名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)663号 判決 1972年2月10日
第一審原告(昭和四三年(ネ)第六六三号、
山本康和
第六六五号事件各被控訴人)
代理人
野島達雄
外一名
第一審被告(昭和四三年(ネ)第六六三号事件被控訴人、
合資会社ヤクルト知多営業所
同年(ネ)第六六五号事件控訴人)
代理人
高須宏夫
外一名
第一審当事者参加人(昭和四三年(ネ)第六六三号事件控訴人、
国
同年(ネ)第六六五号事件被控訴人)
代表者
法務大臣
前尾繁三郎
指定代理人
服部勝彦
外一名
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
二、第一審原告は第一審当事者参加人に対し、金四六万〇、五七九円及びこれに対する昭和四一年三月一八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
三、第一審当事者参加人と第一審被告との間において、第一審被告が別紙目録記載の債権のうち、金四六万〇、五七九円につき取立ての権限を有しないことを確認する。
四、第一審原告と第一審被告間において、昭和三九年八月三〇日付営業譲渡契約に基づく第一審原告の債務は残代金四六万〇、五七九円及びこれに対する昭和四一年三月一八日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金をこえては存在しないことを確認する。
五、第一審被告は第一審原告に対し、金二、〇三〇円を支払え。
六、第一審当事者参加人及び第一審原告のその余の請求はいずれもこれを棄却する。
七、訴訟費用は第一、二審を通じ、第一審原告と第一審被告との間に生じたものはこれを二分し、その一を第一審原告、その余を第一審被告の負担とし、第一審被告と第一審当事者参加人との間に生じたものはこれを二分し、その一を第一審被告の、その余を第一審当事者参加人の負担とし、第一審当事者参加人と第一審原告との間に生じたものはこれを二分し、その一を第一審当事者参加人の、その余を第一審原告の負担とする。
八、この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一、本件営業譲渡人について
(一) 第一審被告がクロレラヤクルトの卸売販売をしていたことは当事者間に争いがなく、この事実に<証拠>を綜合すれば、昭和三九年八月三〇日、第一審原告、第一審被告代表社員杉山直喜及び訴外愛知協同組合理事長杉山義王との間で、第一審被告が譲渡人、第一審原告が譲受人、訴外愛知協同組合が立会人となつて、甲第一号証「営業権売買契約書」を作成(第一審原告は自署、捺印し、訴外直喜及び訴外義王はそれぞれ自己の代表する法人のためにする意思をもつて、法人名及び右資格を表示して記名捺印)して、第一審被告の愛知県知多郡北知多地区(横須賀町、知多町、大府町、上野町)におけるクロレラヤクルトの卸売販売の営業を代金六〇〇万円(但し、上記契約書には税金面を考慮して金五〇〇万円と記載する)で第一審原告に譲渡する旨の契約が締結されたことが認められる。<証拠判断省略>。
(二) ところで、第一審原告は、本件営業譲渡の主たる対象は、訴外ヤクルト本社との間の契約に基づくクロレラヤクルトの販売権であり、それは訴外直喜に帰属していたから、本件営業譲渡人は同人である旨主張する。右販売権が訴外直喜に帰属したということから、直ちに本件営業譲渡契約の当事者が同人でなければならないといつたものではないが、前掲甲第一号証の前文中に、譲渡人として同人の氏名が記載されていることが認められるところでもあるので、この点につき検討する。
<証拠>によれば、クロレラヤクルトの製造販売組織は第一審原告が主張する((三)、12)ようなものであること、但し、各営業所が訴外ヤクルト本社からクロレラヤクルトの原液を購入し、それの処理加工を協同組合に委託するという形式はとられてなく、協同組合が訴外ヤクルト本社から直接原液を購入しており、また、訴外愛知協同組合は原液の処理加工のため昭和三二年八月一三日設立されたものであるが、その上部に連合組合として訴外東海ヤクルト協同組合が存在し、訴外愛知協同組合の原液の購入、その代金の支払等は訴外東海ヤクルト協同組合を通じて行われていたことが認められ、これに反する証拠はない。
そして、<証拠>によれば、訴外ヤクルト本社との間に締結された契約により、営業所がクロレラヤクルトの販売権を第三者に譲渡することは訴外ヤクルト本社の同意なくしてはできないことと定められていること、しかし、実際には同意なくして右販売権の譲渡が行われてきており、訴外ヤクルト本社乃至現地の協同組合も同意手続の履践を厳格に求めることなく、譲受人と取引を行なつてきたこと、ことに、個人営業者が法人に事業組織を改変した場合にはその間の右販売権の譲渡に対し当然に同意を与えるものとして、同意手続の有無は問題とされていなかつたことがそれぞれ認められる。<証拠判断省略>。
<証拠>を綜合すれば、訴外直喜は、昭和三一年頃愛知県知多郡横須賀町、知多町、大府町地区における次いで昭和三三年頃同郡上野町地区におけるクロレラヤクルトの各販売権をいずれも他から譲受けて取得し、訴外愛知協同組合設立とともにその組合員となつて右地区即ち北知多地区においてクロレラヤクルトの卸売販売業を営んできたが、昭和三四年四月二八日自己が無限責任社員となつて第一審被告を設立し、爾後第一審被告が右営業を引継いで行なつてきたこと、訴外直喜の訴外ヤクルト本社に対する金五、〇〇〇円、訴外愛知協同組合に対する金三〇万円の各出資金も第一審被告の資産として経理されてきたこと、第一審被告設立に当つては当時訴外愛知協同組合の常務理事であつた訴外浜田明がその手続を手助けし、同人も有限責任社員の一人となつていること、訴外愛知協同組合は第一審被告設立後これと取引を継続してきたこと、もつとも、訴外直喜と訴外ヤクルト本社との間のクロレラヤクルトの処理加工、販売に関する契約は昭和三五年九月八日更新期が到来したが、該契約の当事者名義を変更することなく更新したこと、また、訴外直喜が第一審被告に対しクロレラヤクルトの販売権を譲渡したとして、右契約上必要とされている訴外ヤクルト本社の同意を求める手続を特にとつたことはないことがそれぞれ認められる、<証拠判断省略>。
右認定事実によれば、第一審被告はその設立と同時に訴外直喜からその有したクロレラヤクルトの販売権(訴外愛知協同組合の組合員たる地位も含むこととなる)を譲受けたことが肯認でき、前認定のとおり、そのような場合特に訴外ヤクルト本社の同意を求める手続を践まなくとも右譲渡を右本社に対抗できたのであり(訴外直喜が訴外ヤクルト本社との契約更新の際名義変更を求めなかつたのも、原審における被告本人杉山直喜の供述するとおり、更新ということでそこまで意を用いなかつたことと、上記のような事情から特にその必要も感じなかつたところにあると認められる。)、訴外愛知協同組合も第一審被告と取引し、それを承認していたのであるから、第一審被告は本件営業譲渡当時北知多地区におけるクロレラヤクルトの販売権を有効に取得していたといわなければならない。そして、前示甲第一号証の前文中の記載は、単に前示契約名義人としての訴外直喜の氏名を記載したものと推認しえなくないから、右のように認定判断する上で妨げとなるものではない。
従つて、前記第一審原告の主張はその前提を欠き理由がないというべきである。
(三) <証拠判断省略>
二、弁済の抗弁について
第一審原告主張のとおり、第一審原告が、本件営業譲渡代金の弁済として、第一審被告に対し直接金一三五万円を支払い、第一審被告に代り、訴外愛知協同組合に対し金三九五万七、〇二九円、訴外奥野栄一に対し金二〇万円をそれぞれ支払つたことは第一審原告と第一審当事者参加人との間では争いがなく、第一審被告においては明らかに争わないから自白したものとみなす。
前掲甲第一号証によれば、その第四条に、本件営業譲渡代金五〇〇万円から契約金の五〇万円を除いた残額金四五〇万円については、昭和三九年八月三〇日(甲第一号証の第四条に「昭和三九年五月三〇日」とあるのが同年八月三〇日の誤記であることは、原審における被告本人杉山直喜、第一審原告本人の各尋問結果により認めることができる。)現在において第一審被告が訴外愛知協同組合に対し負つている買掛金、借入金等の債務を第一審原告が第一審被告に代つて支払い清算をした後、残額を第一審被告に対し支払うものと定められていることが明らかであるが、第一審当事者参加人は、右にいう第一審被告の訴外愛知協同組合に対する債務を支払い清算するとは、第一審被告の右訴外組合に対する債権債務を差引計算し、実際に第一審原告の出捐した金額を控除することを意味するものである旨主張し、第一審被告も同じ見解を採るのに対し、第一審原告は、第一審被告の右訴外組合に対する債権は本件営業譲渡の対象であり、右債務と歩引計算さるべきものではない旨主張して抗争する。
そこで、検討するに、前示本件営業譲渡契約第四条の文言に、<証拠>を併せ考えれば、第一審被告の訴外愛知協同組合に対する債権は本件営業譲渡の目的の一部とされていたことが認められる<証拠判断省略>。
従つて、第一審当事者参加人主張のように、第一審原告が訴外愛知協同組合から金三八万四、六二五円の弁済を受けたとしても、これを前示第一審原告の弁済額合計金五五〇万七、〇二九円から差引くいわれはないものというべきである。
三、本件営業譲渡代金債権の差押について
第一審当事者参加人がその主張のように第一審原告に対し差押通知をなすとともに被差押債権につき履行請求をなしたことは当事者間に争いがなく、右事実に弁論の全趣旨を併せ考えれば、第一審当事者参加人が第一審被告に対し昭和四二年五月三一日現在において既に納期限を経過した昭和四〇年度決定の法人税総額金一一六万六、八七一円の租税債権を有していること、右租税債権に基づき右差押がなされたことがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。
そうとすれば、前示第一審原告の弁済額金五五〇万七、〇二九円円を控除した本件営業譲渡残代金四九万二、九七一円については右差押の効力が生じ、第一審当事者参加人はその取立権能を取得したというべきであるが、右金員をこえては右差押はその効力を生じるに由ないというべきである。
四、相殺の抗弁について
第一審原告は、第一審被告に対し金一一九万五、〇九八円の損害賠償債権を有するとして、昭和四五年六月五日の当審口頭弁論期日において第一審当事者参加人に対し、右損害賠償債権と前示本件営業譲渡残代金とを対当額で相殺する旨の意思表示をなしたので、以下右損害賠償債権の成否について検討する。
(一) <証拠>によれば、クロレラヤクルトは人腸乳酸菌を牛乳に純粋培養した発酵乳であり、その培養にクロレラから抽出した微生物の増殖促進物質を利用しているというものであり、クロレラプレットはクロレラを飲用とするため発酵乳の形をとつたものであるが、一般消費者にとつて両者の差異は認識されず、両者は競合する同種の商品であることが認められ、これを左右するに足る証拠はない。
<証拠>を綜合すれば、訴外直喜は、昭和四〇年六月一日から北知多地区等においてクロレラプレットの卸売販売業を営むようになつたこと、当時クロレラプレットの愛知県知多郡全域における販売権は訴外高岡安雄が有していたが、同人が都合によりこれを実施できない状態になつたため、同人の了解を得て訴外直喜が代つて右営業を行なうようになり、同年一〇月には右販売権を取得したことが認められる<証拠判断省略>。
そのようにして、右訴外直喜が昭和四〇年六月一日開始したクロレラプレットの販売は本件営業と同一の営業というべきである。
(二) しかして、前認定の訴外直喜の競業行為につき、第一審被告が責任を負うべきものかどうか検討するに、<証拠>を綜合すれば、第一審被告は専ら税務対策のため従前の訴外直喜の個人営業を法人に組織替えしたもので、無限責任社員に同人が就任しているほか四名の有限責任社員により構成されているが、有限責任社員は知人又は親族が名目的に就初しているにすぎず、訴外直喜の支配するいわゆる個人会社にほかならないこと、本件営業譲渡契約締結に当つては、第一審原告及び訴外直喜とも本件営業が形式的には兎も角実質的に同人の営業にほかならないことを認識了解して、これをなしたものであること、本件営業譲渡の対価である譲渡代金のうち第一審原告から直接第一審被告に支払われた分は、訴外直喜がその一部は営業上の負債の返済に充てたが、残部は第一審被告の帳簿に記載して経理することなく、直接自己の生活費に費消していることが認められ、これに反する証拠はない。
そのように、営業の実態は法人の背後にあつてこれを支配する個人のものであるのに、形式的には法人格の被衣の下にある営業が譲渡された場合、営業譲渡の実効を確保するため認められている競業避止義務を該譲渡契約の当業者である法人に認めたのみでは無意義に等しいことは明らかである。その場合、本件のように譲受人が営業の実態に着目してこれを譲受け、法人を支配する個人がこれの譲渡に関与し、譲渡の利益を直接収受しているとき、右個人が契約当事者でないことを幸いとして競業を行なうならば、特段の事情があつて競業避止義務を回避する意図でなしたものではないと認められない限り、その意図のもとになされたものとして、法人格の濫用があると認めるのを相当とする。
従つて、本件において第一審被告の法人格を否認し、訴外直喜と第一審被告とを同一人格、即ち訴外直喜の行為を第一審被告のそれとして取扱うのを相当というべきである(訴外直喜の競業につき第一審被告が責任を負うべきものであるとる第一審原告の主張は法人格の濫用乃至否認を主張しているものと解される。これに対し、第一審当事者参加人において防禦方法を尽していることは事実欄に摘示のとおりである。)。
そうとすれば、前認定の訴外直喜の競業行為が商法第二五条により禁止されたのに該当すること明らかといわなければならないから、第一審被告はそれにより第一審原告の蒙つた損害を賠償すべきである。
第一審当事者参加人は、法人格の否認によつては、訴外直喜に本件営業譲渡上の競業義務を負わせ、その責任を問いえない旨主張するが理由がない。けだし、法人格否認の法理は、法人格が付与された目的に反し、これを濫用して義務及び責任の回避がはかられようとするとき、法人格なる被衣を剥ぎ取り、法人と該法人の背後にあつて法人を支配し規定する個人とを同一に取扱うことにその眼目があるのであつて、一方に義務及び責任を認めることにより他方の本来の義務及び責任を免れさせるものではなく、双方に一体的にこれを負わせ、これの回避を許さないためのものと解するのを相当とするからである。
また、第一審当事者参加人は、法人格否認の効果は善意の第三者に対しては主張しえない旨主張するが、根拠があるとは考えられず、採用できない。
(三) そこで、前認定の訴外直喜の競業行為により第一審原告の蒙つた損害額について検討する。《中略》
五、立替金について
第一審原告の請求原因第二項は第一審被告において自白するところである。
六、結論
以上の次第で、爾余の点につき更に判断を進めるまでもなく、第一審原告は第一審当事者参加人に対し本件営業譲渡残代金四六万〇、五七九円及びこれに対する履行請求の翌日である昭和四一年三月一八日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、右債権については第一審被告に取立権限がない。従つて、第一審当事者参加人の請求は右の範囲で正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却すべきである。
また、第一審被告は第一審原告に対し立替金二、〇三〇円の支払い義務があり、本件営業譲渡代金債権中右残代金を除くその余は既に消滅して不存在である。従つて、第一審原告の請求は右の範囲で正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却すべきである。
よつて、これと趣旨を異にする原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九二条、第一九六条に従い主文のとおり判決する。(布谷憲治 福田健次 豊島利夫)