名古屋高等裁判所 昭和37年(う)122号 判決 1962年7月04日
被告人 西本順一
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人原田武彦提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、こゝに、これを引用する。
控訴趣意第一点の一ないし三について。
しかしながら、原判決がその第一事実として認定判示するところは、その判文自体によつても明らかなように、所論のような単純な寡少申告の事実ではなく、被告人において、原判示期間中、前後一三回にわたり、物品税課税物件である原判示パチンコ機械合計四、三六二台を、課税標準額合計金一五、三五〇、〇〇〇円にて移出販売したのに拘らず、所轄名古屋西税務署長に対し、右機械合計一、九七四台を課税標準額合計金七、八五七、六〇〇円にて移出販売した如く、過少に偽つて物品税課税標準額申告書を提出し、それによつて同税務署長をして誤つた物品税の決定をなさしめ、以て不正な行為によつて物品税合計金一、四九八、四八〇円を逋脱したものであるというのであつて、かように、移出製品の数量価額等を故意に過少に偽つて記載し、ことさらに残余の数量価額等を秘匿した内容虚偽の申告書を所轄税務署長に提出するがごとき所為が、物品税法一八条一項二号にいわゆる不正の行為に該当するものであることは、いうまでもないところであるから、原判示第一事実は、右法条違反罪の判示として、なんら欠けるところはなく、もとより右事実に同法条を適用した原判決の措置に非議すべき点はない。論旨は理由がない。
同第一点の四、五について。
本件各物品税法違反罪については、その法定刑は、いずれも五年以下の懲役もしくは五〇万円以下の罰金と定められているから、その公訴時効の期間は、所論のごとく三年ではなく、刑事訴訟法二五〇条四号により五年であるが、原判決の摘示するところによれば、本件各犯罪は、昭和二九年二月一〇日提出の申告書による逋脱罪(原判決別表番号一)が最も早く、その犯罪時は、同日から昭和三〇年七月までであるが、本件記録によれば、時効完成前である昭和三四年一月二六日所轄名古屋西税務署長から被告人に対し、本件について国税犯則取締法一四条による通告処分がなされていることが認められるから、同法一五条により本件各犯罪に対する公訴時効は一たん有効に中断されたものというべきである。ところで、本件公訴の提起は、これより更に五年以内である昭和三六年九月二六日であること記録上明白であるから、本件について公訴時効は未だ完成しないものといわなければならない。
所論は、国税犯則取締法一五条の時効中断の規定は、時効の中断を認めていない刑事訴訟法二五〇条の規定の本旨に矛盾し、且つ、公訴時効について特別の除外加重をしたものであるから、憲法三一条、一四条に照らして無効であるという。
しかし、公訴時効中断の制度特に、ある種の事犯について公訴時効の中断を認めるべきか否かは、専ら立法政策上の問題であるから右時効中断の規定を廃止した現行刑事訴訟法のもとにおいても、(同法にも、時効停止の規定はあるのであつて、同法といえども無制限に公訴時効の進行を認めるものではない)他の法律が特定の犯罪について、合理的な理由に基き、その公訴時効を中断する旨の規定を設けることは、もとより許容されるものというべきである。ところで、本件のごとき間接国税に関する犯則事件については、事犯の特殊性にかんがみ、税務署長らのなす告発が訴訟条件とされていて、告発のない事件については、検察官は、有効に公訴を提起することを得ないのであるが、税務署長らが右告発をなすには、その前提として、先づ、国税犯則取締法一四条による通告処分をなすことが原則的に要求されているのであり(かような手続が認められた所以のものは、間接国税の犯則のごとき財政犯の犯則者に対しては、先づ財産的負担を通告し、これを任意に履行したならば、敢えて刑罰をもつてこれに臨まないとするのが、財務行政上の目的達成の見地からみて、適当であるという理由に基いているのである。)、通告の不履行を待つて始めてこゝに告発をなし得るに至るのである。しかるところ、公訴時効が完成する直前に発覚した犯則事件等においてもし通告処分に時効中断の効果を認めないとするならば通告の履行期間内あるいは不履行による告発の手続がとられるまでの間に、公訴時効が完成する場合を生じ、かくては犯則者を不当に利することになり、とうてい納税に関する法秩序を維持できない結果となること明らかである。国税犯則取締法一五条は、右のような不当な結果を防止するため、同法一四条の通告処分に公訴時効中断の効果を認めることとしたものであつて、右一五条の規定は、充分に合理性を有するものと認められるのである。
してみると、右一五条の規定は、国税犯則取締法という法律に基くものであり、かつ、合理性を有するものであるから、これをもつていわゆる法定手続の保障を規定した憲法三一条に違反するものということはできない。
又、右一五条は、公訴時効に関し、国税犯則者で通告処分を受けた者を、他の一般犯罪者より差別して取扱うものといえないこともないが、同法条が充分の合理性を有する規定であることは前説示のとおりであり、右差別は、この種犯則事犯の特質並びに前叙のごとき公訴提起の制限等にかんがみ、合理的な差別というべきであり、従つて右法条が法の下の平等を規定した憲法一四条の法意に違背するものでないことは、勿論である。
所論は、結局、独自の見解というの外なく、原判決には所論のごとき法令違背ないし憲法違反の点は存しない。論旨は理由がない。
同第二点について。
所論にかんがみ、本件記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を検討してみるのに、本件犯行の罪質、態様、回数、逋脱税額、その他諸般の情状を勘案すれば、被告人に対する原判決の科刑は、肯認し得るのであつて、所論のように、重きに過ぎ不当なものであるとは認められない。論旨は理由がない。
よつて本件控訴は理由がないので、刑訴法三九六条に則り、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 影山正雄 谷口正孝 村上悦雄)