名古屋高等裁判所 昭和35年(う)845号 判決 1961年1月18日
被告人 伊藤代次郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人堀部進提出の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここに、これを引用するが、その要旨は、被告人の本件各詐欺の所為は、偽品を販売したものではなく、山生魚を山生魚として販売したもので、その間に、その効能を該大に宣伝したことはあつても、それは販売政策上許容された宣伝に過ぎないものというべく、殊に、被告人においては、原判示の如き欺罔の意思もなかつたものであるから、本件詐欺の所為は、いずれも無罪というべく、原判決は、この点において、いずれも事実を誤認したものである、という。
所論に徴し、本件記録を精査し、原裁判所が取り調べたすべての証拠、特に、被告人及び横井守吉、渡辺マサ子、舟橋むね、磯村敏子の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、及び原審第七回公判調書中証人城三男の供述調書、同人作成名義の各鑑定書、原審公判調書中証人稲吉友子、金子ナツエ、林よ志、寒河江文子、落合たつ子、佐藤みつ子、西松美代子、天野志づ、水野八重各証人の供述記載、佐野久代の検察官に対する供述調書を綜合すれば、被告人が、横井守吉、渡辺マサ子、舟橋むね、磯村敏子らの中一名乃至三名及びその他と共謀の上、被告人がこれら共犯者の行為全般を統括監督して、山生魚及び動物の胆のう(犬の胆のうと認められるが、被告人らは猿、猪の肝と誤信していた)を販売するに当り、これらの偽品を販売したものでないことは、所論のとおりであるが、被告人及び右共犯者らは、前記山生魚及び動物の肝が子宮癌、子宮筋腫、口頭結核、小児麻痺、あるいは小児結核に対し予防又は治療の効能がないことを承知しており、かつ又現在の薬学の知識を以つてすれば、それが、これらの疾病に対し薬効をもつものではないのに、それを原判示第一ないし第一〇事実摘示の如くこれらの疾病に対する予防薬として極めてすぐれた効能があるかのように各相手方に対して申し向け、同時にこれを通常の方法により客に対し販売したものではなく、被告人の計画に従つて渡辺マサ子、磯村敏子が売方、いわゆる「シンうち」、舟橋むねが通行人を装いいわゆる「さくら」の役を演ずる「こまし」、横井守吉が金員の受領を担当する番頭役、被告人が他から妨害の入らぬよう傍らで見張、警戒する役を、それぞれ演じて、被告人ら二名ないし四名及びその他の者が一団となり、原判示第一ないし第一〇事実各記載の如く、先づ「しんうち」が恰好の相手を物色し、手相を見たり、成田山の行者を装い祈祷をするなどして、同人やその家族の者が前記疾病にかかるおそれがあると虚構の事実を告げ、相手方をしてその疾病に対する恐怖感をかき立てたうえ、山生魚、動物の肝を服用すれば、それらの疾病を予防するにつき卓効がある旨申し向け、傍らから、「こまし」がその効能を裏書きするような虚偽の体験談と称する作り話しを申し向け、相手方をしてそれぞれ被告人らの販売に係る山生魚や動物の肝が「しんうち」の口上通りの薬効があるものと誤信させ、これを購入するにいたらしめたもので、被告人らの前記原判示各所為は、かの売薬の効能書等に見られる如き社会通念上許容された広告、宣伝の程度を超えたもので、刑法詐欺罪にいわゆる欺罔行為に該るものと解すべきものであり、被告人らとしても、前示の如き欺罔の手段を用いた販売の方法を構えるのでなければ、相手方がとうてい右山生魚や動物の肝を購入するが如き意思を生ずるものでないことを予め計算していたこと、その売値も被告人の仕入値の二倍ないし三倍以上につけ、前示原判示の如く数千円、あるいは万を越す相当の高価であつたこと、従つて、これをかの大道の露店商人が社寺の縁日等の人混みのする場所で粗悪な品物を良質の物らしく見せかけ、百円とか二百円とかの値段で売却する場合と同日に談ずることを得ず、被告人らの右原判示各所為は、明らかに詐欺罪としてのいわゆる可罰的違法性を帯びた行為と評価されるべきものであること、以上の諸事実を認むるに足りるものである。してみれば、原判決が被告人らのした前示各所為をいずれも詐欺罪に問擬したことは相当であつて、記録を精査してみても、原判決のこの点の事実の認定に誤認のかどがあることを認め得ない。論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 影山正雄 谷口正孝 中谷直久)