名古屋高等裁判所 昭和40年(ネ)160号 判決 1971年5月31日
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人らは、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、「控訴人らの各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、左記に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに右記載を引用する。
一、控訴人加藤志うこ、同加藤博司の事実上の陳述
1、控訴人加藤志うこ、同加藤博司の被相続人加藤徳治は、昭和四三年五月一一日死亡し、右控訴人らは、右加藤徳治の相続人として限定承認をなし、かつ本件訴訟を承継したものである。
2、控訴人らは、当審においてつぎのとおり予備的主張を追加する。
仮に、本件土地所有権が被控訴人より訴外株式会社中神商店を経て控訴人らの被相続人亡加藤徳治に譲渡または信託的譲渡がなされたものでないとしても、亡加藤徳治と被控訴人との間で本件土地につき譲渡担保契約が成立したものである。
詳言すれば、被控訴人よりその所有にかかる件外四〇七坪の土地の売却方の委任を受けていた訴外渡部重夫は、昭和二九年一一月頃、同訴外人から右土地売却方の復委任を受けていた株式会社中神商店の中神三郎、奥山範隆、笹田和夫らより、右土地を担保として融資を受け、落綿を仕入れ、その売却代金をもつて被控訴人の幼稚園建設の資金に充てたらどうかとの提案を受けこれに賛同したが、結局右土地をもつてしては幼稚園の建設が不可能であることが判明したので、同年一二月頃、右中神三郎、奥山範隆らが談合した結果、本件土地を担保として亡加藤徳治より金借することとし、被控訴人代表役員奥田二恵およびその協力者たる訴外上原喜作の同意を得たうえ、右亡加藤徳治に対しその旨申し入れてその承諾を得た。
そこで、同年一二月二七日午后七時頃、右奥山、笹田、上原喜作及び被控訴人代表役員奥田二恵、ならびに亡加藤徳治の五名が同道して一宮市のプリンス喫茶店において前記訴外渡部重夫と面談し、右奥山が、席上、「件外四〇七坪の土地では落綿がひけなくなつたので、昭和三〇年四月頃本件土地上の市営住宅の立退をまつてこれを更地として売却することとし、それまでは被控訴人代表役員奥田二恵の個人所有にかかる下山町の土地が池田辰二らに喝取され、本件土地も狙われているのでこれを防止するとともに、被控訴人の幼稚園建設の資金を捻出するため、加藤徳治に本件土地を譲渡担保に供し同人より金員を借用してはどうか」との提案をなし、右渡部重夫はこれに同意し、右亡加藤徳治も右提案に基づき本件土地を譲渡担保として金一五〇万円を貸与することを申し出で、被控訴人代表役員奥田二恵及び上原喜作もこれを承諾した。
かくして、同日午后一〇時頃、亡加藤徳治は、被控訴人方において、予め早瀬司法書士に作成せしめ用意してあつた本件土地の譲渡担保に必要な登記関係書類等を提出して被控訴人代表役員奥田二恵の署名押印を求めたところ、同人は右書類を一覧したうえで所定欄に署名押印して亡加藤徳治にこれを交付した。以上のごとき経緯のもとに、亡加藤徳治と被控訴人代表役員奥田二恵との間において本件土地の譲渡担保契約が成立したものである。
3、また、被控訴人代表役員奥田二恵は、前記のごとく訴外渡部重夫に対し被控訴人の幼稚園及び本堂建設に関し資金獲得を含む業務一切を包括的に委任していたものであり、本件土地の処分についても代理権限を授与していたものである。そして右訴外渡部重夫は訴外株式会社中神商店の役員中神三郎、奥山範隆らに対して本件土地の処分につき復委任をしていたものであるから、仮に亡加藤徳治と被控訴人代表役員奥田二恵との間に直接の譲渡担保契約が存在しなかつたとしても、亡加藤徳治は、右渡部重夫らの受任者よりの依頼により融資をなしこれが担保のため本件土地につき譲渡担保契約を締結した以上、右加藤徳治の被控訴人に対する融資金債権及び右譲渡担保契約は有効に成立しており、右亡加藤徳治は、被控訴人代表役員奥田二恵より直接丙第二号証の作成を受けて本件土地につき被控訴人主張のごとき所有権移転登記手続を経由したものである。
以上のしだいで、本件土地の所有権移転登記は、右譲渡担保契約上の権利関係に符合するから適法有効と解すべく、かつ被控訴人は弁済期日(昭和三〇年八月三一日)に融資金債務の返済をなさなかつたので、本件土地の所有権は右亡加藤徳治に確定的に帰属するに至つたものである。
4、被控訴人の要素の錯誤に関する主張事実は争う。
仮に被控訴人主張の要素の錯誤の事実が存したとしても、表意者たる被控訴人代表役員奥田二恵は、大学を卒業して現在高等学校の教師を勤める身であり、その社会的、指導的地位等にかんがみれば、表意者たる右奥田二恵に重大な過失があつたものというべきであるから、被控訴人は、自ら右譲渡担保契約、ひいてはこれに基づく本件土地所有権移転登記の無効を主張することはできない筋合である。
なお、付言するに、被控訴人主張にかかる要素の錯誤は、所有権移転登記のための売渡証書の署名押印ではなく、所有権移転請求権保全の仮登記のための証書の作成であつたとする限り、単たる法律上の錯誤の主張に帰するものであるのみならず、右のごときは、表示行為に表われない被控訴人代表役員奥田二恵の純然たる内心の意思にかかわるものである以上、民法九五条に該当するものではない。
二、控訴人小林ヤエコ、同小林弘恵、同加藤竹二、同東しまの事実上の陳述
1、亡加藤徳治が本件土地所有権を取得した経緯、原因については、控訴人加藤志うこ、同加藤博司の主張を援用する。
2、仮に、被控訴人代表役員奥田二恵において亡加藤徳治に対し本件土地を売り渡す意思も、譲渡担保に供する意思もなく、所有権移転請求権を付与する意思もなかつたとしても、右奥田二恵には譲渡担保契約ならびにこれに基づき所有権移転登記手続がなされたことにつき重大な過失があつたというべきである。従つて、右所有権移転ならびに所有権移転登記が無効であつたとしても、被控訴人はその無効を自ら主張することができない。
3、また、仮に被控訴人代表役員奥田二恵には亡加藤徳治に対し本件土地につき所有権移転請求権を付与する意思がなかつたとしても、被控訴人はその主張のごとく、本件土地につき形式上所有権移転請求権保全の仮登記をする意思があり、登記に必要な書類を交付したものである。しかして被控訴人の意図する所有権移転請求権保全の仮登記がなされた場合には、被控訴人の意思に反して仮登記に基づく本登記手続がなされたときには、被控訴人はその本登記の無効を善意無過失の第三者に対抗できないものであるから、所有権移転請求権保全の仮登記をなす意思を有した被控訴人が仮登記を経ず直ちに亡加藤徳治に所有権移転登記をされる結果を生ぜしめた以上、その登記の無効を控訴人小林ヤエコ外三名に対抗することはできない。
三、被控訴人の事実上の陳述
仮に本件土地に関する不動産売渡証書(丙第二号証、以下単に丙第二号証という。)が本件土地の売渡証書としての形式を具備しているため、被控訴人代表役員奥田二恵の行為が表示上は右不動産譲渡行為となるとしても、これは要素の錯誤により無効である。すなわち、
1、被控訴人代表役員奥田二恵においては、丙第二号証の作成に当つて、本件土地につき「他へ持つていかないしるし」(被控訴人が勝手に委任して処分しない意)に所有権移転請求権保全の仮登記をする意思があつたが、所有権移転の意思は全くなかつた
2、かかる状況で、被控訴人代表役員奥田二恵は、亡加藤徳治より丙第二号証の二枚目の裏を開いて署名押印を求められ、これに署名押印をなしたものである。
その際、右奥田二恵は、自己が署名押印している書面が不動産売渡証書であるとは思わず、所有権移転請求権保全の仮登記(右奥田二恵のいわめる「保存登記」)と信じてなしたものである。従つて、右奥田二恵の右書面に対する署名押印につき表示上の錯誤があつたものである。
かかる表示上の錯誤を生じたことは亡加藤徳治ら株式会社中神商店の役員らの欺罔手段によるものである。
3、亡加藤徳治らによる欺罔手段とは次のごときものである。
(一) 昭和二九年一二月二六日夜より翌二七日朝にかけて右奥田二恵及び訴外上原喜作は川那辺及び池田らの新聞社の者に脅迫されて右奥田二恵の個人所有の千種区下山の土地四〇〇坪を喝取せられた。
このことを相談するため、右奥田二恵及び訴外上原喜作は同年一二月二七日に川那辺らの手を離れて中神商店に連絡し、同夕方七時に株式会社中神商店の役員らと一宮で会うこととなつた。そして同夜七時一宮市本町プリンス喫茶店にて、亡加藤徳治、奥山範隆、中神三郎、笹田和夫及び渡部重夫と会つて前記の経過を話した結果、今後川那辺、池田らに脅迫されても第三者に仮登記しておけば心配はないということと、一、三〇〇坪の土地を他に持つていかない(被控訴人が勝手に他に委任しない意)ために仮登記手続をすることとなつた。その仮登記を右奥田二恵及び上原喜作は、いわめる保存登記という名称で信じていた。
(二) かくして、亡加藤徳治ら株式会社中神商店の役員らは、右の話のあつた当夜一一時頃一宮より被控訴人方へ来て夜半一二時過に右奥田二恵をして前記のごとくして丙第二号証に署名押印をせしめたものである。
(三) 丙第二号証の作成については、右奥田二恵、上原喜作は別口の四〇〇坪については既に名義をかえて委任してあり、本件土地一、三〇〇坪についても本堂建築用として委任することとなるので、株式会社中神商店の役員らを全く信用していたものであり、特別急ぐ必要もないのに深夜一宮市より名古屋まで来り、かつ書面の用意までされていることを疑うこともなく、亡加藤徳治が丙第二号証の奥田二恵の署名押印すべき頁を開き署名押印を求めてももとより何ら疑うことなく、また丙第二号証の表題がいかなる書類であるかについても気もつかず、開かれた頁に署名押印したものである。
(四) かかる状況で亡加藤徳治ら株式会社中神商店の重役が右奥田二恵を欺罔したものであり、この結果錯誤により丙第二号証に署名押印したもので要素の錯誤により効力のないものである。
4、控訴人ら主張にかかる、被控訴人代表役員奥田二恵に重大な過失があつたとの点は否認する。
四、立証関係(省略)
理由
一、原判決添附第一目録記載の土地(以下単に本件土地をいう。)がもと被控訴人の所有であつたことは、被控訴人と亡加藤徳治承継人たる控訴人加藤志うこ、同加藤博司との間においては争いがなく、本人たる控訴人加藤志うこ、同東しまに対する関係においてはその成立につき争いがなく、控訴人小林ヤエコ、同小林弘恵、同加藤竹二に対する関係においては、その方式及び趣旨により登記官吏が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一ないし第八号証、第一一、一二号証、第一五号証によりこれを認めることができる。
二、そして、被控訴人主張の各土地につきその主張のごとき登記が存することは、当事者間に争いがないところである。
三、被控訴人は、本件土地を何人にも売渡した事実がないのにかかわらず、右土地につき控訴人加藤志うこ、同加藤博司の被承継人たる亡加藤徳治のため所有権移転登記手続がなされている旨主張し、控訴人らは、1本件土地は被控訴人から訴外株式会社中神商店へ信託譲渡され、同商店から亡加藤徳治に対し譲渡担保契約が締結され、中間省略登記の方法によりその所有権移転登記手続については被控訴人より直接亡加藤徳治になされたものである旨、2仮にしからずとするも、被控訴人代表役員奥田二恵と亡加藤徳治との間に直接締結された譲渡担保契約により、3仮にしからずとするも、被控訴人の包括的代理人たる訴外渡部重夫と亡加藤徳治との間に締結された譲渡担保契約により、いずれも本件土地所有権移転登記手続がなされたものである旨を主張し、極力抗争するので、順次右主張の当否を判断することとする。
1、まず、本件土地が被控訴人より訴外株式会社中神商店に対し信託譲渡され、同訴外商店と亡加藤徳治との間で譲渡担保契約が締結された旨の主張につき検討するに、丙第一号証及び甲第二六号証、第三二号証中には、被控訴人は昭和二九年一二月一五日付で訴外株式会社中神商店に対し本件土地を代金三五〇万円で売り渡した旨、また丙第三号証、甲第二七号証、第三〇号証中には、昭和三〇年一月一二日付で訴外株式会社中神商店等と亡加藤徳治との間において「本件物件は、株式会社中神商店が奥田二恵より買い受けたが、金の都合上加藤徳治が金を立替えて本件土地の名義を加藤徳治の名義にした」旨の各記載部分があり、これをもつてすれば、控訴人らの右主張に副うかのごとくであるが、原審及び当審における証人佐藤清の証言(但し、原審証人坂口清は、その後佐藤清に改姓)によれば、後掲2において認定するごとく、被控訴人より幼稚園の建設及び寺院本堂の建設の総責任者としてその委任を受けた訴外渡部重夫、同訴外人より右の事項につき復委任を受けた訴外株式会社中神商店の代表者中神三郎、専務取締役笹田和夫、常務取締役奥山範隆らが被控訴人所有の件外の土地四〇〇坪を担保として、亡加藤徳治より借り受けた四一万円を右訴外商店及び訴外人らの用途のため費消横領してしまい、本件土地についても亡加藤徳治に対し譲渡担保名義で移転登記手続がなされ、右訴外商店が右担保により亡加藤徳治から借用した金一五〇万円も返済困難に陥り、他方被控訴人より依頼された幼稚園建設等の資金捻出にも窮した挙句、亡加藤徳治より本件土地所有権を取り戻すことを画策し、これがため亡加藤徳治に対する本件土地所有権移転登記手続のなされた以前に既に訴外株式会社中神商店が被控訴人より本件土地の売渡しを受けたごとく作為して丙第一号証(本件土地の不動産売渡契約書)を作成し(甲第二六号証、第三二号証はその後訴外渡部重夫が訴外株式会社中神商店の事務員佐藤清に作成させた写)、被控訴人代表役員奥田二恵に対しては、税務署対策上必要である旨を申し向けて、その情を知らず、かつ右訴外人らを深く信頼していた奥田二恵をして丙第一号証に署名押印させたものであること、他方亡加藤徳治は、丙第一号証が作成されていることを知つて、これと符節を合するように訴外株式会社中神商店等との間で丙第三号証(甲第二七号証、第三〇号証はその写)を作成し、これをもつて本件土地の所有権移転登記手続に必要な原因関係証書としての「不動産売渡証書」(丙第二号証)による本件土地所有権移転登記が真実、被控訴人より亡加藤徳治に対する中間省略登記であるかのごとく仕做したものであることを認めることができ、前掲丙第一号証及び第三号証は、右認定事実と対比して控訴人らの右主張事実を認定する資料とするに値せず、原審において本人として尋問した亡加藤徳治の尋問の結果中控訴人らの主張に副うかのごとき供述部分はたやすく措信しがたく、他に控訴人らのこの点に関する主張事実を認めるに足りる証拠はない。よつて、控訴人らの前記主張は採用できない。
2、進んで、被控訴人が直接亡加藤徳治との間において本件土地の譲渡担保契約を締結した旨の主張について検討する。
丙第二号証には、被控訴人代表役員奥田二恵が昭和二九年一二月二七日付をもつて亡加藤徳治に対し本件土地を売り渡した旨の記載が存し、これをもつてすれば同号証は控訴人らの右主張に副うかのごとくであるが、同号証は次のごとき経緯のもとに作成されたものと認められる。すなわち、いずれも原審証人上原喜作の証言により真正に成立したものと認められる甲第三三ないし第三五号証、第四〇号証の一ないし三、第四五号証、第四六号証、成立につき争いのない甲第四七号証の二、第四九号証の二ないし四、第五〇号証の二(但し、控訴人加藤志うこ、同小林弘恵に対する関係では、いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成した公文書と認められる)、成立に争いのない丙第二三号証の一の記載の一部、原審証人中神三郎の証言により真正に成立したものと認められる丁第二、三号証、原審及び当審における証人上原喜作の証言、原審証人渡部重夫の証言(第一、二回)、同笹田和夫、同奥山範隆の各証言、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人代表者本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人は、もと、名古屋市熱田区森後町に本件土地のほか件外四一六坪九合二勺の土地(以下件外四〇〇坪の土地という。)を有していたが、被控訴人代表役員奥田二恵は、右土地を売却して戦災により焼失した幼稚圏及び被控訴人の寺院本堂の再建を企図し、昭和二九年一一月一五日頃、右代表役員奥田二恵の叔父上原喜作が訴外渡部重夫に対し、右土地のうち比較的人家が少なく売却し易い件外四〇〇坪の土地の売却方を委任し、右訴外渡部重夫は右土地を売却し幼稚園建設事業を引き受け、同訴外人は知人の奥山範隆にこれが売却につき尽力方を依頼したところ、時あたかも右奥山範隆の知人中神三郎を代表取締役、笹田和夫を専務取締役、奥山範隆を常務取締役、亡加藤徳治を取締役とする株式会社中神商店が設立されたばかりのところであつたので、同訴外商店において右件外四〇〇坪の土地の売却、幼稚園の建設等を引き受けることとなつたこと、そして右株式会社の代表者中神三郎らは、被控訴人代表役員奥田二恵やその協力者であつた右訴外上原喜作に対し右件外四〇〇坪の土地を担保に入れて落綿を仕入れ、これが転売代金をもつて幼稚園建設資金の一部を捻出し、後日右件外四〇〇坪の土地を有利に売却して債務を弁済し、かつ幼稚園を完成せしめるべき旨を申し向け、これがため右件外四〇〇坪の土地の所有名義を株式会社中神商店に移転する必要があるとなして、昭和二九年一二月一日受付をもつて売買を登記原因として被控訴人より右株式会社中神商店代表者中神三郎の個人名義に右件外四〇〇坪の土地の所有権移転登記手続を経たうえ、擅に同月四日受付をもつて亡加藤徳治のため売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続を経由し、同月三日亡加藤徳治より金四一万円の貸与を受けたが、これを幼稚園建設資金に廻すことなく、右訴外中神三郎、同奥山範隆、同笹田和夫、同渡部重夫らにおいて自己ないしは訴外商店の用途に費消してしまつたこと、ところで、訴外渡部重夫は、既に同年一一月二四日、被控訴人名義で訴外中野建設株式会社との間において請負代金二五〇万円をもつて幼稚園を建設すること、請負代金のうち一〇〇万円は契約と同時、残金一五〇万円は工事完成時に支払うこと、竣工期昭和三〇年三月一五日などを内容とする請負契約を締結したが、他方において中神三郎らにおいて前記のごとく件外四〇〇坪の土地を担保にして亡加藤徳治より借用した金四一万円を費消し、かつ右土地の売却もなかなか容易でなかつたところから、被控訴人所有の残余の本件一、三〇〇坪の土地を担保として右亡加藤徳治より金員の貸与を受け、前記中野建設株式会社に対する請負代金の一部を支払わんことを企て、同年一二月二〇日頃、亡加藤徳治に対して右の旨を協議したところ、同人は本件土地を譲渡担保として訴外株式会社中神商店に対し金一五〇万円を貸与すべき旨を了承し、同月二五、六日頃早瀬司法書士をして右土地の譲渡担保に必要な登記関係書類を作成せしめて用意しておいたこと、偶々同月二六日夕刻頃より二七日朝にかけて被控訴人奥田二恵及び協力者上原喜作の両名が曽て件外四〇〇坪の土地の売却斡旋方を依頼したことのある訴外池田辰二外数名の者に監禁されて、徹宵、右斡旋の礼金代りとして奥田二恵個人所有の瑞穂区下山町の土地約四〇〇坪を提供すべき旨脅迫を受け、遂に翌二七日右奥田二恵は、個人所有の右土地につき所有権移転登記手続をするのやむなきに至り、これを喝取された事件が起つたので、即日、右奥田二恵とその協力者たる上原喜作は、本件土地も右池田らから狙われているところからこれが防止策を講ずるため、前記奥山らと協義した結果、同日午后七時頃奥山範隆、笹田和夫、亡加藤徳治と共に、一宮市において前記訴外渡部重夫と会合し、本件土地が重ねて右池田らに喝取されることを防止するための策について話し合い、席上、上原喜作から本件一、三〇〇坪の土地につき被控訴人代表役員奥田二恵の押印のみをもつてしては、所有権移転の実質的効果を収め得ない登記方法として保存登記(上原喜作はこれをもつて所有権移転請求権保全の仮登記を意図していたように窺われるが、同人は右のごとく保存登記と称していた。)を講じたらどうかなどと発言したが、その場では漠然とした話し合いに終始し、定かな結論を得られなかつたこと、当時被控訴人代表役員奥田二恵や上原喜作は、件外四〇〇坪の土地の処分により幼稚園の建設がなされるものと信じており、本件土地の処分は差し当り念頭に耐いていなかつた状態であり、右当日においては亡加藤徳治(被控訴人代表役員奥田二恵は当日初めて右訴外人を識つた。)や渡部重夫、笹田和夫、奥山範隆から株式会社中神商店が幼稚園建設資金として亡加藤徳治より金一五〇万円を借り受けること、右担保のために本件土地を譲渡担保とすべき旨の話がなんら出なかつたこと、同日夜半、笹田、奥山、亡加藤徳治と被控訴人代表役員奥田二恵、上原喜作は、自動車に同乗して被控訴人方に赴き、同所において亡加藤徳治は前記のごとく既に用意していた前記登記関係書類の署名箇所を提示して、単に登記に必要だからと称して被控訴人代表役員が本件土地につき所有権移転請求権保全の仮登記をしておけば第三者からこれを喝取されることを防止し得るものと信じており、かつ登記等に関して無知であつたことに乗じて、右書類が本件土地売買の登記に必要な原因関係を証する書類であることにつきなんら説明をなさずにこれに署名押印を求めたところ、前夜来の監禁事件以来一睡もせず疲労困憊していた同代表役員は、右書類をもつて上原喜作のいう前記保存登記に要する書類とたやすく信じ、右書類を仔細に閲覧検討もせずに、右亡加藤徳治の指示するままに前記譲渡担保に関する登記の付属書類たる「不動産売買契約書」(丙第二号証)の売渡人欄に署名押印し、その余は亡加藤徳治に自己の印鑑を使用せしめて所要の押印をなさしめて右登記関係書類を作成したこと、右亡加藤徳治は、翌二八日前記株式会社中神商店に対し金一五〇万円を貸与し、昭和三〇年一月一二日本件一、三〇〇坪の土地につき前記関係書類をもつて右亡加藤徳治のために所有権移転登記手続を経由し、更に同年一〇月五日受付で昭和三〇年一〇月四日売買予約を原因として控訴人加藤志うこのため所有権移転請求権保全の仮登記手続を経由したこと(登記関係については、当事者間に争いがない)を認めることができる。丙第二三号証の六、第二七号証の各供述記載、及び原審及び当審における証人佐藤清の証言、当時本人として尋問した亡加藤徳治の尋問の結果中、右認定に反する各記載及び供述部分は前掲甲第四七号証の二、第四九号証の三、四、第五〇号証の二、原審及び当審における証人上原喜作の証言、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人代表者本人尋問の結果と対比してたやすく措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実に徴すれば、丙第二号証は、控訴人らの主張事実の認定資料として採用するに値しないし、原審及び当審における証人佐藤清の証言、当時本人として尋問した亡加藤徳治の尋問の結果中、控訴人らの主張に副うがごとき各供述部分は、たやすく採用することができず、他に控訴人らの主張事実を認定するに足りる証拠はない。よつて、控訴人らのこの点に関する主張も採用できない。
3、控訴人らは、訴外渡部重夫らが被控訴人より包括的代理権を授与されて、亡加藤徳治との間に本件土地の譲渡担保契約を締結した旨主張するので、この点につき検討する。前記2において認定したごとく、訴外渡部重夫は、被控訴人代表役員奥田二恵より本件土地及び件外四〇〇坪の土地を処分して幼稚園及び被控訴人の寺院本堂の建設につき総責任者として委任を受け、訴外株式会社中神商店は右訴外人よりこれが復委任を受けたものであるが、その金策、建設等の業務について被控訴人代表役員奥田二恵より包括的代理権を授与されていたとの点については、甲第四〇号証の一ないし三、第四五号証をもつてしては未だこの点を認定するに足りず、丙第六号証中に「地蔵院代理人渡部重夫」と記載されているが、原審証人渡部重夫の証言(第二回)によれば、右丙第六号証(契約書)は訴外渡部重夫が前記2において認定したごとく同訴外人らの横領事件発生のため、その善後策として亡加藤徳治より本件土地所有権を取り戻そうと企図して、被控訴人地蔵院代理人を僣称して右契約を締結したものにすぎないことが認められ、右丙号証をもつてしては渡部重夫が被控訴人より包括的代理権を授与されていたことの認定資料とするに値せず、原審(第一、二回)及び当審における証人佐藤清の証言、及び原審及び当審において本人として尋問した亡加藤徳治の尋問の結果中、控訴人らの主張に副うがごとき各供述部分はたやすく措信しがたく、他に右訴外人及び訴外株式会社中神商店が被控訴人より包括的代理権を授与されていたものと認めるに足りる証拠はなく、更に右訴外人が被控訴人の代理人として亡加藤徳治との間に本件土地の譲渡担保契約を締結したとみるべき証拠もまた存しない。よつてこの点に関する控訴人らの主張も排斥を免れない。
4、以上のしだいで、控訴人らの主張はいずれも理由がなく、他に被控訴人と亡加藤徳治との間に本件土地の売買ないし譲渡担保契約が成立したものとみるべき証拠がないから、被控訴人より亡加藤徳治に対する本件土地の売買を登記原因とする前記所有権移転登記は、登記原因を欠くことに帰する以上、無効たるを免れない。控訴人加藤志うこ、同東しまとの間においては成立に争いがなく、控訴人小林ヤエコ、同小林弘恵、同加藤竹二との関係ではその方式及び趣旨により登記官吏が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と認められる甲第八ないし第一〇号証、第一二ないし第一七号証によれば、本件土地のうち、八、一〇、一一の土地が、被控訴人主張のとおり分筆されていることが認められる。控訴人加藤志うこ、同加藤竹二、同東しま及び控訴人小林ヤエコ、同小林弘恵の被承継人小林金次のために被控訴人主張のごとき各登記がなされていることは当事者間に争いのないところであるが、亡加藤徳治の本件土地所有権移転登記が無効である以上、前記各登記も無効と解すべきである。従つて、控訴人らは、原判決主文掲記の各該当登記の抹消登記手続をなすべき義務がある筋合である。
四、控訴人小林ヤエコ、同小林弘恵、同加藤竹二、同東しま訴訟代理人は、被控訴人代表役員奥田二恵には本件土地の譲渡担保契約締結ならびに所有権移転登記手続がなされたことにつき重大な過失があつたものであるから、被控訴人はその登記の無効をもつて善意無過失の第三者たる控訴人小林ヤエコらに対抗し得ない旨を主張するが、右譲渡担保契約の成立については前記のごとくこれを認定することができないのみならず、不動産登記につき公信力の認められていないことは言を俟たないところであるから、控訴人らの右主張は理由がなく採用できない。
更に、被控訴人の意図する本件土地の所有権移転請求権保全の仮登記がなされた場合には被控訴人の意に反して仮登記に基づく本登記手続がなされても、被控訴人はその本登記の無効を善意無過失の第三者に対抗できないことを前提として、被控訴人は本件土地の第三取得者たる控訴人小林ヤエコらに対し、亡加藤徳治に対する所有権移転登記の無効をもつて対抗し得ない旨を主張するが、右主張はその前提において既に失当であるから、これを採用することができない。
五、よつて、当裁判所の右判断と同趣旨に出た原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないから民訴法三八四条一項に則りこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。