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名古屋高等裁判所 昭和39年(ネ)825号 判決 1965年12月20日

控訴人(原告) 小林文雄

右訴訟代理人弁護士 大友要助

同 福間昌作

被控訴人(被告)

名古屋市長 杉戸清

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

右訴訟復代理人弁護士 大場民男

主文

本件控訴を棄却する。

当審における控訴人の新請求(第二次ないし第五次請求)はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人の先代亡小林駒次が別紙目録記載の本件土地を所有していたこと、被控訴人が特別都市計画法および土地区画整理法に基く土地区画整理事業の施行者として、右土地につき、一部を土地区画整理地の道路敷に該当するとし、残部を仮換地として交付する旨指定通知したこと、その指定によると、別紙目録記載(1)の部分につき、換地予定地面積一六三坪一三、同(2)の部分につき、同三二坪六五、同(3)の部分につき、同六三坪六六であること、は当事者間に争いがなく、本件土地のうち換地予定地(後で仮換地)として指定された右以外の部分が道路敷となり、公道として使用されていることは被控訴人において明らかに争わないから、自白したものとみなされる。

第一次の請求について、

控訴人は右土地区画整理事業により本件土地の一部が道路敷として使用されたことによる損害について、土地収用法に基き補償を求める旨主張するが、本件土地の一部が土地収用法により収用されたものと認むべきなんらの証拠もなく、また、特別都市計画法および土地区画整理法の各規定によるも、本件の場合に土地収用法により補償を求め得べき根拠を発見し得ない。

なお、控訴人の本訴請求が前記各法律所定の清算金あるいは減価補償金を請求する趣旨であると解しても、右土地区画整理事業が現在進行中で換地処分の公告がなされていないこと、原審および当審の証人伊藤徳男の証言ならびに弁論の全趣旨により明白な本件において、未だ、これを請求し得ないことは右各法律の規定に徴し明らかである。

よって、控訴人の第一次請求はその理由がないから棄却を免れない。

第二次および第三次の請求について、

本件において土地収用法の発動があったことの認められないことは前記のとおりであり、土地区画整理法による土地区画整理事業は都市計画区域内の土地について健全な市街地造成のために公共施設の整備改善および宅地の利用増進を図ることを目的として法によって行われる土地の区画形質の変更および公共施設の新設または変更に関する事業をいい、土地収用が土地についての権利の得喪変動を生ぜしめるのに対し、区画整理は権利の対象たる土地の区画形質に変更を加えながら、法の擬制により原則として土地の権利関係については変動を生ぜしめることがないのである。そして右土地の区画形質の変更については換地処分の方法を本質的手段としているのであり、これは、施行者が整理施行前の土地すなわち従前の土地各筆に対しこれに照応すべき整理施行後の土地すなわち換地の位置および範囲を指定する公法上の処分であり、結果的には権利の客体たる土地を強制的に変更せしめるににおいて物的公用負担の一種に属するということができるが、処分自体が直接権利の得喪を生ぜしめる土地収用処分や農地買収処分とは異り、換地処分による右の変更の効果は法の規定(一〇四条)によって生ずることにおいて異るのである。

そして、土地区画整理事業が右のような目的達成に必要な範囲内において施行されている限り、ひっきょう公共の福祉のために行われるのであるから、施行地区内の所有権およびその他の権利の行使を制約し、またはこれに変動を生ぜしめることがあっても憲法のいずれの規定にも反するものではなく、ただ、憲法第二九条との関係において補償の要否、その額の当否の問題が起るに過ぎないし、本件において控訴人の全立証によるも、被控訴人の施行した土地区画整理事業が右の正当な範囲を逸脱してなされたというようなことは認められないから、他に特段の事情ない限り、土地区画整理法その他関係法令の規定を離れて不法な行政処分あるいは事実行為であるとして控訴人に対し損失補償ないし損害賠償をなすべき理由は認められないのである。

ところで、換地処分は原則として換地計画にかかる区域の全部について整理工事完了後なされるものであって、その換地処分の公告があってその翌日に換地清算金が一応確定するわけであり、清算金を交付されるべき権利者もその時点において清算金交付請求権を取得することになり、それ以前には期待権というに止るべく、その額の如何も定まってはいない。しかも、清算金の制度は従前の土地と換地の価格がほぼ相等しかるべきという換地計画の方針が広範囲にわたる土地区画整理事業において現実の換地処分の結果が不公平に帰したものを不当に利得した者から徴収し損失を受けた者に交付する金銭清算の方法であるから、その意味からいっても換地処分がなされない(本件では未だ仮換地の状態である)現在清算金の支払を求めるのはもちろん、その額が控訴人主張の額であるかどうかを決定し得る段階ではない。

また、土地区画整理法にいう減価補償金というのは、土地区画整理事業において市街地における道路公園等の公共施設が新設拡張される結果整理後の宅地の総地積が整理前のそれに比し相当減少し、そのため整理後の単位当りの宅地価額が上昇するにかかわらず、宅地全体の総価額において減少する場合が生ずるので、かような場合には換地処分は公平になされ、あるいは各個の権利者間の不公平は前記清算金の徴収、交付によって是正されて不均衡はなくても、宅地権利者は、なお、その全員の損失において宅地および権利の総価額の減少額を無償で収用されたのと同様の結果になり、したがって、これに対しなんらの補償を与えないことは憲法第二九条に違反することになるので減価補償金を交付する必要があって規定されたものであるので、それには換地処分の公告と同時に施行後の宅地の総価額が施行前の宅地の総価額より減少した旨の公告(法第一〇九条、第一項施行令第六〇条第一項)をなすことを要し、各権利者別の交付額については土地区画整理審議会の意見を聴かねばならない。

されば、右の減価補償金の制度は控訴人の考えるような単に個々の権利者が土地区画整理事業施行により従前の土地を減歩されたり、あるいはその土地の価額が換地処分において減少したことのみを要件として成立しているものでもなく、また個々の権利者の減歩等により直ちに補償を得られる性質のものではなく、右のような前記事業全体の規模においてその基盤が成立するのであり、かつ前記の手続を経ねばならない。したがって清算金には後記のような仮清算の規定も存するが、減価補償金については、かかる規定はない。

いずれにしても本件において、未だ右清算金あるいは減価補償金を請求し得る時期が到来しないことは、右説明により明らかであるというべきである。(控訴代理人引用の特別都市計画法第一六条(昭和二一年法律第一九号による旧規定)等の一割五分以上の減歩について補償規定も、直接個々の権利者の減歩の基準を定めたもの、あるいは個々の権利者の減歩のみにより補償金請求の権利が発生するわけのものではないと解すべく、その主張は採用できない。)

また、仮換地指定にともなう損失補償として、土地区画整理法一〇一条の規定するところは土地所有者が仮換地も従前の土地もいずれも使用収益できない(使用開始日を別に指定する結果時期的にできない場合も含む)ような場合であって、本件の場合にはかようなことがあるとは認められないから、右の損失補償の対象とはならない。

さらに、仮清算の点を控訴人が主張するので、これにつき考えるに、土地区画整理法第一〇二条の規定は施行者が必要があると認めるときは換地処分前といえども仮に算出した清算金を交付し得ることを定めたものであるが、かりに、控訴人が換地処分公告により清算金の交付を受けることが予定されているものであるとしても、その現在における権利は期待権に過ぎず、仮清算金を交付するかどうかは施行者の自由裁量に委ねられているものと解すべく、施行者の仮清算金交付決定前に右期待権に基いて仮清算金の交付を請求し得るものとは解せられないから、これについての確認請求も理由がない。

なお、建物の移転除却等による損失補償の問題は本件においてはないのであり、かりに、控訴人がこの問題と関連させて考えているとしても、本件訴訟の対象ではない。

そうだとすれば、控訴人の第二次請求はいずれもその理由がなく棄却を免れないのである。

第三次請求は、その実質において、原審で却下された補償額を明示せよとの請求をその趣旨の形態において変更したことが推認されるのであるが、たとえ、「不作為の違法確認の訴」に似た形態をとっても、右は行政事件訴訟法にいうそれとは異るものであり、未だ控訴人主張の補償金、清算金等を請求し得る時期が到来していないこと前記のとおりであり、行政庁に対し法令に基く申請もないわけであるし、仮清算金についてはこれを請求し得る権利はなく、これまた申請のあったわけでもないから被控訴人において金額を明示しないことが違法であるということもできない。

また、いわゆる義務付け訴訟の実質をとるものとみても、前記のように、控訴人主張の補償金、清算金あるいは仮清算金はいまこれを確定し得る段階でもなく、請求し得る権利もないのであるから、その請求を認容するわけにはいかない。

よって第三次の請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。

第四次の請求について、

本件において未だ換地処分がなされていないこと、土地収用法の発動をみたわけでないことは前記のとおりであり、仮換地(以前は換地予定地)指定処分は昭和三〇年三月二六日になされたこと、≪証拠省略≫により明白で、右に対する不服の訴であると解しても出訴期間をはるかに経過しているし、右処分が無効であるというようなことは認められないし、控訴人主張のような本件土地が過分に収用されたというようなことも、土地区画整理にともなう市街地の区画形質の変更の性質に照し認められない。けだし、同一施行地区内の他の土地に比し減歩率が大きいからといっても、控訴人の場合のように角地である場合は路線価式評価格により算出される換地の価額は高くなり、したがって従前の土地と換地後の土地とをその価額において比べれば必しも他の土地より不利になったとはいえないこと、原審および当審における証人伊藤徳男の証言により認められるし、かりに換地後の価額が従前の土地に比し少い場合には前記のように換地処分において清算金を交付されることになるのであるから、他に比し控訴人が特に不利な取扱を受けたことにはならない。

そして、本件において、被控訴人が土地区画整理法の目的を逸脱して、特に道路を必要以上広くしてその結果本件土地を不必要に削ったというようなことは全証拠によるも認められないから、第四次請求も理由がなく棄却を免れない。

第五次請求について、

控訴人のいう補償請求権が前記減価補償金を指すものならば、前記のように未だ換地処分の公告と同時になさるべき、宅地総額の減少の公告がなされるかどうかも判らない現在それについての確認請求なるものは、とうてい認められないこと当然である。

かりに換地清算金の帰属を争うものと解しても、これは換地処分公告のときに至らなければその交付を受けるか、あるいは徴収されることになるかも判明しない筋合であるのみならず、その清算金請求権(正しくは期待権)が仮換地指定処分があったに止り未だ換地処分のない現在において当該土地の売買における売主買主のいずれにあるかは、売買当事者間においてはその契約ならびに付帯契約の内容が右清算金の帰属に影響を及ぼすのであるから、その契約内容について証拠がない(甲第三号証の登記簿謄本、原審証人古田林一の証言によっては判然とした契約内容は認められない)本件において控訴人あるいは訴外の買主のいずれに清算金が帰属するかは判明しないし、整理施行者たる被控訴人との関係においては、旧特別都市計画法第二三条、土地区画整理法第一二九条等の趣旨からいって、清算金に関する権利も原則として買主に移転すべく、ただ売買契約の内容如何によっては右対施行者の関係においても変更を来すことがあると解するのである。

しかし、本件土地の権利者がいずれであるにしても未だ清算金請求権を取得しない現在において、控訴人が登記簿上訴外徳田肇に一部譲渡された別紙目録(3)の土地に関する清算金の請求権が自己にあることの確認を求めることは理由がなく、棄却を免れないものというべきである。

以上のとおり控訴人の第一次請求以下第五次請求まで、そのすべては棄却すべきであるから(原審における却下された部分は当審において訴の変更にともない取下げられたとみるべく、その後異議なく三ヶ月以上経過しているから取下につき同意あったとみなされる)、本件控訴ならびに当審において提出された第二次請求以下の予備的請求を棄却し、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 渡辺門偉男 小沢博)

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