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名古屋高等裁判所 昭和38年(ネ)149号 判決 1963年11月27日

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出認否は左記のほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴人は次のように述べた。

「被控訴人主張の農地につき被控訴人主張の売買契約が成立し、控訴人が手付金二〇万円を受取つたことは認める。しかし、右契約はその効力を失つた。すなわち、右農地所有権の移転についてなされた許可申請は、県知事により不許可とされたことは控訴人が原審で主張したとおりであるが、仮にその理由により右契約が失効しなかつたとしても、右契約は当事者間で合意解除された。すなわち、控訴人、被控訴人が愛知県知事に対してなした前記所有権移転許可申請が、県知事の許可するところとならず、返却されると、被控訴人は昭和三六年六月五日ごろ控訴人に対して右売買契約を合意解除したい旨申入れてきたので、控訴人もこれを承諾したのであつて、ここに右売買契約は合意解除されるに至つたものである。

以上のとおりであつて、前記売買契約に基く被控訴人の本訴請求は失当である」被控訴人代理人は、「控訴人主張の合意解除の事実は否認する」と述べた。

証拠(省略)

理由

被控訴人主張の農地につき被控訴人主張の売買契約が昭和三六年一月一三日控訴人被控訴人間に成立したことは当事者間に争がない。

以下控訴人の抗弁について判断する。控訴人が被控訴人と連名で右農地につき農地法第五条所定の所有権移転許可申請書を愛知県知事に対し提出したところ、これが返戻されたことは当事者間に争がない。そして、成立に争のない乙第一号証、原審証人岡田英光、原審、当審証人神谷鉄市の証言、原審での控訴人本人尋問の結果によれば前示申請書が返戻されたのは、その書式不備等手続上の要件に欠けるところがあつたからではなく、控訴人世帯が他から小作している耕作地があるが、その小作地を地主に返すか、あるいは右農地移転について地主が承諾するか明かにしない限り、許可を与えることはできないとの理由によるものであること、その地主は右承諾を与える見込なく、また控訴人は右小作地を地主に返すことはできない(右小作地の賃借権者は控訴人の夫であつて、控訴人ではない)ことが認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

右事実によれば、前記申請について県知事の正式な不許可処分がなされたわけではないが、前記申請のままでは許可は与えられないとして申請書を返戻し、控訴人等が右申請を一応任意撤回したという形式をとつて事を処理したものと見られる。そうすれば、控訴人は被控訴人の求める許可申請をすでになし、これにつき許可が与えられずして終つたわけであり、控訴人は被控訴人に対し契約上負担した許可申請手続をする義務をすでに履行したものというべきである。右申請は形式上は申請当事者の任意撤回という形をとつてはいるが、それが控訴人の自発的意見に出たものではなく、実質上は右申請のままでは許可は与えられないとした行政庁の処理に出たものであるから、これを以て控訴人の債務不履行状態に戻つたとか、右申請が元来控訴人において債務を履行したことにはならないともいえない。さらに、控訴人が右に加えて前記小作地を返還し、あるいはその地主の本件農地所有権移転についての承諾を得て申請をする債務を被控訴人に負担するものとは解されないし、被控訴人が本訴で控訴人に求めているのも、単なる申請の意思表示であるにすぎないが、それがすでに履行ずみというべきことは前述のとおりである。

そして、控訴人は被控訴人が本契約上取得した条件付権利を害する行為をしたり、その条件成就を故意に妨げるような行為をしてはならないものであるが、契約上特約がない限り、売主として通常なすべき申請行為をなせばたり、これをこえて県知事の許可を取付ける債務は負担していないというべきところ、前認定事実によれば、控訴人、被控訴人のなした農地所有権移転申請は県知事がこれに対し許可を与えず返戻したのであるから、控訴人が被控訴人に負担していた県知事の許可を法定の停止条件とする所有権移転登記手続義務は、その条件不成就が実質上確定したものと解すべきである。

そうすれば、控訴人のその余の抗弁を判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は認容されがたいこと明かであるから、これを認容した原判決を民事訴訟法第三八六条により取消し、被控訴人の請求を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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