに至つたが、なお運転料金支払の意思及びその能力もないのに、通常の乗客を装つたまま引続き、運行方を命じ、同日午後一一時ころ同市中村警察署迄、前記久野光国をして、同人の運転する前記小型タクシーの運転を継続させ、この間の自動車料金一、四五〇円相当の財産上不法の利益を得た、

ものである。

(法令の適用)

法律に照らしてみると、被告人の判示第一乃至第三の所為は、いずれも刑法二四六条一項に、同第四の(イ)の所為は、同法二三七条に、同(ロ)の所為は、同法二四六条二項に各該当するところ、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入すべきところ、被告人には未だ前科は勿論、警察、検察庁において取り調べをうけたことはなく、判示各詐欺については、被告人方家族において全部被害の弁償を了しているばかりでなく、なるほど、判示第四の(イ)の自動車強盗は幸い予備に終つたものの、被告人の意図したところは、極めて悪質というべきであるが被告人は、ラジオ、新聞等で斯る犯罪の方法を知つて自らも又これを企図し、決意したものの、判示の如くこの着手の機会を窺つている間、絶えず良心の葛藤に悩み続けた形跡が記録上充分に窺われるところであるから、以上諸般の情状を考慮して、同法二五条一項一号により本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとし、押収中の証第一号コンクリート塊一個は被告人の判示第四の(イ)の強盗予備罪の組成物件であつて被告人以外の所有に属しないから、同法一九条一項一号二項によりこれを没収すべきものとする。

よつて主文のとおり判決した。

(裁判官 影山正雄 谷口正孝 中谷直久)

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