名古屋高等裁判所 昭和36年(ツ)3号 判決 1961年5月31日
上告人 加藤キヲル
被上告人 末次藤雄
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告理由は別紙のとおりである。
そこで判断するに、
上告理由第一、二点について、
原審は判示和解調書に基く強制執行につき、上告人に対する判示家屋明渡しの強制執行をした当時判示家屋玄関東側の六畳の間には間借人訴外浅野健二が居住し、判示家屋中玄関、勝手場、廊下の一部を上告人と共同使用中であつたため、執行吏は右六畳の間及び右共同使用の部分につき訴外人の独立占有を認め、これに対し本件債務名義では執行し得ないと考え、これを見合せたこと、判示家屋中その余の部分に関する限り上告人所有の動産は、すべて戸外に搬出して上告人に引渡すと共に、この部分を被上告人の代理人に引渡したこと、右執行の程度としては、もはや本件債務名義に基くものとして、なし得る残存部分はなく従つて上告人に対する関係では既に執行の完了をきたしたものと云わねばならぬこと及び右執行の見合せは浅野に関することであつて、上告人の占有は、すべて喪失せられ上告人に対する関係では判示家屋明渡の前記執行が未了であるとはいえないこと、と認定、判断しているのであつて右の如く本件債務名義にて判示家屋に対する上告人の占有を失わせ上告人に対する強制執行は全部終了したとする原審の判断は相当である。
従つて原判決には理由の矛盾、理由の不備はなく又民事訴訟法第七三一条の解釈、適用に誤りなく、論旨は結局のところ原判旨を正解しないか、若しくは上告人独自の見解において原判決を論難するものであつて採用することはできない。
上告理由第三点について、
強制執行が完了したか否かは法律問題であり、原審がこの点につき前記の如き認定事実の下に本件強制執行が終了したと判断しているのである。
原審の右事実認定については挙示の執行調書の記載と、ていしよくする認定をしているわけでなく、また執行調書が強制執行の事実を証明する唯一の証拠方法とは解せられない。けつきよく原審の右事実認定には採証の法則を誤つていないから論旨は理由がない。
上告理由第四点について
強制執行が完了した場合は相手方が、なお、その債務名義をもつて強制執行をするおそれがあつても、これに対し請求異議の訴を適法に提起し得ないものと解しなければならぬ。
上告人挙示の判例は、限定承認をしたことを知りながら、その者に対し無留保の給付判決をなさしめ、その固有の財産に対し強制執行をした場合であつて論旨の支えとはならず論旨は採用することができない。
よつて本件上告は理由がないからこれを棄却すべく民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条に則つて主文の通り判決する。
(裁判官 坂本収二 西川力一 渡辺門偉男)
上告理由
第一点原判決は、理由に矛盾するところがあつて、結局判決に理由の記載がないことになるので、民事訴訟法第一九一条に違背しこの違背は、判決に影響すること明らかである。
即ち、
一、原判決は、執行終了の解釈につき
(イ) 強制執行は、原則として、その基本たる執行力ある債務名義に表示せられた当事者間においてのみ、効力が及ぶもので、他方その実施も、右の当事者間においてなせば、当該債務名義に基く執行は終了に帰する
という前提解釈をとり
本件において、執行吏が、本件家屋中、玄関東側の六畳の間及び玄関、勝手場、廊下の一部について執行を見合わせたのは、前記浅野の単独又は共同の独自的占有を
認めたからである。
(ロ) 従つて、本件和解調書の執行においては、右執行の程度において、もはや右債務名義にもとずくものとしてなしうる残存部分はなく、従つて控訴人に対する関係では既に執行の完了を来たしたもの
と解釈している。
(ハ) 然るに、原判決は、その後において本件執行によつて、控訴人の占有はすべて喪失せられ、従つて控訴人に対する関係では右家屋明渡の前記執行が未了であるとはいえない
と解釈しているのである。
いつたい、原判決は本件債務名義による執行終了につき
(1) 執行できる残存部分がないから執行は完了した
というのか
(2) 占有がすべて喪失せられたから、執行は完了した
というにあるのか、その理由を一つにせず、且右(1) (2) は占有の存否につき、互に矛盾するものであつて、結局、原判決記載の理由は矛盾し、ひいては、判決に理由を付さない違法を犯しているから、破棄をまぬがれない。
第二点原判決は、本件和解調書に基づく執行が完了していないのに完了した旨認定しているのは、民事訴訟法第七三一条の解釈若しく適用を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
一、本件和解調書にもとづく執行は本件家屋の全部明渡しである。
二、ところで、右債務名義に基づく執行において、債権者から委任を受けた岐阜地方裁判所執行吏奥村善之助は、本件家屋中玄関東側六畳の間、及び玄関、勝手場、廊下の一部について、執行を見合せている。(乙七号証)
三、従つて、上告人が、右執行当時に有していた右執行されなかつた部分についての占有は、右執行吏によつて喪失されなかつたのであり、勿論、右部分について、被上告人、又はその代理人に引渡されたことがないのである。
四、ところで、不動産の明渡執行は債務者の不動産に対するすべての占有を解いて、その占有を債権者に引渡されて、始めて完了するのである。
五、本件執行において、前記部分が、執行されなかつた事実は原判決も認めるところである。
然るに、原判決は、右事実認定を前提としながら、なお且つ執行は完了していると解釈しているのであるが、すでに見てきた如く右部分については、執行吏が上告人の有した占有を解いたことはない。
又、仮に、原判決のいうような
占有はすべて喪失
せられたという解釈をなすとするも、右喪失させられた部分について被上告人に引渡があつたのか否か、確定していない以上なお且つ、執行完了とはいえない。
六、以上のように、原判決は民事訴訟法第七三一条の解釈、又はその適用を誤つた違法がある。
第三点原判決には、採証法則の違背があり、右違背は、判決に影響がある。
一、原判決は、執行完了について証人奥村善之助の証言を採用しているが、執行完了については、執行吏の執行調書のみによつて認定すべきである。
二、執行吏は、執行に際しては、必ず執行調書を作成しなければいけない(民訴第五四〇条)。
右執行調書には、法律によつてその記載事項を法定しているのである。
三、右のごとく法律は執行調書の作成を強制することにおいて、執行に関する紛争が生ずることを防ぐと共に、若し紛争が生じたときは、右執行調書を唯一の証拠方法と規定しているものと解釈されなければ、法が、執行調書を法定した意味がない。
四、然るに、原判決は、この点を看過して、採証の法則を誤り、証人奥村の証言を右執行完了につき採用しているが、これは誤りであつて、この誤りは判決に影響する。
第四点
原判決は民事訴訟法第五四五条の解釈適用を誤つている。
一、請求の異議は
不当ナル強制執行ノ行ハレサランコトヲ期スルニ外ナラザル(大判昭一五、二、三、民集一九、一一〇)
を以つて、仮に執行が完了していたとするも、相手方が、なおその債務名義でもつて強制執行をなさんとするとき、或はその準備をしているときは、請求の異議の訴が許されるものと解するを相当と考える。
二、然るに、原判決は
執行は完了
したことを認定しただけで、あとの点、即ち、尚且、執行するおそれがあるか否かの点については何らの判断を示さず、上告人の請求を却下したのは、民事訴訟法第五四五条の解釈、適用を誤り理由不備のそしりをまぬがれない。
以上のとおり、原判決には違法があるから速かに破棄されることを求める。