名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)767号 判決 1969年10月24日
主文
原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。
被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
被控訴人が昭和四一年七月一八日控訴人遠藤から控訴人らの共有(控訴人遠藤の持分は三分の一、控訴人井沢の持分は三分の二)にかかる愛知県北設楽郡東栄町大字足込字大沢三〇番山林一九、九三三・八八平方米(二町一畝歩)および同所三一番山林三、五七〇・二四平方米(三反六畝歩)の二筆(以下本件山林という)の地内の立木を代金五〇〇万円で買受け、即日右代金を支払い、右買受立木を伐採搬出していたこと、ところが訴外井沢俊夫において控訴人井沢を相手として、本件山林は控訴人井沢所有のものではなく自己の所有に属するものとして、名古屋地方裁判所豊橋支部に対し立木伐採禁止仮処分(同庁昭和四一年(ヨ)第一一二号)の申請をなして仮処分決定を得、右決定に基づき右井沢俊夫から執行委任を受けた名古屋地方裁判所執行官白井敏雄が本件山林内の立木および伐倒木は控訴人井沢の占有に属するものとして右物件をその占有に移し、かつ何人もこれを処分してはならない旨公示したこと、そしてその後右仮処分につき控訴人井沢から異議の申立がなされ、該事件が第一審裁判所において審理中であることは控訴人らの認めるところである。当事者間に争いがない。
被控訴人は、本件売買の売主は控訴人ら両名であるうえ、前記仮処分により右売買における売主の義務が履行不能となり被控訴人において損害を被つた旨主張し、控訴人らにおいてこれを争うので、契約当事者および損害の点はさて措き、まず本件売買の売主に履行不能が存するか否かにつき考察する。
原審証人白井敏雄の証言および原審における控訴人遠藤本人尋問の結果によれば、控訴人遠藤は本件売買契約締結の日である昭和四一年七月一八日被控訴人の補助者を本件山林へ案内して売買の目的物である立木一切を被控訴人に引渡し、被控訴人は引渡を受けた立木の大部分を前記仮処分執行以前に伐採し終つていたことを認めることができ、右認定を左右する証拠はない。
ところで、売主は買主に対し目的物を引渡し、買主をしてこれを完全に享受させるために必要な一切の行為をしなければならない義務を負うことは明らかであるが、継続的契約関係に非ざる売買の売主が一たん右義務の履行を終了した場合において、その後新たに発生する買主の利益享受を妨げる事実の排除についてまで義務を負うものと解することはできない。すなわち、立木登記のしてない立木の売買においては、買主は目的たる立木の引渡を受ければ、これを伐採してその利益を完全に享受することも、また売主の協力なしに明認方法を施こすこともできるのであるから、その売主の義務は買主に対し目的たる立木を引渡すことをもつて終了するものというべきである。前記井沢俊夫のなした仮処分執行により、その後被控訴人において買受立木の伐採搬出をなすことが不能となつたことは明白であるが、右は本件売買の売主に債務不履行が存するからではなく、売主の債務の履行終了後において井沢俊夫の仮処分執行という新たな事実が発生したことに基因するものというべきである。したがつて、売主の債務不履行を原因とする被控訴人の損害賠償請求の主張は採用することができない(もし仮処分の執行に違法の点があり、そのため被控訴人が損害を被つたというのであれば、被控訴人は仮処分の執行者である井沢俊夫に対し損害賠償の請求をなし得るのである)。
また、被控訴人は控訴人らに対し売主の担保責任を追求するものの如くでもあるが、前記のとおり本件山林の所有権帰属については井沢俊夫と控訴人井沢との間において争われているのであり、これが井沢俊夫の所有に属し控訴人らが他人の物の売買をなしたものと認めるに足る確証はないのであるから、被控訴人の右主張も採用することができない。
されば、その余の点について判断するものでもなく、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、右と異なり売主に債務不履行ありとして被控訴人の請求の一部を認容した原判決は取消を免れず、本件控訴は理由がある。
よつて、民事訴訟法三八六条、九五条、九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。