名古屋高等裁判所 昭和37年(う)301号 判決 1962年8月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人を禁錮一〇月に処する。
但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予す。
当審における訴訟費用は被告人の負担とす。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人高井貫之提出の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここに、これを引用する。
控訴趣意第一点法令違反の主張について
所論は、原判示第二の道路交通法違反の所為は、原判示第一の業務上過失の内容である前日来の過労と睡眠不足のため睡魔におそわれ正常な運転が期待できない状態にあつたのに拘らず運転を中止することなく敢て運転を継続したというまさにその行為を指称していることは原判文上明らかであり、両者は、想像的競合の関係にあるものというべきであるのに、原判決がこれを併合罪として処断したことは、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反がある、というのである。
原判決が原判示第二事実において認定したところは、被告人が過労のため正常な運転ができないおそれがある状態に在つたにも拘らず自動車の運転をしたという行為であつて、原判示第一の居睡り運転が右被告人の前日来の過労に起因するものであることは明らかであるが、原判決は原判示第二の事実としては直接被告人が自動車運転中睡気を催した事実までを処罰している趣旨ではないから、原判示第一、第二の各事実はやはり処罰の対象を異にしているものというべく、原判決がこれを併合罪として処断しても、所論の如く法令の適用を誤つた違法があるとはいえない。論旨は未だ採用することができない。
同第二点量刑不当の主張について、
所論に鑑み本件記録並びに原裁判所が取り調べた証拠について原判決の量刑の当否を検討してみると本件事故は被告人の居眠り運転という全く一方的な過失によるもので、その結果被害者を即死するに至らしめたもので、その過失はきびしく非難されるべきものであるが(なお、被告人が事故現場に差しかかる手前から睡気を催しており、被告人もその状態に気付いていたことは、被告人の司法警察員に対する供述調書により明認できるのであり、次に又原判示第一の睡魔におそわれ云々というのは措辞必ずしも妥当でないが、被告人が原判示の如く過労と睡眠不足のため睡気を催した事実をいうものであり、もとよりこの事実とその睡気が昂じて仮眠状態に陥り居眠りしたこととは原判決も意識してこれを書きわけているのであり、被告人が本件において突然睡魔におそわれたというが如き事実は原判決は毛頭判示していないのであるから、原判決に理由不備の違法があるようにいう論旨は理由がないのである)、被告人は日本合同トラツク株式会社に被雇れ大型トラツクによる長距離輸送に従事していたものであるが、同会社の運転手の勤務拘束時間は午前八時から午後五時迄とはなつているが、貨物輸送の都合上徹夜運転、時間外運転はむしろ常態となつており、そのような過酷な労働がすべて運転者の自由意思の名のもとに、放任され、場合によつては殆んど強制的に課せられていたことは記録上容易に看取できるところであり、現に被告人の場合も、事故前々日の五月四日は午前六時から午後一〇時まで名古屋市内から岐阜県中津川までの往復運転に従事し、翌五月五日は午前八時から午後八時まで同様浜松までの往復運転、しかも名古屋市内に帰着後間もなく(午後八時三〇分ころ)他の運転手に代り本件大型自動車を運転して長野市に向け出発し、同乗の交替運転手が居たものの道路不案内のため被告人が終始運転して徹夜の勤務を続け、翌六日午前九時ころ長野市に到着し、荷卸ろし自動車整備を終えて、午後二時にははやくも帰路についたもので、長野から多治見附近までは他の運転手が被告人に代り運転したが、被告人も道路の指示をしなければならなかつたため充分の休息をとることができず、続いて多治見からは被告人が再び運転に従事しているのであり、しかも、その経由した道路は未舗装のところが多く、自動車の動揺も劇しく運転中の疲労度の高いのは勿論、その運転を交替している間も充分な休息、睡眠のとれない状態にあつたわけで、かかる過酷な勤務が、経済的に弱い立場にある被告人に「勤務命令に文句もいわず従う重宝な運転手」として、たやすく課せられていたのである。被告人ら運転手の身神の消耗の甚だしいのはいうまでもないが、このような長時間かつ悪条件下の自動車の運転が事故をひき起さないことの方がむしろ不思議である。この場合、疲労を感じ睡気を催したら直ちに運転を中止し、休息すればよいではないかというのは、現実の雇傭関係を無視した議論である。元来運転中に過労のため一時運転を停止し休息を必要とするというような労働条件の下に運転手を勤務させることの方が問題である。然るに被告人の勤務していた日本合同トラツク株式会社上飯田営業所においては、本件事故当時までその所属のトラツク運転者の労務管理について殆んど意をもちいた形跡がなく、かかる無理な運転が平然として課せられていたようである(本件事故後勤務状態を改善するため各般の措置がとられているようである。)。事態がかようなものであるとすれば、ここで被告人だけを責めることは些か酷に失するものと思われるのである。しかも、被告人はこれ迄交通事犯の前歴もなく、勤務も真面目な青年であり、本件においては、被害者の遺族との間に円満に示談もすんでいる(当審における証人落合民子の供述参照)。これら諸般の情状を考慮すれば、被告人の過失の非難は大であるとしても、量刑上はかなり斟酌して然るべきものと考える。結局原判決の科刑は重きに過ぎ不当なものというべきである。
よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条に則り原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但し書に従い被告事件について更に判決する。
原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の業務上過失致死の点は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条に、同第二の所為は道路交通法六六条、一一八条一項二号に各該当するところ、前者について禁錮刑、後者について懲役刑を選択すべく、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い前者の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を禁錮一〇月に処することとし、なお情状刑の執行を猶予するのを相当と認めるので、刑法二五条一項一号により本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文に従い被告人に対しこれを負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 影山正雄 判事 谷口正孝 村上悦雄)