名古屋高等裁判所 昭和39年(う)235号 判決 1970年9月30日
被告人 長谷川賀彦 外三名
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
被告人四名に対する本件各控訴の趣意は、名古屋地方検察庁検察官検事上田朋臣作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これをここに引用する。
所論は、多岐にわたるが、これを精読して、要約すると、後記の第一、第二の各論旨に帰着するので、同各論旨毎につき、以下において、当裁判所の判断を示すこととする。
第一、被告人四名に対する本件威力業務妨害の公訴事実に関する原判決の判断につき、事実誤認および法令の解釈適用の誤りを主張する論旨について。
所論は、要するに、原判決は、「全逓信労働組合(以下これを全逓労組と略称する)員と国との労働契約の内容は、郵政省の就業規則、全逓労組と郵政省との間に締結された労働協約、全逓労組と郵政省との間における団体交渉による合意あるいは両者間の慣行によつて定まるところ、従来、年末首繁忙時期においては、郵政省と全逓労組との間に、労働基準法第三六条に基づく時間外もしくは休日労働に関する協定(以下これを三六協定と略称する)、同繁忙事務処理についての取決めなどを了し、労働条件の改善の措置がとられたうえで、年末首繁忙事務処理が行われていたのに、本件の昭和三四年一二月三日当時郵政省と全逓労組本部、名古屋中央郵便局と全逓労組名古屋中央郵便局支部との間に、右の三六協定および年末首繁忙に関する諸取決めがなされず、これらに基づく諸手当の支給もされず、年末首結束表に基づく勤務指定表、担務表等も作成されていなかつた状態であるから、その当時、全逓労組員において、本件臨時便を取り扱うための労務を提供する義務が存しなかつたものというべく、全逓労組員に本件臨時便を取り扱わせようとする名古屋中央郵便局管理者側の本件行為は、処理する義務のない業務を全逓労組員に押しつけようとするものであつて、右業務は刑法第二三四条の保護を受くべき業務に該当せず、かりに、右業務が同条の業務に該当するとしても、それは公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)第一七条にいう正常な業務の運営でなく、また被告人四名の本件行為が暴力の行使に出たものでないことに加え、当時における右労使間の情勢を併せ考えると、被告人四名の本件行為は労働組合法第一条第二項にいう労働組合の正当な行為に属し、違法性を欠くものである」旨判示しているが、郵政省において、労働契約の内容を決定するものは、省の権限により定められる就業規則か、労使双方の合意によつて定められる労働協約であり、このほかに労使の話し合いや慣行などによつて、その内容が決定、補充されるべきものではないと解すべく、また郵政省職員が現実に担当する職務の内容は、いわゆる担務の指定により具体化されるが、この担務の指定は使用者たる郵政省の労務指揮権に基づく作用で、いわゆる管理運営事項であるから、これに属する事項は団体交渉の対象とならず、労働協約の拘束もあり得ないところであり、さらに、いわゆる臨時便は、いわゆる既定便と本来一体的関係に立つべきもので、既定便により到着した郵便物と別個の取り扱いを受けるべき性質の郵便物でなく、臨時便の開設は地方郵政局長の権限とされている管理運営事項であつて、臨時便が開設された以上、その取り扱いはもとより郵便業務の一つであり、全逓労組員は郵政職員として、いわゆる三六協定および年末首繁忙業務に関する諸取決めの有無にかかわらず、これを取り扱う義務がある。従つて、本件において、郵政省管理者側が非常勤職員を雇傭し、その人員配置により業務運行の円滑を期するとともに、本務者の労働量が過重とならないよう十全の配慮をした態勢の下に、学生アルバイト数名を使用して、本件臨時小包郵袋を運搬車に積載し、名古屋中央郵便局作業棟四階年賀予備室より同局受入作業室へ搬出しようとしたことは別段全逓労組員に対し過重な労働を押しつけようとしたものでなく、その規定時間内に、通常の作業を行なわせようとしたに過ぎず、そこに何ら違法不当な点はなく、正当な業務である。しかるに右管理者側における前記搬出行為に対し、被告人らが多数組合員とともに、その運搬車の前面に立ち塞がり、これを押し返すなどの集団的暴力をもつて、右搬出行為を阻止し妨害した所為はまさしく威力業務妨害罪を構成するものであり、しかも前記の管理者側における業務は、正常な業務の運営に属し、その担務者はもちろん全逓労組役員たる被告人らにおいても、その業務の妨害をすることが許されず、被告人らにおいて、あえて右業務を妨害したことは明らかに公労法第一七条の禁止する違法な争議行為であり、かつ、被告人らの本件行為は労働組合法第一条第二項但書にいわゆる暴力の行使に該当し、到底同法にいう正当な行為と解釈されるべきでない。しかるに、これと異り、前記のような説示をした原判決には、右各指摘の点につき、事実を誤認し、かつ法令の解釈適用を誤つた違法がある、というに帰着する。所論にかんがみ、逐次検討するに、
先ず原判決の理由中、第二の項の欄末尾に引用された各証拠によれば、名古屋中央郵便局管理者側が、本件臨時小包便郵袋約一四二個を原判示年賀予備室から原判示受入作業室へ搬出しようとし、被告人ら全逓組合員らがこれを阻止しようとした際の状況、ならびにその前後の事情およびこれに関連する経緯については、原判決が、前記第二の項において、詳細に認定しているとおりであることが優に認められる。(本件弁論の全趣旨に徴し、右認定事実のうち、被告人宇野鈴一が受傷した点を除くその余の部分については、検察官側においても、被告人側においても、とくにこれを争わないところである。)
次に、いわゆる臨時便なるものの性質を考えると、郵便集配運送計画規程(昭和二七年八月公達第一〇五号、同三四年九月二三日公達第九六号により改正、―当審昭和三九年押第八四号の証第三八号規画例規集中に所載、―そのうち、主として第五七条)、集配郵便局郵便取扱規程内務編(昭和三三年二月一八日公達第一三号、―当審昭和三九年押第八四号の証第三九号郵政法規類集中、郵便編3、所載、―そのうち、主として第二章取集第五表通則1、(1))、集配郵便局郵便取扱規程外務編(昭和三三年二月一八日公達第一四号、―当審昭和三九年押第八四号の証第四〇号郵政法規類集中、郵便編4所載、―そのうち、主として第二章取集第五表通則1の(1)、ただし郵便取扱規程内務編および外務編の右各引用の各規定は同文である)、原審第七回公判調書中、証人三輪喜義の供述記載、同第九回、同第一一回各公判調書中、証人庄司清の各供述記載(ただし後記措信しない部分を除く)、同第一九回公判調書中、証人湯山達夫の供述記載、当審第四回公判における証人魚津茂晴の供述(ただし、後記措信しない部分を除く)、当審第五回公判における証人花木清の供述(ただし後記措信しない部分を除く)などを総合して考えれば、一般に、郵便物の取り扱いに関しては、取集便(集配局の集配員が取集区から取り集める手段)と運送便(郵便線路を通じ、発着時刻および区間を定めて郵便物を運送する手段)によるものとの二種があり、前者において、無集配局および簡易郵便局で引受け、または郵便差出箱に差入れられた郵便物は、別に定められた取集の区画、時刻、巡路および定日によつて取り集めることになつているのであるが、郵便物が多数あつて、一時に取り集めることができないとき、またはその他必要な事情があるときは、臨時に郵便物を取り集めることとされ、後者においても、あらかじめ定められた運送便によつて、郵便物を運送するのが建前であるが、郵便物の多数または事故のため、既設運送便により、その全部または一部を運送できないときは郵便物の数量に応じ、臨時に車船室容積の拡張、運送員の増加を図り、または臨時運送便の設定等の処置を講ずるものとされており、本件で、いわゆる臨時便とは、右両者に関し、各後段に説示したごとく、既設の取集便もしくは運送便によらず、臨時に開設された便によつて、名古屋中央郵便局に到達した郵便物を指し、これに対し、既設の便によつて同局に到達した郵便物を既定便あるいは普通便と称するものであつて、結局いわゆる既定便と臨時便との区別は、郵便物自体の性質上の差異によつて生ずるものでなく、その郵便物の取集、または運送の方法、手段の相違によつて生ずるものであること、ならびに所論のごとく、臨時便の開設が、必ずしも年末首繁忙時期にのみなされるものでないことが明らかであり、原判示の臨時小包郵便袋約一四二個は、主として、名古屋市内から名古屋中央郵便局に取集された臨時小包便(一部臨時鉄道便によるものも含まれていたようである)と認められる。さらに、原審第九回および同第一一回各公判調書中、証人庄司清の各供述記載(ただし後記措信しない部分を除く)、同第一八回公判調書中、証人大出俊の供述記載、同第一九回公判調書中、証人湯山達夫の供述記載、当審第四回公判における証人魚津茂晴の供述(ただし後記措信しない部分を除く)、同第六回公判における証人下村義美の供述、原審第二五回公判調書中、被告人長谷賀彦の供述記載、同第二六回公判調書中、被告人永島金八郎の供述記載、当審第七回公判における被告人宇野鈴一の供述によると、昭和三三年四月ごろ、全逓労組においては、その年の春期斗争の責を問われて、同組合本部執行委員長、同副委員長、同書記長らが解雇処分を受けていたところ、同年七月ごろ、同組合全国大会において、右解雇役員を再任したことから、郵政省側においては、全逓労組を正規の労働組合と認めず、これとの団体交渉を拒否し、また名古屋中央郵便局管理者側においても、郵政省の右方針に沿つて、前同労組名古屋中央郵便局支部役員らとの交渉を避ける態度をとり、全逓労組はこれに対し、団体交渉再開を要求して、その斗争を継続中、原判決の理由中、第二の項の欄冒頭に説示されているような経過で、昭和三四年の秋季年末斗争に入つたことが認められる。さらにまた、右掲記の各証拠に、郵政大臣官房人事部長大塚茂、全逓信従業員組合中央執行委員長野上元名義の昭和三一年一二月二〇日付年末首繁忙手当の支給に関する覚書、郵政大臣官房人事部長佐方信博、全逓信労働組合中央執行委員長野上元名義の昭和三二年一二月一九日付昭和三二年度における郵便局の年末首特別繁忙に関する協定(いずれも、当審昭和三九年押第八四号の証第一四号、第一五号の全逓労組協約協定類集中に所載)を総合すれば、従来年末首繁忙時期においては、郵政省と全逓労組との間で、年末首繁忙事務処理に関する団体交渉が持たれ、三六協定が締結されるのを常とし、このほか少くとも、昭和三一年、同三二年においては交渉の末、その都度、当該年末首繁忙手当が支給される旨正式な決定をみたうえ、当該年末首繁忙事務処理がなされて来たことが認められる。
そこで、叙上認定の諸事情に基づき、本件について検討すると、先ず、所論は、郵政省と、郵政職員との間の労働契約の内容は、前記の就業規則と労働協約のみによつて定まり、郵政職員の職務の具体的内容、いわゆる担務の指定およびその運営は、使用者たる郵政省側のいわゆる管理運営事項に属し、年末首繁忙時期であろうと、またいわゆる臨時便の取り扱いであろうと、適法な休憩時間等を与えられた適法な勤務時間内である限り、郵政職員は、郵政省管理者の労務指揮権に基づく指揮命令に従つて、その事務を処理すべく、右勤務時間内に、その処理ができなければ、それは、順次滞貨として、後日に持ち越されるに過ぎないから、何ら郵政職員に過重な労働を強いるものでない旨主張し、当審第四回公判における証人魚津茂晴の供述、同第五回公判における証人花木清の供述もこれにそうものであり、なるほどいわゆる臨時便の開設は、前記認定によるその性質上、所論のごとく管理者側の管理運営事項に属するものと解されるけれども、郵便事務がとくに年末首において輻輳することは公知の事実に属するから、一般に、勤務時間内における郵便事務の処理であるからとて、通常時でも、繁忙時でも、郵政職員の労働に変化がないとは速断し難く、殊に、年末首繁忙期における事務処理につき、それが勤務時間内の労務である限り、当該労務に従事する郵政職員の労働条件に何らの影響を与えないとは到底断ずるに由なく、そこに、労務の繁雑化を生ずることは当然推認し得るところであり、また前記認定のとおり、年末首繁忙事務の取り扱いにつき、従来郵政省と全逓労組との間で、団体交渉が行なわれて、三六協定が締結せられ、年末首繁忙手当の支給などに関する取決めもなされ、とくに、昭和三一年度、同三二年度においては、右年末首繁忙手当支給に関し、前記覚書もしくは協定のかたちで、労使間に書面が作成されそのうえで、当該年末首繁忙事務が取り扱われて来たのであるから、郵政省と全逓労組との間においては、従来年末首繁忙時期に際し〔三六協定の締結、右繁忙手当の支給等、前同繁忙時期における事務処理に関する団体交渉が行なわれる慣行があつたものと認められる。この点に関し、所論は、右繁忙手当の支給が、時間外もしくは休日労働に関する協定(三六協定)の締結を前提とし、右協定が締結せられない限り、該手当が支給さるべきものでない旨主張し、郵政大臣官房人事部長佐方信博、全逓信労働組合臨時組合代表者尾島繁名義の昭和三四年一二月二三日付、昭和三四年度における郵便局の年末首特別繁忙手当支給に関する協定(前記の当審昭和三九年押第八四号の証第一五号協約協定類集中に所載)によれば、昭和三四年度における年末首繁忙手当が、郵政職員において、時間外もしくは休日労働をすることを前提として支給される趣旨の記載があり、原審第八回公判調書中、証人三輪喜義の供述記載、同第一一回公判調書中、証人庄司清の供述記載、当審第四回公判における証人魚津茂晴の供述中には、所論の右主張にそう部分があるが、前記の昭和三四年度における協定自体によるも、右繁忙手当の支給は時間外もしくは休日労働のみを対象とするものではなく、年末首繁忙時期における勤務時間内の労働に対しても支給されることが明白であり、前掲の昭和三一年度における年末首繁忙手当の支給に関する覚書、昭和三二年度における郵便局の年末首特別繁忙に対する手当支給に関する協定には、それぞれ当該年末首繁忙手当の支給が三六協定の締結ならびにその実施を前提もしくは条件とする趣旨の記載が何ら存しないところであり、年末首繁忙時期における勤務時間内の事務処理と、右繁忙手当の支給とが全く無関係のものとして切り離すことができないのは明らかであるし、またいわゆる臨時便が、繁忙事務の一応の目安になりうることは後記認定のとおりであつて、これらの事情からすれば、年末首繁忙時期における事務処理に関し、時間外もしくは休日労働に関する事項はもとより、前同時期における労働に対する繁忙手当その他の手当の支給などの事項は、それが勤務時間内に属するものであつても、郵政職員の労働条件に影響を及ぼすものと考えられ、団体交渉事項に含まれるものと解するのを相当とし、前記認定のような慣行があり、全逓労組の要求があつたのにもかかわらず、右各事項に関し、全く団体交渉を経ないで、同労組員に、本件年末首繁忙事務処理(本件臨時便の処理)を行なわせようとした名古屋中央郵便局管理者側の行為は当を得たものでなかつたということができる。従つて、この認定に反する前掲の各供述記載ならびに供述部分は措信することができない。
しかしながら、一概に年末首繁忙時期といつても、その期間における郵便業務のうち、どこまでが通常事務であり、どれが繁忙事務であるかを明確に区別することは性質上不可能であり、さらに、いわゆる臨時便の前記認定のごとき性格にかんがみれば、これが繁忙事務の一応の目安になり得るといえようが、繁忙事務すなわち臨時便、臨時便すなわち年末首繁忙事務と做すことも、前叙の事情からして、速断し難いところであり、また一方既定便と臨時便とが郵便物の性質上の差異でなく、その取集もしくは運送手段による区別であることは前叙のとおりであつて、これを郵便機関を利用しようとする国民の側からみれば、その差出した郵便物がいわゆる既定便として取り扱われるか、臨時便として取り扱われるかについて、全く関知しないところであつて、それが不幸にして、臨時便にくみ入れられたがために、郵政省における労使間の交渉がなされないという一事をもつて、既定便に比し、著しく不利に取り扱われるとすることは国民感情として堪え難い事理に属し、郵政省管理者に対し、理由の如何を問わず、年末首繁忙時期における事務処理に関し、団体交渉が行なわれないでいる情勢下であるからとて、拱手して、国民の右不利益を看過すべく期待することは、到底容認し得る限りでない。ここに、公共事業である郵政業務の特性が強調されるべきであり、公労法第一七条第一項の立法の趣旨も亦ここに存すると思われる。上来説明の各観点から検討するとき、全逓労組が本件臨時便を取り扱う義務がないと認めるには躊躇せざるを得ないばかりでなく、本件臨時小包便を、その投入口より投入して、他の郵便物と混在させるに至るべき名古屋中央郵便局管理者側の本件臨時便の搬出行為が、原判決説示のごとく全逓労組員に義務なき労務を押しつけようとする違法な業務であるとまで解することができない。結局名古屋中央郵便局管理者側における本件臨時小包便搬出の業務は年末首繁忙時期における繁忙事務処理に関する三六協定を含む前記各事項について、労働組合側との団体交渉を経ないまま、あえてなされたもので不相当というべきではあるけれども、上来認定の諸情勢の下においては、やむを得ない措置であつて、やはり刑法上、保護されるべき業務にあたるものと認めざるを得ない。そうとすれば、この点につき、該認定と異る認定をした原判決は、事実を誤認したことに帰着する。
しかしながら、名古屋中央郵便局管理者側における右業務を阻止しようとした被告人らの本件行為について考えると、全逓労組は前認定のごとく、郵政省側に対し、団体交渉再開、ILO条約の批准、仲裁裁定二五〇円の即時実施、年末手当二ヶ月分の獲得、年末首繁忙手当の制度化確立等を要求し、その斗争の一環として、年末首繁忙業務(特に臨時小包便)不取扱を決定し、これを実施中のところ、被告人らは管理者側における前記の搬出行為によつて、臨時小包便不取扱の斗争手段が一挙に失われることを慮り、これを阻止しようとして、本件行為に出たものであつて、ここに叙上の認定にかかる諸事情を併せ考えれば、被告人らの本件行為は、その目的において、政治目的のためにするものではなく、別段労働組合運動としての範囲を逸脱するものとは考えられず、とくに、違法不当なものと認められないところであり、また被告人らの本件行為の内容は、前叙のように、原判決が、その理由中、第二の項の欄に詳細に認定しているとおりであるから、ここに認定説示することの重複を避けるが、この被告人らの本件行為の内容、程度を逐一検討してみても、労働組合法第一条第二項但書にいう「暴力の行使」を伴うものにあたらないものと解せられる。ところで、被告人らの本件行為は、単にいわゆる臨時便を取り扱わないという不作為にとどまらず、管理者側における前記郡便物の搬出行為を実力で阻止しようとした積極的な行為であるが、管理者側の右行為は、原判示名古屋中央郵便局作業棟四階年賀予備室に保管してあつた臨時小包便郵袋約一四二個を、逐次、同局作業棟四階受入作業室へ運搬し、これを解袋のうえ、投入口へ投げ入れ、同局三階以下の郵便処理経路に入れようとしたのであつて、当時同局職員は平常通り勤務に就いていたのであるから、管理者側における右行為を傍観していれば、全逓労組の右臨時便不取扱という斗争目的は、その手段を奪われ、実効を期し得なくなつてしまうので、右の目的を実現しようとする限り、これを阻止しようとすることは当然に発生し得べき事態であり、その阻止の手段、態様が前記認定の程度にとどまる以上、これがとくに不当違法な行為であるとは認められない。さらに、被告人らの本件行為が名古屋中央郵便局における郵便物の処理に与えた影響を考えてみると、叙上の各認定事実に従えば、昭和三四年一二月三日午後二時少し過ぎごろ、名古屋中央郵便局小包課主事浦野功らが、同小包課課長らの命により、原判示臨時小包便郵袋約一四二個のうち、一〇数個を鉄車に積載して、同局年賀予備室から搬出しようとしたところ、通報により、被告人ら全逓労組員らが直ちに同室出入口付近に集まり、右鉄車を押し返して搬出を阻止し、爾後、被告人宇野鈴一が受傷したとして、管理者側と全逓労組員らとの間に、応酬があつたり、管理者側において、さらに、右搬出を行なおうとしたりした経緯があつたが、結局、右臨時小包便郵袋の搬出ができないまま経過し、最後に、同日午後一〇時三〇分ごろ、被告人四名が警察官に逮捕され、かつその場に坐り込みをしていた全逓労組員らが、警察官によつて、強制退去させられた後、直ちに、右臨時小包便郵袋の原判示受入作業室への搬入作業がなされ、この作業が同日午後一一時ごろ終了したのであつて、その間、右臨時小包便を除く他の郵便物は、名古屋中央郵便局職員によつて、平常通り処理されており、右臨時小包便郵袋は原判示受入作業室に搬入後、通常の処理方法によつて処理されたのである。右臨時小包便郵袋については、右受入作業室に搬入された後、さらに各種の処理方法が講ぜられなければならない関係上、これが最終的な処理の遅延について正確な時間を判定することができないけれども、被告人らの本件行為によつて、右臨時小包便郵袋約一四二個(小包約八〇〇個)の原判示受入作業室への搬入(通常ならば約二〇分でできる)が、午後二時ごろから午後一一時ごろまで、約九時間遅延したことが明らかであり、一応その程度の郵便物処理の遅延を生ぜしめたものと認めることができる。しかし、この程度の郵便物処理の遅延をもつては、未だ国民生活に重大な障害をおよぼすものと認めるに足りないものと考えられる。
これを要するに、被告人らの本件行為は、一応、公労法第一七条の禁止する争議行為にはあたるけれども、その目的、手段、その行為の態様、程度、およびその郵便物処理におよぼした影響など、各般の観点からみるとき、労働組合法第一条第二項本文の適用による正当行為として、いわゆる可罰的違法性を欠き、これが未だ違法に刑法二三四条にいう威力を用いて他人の業務を妨害したものとは認め難い。
以上の判断に従えば、原判決には、さきに指摘した点において、事実を誤認した違法があり、またその法令の解釈適用に関して、当裁判所の見解と若干異る点があるけれども、被告人らの本件行為が違法性を欠くものであるとの結論においては、当裁判所の判断と一致し、結局、原判決の右事実誤認あるいは法令の解釈適用の誤りは未だ判決に影響をおよぼさないものといわねばならない。従つて本論旨は理由がないことに帰着する。
第二、被告人四名に対する本件不退去の公訴事実に関する原判決の判断につき、事実誤認および法令の解釈適用の誤りを主張する論旨について。
所論は、要するに、
原判決は、被告人四名に対する本件不退去の各訴因につき、被告人らの名古屋中央郵便局作業棟四階年賀予備室出入口付近の諸行為が同局管理者側の違法な業務に対してなされた憲法第二八条によつて保障される正当な組合活動であり、被告人らの前同所付近における本件滞留は、その目的、方法において、違法なものがないから、違法性を欠く旨判示しているが、管理者側における右業務が違法なものでないことは、さきに主張したとおりであり、また被告人四名の本件不退去の行為は積極的に庁舎の平穏を害する行為であつて、正当性を認める余地がなく、労働組合法第一条第二項の適用を受ける限りでないから、到底違法性を欠くとはいえない。それにもかかわらず、前記のような認定をした原判決は、右各指摘の点において、事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。
所論にかんがみ検討すると、名古屋中央郵便局管理者側における本件搬出の業務が不相当ではあるが、違法と解し難いことについては、前記第一の論旨中において説明したとおりであるけれども、被告人らの同局庁舎内への立ち入り、およびその滞留は、右論旨中において、縷々説示したごとく、管理者側における本件搬出業務に対する被告人らの阻止行為に、当然随伴するものであつて、該阻止行為が、その目的において、違法不当なものであつたとはいえないばかりでなく、その手段、態様においても、可罰的違法性を帯びた暴行、脅迫行為にあたる程度のものでなかつたことが認められるので、被告人らの右阻止行為と表裏一体をなす被告人らの本件滞留の所為も、結局、その目的、態様において、違法不当な所為と解するに由なく、なお社会的に相当なものとして是認されるべきものと認められるから、未だ、建造物侵入(不退去)の罪を構成しないと解するのが相当である。そうとすれば、被告人四名に対する本件不退去の訴因に関しても、曩に第一の論旨に関する判断の結論として説示したところと同一の理由により、原判決に、前記指摘の点につき、事実誤認および法令の解釈適用の誤りの違法が存しても、それらは、結局判決に影響をおよぼさないと認められる。従つて本論旨もまた理由がないことに帰着する。
よつて、被告人四名に対する本件各控訴は、それぞれ、いずれの観点からしても理由がないから、各刑事訴訟法第三九六条に則り、いずれもこれを棄却することとして、主文のとおり判決をする。