名古屋高等裁判所 昭和40年(ネ)144号 判決 1965年10月14日
控訴人 被告 岩本産業株式会社
訴訟代理人 小栗孝夫
被控訴人 原告 一色商事株式会社
訴訟代理人 福井正二
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決をもとめ、被控訴代理人は控訴棄却の判決をもとめた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および書証の認否は左記のほか原判決事実摘示と同一(ただし、原判決二枚目表五行目に「毛色」とある誤記につき「毛糸」と訂正)であるから、ここにこれを引用する。
一、控訴代理人は、甲第五ないし第八号証はいずれも不知と述べた。
二、被控訴代理人は、甲第七、第八号証を提出し、乙第一、第三、第四号証の成立を認め、その余の乙号各証は不知と述べた。
理由
本件毛糸売買契約の当事者につき、被控訴人は、被控訴人が売主本人であると主張し、控訴人はこれを争うので先ずこの点について判断する。
原審証人白井順一郎、同白井利八、同有馬桂治郎の各証言、原審における控訴会社代表者本人尋問の結果、およびこれにより成立を認める乙第五号証を総合すれば、本件ラムアンゴラ毛糸八二四キロ六二は、もと豊橋市北島町字北島二六七番地に本店を有する訴外白井通商株式会社の所有に属していたが、右訴外会社が被控訴人よりの借受金の担保のため、被控訴人に対し譲渡担保に供したものであるが、右訴外会社の倒産後、被控訴人において換価処分しようとしたが、被控訴人は金融業者で毛糸の売買には携わらず換価困難であつたので、被控訴人より右訴外会社代表者白井順一郎にこれが売却方を依頼し、右順一郎より更に同会社代表者白井利八にその旨連絡した結果、同人と控訴会社代表者岩本強固との間に、右毛糸を代金四〇万〇五三二円で売買する旨の売買契約が締結されたこと、右契約締結当時、右白井順一郎、白井利八において本件毛糸が被控訴人に譲渡担保に供せられていたことを知つていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上認定の事実関係からすれば、右訴外白井通商株式会社代表者白井利八は被控訴人の委託に基づき、被控訴人のためにする意思をもつて(明示の有無は別として)本件売買契約を締結したものすなわち、右訴外会社代表者白井利八と被控訴人との間には、本件売買につき代理関係が存在しその代理行為として本件売買契約が締結されたものと認むべきである。
ところで代理人のなした法律行為が本人に対してその効力を生ずるためには、代理人が本人のためにすることを示し、または相手方が本人のためにすることを知り又は知ることを得べかりし場合であることを要する(民法第九九条第一項、第一〇〇条但書)のであるが、右訴外会社代表者白井利八が右売買契約の締結に当り、被控訴人の代理人であることを控訴人に表示したかどうかについては、原審における証人白井利八の証言によるもこれを肯定することはできず、原審における控訴会社代表者本人尋問の結果よりすれば、これを表示しなかつたものと認めるのが相当である。しからば控訴人において、右訴外会社代表者白井利八の右代理行為につき、それが本人たる被控訴人のためにするものなることを知りまたは知りうべき事情があつたかどうかについて考えてみるに、まず控訴人において右代理権の存在を知つていたことを認むべき証拠はないし、また、前段認定の諸事実に、原審における控訴会社代表者本人尋問の結果により認められる控訴人は本件売買以前から右訴外会社とは毛糸の取引があつたけれども被控訴人とは全然なんらの取引関係もなかつた事実とをあわせ考えれば、控訴人において、本件売買契約当時、右訴外会社代表者白井利八が本人たる被控訴人のためにしたことは到底これを知り得べき事情でなかつたものと断定せざるを得ない。
ところで、被控訴人が金融業を目的とする民事会社であることは当事者間に争いがなく、本件毛糸の換価が被控訴会社の営業に属する貸金の担保にとつた担保品の換価処分行為であることは前段認定のとおりであるから、本件売買は被控訴人のために付属的商行為(商法第五〇三条)となる行為であるから、右訴外会社代表者白井利八が本人のためにすることを明示せず、被控訴人のため控訴人となした商行為たる本件売買契約が商法第五〇四条本文の解釈上、本人たる被控訴人に対してその効力を生ずるかどうかについて検討してみよう。
おもうに、商法第五〇四条本文の規定は、企業主体の経営活動がその組織の下にある補助者の行為により大量的継続的に展開される場合は、これに含まれる個々の行為につき一々その主体(本人)の名を表示することはむしろ煩雑で取引の敏活を害するおそれがあり、また相手方も行為の主体(本人)を認識するのに困難がなくその必要のないのを通常とするというような事情を考慮して民法第一〇〇条の規定を修正したものと解せられる。したがつて右商法第五〇四条本文が適用されるのは相手方において代理人が本人のために行為したことを知りうべかりし場合にかぎるのであつて、形式的に商行為であるというだけで軽々に商法第五〇四条本文の規定を適用することは許されないものといわねばならない。もつともかように解することは民法第一〇〇条但書との関連において右商法第五〇四条がその特別規定たる意義を失わしめる嫌がないではないがこの規定の趣旨は民法の規定に対し単に立証責任の転換をはかつたものにすぎず、すなわち商法が民法のいわゆる顕名主義に対し非顕名主義を採ることから、代理の効果を否認する相手方において、代理人が本人のために行為したことを知り又は知りうべかりし事情になかつたことをみずから立証しなければならないものとするにあると解すべきである。
そこで本件について考えてみると、訴外会社代表者白井利八は被控訴人の代理人として本件毛糸を控訴人に売却したのではあるが、代理関係の存在を認めうべき事情又は外観が全く存在せず相手方たる控訴人において右訴外会社代表者白井利八が被控訴人のために行為したことは到底これを知り得べきでなかつたことは前段説示のとおりであるから、前記のごとき商法第五〇四条本文の規定の趣旨からみて、本件はその適用を受けるべき場合ではなく、従つて右訴外会社代表者白井利八が被控訴人の代理人としてなした本件毛糸の売買契約は本人たる被控訴人に対してその効力を生じないものといわねばならない。
してみると、被控訴人は本件売買契約に基づく代金債権を取得していないから、右債権を有することを前提とする被控訴人の請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却すべきである。
よつて、これと結論を異にした原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 成田薫 裁判官 神谷敏夫 裁判官 辻下文雄)