名古屋高等裁判所 昭和39年(ネ)371号 判決 1965年3月27日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人のために別紙目録記載の各不動産について、津地方法務局川口出張所昭和三三年一二月一二日受付第二一〇八号をもつて、被控訴人のためになされた抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、控訴代理人において甲第六、第七号証を提出し、当審における証人中川吉次郎、谷桂介、谷忠助の各証言および控訴本人の尋問の結果を援用し、乙第一四、第一六ないし第一九号証の成立をいずれも認め、第一三、第一五、第二〇、第二一号証の成立は、いずれも不知と述べ、被控訴人は乙第一三ないし第一七、第一九ないし第二一号証を提出し、甲第六、第七号証の成立は、いずれも不知と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
一、別紙目録記載の本件家屋および田がもと訴外谷信吉の所有であつて、同人が昭和二八年六月九日死亡したこと、同人の相続人が訴外谷かん(信吉の妻)、控訴人(信吉の養女)、亡谷三夫(信吉のむこ養子で控訴人の夫)の代襲相続人である谷桂介、谷芙美子、谷八郎であつたこと、控訴人が昭和二九年六月二九日本件家屋について自己名義に所有権保存登記を、また本件田について相続による所有権移転登記を各経由したこと、さらに被控訴人が昭和三三年一二月一一日訴外谷忠助との間に債務者同人、貸金元金三〇万円、弁済期昭和三四年六月一〇日なる金銭消費貸借契約にもとづき本件家屋および田について、被控訴人のため抵当権設定契約を結んだ旨の抵当権設定契約を原因として、昭和三三年一二月一二日津地方法務局川口出張所受付第二一〇八号をもつてその旨の抵当権設定登記を経由したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、ところで、被控訴人は、本件抵当権設定契約およびその登記手続は所有者たる控訴人によつて真正になされたものである旨主張するのに対し、控訴人はこれを争い、本件田は控訴人の所有でないのにこれが所有であることを前提として、また本件家屋は控訴人の所有であるがこれに抵当権設定を承諾したことがないのにこれが設定を前提として、本件抵当権設定登記手続をしたものであるから、右登記は無効であつて抹消されるべきである旨主張するので、以下に順次判断する。
(一) まず、控訴人所有の前提たる遺産分割の協議について、成立に争いのない甲第三号証の一、二、第五号証、乙第一号証の一ないし三、第三号証、第一四号証、当審証人谷桂介の証言の一部ならびに原審および当審における控訴人および被控訴本人の各供述の一部を合わせ考えると、訴外谷信吉の死亡した昭和二八年六月九日当時、同人の遺産は本件家屋とその敷地七二坪余、本件田および京都市中京区西ノ京馬代町所在の宅地と株式若干があつたが、このうち京都市の右宅地については同人の共同相続人の一人である訴外谷かん(信吉の妻)が相続を原因として昭和二八年一二月二四日所有権移転登記を経由し、ついで同女が昭和三四年一月一八日死亡すると同年二月二一日付で同女の養女であり相続人である控訴人と同養子である亡三夫の代襲相続人桂介(昭和一三年九月一三日生)、芙美子(同一六年三月一六日生)、八郎(同二一年五月二七日生)が相続を原因として所有権移転登記を経由し、さらにこれを他に売却したこと、また株式若干については右桂介(その親権者である控訴人)の管理下におかれたこと、一方、本件家屋および田については、いずれも訴外司法書士平井省三郎が控訴人から委任をうけて前記のように各登記手続をしたのであるが、右平井は訴外谷三夫が被相続人谷信吉の養子でなくその相続人でもないものと誤信し、したがつて右三夫の子である谷桂介、芙美子、八郎の三名は信吉の相続については代襲相続権をもたないとの前提に立つて控訴人の単独所有名義に各登記手続をしたことが認められ、右認定に反する原審における被控訴本人の供述は、前掲証拠と対比して認めがたい。ことに亡信吉の遺産のうち、本件家屋および田が控訴人の所有名義に、京都市の宅地が谷かんの所有名義に、また株式若干が右桂介の管理下におかれた事実だけでは、ただちに当時未成年者であつた桂介、特に芙美子および八郎の意思が、右遺産の分割において適正に表明されたものとは認められない。
また、当審における控訴本人の供述により真正に成立したものと認められる甲第二号証(協議者)によれば、昭和二八年一二月ごろ亡信吉の遺産分割について控訴人が右桂介ら三名の親権者兼本人として、訴外谷かんとの間に本件家屋および田について控訴人と右桂介ら三名の共有とする協議が成立した趣旨の記載があり、原審における控訴本人の供述中には右の記載に添う部分があるけれども、他方、前掲証拠特に原審証人平井省三郎、谷忠助(第一回、一部)の各証言および原審における被控訴本人の供述によれば、右協議書は少なくとも本件家屋および田を控訴人の所有とする旨の前記登記手続をした当時には作成されていた形跡がなく、かえつて控訴人が本件抵当権の実行をおそれて後日になつて日付をさかのぼらせて作成されたようにも認められることと対比して考えると、右記載部分はたやすく信用しがたく、そのほかにこれを認めうる証拠はない。
(二) 以上の事実によれば、本件家屋および田は、いずれも亡信吉の相続財産であるが、同人の死亡当時なされた遺産分割の協議は無効であるから、その分割の協議が成立し有効であることを前提として、控訴人の所有となつた旨の本件所有権移転登記および所有権保存登記は、真実の権利関係と一致しないものというべきであるところ、控訴人の子である桂介ら三名が、控訴人を相手どり控訴人主張の日にその主張のような相続回復請求の訴を津地方裁判所に提起し相手方である控訴人がその請求を認諾したことは、当事者間に争いがなく原審における控訴本人の供述によると右認諾の直後において控訴人と桂介ら三名間で本件家屋を控訴人の所有とし、本件田を桂介ら三名の共有とする旨遺産分割の協議(ただし未登記)がなされた事実を認めることができる。
(三) ところで、右相続回復に先だち抵当権設定の登記がなされているので、その抵当権が設定されたかどうかについて検討するに、前掲乙第一号証の一ないし三、第一四号証、原審および当審証人谷忠助(原審は第一、二回、一部)、原審証人山本清、西村つた子の各証言ならびに原審および当審における控訴本人(一部)、原審における被控訴本人の各供述を合わせ考えると、控訴人は昭和三三年秋ごろ訴外谷忠助の要請により同人に対し三〇万円の借用金債務について、同人のため被控訴人に対する物上保証人となることを承諾し、本件家屋および田の権利証、印鑑証明書等抵当権設定に必要な書類を右忠助に交付し、よつて同人を通じ訴外司法書士山本清を代理人として被控訴人のため本件家屋および田について各抵当権設定登記手続をし、その旨登記されるに至つたことを認めることができ、原審ならびに当審における証人谷忠助および当審における控訴本人の供述中、右認定に反する部分は前掲証拠と対比して認めがたく、そのほかに右認定を妨げる証拠はない。
(四) そこで、前記認諾の直後になされた遺産分割の遡及効が、本件抵当権を取得した被控訴人に対しても及ぶかどうかについて考えてみる。民法第九〇九条但書によれば、遺産の分割は相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるが、第三者の権利を害することができない旨規定して、遺産分割の遡及効が第三者の既得権を害しえないものとされている。成立に争いのない甲第四号証の一ないし三によれば、前記認諾にもとづく遺産分割の協議は、控訴人と訴外谷桂介、芙美子および八郎の特別代理人との間においてなされたものであるところ、被控訴人は既に右認諾による遺産分割の協議前において、しかも表見相続人ではなくて、真正の相続人中の一人である控訴人より本件抵当権の設定をうけていたのであるから、右分割の協議の効力は被控訴人の既得権として有する抵当権を侵害することはできないものというべきである。そうだとすれば、認諾調書の存在を前提とする本件抵当権の排除に関する控訴人の主張は失当であつて、採用することができない。
三、次に控訴人は、仮に本件抵当権の設定行為が有効であるとしても、控訴人が物上保証人としての義務を免除され、右抵当権は消滅した旨主張するけれども、当審の審理によるもこれを認めることができない。その理由は、原判決の理由二(四)に記載のとおりであるから、これを引用する。
四、以上の理由により、控訴人の本訴請求は失当であつて棄却をまぬがれないものであり、右の趣旨と結局において同旨の原判決は相当であり本件控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
別紙
目録
一、三重県一志郡白山町大字山田野四九九番の一
家屋番号 九三番
木造瓦葺平家居宅 建坪 二二坪五合
木造瓦葺平家建物置 建坪 四坪五合
二、同所一四九〇番
田 九畝二八歩