名古屋高等裁判所 昭和44年(ラ)125号 決定 1969年11月07日
抗告人 株式会社ニイミ工業
主文
原決定中保証金二五〇万円とあるのを保証金一〇〇万円と変更する。
理由
一、抗告人の抗告の趣旨、抗告の理由要旨は別紙抗告申立書に記載のとおりである。
二、よつて、審按するのに、本件記録によれば、抗告人の本件仮処分申請は「別紙目録<省略>記載の不動産(以下本件土地という)につき債務者古橋辰雄(以下債務者古橋という)において売買、譲渡または質権、抵当権もしくは賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」との仮処分を求めるものであること、抗告人の右仮処分を求める理由が別紙抗告申立書の抗告の理由要旨の(一)に記載のとおりであること、原裁判所は抗告人の本件仮処分申請に対し昭和四四年一〇月一八日「抗告人において債務者古橋のために保証として金二五〇万円を五日以内に供託すべき」旨の原決定をしたこと明らかである。
(一) 本件抗告は、要するに原決定の保証金額が高額に過ぎるとして不服の申立をするものであるが、原決定は、抗告人の本件仮処分申請を許容する前提としてなされたものであるから、申請人である抗告人において原決定に対し右のような不服の申立をすることができないものであるとの考え方もあろうが、仮処分裁判所が仮処分申請人に立保証を命じた場合、その保証金額が高額に過ぎるときは実質上その申請を却下したと同一の結果になることを考え、当裁判所としては原決定に対する本件抗告は適法のものとして許されるものと考える。
(二) 抗告人の提出した疏明書類、当審における抗告人の代表者新美幾代の審尋の結果によると、抗告人が本件仮処分申請の理由とするところ(別紙抗告申立書の抗告の理由要旨(一))は、一応これを認めることができる。もつとも、抗告人は、債務者古橋との本件土地の売買についての書類としては、抗告人より債務者古橋に金三〇万円を支払つた際に作成された領収書を提出しているだけで、売買契約書は提出しておらず、又右領収書には「債務者古橋が抗告人より名古屋市南区本星崎町中之割三四二八番地古橋重親住宅売渡代金として昭和二三年四月一四日金五万円、同年一一月五日金一〇万円、昭和二五年四月一一日金一五万円合計金三〇万円を受領した」旨記載されている(建築届書、前記抗告人の代表者新美幾代の審尋の結果によると前記古橋重親住宅というのは、昭和一四年頃本件土地上に建築され、以後本件土地上に存在する木造瓦葺平家建二戸建住宅建築総面積一四四・六三平方米の建物であることが認められる)ので、抗告人のいう昭和二三年四月一四日債務者古橋との間に締結された代金三〇万円をもつてする売買契約の目的物件は本件土地上の前記建物(以下本件建物という)だけでなかつたかと疑われないわけではない。しかし、前記のように本件建物は右売買契約当時より一〇年前に建築された建物であつたこと及び昭和二三年頃における物価の状況等を考えると、右売買契約の目的物件が本件建物だけであつたとは認め難く、その代金額から考えて、右売買契約においては本件土地もその目的物件であつたと認めるのが相当である。しこうして、名古屋市南区長山田[金圭]一作成の証明書及び前記抗告人の代表者新美幾代の審尋の結果によると本件土地の時価は金三〇〇万円位であることが認められること、本件仮処分によつて蒙る債務者古橋の損害の程度、抗告人の疏明の程度等を考えると、本件仮処分を許容するについて申請人である抗告人をして債務者古橋のために保証として供託させる金額は金一〇〇万円をもつて相当とすべく、原決定中右金額を超える部分は失当として取消すのが相当である。
(三) 右の次第で主文のとおり決定する。
(裁判官 布谷憲治 福田健次 土田勇)
(別紙)
抗告申立書
一、抗告の趣旨
原決定を取り消し、さらに相当な裁判を求める。
二、抗告の理由要旨
(一) 抗告人の本件仮処分申請は、「別紙目録<省略>の記載の不動産(以下本件土地という)につき債務者古橋辰雄(以下債務者古橋という)において売買、譲渡または質権、抵当権もしくは賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」との仮処分を求めるものであり、その理由は次のとおりである。
(1) 抗告人は、昭和二三年四月一四日本件土地及び本件土地上に存する木造瓦葺平家建居宅(以下本件建物という)を代金三〇万円で債務者古橋より買い受け、昭和二五年四月一一日までに右代金を完済し、今日に至るまで本件土地建物を占有使用している。
(2) 本件売買契約成立当時本件土地は登記簿上申立外伊藤産業合名会社(現在株式会社松坂屋)の所有名義のまゝになつていたところから、直ちに名義移転登記手続ができなかつたので、債務者古橋においてまず右申立外会社から所有権移転登記を受けた後その名義を抗告人に移転するとの約定が取り交されていた。
(3) その後債務者古橋は、約旨に従い前記申立外会社より本件土地の所有権移転登記を受けたにもかゝわらず、抗告人に対して所有権移転登記手続をなさない。
(4) 抗告人は、現在債務者古橋に対し本件土地について所有権移転登記手続を請求する本訴を名古屋地方裁判所に提起すべく準備中であるが、債務者古橋において最近本件土地を登記名義が自己にあるのを奇貨として売りに出していることから、本案における勝訴判決の執行を保全するため本件仮処分に及ぶ。
(二) 抗告人の本件仮処分申請に対し、同裁判所は昭和四四年一〇月一八日抗告人に対し「債務者古橋のために保証として金二五〇万円を五日以内に供託せよ」との決定をなした。
(三) しかし、右決定は、以下に述べるように実験則に違背し違法不当である。
(1) 保証金額如何の問題は仮処分申請人にとつて極めて重要な意味を有し、その額が余りにも高きに失する場合には実質上仮処分申請を却下したと同一の結果を生ずるものであるから、仮処分裁判所においてはその決定につき慎重な配慮が払われるべきものである。そして右保証額の決定は裁判所の自由裁量権に属するところといわれているが、決してその恣意を許すものではない。必ずやそこに一定の合理的規準がなければならないのである。
(2) 一般に保全手続における保証は「債務者に生ずべき損害の為め」(民事訴訟法第七五六条、第七四一条二項)の担保であるからして、保証の額は、通常かゝる蓋然性を認定すべき具体的事情としては、被保全権利又は仮処分の目的物の価額のみを以ては足らず、請求、目的物の種類(すなわち有体動産、不動産、債権等)並びにその流通性の強弱、仮処分債権者の職業、資産並びに信用状態等を顧慮して判断されなければならぬところである。
(3) しかしながら、実務上は、仮処分手続が迅速性を要求されているために、保証の額は、目的物の価額に最も重きをおいて決めるのが従来の通例である。そして、目的物の価額とは、「地方税法第三四九条の規定により固定資産税の課税標準となる価格のあるものについては、その価格とする」取扱いである(最高裁事務総局民事局長通知昭和三一年一一月一二日最高裁民事四一二号)。又、実務上いわゆる処分禁止の仮処分については目的物の価額の三分の一から一〇分の一の保証を立たしている。
(4) 本件を考察するに、本件土地の固定資産税の課税標準となる価格は金八二万円余であり、仮に時価が右評価額の三倍とみなしても約二五〇万円となり、前記実務上の取扱の最高額の保証としてもその額は約八〇万円前後と計算されるものであるところ、原決定の保証額は二五〇万円でほゞ前記評価額の三倍強の高額であるのは実験則に反し不当である。
(四) なお仮処分申請の理由の疏明の有無並びにその程度如何は損害発生の蓋然性に重大な関係を有することは疑いのないところである。そして、原決定の保証額が異常に高額であるのは、原審において被保全権利の疏明が不十分であると判断されたためであるかも知れないが、もしそうであれば、次に述べるような理由により原決定はやはり失当である。
(1) 売買代金の受領証(疏第一号証)においては、本件売買契約の目的物が建物のみであつたように解し得る記載が存するが、一般に世間で住宅の売買と称する場合には居住用建物とその敷地である土地の両者を含めた売買と解するのが妥当である。疏第一号証にいうところの「住宅」も本件土地とその地上の建物の両者を意味しているのは勿論であり、このように解することによつてのみ本件売買代金が金三〇万円という当時の貨幣価値より勘案して極めて高額であつたことを理解できるのである。
(2) しかのみならず、抗告人は昭和二三年本件売買契約成立直後に本件土地及び本件建物の引渡を受け爾来今日に至るまで引き続きこれを占有しているのであるから、抗告人の善意悪意を問わず抗告人のために本件土地について取得時効完成していることは明白である。
(3) 右のように、本件については抗告人の被保全権利の疏明は充分であると認むべきであるから、右疏明不充分として保証金額を異常に高額たらしめることも違法のそしりを免れないところである。