大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和35年(ラ)136号 決定 1960年9月30日

抗告人 笠井亀雄

訴訟代理人 早川登

相手方 合資会社浅間製作所

主文

原決定を左のとおり変更する。

抗告人及び相手方間の、昭和簡易裁判所昭和三五年(サ)第九一号仮処分取消申立事件の仮執行宣言附判決にもとずく執行は、抗告人において金五〇万円の保証を立てることを条件として、右判決中相手方に対し不作為を命ずる仮処分の取消部分につき、名古屋地方裁判所昭和三五年(レ)第六九号事件の判決あるまで、これを停止する。

抗告人のその余の申請を却下する。

申請費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を抗告人の、その他を相手方の負担とする。

理由

記録によれば、本件仮処分命令の内容は、(一)被申請人は別紙目録<省略>表示実用新案公報掲載の実用新案権の権利範囲に属するパチンコ機における弾球槌の位置修正装置の製造販売頒布をしてはならない(二)被申請人方に存する前項記載の実用新案権に牴触する構造を有するパチンコ機における弾球槌の位置修正装置の既成品、半製品及びこれらの部品に対する被申請人の占有を解き、申請人の委任する名古屋地方裁判所執行吏にその保管を命ずる(三)受任執行吏は右命令の目的を達するため適当の措置をとることができる」というのであり、右仮処分命令は、その後、被申請人(本件抗告事件の相手方)の申立により昭和簡易裁判所において特別事情の存在を理由に仮執行宣言附判決をもつて取消された。申請人(本件抗告人)は右取消判決に対し名古屋地方裁判所に控訴を提起し(同庁昭和三五年(レ)第六九号)、同時に原判決の執行停止を申請したが拒絶されたので、本件抗告申立に及んだ訳である。

よつて、右抗告申立の当否について判断する。

原裁判所が、抗告人(仮処分申請人)の執行停止の申請を不適法として却下した理由は、要するに次の点にあると思われる。すなわち、仮処分命令取消の仮執行宣言附判決に対し控訴の提起があつた場合控訴裁判所が原判決の執行を停止し得るのは、右取消判決の執行終了までであり、右執行終了後はこれを停止することは不可能である。本件についていえば、前記仮処分命令第二項の執行吏の保管を命ずる部分は、執行吏がその仮処分の執行を解放するまでにこれを停止すべく、同第一項の債務者の不作為を命ずる部分に関しては、仮処分取消の判決の正本が債務者に送達される以前に(又は少くとも同時に)これをなすことを要し、右時期以後においては、原判決の執行の停止をなす余地はもはや存しないというのである。

しかしながら、右述のような執行停止の許否に関する原裁判所の見解は、そのうち前段の部分すなわち執行吏保管の仮処分に関する部分は正当として是認できるが、その後段の部分すなわち債務者の不作為を命ずる仮処分に関する部分は不当であつて、支持できないと考える。

けだし、執行吏に目的物件の保管を命ずる仮処分の場合にあつては執行吏が仮処分取消判決の趣旨に従いその執行を現実的に解放し、目的物件を仮処分債務者に返還した後は、たとえその後において取消判決の執行が停止せられても、一旦解放せられた執行を旧の状態に復し、仮処分の取消がなかつた状況にかえすことは、右仮処分の執行の内容が事実的有形的性質をもつ関係上、これを許容し得ないものと解する。これに反し、同じく仮処分であつても、その内容が本件仮処分命令第一項の如く債務者の不作為を命ずるものにあつては、右の点につき事情を異にする。元来、右のような仮処分命令の目的は、債務者に対し一定の作為を禁止すること、即ち一定の不作為義務を課することであつて、その本質は仮処分による不作為義務の設定である。したがつて、右仮処分命令を取消す旨の仮執行宣言附判決の効力は、右不作為義務の一応の解除であつて、仮処分債務者は右不作為義務の拘束から一時的に解放されるのである。しかしながら、右仮執行宣言附判決に対し控訴が提起せられ、控訴審においてその仮執行が停止せらるるに至つたときは、たとえ原判決の正本の送達後であつても、仮処分債務者の一旦解除された不作為義務は復活し、その拘束状態が再び出現して来る訳である。要するに、この種仮処分による不作為義務の設定が観念的なものである関係上その解除も、従つて又その解除の停止も、いずれも観念的な効果をもたらすだけであつて、そのため、仮処分取消判決の正本送達後と雖も、右判決の執行停止をなす余地は存し得るのである。

結局、前述のような仮処分においては、その仮処分取消の仮執行宣言附判決に対し控訴が提起せられ、原判決の仮執行の効力を阻止するため執行停止の申請があつたときは、控訴裁判所としては、原判決の正本が債務者に送達される以前なると否とを問わず、右申請が民事訴訟法第五一二条の要件を具備するかどうかを審査した上、右要件を具備すると認めるときは、原判決の執行を停止してなんら差支ないと考うべきである。

よつて、叙上とその見解を異にし、抗告人の本件執行停止申請に対して全部を不適法として却下した原決定は一部是認できないところを含むから、右部分を取消し、なお記録によれば、抗告人の停止申請は右部分について停止の理由を具備するものと考えられるから、これを認容することとし、抗告人において金五〇万円の保証を立てることを条件として、(なお申請費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し)主文のように決定する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰)

抗告理由

原決定は、「債務者に不作為を命ずる仮処分にあつては仮処分取消判決の正本が債務者に送達せられる迄に(遅くとも右判決正本の送達と同時に)停止決定正本が債務者に送達せられることを要するものと解するを相当とする」というが、この判断には不服である。仮執行宣言付保全命令取消判決に対しては、昭和二九年の民事訴訟法改正の結果、同法第五一二条の内容が変り、控訴の場合には、つねに停止決定をなすべきであるとの見解が正しい。昭和簡易裁判所昭和三十五年(サ)第九一号仮処分取消判決に対し執行停止をすれば合資会社浅間製作所の不作為(製作等の)の義務はとまるのである。抗告人は執行吏保管の点は争わない。不作為の点は、刑事のいわば状態継続犯の関係にあるので、執行停止ができると主張するのである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例