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名古屋高等裁判所 昭和42年(行ス)1号 決定 1967年7月17日

抗告人(被申立人) 三重県知事

訴訟代理人 川本権祐 外一名

相手方(申立人) 伊藤春義 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

併し、国家賠償法第三条によると管理に当る者と管理の費用を負担する者とは賠償責任を負担することが明らかである。国の機関委任事務についてその事務を管理する地方公共団体が第三条にいう「管理に当る者」として賠償責任を負担することは明らかである。国の機関委任事務について費用負担者である地方公共団体は、右三条にいう「管理の費用を負担する者」として賠償責任を負担することも明かである。行政事件訴訟法第二一条に規定する「当該処分に係る事務の帰属する国又は公共団体」は、国の機関委任事務に関する損害賠償請求については、国が右規定の「事務の帰属する国」にあたることは勿論であるばかりでなく、国家賠償法第三条により「管理に当る者」又は「管理の費用を負担する者」として賠償責任を負担する地方公共団体は「当該処分に係る事務の帰属する公共団体」にあたると解すべきである。右条文の「事務」に「当該処分に係る」という以外に何等制限がないため、管理に当る事務も管理の費用を負担する事務も同含すると解すべきであるからである。かように解してこそ、国家賠償法第三条の救済の機会をなくさないようにするという抗告人の主張の立法趣旨が行政事件訴訟法第二一条により訴えの変更を許し、救済方法を与えようとする立法趣旨に生かされるのである。これに異る抗告理由は採用できない。

よつて、本件抗告を理由がないとしてこれを棄却し、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条に従い主文のとおり決定する。

(裁判官 県宏 越川純吉 可知鴻平)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取り消す

本件訴えの変更はこれを許さない

旨の裁判を求める。

抗告の理由

一 原裁判所は、同庁昭和四一年(行ウ)第二号入院命令取消請求事件につき、同事件の原告が行政事件訴訟法(以下、単に法という。)第二一条にもとずくものとしてした、三重県に対する損害賠償請求の訴えの変更に対し、これを相当であるとしてこれを許す旨の決定をした。

二 しかし、この決定は、法第二一条一項の解釈を誤つたものと考えられる。この点につき原決定は「……国の機関委任事務についても、国家賠償法第三条により、右事務を管理する行政主体な(「た」の誤記と思われる。)る地方公共団体も賠償責任を負うものと解せられるから、被告を三重県………とした原告の本件訴え変更の申立は適法といわなければならない。」としているが、この説示自体その意味内容を理解することが困難である。けだし、国の機関委任事務という以上その事務を管理する主体(その事務の帰属する主体)が国であつて、地方公共団体にあらざることおよそ疑問の余地がないのにかかわらず、「右事務を管理する行政主体たる地方公共団体」と説示しておられるからであり、一方また、国家賠償法第三条は、いわゆる費用負担者についての賠償責任を定めたものではあるが、この規定自体は、その事務の管理主体が、国であるか、あるいは地方公共団体その他の公共団体であるかの問題とは直接関係がないからである。

三 法第二一条は「裁判所は、取消訴訟の目的たる請求を当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体に対する損害賠償その他の請求に変更することが相当であると認めるときは…………決定をもつて訴えの変更を許すことができる。」と規定している。したがつて、いわゆる機関委任事務に関する抗告訴訟を損害賠償の請求に変更する場合、国がその被告となることについてはあまり議論はないと考えられる。ただ、国家賠償法第三条との関連において費用負担者たる地方公共団体を被告とすることも許されるという解釈が可能であるかいなかが問題なのである(この問題については、まだ裁判例がない。)。原決定はこの点については何ら説示するところがなく、卒然と、問題を積極に解したきらいがあるように思う。(この問題点については原裁判所に提出した抗告人の意見書において明白に指摘しておいた。)

抗告人としてはこの問題について検討を重ねた結果、問題を消極に解するのが相当であるという結論に達した。すなわち、

(一) 法第二一条の文理上、機関委任事務に関する損害賠償請求の被告が地方公共団体であつてもよいと読むことには無理がある。

(二) 法第二一条の制定にあたつては、当然国家賠償法第三条の規定の存在を念頭においたと考えられるにかかわらず同条においは敢て「………当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体………」という立言がなされている。

(三) 国家賠償法第三条の趣旨とするところは、国民が当該事務の管理主体がいずれであるかを確めることが困難な場合があり、そのために救済の機会を失することのある場合を慮つて、認識しやすい費用負担者をも賠償責任者としたものと解せられるところ、法第二一条の場合にあつては、裁判所が係争の処分に係る事務の帰属主体が国であるのか、はたまた公共団体であるのかをたしかめるのであるから(同条二項および三項はそのための手続であると解される。)、国家賠償法第三条が費用負担者をも賠償責任者としているのに対し、法第二一条がその事務の帰属する管理主体のみを被告とすべきものとしていると解したとしても彼此矛盾することにはならないわけである。

(四) 法第二一条の訴えの変更は、従前の訴訟手続と当該訴訟手続に現われた訴訟資料及び証拠資料が当然に新被告に承継されるのであるから、新旧被告に実質的同一性が認められる場合でなければ、新被告は訴訟手続上不当な制約をうけ、実体的にも不当な結果を強いられる危険なしとしない。法はこのような危険なからしめるために、新旧被告に実質的同一性のある場合に限つて、この訴えの変更を認めることとし、まさにこのことを立言して「………当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体………」としたものと解される。また、それ故にこそ、この訴の変更(新たな被告に対する請求の交替的変更)が民事訴訟法の訴えの変更の制度から外れた特殊なものであるにかかわらず、なお、訴の変更たる性質と呼称を失わないものと解される。

本件において、国の機関たる三重県知事と地方公共団体(費用負担者)たる三重県との間に実質的同一性を認めうべくもないことは、あらためて指摘するまでもないであろう。このことは三重県知事が旧訴においては当事者であり、新訴においては当事者たる三重県の代表者であるということによつて左右されるべきではない。けだし、前者においては訴訟の利害はすべて国に帰属するのに対し、後者においては訴訟の利害はすべて地方公共団体たる三重県に帰属するからである。

以上の次第であつて、本件訴えの変更は不適法であり、これを認容した原決定は取消を免れず、本件訴え変更の申立はこれを許さない旨の決定をなすべきものと思料する。

原審決定の主文および理由

主文

原告の提起にかかる昭和四一年(行ウ)第二号入院命令等取消請求の訴えにつき被告を三重県知事から三重県に、請求の趣旨を「(一)被告が原告伊藤ますよに対し昭和四〇年一一月三〇日付でなした原告伊藤春義を昭和四〇年一一月三〇日から同四一年五月三一日まで三重県員弁郡東員病院に入院を命ずる旨の処分及び同四〇年一一月三〇日原告伊藤春義に対しなした同病院への入院措置の処分はいずれもこれを取消す。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」から「(一)被告三重県は原告伊藤春義に対し金九〇〇、〇〇〇円原告伊藤ますよに対し金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年一一月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」にそれぞれ変更することを許可する。

理由

原告は主文同旨の決定を求める旨申立てたがその理由とするところは、「原告は昭和四一年(行ウ)第二号入院命令等取消請求事件において三重県知事に対し同知事のなした原告ますよに対する春義の入院命令及び原告春義に対する入院措置の処分の取消を求める旨の請求をしたが、右入院措置は訴訟提起後たる昭和四一年五月一四日解除された。そこで原告らは行政事件訴訟法第二一条に基づき訴を変更し、原告春義は被告の故意又は重大な過失による違法な行政処分たる右強制入院措置によつて世人の嫌悪する精神病院に約五ケ月半に亘つて入院させられそのためにうけた肉体的精神的苦痛に対する慰藉料の内金九〇〇、〇〇〇円を、原告ますよは前記のとおり違法な入院命令及び強制入院措置によつてうけた肉体的精神的苦痛に対する慰藉料の内金一〇〇、〇〇〇円の支払いを求めるため本申立に及ぶ次第である。」というにある。

よつて按ずるに本件入院命令等取消請求事件記録によれば本件訴訟が未だ口頭弁論終結前であること並びに記録中の訴状及び訴変更の申立書、同追加申立書によれば従来の入院命令の取消及び入院措置の取消請求と新たな慰藉料請求とはいずれも三重県知事のなした入院命令及び入院措置が違法であることを基盤とするものであることが認められるからその請求の基礎には変更がないといわなければならず三重県知事のなした精神衛生法第二九条による入院措置は地方自治法第一四八条第一、二項同法別表第三(十二)に定められた国の機関委任事務であるが、国の機関委任事務についても、国家賠償法第三条により、右事務を管理する行政主体たる地方公共団体も賠償責任を負うものと解せられるから、被告を三重県代表者知事田中覚とした原告の本件訴え変更の申立は適法といわなければならない。

なお本件訴え変更の申立は最初被告を従前通り三重県知事としたまゝ入院命令等の取消請求から慰藉料請求に請求の趣旨及び原因を変更したが、そのご追加申立書によつて右慰藉料請求について被告を三重県知事から三重県代表者知事田中覚に変更したことが明らかであるが、原告の右行政事件訴訟法第二一条に基づく訴えの変更申立は右追加申立の補完によつて適正な申立がなされたものというべきである。そこで次に訴訟を変更することが相当であるか否かにつき検討するに本件訴訟記録によれば訴状が被告に送達されているだけで答弁書の提出その他証拠の提出等一切なされていず未だに口頭弁論が一度も開かれていないことが認められ且つ従来の原被告双方の事実上及び法律上の主張を検討するときには新たに被告となるべき三重県との間で慰藉料請求訴訟が係属することになつた場合において訴えの変更を許すことにより変更後の訴訟手続を著しく遅滞させるものとは認められないばかりか新たに被告となるべき三重県の防禦にも著るしい影響があるとは認められないので本件申立のとおり訴えを変更することは相当であると考えられる。

以上のとおり原告の本件訴えの変更許可の申立は行政事件訴訟法第二一条第一項の要件をいずれも具備しているのでその理由がある。よつてこれを許可することとし主文のとおり決定する。(昭和四二年四月二六日津地方裁判所決定)

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