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名古屋高等裁判所 昭和35年(ネ)7号 判決 1960年4月15日

岐阜県恵那郡岩村町飯羽間千三百七十番地

控訴人

伊藤繁市

同県中津川市堅清水町

被控訴人

中津川税務署長

曾根金男

右指定代理人

名古屋法務局訟務部長

林倫正

同大蔵事務官

服部操

福谷光義

右当事者間の昭和三五年(ネ)第七号所得税決定処分無効確認控訴事件につき当裁判所は左の通り判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し為したる昭和三十一年度分所得額無申告に対し給与所得及びその他事業所得の外に農業所得ありとし、所得税額金一万一千十円、無申告加算税額金二千二百円を課したる判決処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求めた。

控訴指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出援用及び書証の認否は控訴人において左記主張を附加した外は原判決事実摘示の通りであるから、ここにこれを引用する。

控訴人の主張

一、所得税法第一条は納税義務者は個人と定めており同法に「経営者」と云う特定の地位にある者を納税義務者と定めている規定は存しない。又農業所得は民法第八九条、第三二四条に定めるように実際に農業に従事した者がその提供した労務の度合に応じて享受するのである。

二、控訴人方の農業は一家全員が共同してこれに従事していてその経営主体は七、八年前迄は控訴人であつたがその後は一定せず昭和三十一年度は控訴人の長男登志夫(昭和十三年生)が家族中主として農業に従事しその経営主体であつたものである。

三、控訴人は従来から居町の本郷農業協同組合の組合員でありその名義で組合から肥料を購入しているが、岩村郵便局の外務員であるので年間の余暇三十日位を農業に従事する丈であり、農事について家族と相談するが登志夫に対し作付等を指図することもせずその経営主体ではない。

従つて控訴人方の昭和三十一年度の農業所得については家族中で農業所得の最も多い登志夫が納税義務である。

理由

控訴人方は自小作の水田六反歩、畑二反六畝、養蚕収繭予定量十一貫、役牛一頭を有する農家で昭和三十一年度の農業所得は金八万九千三百五十六円であつたこと、被控訴人は右農業所得は控訴人に帰属するものとして昭和三十一年五月三十一日附にて控訴人に対し同年度の所得税を金一万一千十円、無申告加算税額を金二千二百円と決定したことは当事者間に争いがない。

しかるところ控訴人は右所得は原判決別表のように控訴人方の家族に夫々帰属し、その中所得の最も多い長男登志夫が納税義務者であるから同人に課税せらるべきであると主張するから案ずるに、成立に争いがない乙第一号証、同第二号証の一乃至四、同第三、第四、第八号証、甲第五号証、原審証人伊藤登志夫の証言(一部)を総合すれば、控訴人方は祖父の代から農業を生業とし昭和二十二年控訴人の父死亡後は控訴人が世帯主となり家族を統轄して家政の処理、生計の維持に当つていること、及び居町の岩村町農業委員会委員選挙人名簿に控訴人が登載せられていることが認められ、この事実に、当事者間に争いのない、控訴人が岩村農業協同組合の組合員であつてその名義で組合から肥料を購入している事実、及び控訴人の長男登志夫は昭和十三年生れで昭和三十一年当時は数え年で十九歳の若年であつた事実を合せ考えると、控訴人方の農業は昭和三十一年度も控訴人がこれを司つて同人がその経営主体であつたことが推認できる。

もつとも控訴人は岩村郵便局に外務員として勤務しているため農作に従事することが少いことは当事者間に争いがなく、前示乙第一号証、当裁判所その成立を認める甲第二号証に、前示伊藤証人の証言を総合すれば、登志夫は昭和二十七年三月中学校を卒業しその後夜間の高等学校を卒業したが中学卒業後自家の農業に従事し、農業生産組合の組合員であり又農業協同組合の産米売渡申込人となつていること、及びその代金受取人は昭和三十年度は控訴人名義であつたが昭和三十一年度は登志夫名義になり同組合の普通預金者の名義も控訴人から登志夫に変更せられていることが認められるが、これらの事実を以つてするも未だ登志夫が控訴人方の農業の経営主体であること、すなわち同人の業として控訴人方の農業が営まれているとは認めることができず、他に前段確認をくつがえして登志夫が控訴人の方の農業主体であることを認めるに足る証拠がない。

控訴人は民法第八九条、第三二四条によつて実際に農業に従事した者がその提供した労務の度合に応じてその所得を享受すると主張するが、この主張は右法条の趣旨を解せないことはもとより、すべての業においてその業の経営主体すなわち経営者がその業によつて生ずる利益を享受し或いは損失を負担するものであることの常識的にも明らかな理論を弁えない立論で到底容認することができない。

更に控訴人は、本件課税処分の通知書に如何なる事実を調査して該処分を正当としたかについての説明が記載せられてなく、所得の実体的調査もなさない瑕疵があるのみならず、そもそも税務署長に所得の帰属又は納税義務者の判定をなし得る法的根拠がないから本件課税処分は無効であると主張するが、本件の場合は控訴人の無申告に対する課税処分であるから通知書に税額を決定した理由を記載することは法の要求するところでなく、又成立に争いのない乙第七号証の一、二及び原審証人早川孝正、寺田保太郎の各証言によれば被控訴人は実体調査をして控訴人の農業所得を決定したことが認められるからこれらの点には何等の瑕疵もない。もとより税務署長は収税官吏として課税処分をなす権限を有するから所得の帰属者従つて又納税義務者の判定をなし得ることは課税処分の権限そのものであつて論ずるまでもない。

しからば控訴人方の農業の経営主体である控訴人に対し昭和三十一年度の農業所得についてなされた本件課税処分は有利であつて控訴人の本件請求は理由がない。

よつて右判断と同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条に則つて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 西川力一 裁判官 渡辺門偉男)

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