大判例

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名古屋高等裁判所 昭和40年(う)679号 判決

判決理由〔抄録〕

よって、原判決書を調査するに、原判決は罪となるべき事実として、「被告人は(中略)昭和三九年九月二六日午後八時五五分頃、原判示軽自動二輪車を運転し、制限速度四〇キロの名古屋市瑞穂区瑞穂通五丁目二〇番地(同番地先の道路と解する)を北から南に向って時速五五キロで進行し、信号機のない交差点に差しかかったのであるが、凡そ自動車を運転することを業とする者は、斯る交差点を通過する場合は、その前方(入口の意味と解する)で一旦停車するか、何時でも停車できるよう減速し、且つ前方左右の安全を確めたうえ、進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右斜前方二七、一米の地点を右折せんとしている伊藤克運転の軽自動三輪車を認めながら、これが通過もまたず、右車輛が停止して道を譲ってくれるものと速断し、漫然そのままの違反速度で進行した業務上の過失により、約一〇、八米の近距離に到り、危険を感じて、ハンドルを左に切るも及ばず、自車前部を右車輛に衝突させて、その衝撃により、自車に同乗していた三宅信行を転倒させ、よって同人を同日午後九時頃牛巻病院において、脳内出血等に基づき、死亡するに至らしめたものである」旨起訴状記載の公訴事実と同一事実を判示していることが明らかである。所論は、原判決が信号機のない交差点に進入しようとする自動車運転者一般につき、その入口で一旦停止又は徐行の義務を認めたとなし、これを理由不備と非難するにあるところ、なるほど原判文には、一見そのような記載がなされており、措辞いささか妥当を欠くことは、前記摘録のとおりであるが、この記載を含む原判示罪となるべき事実の判文全部を熟読玩味すれば、原判決は単に、交差点に信号機がないだけの理由で、一旦停止又は徐行の義務を認めたのではなく、原判示の如く、被告人が夜間軽自動二輪車を運転し、時速四〇粁の制限速度を約一五粁も超過する高速度で信号機の設備のない(交通整理の行われていない趣旨)原判示交差点にさしかかり、これを通過しようとしたが、たまたま右斜前方二七、一米の地点に、右折のため被告人の進路を横断しようとしている軽自動三輪車を認めたことを前提とし、かかる場合には、被告人の業務上の注意義務として、交差点入口における一旦停止又は徐行進入の義務あることを認定判示したのであって、条理上この判断に誤りはない。而して業務上の注意義務に限らず、過失犯一般における注意義務は、法令に直接規定がなくても、慣習又は条理により、肯認されるものは、これを負担し、遵守すべきであって、所論の如く、道路交通法に直接規定がないことを以て、これを否定すべきではない。然らば原判決には、この点につき理由不備の違法がない。

所論は更に、原判決が原判示右折車の右折が完了していないことを認めながら、被告人に待避義務を認めたのは、理由のくいちがいである、というにあるところ、なるほど道路交通法第三七条だけの上では、原判決の判断に一見くいちがいがあるものの如くであるけれども、所論はここでも、道路交通法の法文だけで事を決しようとする誤りを冒しているものである。すなわち、仮に同法第三七条により優先通行権があったとしても、その優先通行の際、自己の過失によって、人身事故を起こせばその過失責任を負わなければならないことは、理の当然である。今本件につき、前段に摘録した原判示事実によれば、被告人が原判示事態に直面した場合において、仮に前記法条による優先通行権があったとしても、交差点の入口で一旦停止して安全を確認するか、或は徐行して進入し、前方及び側方(特に右折車の動静)を注視して、進路の安全を確認したうえ、進行すべき業務上の注意義務は免れないから、この義務の履行として、却って本件右折車を待避すべき場合もあり得るのである。然らば原判決が本件右折車の右折の完了しないことを認めながら、被告人に該右折車を待避すべき義務違反を認めたことに、理由のくいちがいは存しない。

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