大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)596号 判決 1970年6月25日

主文

本件控訴を棄却する。

被控訴人加藤茂枝は控訴人に対し、金二四万九、六九一円の支払をせよ。

控訴人の当審におけるその余の請求(但し差戻前の控訴審において認容された部分を除く)を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ(差戻前の上告審の分も含む)これを一〇分し、その九を控訴人の、その余を被控訴人加藤茂枝の各負担とする。

この判決は、第二項につき、仮に執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人加藤茂枝は控訴人に対し、別紙第四目録記載の建物(以下本件建物という)を収去して別紙第一ないし第三目録記載の各土地(以下第一ないし第三土地という)を明渡し、かつ、金一四〇万一、〇七九円(当審における拡張請求)及び金四二万〇、七五八円並びに昭和三九年四月一日より右土地明渡済まで、一ケ月金四万四、二三九円の割合による金員を支払え。被控訴人丸八合板株式会社は控訴人に対し、前記建物から退去して右各土地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は本件控訴及び当審における拡張請求をいずれも棄却する旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、左記のほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の陳述)

一、原判決三枚目裏一〇行目中「八月一日」とあるを「八月一八日」と訂正する。控訴人及び選定者三名は本件賃貸借における共同貸主であるが、控訴人は民事訴訟法第四七条により選定当事者に選定されたものである。

二、控訴人の主張する本件賃貸借契約終了の事由は次のとおりである。

(一)、本件第一土地については、昭和三七年一一月三〇日賃貸借期間が満了したが、控訴人は、同年一二月四日付書面により被控訴人加藤に対し、契約更新の拒絶を通知し、また第二土地については、昭和三九年一月三一日右期間が満了したので、前同様同年二月一日付書面で更新拒絶の通知をなし、以てそれぞれ遅滞なく異議を述べた。そして、右各更新拒絶には次の如き正当事由が存した。すなわち、もと本件各土地上に存した被控訴人加藤所有の建物は、昭和二六年二月頃その従業員の失火により全焼し滅失したが、控訴人は、右焼け跡に賃貸借の残存期間を超えて存続すべき建物が新築されることを知り、遅滞なく被控訴人加藤に対し異議を申し述べたにも拘らず、同被控訴人は新築を強行したのであるから、このような場合、右は正当事由に該当するものというべく、更に当時、被控訴人加藤には後記(三)に述べるとおり賃料不払及びこれに伴う信頼関係の破綻、信義則違反があつたこと並びに控訴人は本件各土地を自動車修理工場に使用するため必要があつたから、これ等の事実も正当事由を以て目すことができる。従つて被控訴人加藤の第一、第二土地に対する賃借権は前記各期間の満了によりそれぞれ消滅した。

(二)、仮に、第一、第二土地に関する右期間満了による主張が理由がないとすれば、控訴人は後記(三)記載の事由に基づき、被控訴人加藤に対し、第一土地については昭和三七年一二月四日付書面により同年一一月三〇日限り又は本件訴状の送達を以て、第二土地については昭和三九年二月一日付書面により同年一月三一日限り又は本件訴状の送達を以て、それぞれ第一、第二土地に対する賃貸借契約解除の意思表示をしたから、これによりそれぞれ解除された。

(三)、本件第三土地については、控訴人は被控訴人加藤に対し、昭和三七年八月一八日付書面を以て昭和三四年以降昭和三七年までの賃料を同年八月三一日までに支払うよう催告したが、同被控訴人はこれを支払わなかつた。そこで、控訴人は同被控訴人に対し、右賃料不払及びこれに伴う信頼関係の破綻並びに信義則違反を理由として昭和三九年三月二七日付書面を以て、同年三月三一日限り本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。よつて同日限り本件第三土地に対する賃貸借契約は解除された。

(四)、仮に、右(三)の解除が認められないとすれば、本件第三土地については、昭和四二年一〇月三一日賃貸借期間が満了したので、控訴人は被控訴人加藤に対し、同年一一月二日付書面を以て更新拒絶の通告をし、以て遅滞なく異議を述べ、右通告は翌一一月三日同被控訴人に到達した。そして右更新拒絶には前記(一)記載の如き正当事由が存したから、被控訴人加藤の第三土地に対する賃借権は同年一〇月三一日限り期間の満了により消滅した。

(五)、仮に、前記(一)ないし(四)の期間満了若しくは契約解除の主張が認められないならば、本件各土地上の旧建物(本件賃貸借契約開始直後築造された焼失前の木造ベニヤ板製造工場用建物で、その耐用年数は三〇年前後)が滅失することなく存続したとすれば朽廃すべかりし時点すなわち昭和四三年八月三一日に本件賃借権は第一ないし第三土地ともすべて消滅した。

三、控訴人は、被控訴人加藤に対し、当審において本件各土地の賃料請求を追加するが、右賃料及び損害金の内訳は別紙(二)記載のとおりである。よつて控訴人は被控訴人加藤に対し、右賃料及び損害金の支払を求める。

四、なお本件各土地の賃貸借契約については履行の催告なしに契約を解除し得る旨の特約(甲第一号証)があつたし、また被控訴人加藤が多年にわたり相当賃料を提供することを怠り、賃借人としての誠意を欠いたことは、貸借当事者間の信頼関係を破綻せしめ、かつ信義則に反する行為であるから、控訴人が被控訴人加藤の債務不履行に対し、仮に履行の催告をせずに(催告が無効の場合も含む)契約解除の意思表示をしたとしても、その解除の意思表示は有効である。

(被控訴人ら代理人の陳述)

一、控訴人の前記各主張事実のうち被控訴人らの主張に反する部分は否認する。被控訴人加藤には控訴人主張の如き債務不履行も信頼関係違反の点も存しない。しかも控訴人は本件において一度も将来に向つて適正賃料の請求をしたことも、また将来に向つて相当の期間を定めて適正賃料の支払請求をなし、若しその期間内に適正賃料の支払がなければ本件賃貸借契約を解除するとの民法第五四一条の適法な契約解除の意思表示をしたことがないから、本件賃貸借契約は解除になつていない。

二、控訴人の前記四の主張事実のうち本件各土地の賃貸借契約については履行の催告なしに契約を解除し得る旨の特約があつたとの点については被控訴人らは借地法第一一条を援用する。

三、本件各土地上の旧建物が昭和二六年二月火災によつて焼失した後、被控訴人加藤はその跡地に本件建物を建設したが、控訴人の先代奥田きくの要請により本件土地の賃料を昭和二六年度は一ケ月坪当り金五円、昭和二七年度は同金七円、昭和二八年度及び昭和二九年度は各同金八円、昭和三〇年及び昭和三一年度は各同金一二円、昭和三二年度は同金一六円、昭和三三年度は同金一七円と順次値上げして来ておるのであるから、被控訴人加藤としては本件各土地につき昭和二六年二月以降新たな賃貸借契約がなされたものと考えている。

四、なお被控訴人加藤は本件各土地の昭和四〇年度以降昭和四四年度分までの賃料としていずれも一ケ月坪当り金六〇円の割合で供託しているが、差戻前の控訴審において本件土地の賃料につき金八、三五三円の誤差があるとの判決があつたので、その分を昭和四一年一一月四日供託した。

証拠(省略)

理由

一、別紙第一ないし第三目録記載の本件第一ないし第三土地が、もと控訴人の先代亡奥田きくの所有であつたが、同人は被控訴人加藤に対し、いずれも木造建物所有の目的で、昭和七年一二月一日第一土地を期間の定めなく賃料一ケ月坪当り金一七銭五厘の約で(以下、特別の記載なき限り、一ケ月坪当りの賃料とする)、昭和九年二月一日第二土地を期間三年(借地法第二条により、右期間の定めなきものとして、その存続期間が三〇年となるべきことは控訴人の自認するところである)賃料金一六銭の約で、昭和一二年一一月一日第三土地を期間の定めなく賃料金一七銭八厘の約で賃貸したところ、右きくは昭和三四年五月二三日死亡し、控訴人及び選定者三名は相続により本件第一ないし第三土地の所有権を承継取得し、かつ右賃貸借契約における賃貸人の地位を承継したこと、右賃料はその後増額され、昭和三三年当時においては、いずれも金一七円であつたこと及び被控訴人加藤は本件各土地上に別紙第四目録記載の本件建物を所有し、被控訴人丸八合板株式会社は本件建物を占有し、以ていずれも本件各土地を占有していることは当事者間に争がない。

二、よつて控訴人主張の本件各土地の賃貸借契約終了の事由の有無について順次判断する。

(一)、本件第一、第二土地について。

控訴人が被控訴人加藤に対し、第一土地については昭和三七年一二月四日付書面による更新拒絶の通知により、第二土地については昭和三九年二月一日付書面による更新拒絶の通知により、それぞれ同被控訴人の期間満了後の右各土地の使用継続に対し異議を述べたことは成立に争のない甲第一一、第一三号証によつて認められる。(被控訴人らは昭和二六年二月以降本件各土地につき新たな賃貸借契約がなされた旨主張するがこれを認め得べき証拠はない。)

控訴人は右更新拒絶の意思表示は正当事由を具備している旨主張し、もと本件各土地上に存した被控訴人加藤所有の建物が昭和二六年二月頃失火により全焼し、同被控訴人はその頃右地上に本件建物を再建したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第六、第二六号証によれば、亡奥田きくは昭和二六年二月二五日付内容証明郵便(該郵便差出日同月二七日)を以て被控訴人加藤に対し前記建物の焼失により同被控訴人の本件各土地に対する賃借権は消滅したとして同被控訴人において建物を再建しないよう通知し、同年三月四日付内容証明郵便(該郵便差出日同月七日)を以て重ねて異議を述べた事実が認められる。ところで、一般に借地権の消滅前建物が焼失した場合、借地権者が残存期間を超えて存続すべき建物を築造しようとするのに対し、土地所有者の側で遅滞なく異議を述べたときは、借地権は残存期間の満了によつて消滅すべきこと勿論であるが、右異議が述べられた場合であつても、借地権者は契約に定められた用法に従う限り、再び建物を建築し土地を使用収益し得ること当然である。而して借地法第六条に定める借地契約の法定更新は前記土地所有者の異議にかかわりなくこれが適用をみるべきであり、この場合、地上建物が存する限り、土地所有者としては自己使用その他正当の事由がなければ更新を拒絶し得ないものと解すべきである。そして土地所有者の異議にも拘らず、借地人において残存期間を超えて存続すべき建物を建築したことは、土地所有者側における更新拒絶の正当事由の一資料たり得ることは否定できないのであるが、本件においては控訴人側に本件各土地の自己使用その他の必要性あることはこれを窺い得ない(控訴人は本件各土地を自動車修理工場に使用するため必要があつたと主張するが、これを認め得べき証拠はない)のに対し、被控訴人側においては現に本件建物を工場として操業中であつて、これを収去することは被控訴人らに著しい損害を生ずべきこと当審における被控訴人加藤茂枝本人尋問の結果に徴し推認することができるから、本件建物の再築につき控訴人側において遅滞なく異議を述べたからといつて、このことのみにより本件更新拒絶の正当事由を肯認するのは相当でないと考える。控訴人はなお本件更新拒絶の意思表示がなされた当時、被控訴人加藤には賃料不払及びこれに伴う信頼関係の破綻、信義則違反があつたからこの事実も正当事由を以て目すべきであると主張するが、右賃料不払の点については、当時、控訴人と被控訴人加藤との間に賃料増額をめぐつて紛争があり、その経緯は後叙のとおりで、必ずしも被控訴人加藤に信頼関係を破る程の不信義な行為があつたとは認め難いこと後記認定のとおりであるから、この点の事実を併せ考えても未だ以て正当事由が存したと認めることができない。その他控訴人側に正当事由が存したことを認めるに足る資料はないから、結局前示各更新拒絶による異議はその効を生ずるに由なきものというべく、従つて第一、第二土地に対する被控訴人加藤の賃借権は期間の満了によつて消滅したとの控訴人の主張は理由がない。

次に、控訴人は、被控訴人加藤の賃料不払等を理由として、同被控訴人に対し、第一土地につき昭和三七年一二月四日付書面により又は本件訴状の送達を以て、第二土地については昭和三九年二月一日付書面により又は本件訴状の送達を以てそれぞれ本件第一、第二土地に対する賃貸借契約解除の意思表示をしたから、これによりそれぞれ解除された旨主張するが、右賃料不払等を理由とする控訴人の契約解除の意思表示はその効力を生じないこと後記(二)において説示するとおりであるから、控訴人の右の点に関する主張もまた理由がない。

(二)、本件第三土地について。

控訴人が昭和三七年八月一八日付書面を以て被控訴人加藤に対し、本件各土地の賃料を、昭和三四年度分は坪当り(以下同じ)月額五〇円、昭和三五年度及び同三六年度はいずれも月額六〇円、昭和三七年度分は月額七〇円に譲歩して、これを昭和三七年八月三一日までに支払うよう催告し、右書面がその頃同被控訴人に到達したが、同被控訴人はこれを支払わなかつたことは当事者間に争がなく、次いで控訴人が昭和三九年三月二七日付書面を以て同被控訴人に対し右賃料の不払を理由に同月三一日限り本件第三土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面がその頃同被控訴人に到達したことは、被控訴人らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものと看做す。

そこで、第三土地の賃貸借契約は控訴人のなした右解除の意思表示により有効に解除されたかどうかにつき判断する。

まず右催告にかかる賃料額の当否と催告の効力について考察する。

本件各土地の賃料につき、控訴人先代奥田きくが被控訴人加藤に対し、(イ)昭和三三年夏ごろ口頭で昭和三四年一月分から坪当り(以下同じ)月額三〇円に、(ロ)昭和三四年二月六日付書面により前月分に遡つて月額一一九円にそれぞれ増額する旨の意思表示をし、また控訴人が同被控訴人に対し、(ハ)昭和三六年七月一日付書面により同年四月分に遡つて月額二一〇円に増額する旨の意思表示をし、次いで(ニ)同年一二月一一日付書面により、昭和三四年一月一日以降の賃料をすべて月額一一九円であるとして、これを昭和三六年一二月末日まで支払うよう催告し、更に(ホ)昭和三七年八月一八日付書面により前記のとおり昭和三四年度分は月額五〇円、同三五年度及び三六年度分はいずれも月額六〇円、同三七年度分は月額七〇円に譲歩してこれを昭和三七年八月三一日までに支払うよう催告し、以上の各書面がいずれもその頃被控訴人加藤に到達した(右到達の日は特別の事情のない本件ではそれぞれその翌日と推認される)ことは当事者間に争がない。

ところで、借地法第一二条に基づく賃料増額請求権はいわゆる形成権たる性質を有するもので、増額の効果は増額請求の意思表示が相手方に到達した時から将来に向い、客観的に定まつた適正額の範囲において生ずるものであるから、控訴人らの右各増額請求(前記(二)、(ホ)の催告も増額請求の意思表示を含むものと解する)は、(イ)については昭和三四年一月一日から月額三〇円につき、(ロ)については同年二月七日から月額一一九円(譲歩して五〇円)につき、(ハ)については昭和三六年七月二日から月額二一〇円(譲歩して六〇円)につき、(ニ)については同年一二月一二日から月額一一九円(譲歩して六〇円)につき、(ホ)については昭和三七年八月一九日から月額七〇円につき、それぞれ増額請求の意思表示としての効力を生じたものというべきである。而して当審における証人加藤栄三の証言とこれによつて成立を認め得る乙第一四号証によれば、本件各土地の従前の賃料は、昭和二六年一月から同年八月まで月額五円、同年九月から昭和二七年一二月まで月額七円、昭和二八年一月から昭和二九年三月まで月額八円、同年四月から同年一二月まで月額一〇円、昭和三〇年度及び昭和三一年度は各月額一二円、昭和三二年度は月額一六円、昭和三三年度は月額一七円(本件各土地の昭和三三年当時の賃料が月額一七円であつたことは当事者間に争がない)に順次値上げされて来たものであることが認められ、また控訴人らが前記各増額の意思表示をした昭和三四年ごろから昭和三七年八月当時にかけて本件各土地の価格ないし公租公課が昂騰し或は増徴される等経済事情の変動があつたことは差戻前の控訴審における鑑定人佐橋富男の鑑定の結果によつて認められる。そして右鑑定人佐橋富男の鑑定の結果によると、本件第三土地の継続賃貸借の場合における適正賃料額は、昭和三四年一月一日当時三、三平方米当り(以下同じ)月額一五円五〇銭、昭和三五年一月一日当時月額一九円七三銭、昭和三六年一月一日当時月額三三円四一銭、昭和三七年一月一日当時月額五三円六八銭、昭和三八年一月一日当時月額六三円三二銭であることが認められ(なお本件第一、第二土地の賃料も格段の事情のない本件では右と同額であると推認することができる)、右認定に反する原審鑑定人早川友吉、同豊嶋杪の各鑑定の結果並びに原審証人岡本啓の証言はいずれも前記鑑定人佐橋富男の鑑定の結果に照らし採用し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。してみると控訴人らのなした前記(イ)、(ロ)の各増額請求によつてはいずれも増額なく、(ハ)の増額請求により従前の賃料坪当り(以下同じ)月額一七円は昭和三六年七月三日(増額請求の意思表示が被控訴人加藤に到達した日の翌日)から月額三三円四一銭に、(ニ)の増額請求により昭和三六年一二月一三日(同上)から月額五三円六八銭にそれぞれ増額されたが、(ホ)の増額請求によつては増額されなかつたものと認めるのを相当とする。

そうすれば、本件各土地の昭和三四年一月一日から昭和三七年八月三一日までの相当賃料額は、昭和三四年一月一日から昭和三六年七月二日までは月額一七円、同年七月三日から同年一二月一二日までは月額三三円四一銭、同年一二月一三日から昭和三七年八月三一日までは月額五三円六八銭であるから、控訴人のなした前記昭和三七年八月一八日付書面による賃料の支払請求は右認定の相当賃料額に照らし過大な催告であるといわなければならない。而して成立に争のない甲第七ないし第一〇号証、乙第二ないし第五号証、第一三号証の一ないし五と原審及び当審証人加藤栄三の証言並びに原審における控訴人奥田常照本人尋問の結果を総合すれば、本件各土地の賃料は終戦後一括して一年分を先払いで支払うようになり、亡きくにおいて同人の死亡した前年の昭和三三年までは、毎年一月から三月までの間に当該一年分の賃料を被控訴人加藤方に取立てに来ていたのであるが、昭和三四年度分賃料の取立てに来なかつたので、被控訴人加藤はその従業員加藤栄三をして同年一月頃控訴人方へ既定賃料を持参させたところ、きく及び控訴人は賃料月額三〇円を固執して受領を拒否したため、同被控訴人は取り敢えず同年二月五日既定賃料月額一七円の割合による同年度分賃料全額を弁済供託したことから、控訴人側と被控訴人加藤間に賃料額をめぐつて紛争が生じ、きくは前示のとおり同年二月六日付書面により本件各土地の賃料を同年一月に遡つて月額一一九円に増額する旨通知し、更に控訴人は昭和三六年七月一日付書面により同年四月分から月額二一〇円に増額する旨通知する等一方的に大幅な値上げを請求すると共に同年一二月一一日付書面により昭和三四年一月一日以降の賃料をすべて月額一一九円であるとしてこれを同年一二月末日までに支払うよう通知して来たこと、被控訴人加藤は前記加藤栄三をして昭和三五年度以降昭和三七年までの間毎年一月には控訴人方へ当該一年分の賃料全額を持参させて受領方を求めたがいずれも拒絶されたので、同被控訴人は前同様の割合による昭和三五年度分賃料全額を同年一月二五日に、昭和三六年度賃料全額を同年一月一一日に、昭和三七年度分賃料全額を同年二月一日にそれぞれ弁済供託した(右各供託の点は当事者間に争がない)が、その間においても終始、前記加藤栄三をして控訴人と折衝させ、控訴人において適正な増額賃料を請求するならば何時でもこれを支払うべき用意があることを言明し、昭和三六年一二月ごろには月額四〇円の増額案を申し入れたが控訴人の拒否するところとなつたこと、かかる状態にあつたところ控訴人は昭和三七年八月一八日付書面で前記のとおり昭和三四年から昭和三七年度分の賃料支払を催告して来たのであるが、右催告当時、控訴人は自己のいわゆる譲歩したという請求金額以下の金額では弁済の提供を受けてもこれを受領する意思のなかつたことが窺える。従つてこのような場合における過大催告は債務の本旨に従つた履行の請求ということはできないから、適法な催告としての効力を有しないものといわなければならない。

なお、控訴人は本件各土地の賃貸借契約については履行の催告なしに契約を解除し得る旨の特約(甲第一号証)があつたし、また被控訴人加藤が多年にわたり相当賃料を提供することを怠り賃借人としての誠意を欠いたことは貸借当事者間の信頼関係を破綻せしめ、かつ信義則に反する行為であるから、仮に控訴人が履行の催告をせず、又は催告が無効であつても控訴人のなした本件賃貸借契約解除の意思表示は有効である旨主張するので按ずるに、成立に争のない甲第一号証(昭和九年二月一日付本件第二土地に関する借地証書)によれば、その第三条に本件第二土地の賃貸借契約につき借地料は毎月分月末持参払いとし、若し一度でも期限までに支払を怠つたときは、本契約解除相成るも異議を述べない旨の記載があることが認められるが、右の約定は一度でも賃料を遅滞したときは無催告で契約を解除し得る旨の特約かどうか文言からは必ずしも判然しないし、仮に催告なしに契約を解除し得る旨の特約であつたとしても、本件各土地の賃料は前認定のとおり終戦後一括して一年分を先払いで支払うようになつたのであるから、右特約は失効したものとみるのを相当とすべく、更にまた仮に失効しないとしても、右特約の趣旨は当事者間で約定された賃料の支払を怠つた場合の取り極めであつて、本件のように賃料増額請求による適正賃料額が争われている場合にもなお適用されるものとは解し難い。また後段の賃料不払等の点も、賃料増額をめぐる紛争の経緯に関する前示認定事実からすれば、被控訴人加藤に必ずしも信頼関係を破る程の不信義な行為があつたとは認め難いから、控訴人の前示主張はいずれも採用できない。

そうすれば、控訴人が昭和三九年三月二七日付書面を以てなした本件第三土地の賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないものというべきである。

次に、控訴人は本件第三土地につき、被控訴人加藤の賃借権は昭和四二年一〇月三一日の期間満了により消滅した旨主張し、控訴人が被控訴人加藤に対し第三土地につき昭和四二年一一月二日付書面による更新拒絶の通知により同被控訴人の期間満了後の右土地の使用継続に対し異議を述べたことは成立に争のない甲第三八号証によつて認められるが、控訴人の右更新拒絶の意思表示については正当事由が存せず、従つて更新拒絶による異議はその効を生じないこと前記(一)において説示したとおりであるから、控訴人のこの点に関する主張も理由がない。

(三)、本件第一ないし第三土地について。

控訴人は、なお本件各土地上の旧建物(焼失前の建物)が滅失することなく存続したとすれば、その朽廃すべかりし時点すなわち昭和四三年八月三一日に本件各土地の賃借権はすべて消滅した旨主張するが、本件各土地の賃借権についてはそれぞれの期間満了後本件建物が存在するものとして借地法第六条により法定更新され、更に新たな存続期間が進行中であること前に認定したとおりであるから、その途中において旧建物が朽廃したとしてもその時点において本件各土地の賃借権が消滅するいわれはないのみならず、旧建物が滅失することなく存続していたとすれば昭和四三年八月三一日に朽廃したであろうとの控訴人の主張事実はこれを肯認するに足りる証拠がないから、結局控訴人の右主張は理由がなく採用できない。

三、然らば本件第一ないし第三土地の賃貸借が終了したことを理由として被控訴人らに対し、本件建物の収去ないしは退去、右各土地の明渡及びこれに伴う賃料相当の損害金の支払を求める控訴人の請求はすべて失当というべきである。

四、よつて次に控訴人の賃料請求の当否について判断する。

本件各土地の賃料は前認定のとおり昭和三四年一月一日から昭和三六年七月二日までは従前どおり月額一七円、同年七月三日から同年一二月一二日までは月額三三円四一銭、同年一二月一三日以降は月額五三円六八銭に増額されたものであるが、被控訴人加藤は前示のとおり昭和三四年一月一日以降昭和三七年一二月末日まで従前の月額一七円の割合による賃料全額を弁済供託しており、また同被控訴人が昭和三八年度分賃料を月額四〇円の割合で同年一月二一日、昭和三九年度分賃料を月額六〇円の割合で同年一月二三日それぞれ供託し、さらに同年二月五日に、昭和三七年九月一日から同年一二月末日までの追加分として月額四三円の割合による賃料差額及び昭和三八年一月一日から同年一二月末日までの追加分として月額二〇円の割合による賃料差額を供託したことは当事者間に争がないところ、前掲各証拠によると、右各供託は前記(二)で説示した如き事実関係の下でなされたことが認められるので、昭和三四年一月一日以降昭和三六年七月二日までの分及び昭和三七年九月一日以降昭和三九年三月末日までの分の右各賃料の供託はいずれも債務の本旨に従つた適法なものといわなければならない。従つて控訴人が当審で請求する賃料のうち、右昭和三四年一月一日以降昭和三六年七月二日までの分及び昭和三七年九月一日以降昭和三九年三月末日までの賃料はいずれも被控訴人加藤のした前記弁済供託により消滅しているものというべきであるが、昭和三六年七月三日以降昭和三七年八月三一日までの賃料については同被控訴人のなした前記供託は債務の本旨に従つた弁済とはいい難いからその効力なく、同被控訴人は控訴人に対し、右昭和三六年七月三日から同年一二月一二日までの間月額三三円四一銭、同年一二月一三日から昭和三七年八月三一日までの間月額五三円六八銭の各割合による賃料合計金二五万八、〇四八円(円未満切捨)を支払うべき義務がある。

五、以上の次第であるから、被控訴人らに対し、本件建物収去或は退去、本件各土地の明渡ないしは損害金の支払を求める控訴人の請求は失当として棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却すべきであるが、控訴人の被控訴人加藤に対する当審での拡張請求は前説示の範囲内(但し、昭和三七年八月二〇日から同月三一日までの間月額五三円六八銭の割合による賃料八三五七円については、差戻前の控訴審において認容され、この部分は上告審で破毀されていないので、当審では右の金額を除く)でこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条後段、第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

別紙(一)

選定者目録(省略)

別紙(二)

賃料及び損害金の内訳

(一) 賃料

(1) 昭和三四年度  一、三二九・五二平方米(四〇二、一八坪)

一ケ月三、三平方米当り五〇円  二四万一三〇八円

(2) 昭和三五年度  一、三二九・五二平方米(四〇二、一八坪)

一ケ月三、三平方米当り六〇円  二八万九五六〇円

(3) 昭和三六年度  一、三二九・五二平方米(四〇二、一八坪)

一ケ月三、三平方米当り六〇円  二八万九五六〇円

(4) 昭和三七年一月以降一一月まで  一、三二九・五二平方米(四〇二、一八坪)

一ケ月三、三平方米当り七〇円  三〇万九六七二円

(5) 昭和三七年一二月  五六九・一九平方米(一七二、一八坪)

一ケ月三、三平方米当り七〇円  一万二〇五二円

(6) 昭和三八年度  五六九・一九平方米(一七二、一八坪)

一ケ月三、三平方米当り一一〇円  二二万七二六八円

(7) 昭和三九年一月  五六九・一九平方米(一七二、一八坪)

一ケ月三、三平方米当り一一〇円  一万八九三九円

(8) 昭和三九年二、三月  一九一・一四平方米(五七、八二坪)

一ケ月三、三平方米当り一一〇円  一万二七二〇円

合計金 一四〇万一〇七九円

(二) 損害金

(1) 昭和三七年一二月分  七六〇・三三平方米(二三〇坪)

一ケ月三、三平方米当り七〇円  一万六一〇〇円

(2) 昭和三八年度  七六〇・三三平方米(二三〇坪)

一ケ月三、三平方米当り一一〇円  三〇万三六〇〇円

(3) 昭和三九年一月分  七六〇・三三平方米(二三〇坪)

一ケ月三、三平方米当り一一〇円  二万五三〇〇円

(4) 昭和三九年二、三月分  一、一三八・三八平方米(三四四、三六坪)

一ケ月三、三平方米当り一一〇円  七万五七五八円

合計金 四二万〇七五八円

(5) 昭和三九年四月以降

一ケ月三、三平方米当り一一〇円  月額 四万四二三九円

別紙

第一目録

名古屋市中川区前並町五〇番

宅地  七六〇・三三平方米(二三〇坪)

第二目録

名古屋市中川区前並町五一番

宅地  三七八・〇四平方米(一一四坪三合六勺)

第三目録

名古屋市中川区笈瀬町二丁目一番

宅地  一九一・一四平方米(五七坪八合二勺)

第四目録

(一)(登記簿上) 名古屋市中川区前並町五〇番地、五一番地、五二番地

家屋番号 同町第四八番ノ二

木造瓦葺平家建工場  建坪  四九五・八六平方米(一五〇坪)

木造瓦葺平家建工場  建坪  四九五・八六平方米(一五〇坪)

木造瓦葺二階建工場  建坪一階二四六・二八平方米(七四坪五合)

二階二四六・二八平方米(七四坪五合)

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建汽罐室  建坪  五七・八五平方米(一七坪五合)

木造瓦葺平家建休憩室  建坪  一九・八三平方米(六坪)

木造瓦葺平家建変電室  建坪  九・九一平方米(三坪)

(二) 右建物のうち、

右前並町五〇番宅地上の木造瓦葺平家建工場の部分右付卸を含め七〇一・七八平方米(二一二坪二合九勺)

右前並町五一番宅地上木造瓦葺平家建工場の部分右付卸を含め三七八・〇四平方米(一一四坪三合六勺)

右笈瀬町二丁目一番宅地上の木造瓦葺平家建工場、木造瓦葺二階建工場の各部分右付卸を含め一九一・一四平方米(五七坪八合二勺)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例