名古屋高等裁判所 昭和45年(う)22号 判決 1970年3月30日
本籍ならびに住居
愛知県碧海郡知立町大字知立字本町八番合併地
会社社長
深谷市郎
明治三七年六月一〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、名古屋地方裁判所が昭和四四年一〇月二七日言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立てがあつたので、当裁判所は検察官船木信勝、同荒井健吉出席のうえ、審議をして、次のとおり、判決をする。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人高木英男、同乾てい子、同伊藤敏男共同作成名議の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参照し、本件量刑に影響を及ぼすべき一切の情状、とくに、被告人は、平素人の三倍も四倍も働いているのに、所得の金額を申告しては、働いている甲斐がなく、自己の老後にむける面倒を見てくれる子供にも財産を残しておいてやりたいなどと考えた末、所得税のほ脱を企て、従来被告人方の経理事務を受任していた武税理士事務所方の事務員森さちよに指示し、同女をして、売上除外、架空仕入の記帳、消耗品費その他の費用の過大計上等の方法により、被告人方事業所得の秘匿を図らせ、自らも架空名議の預金を設定し、これら架空名議の預金証書類および同預金の預入、引出しの際に必要な印章等を空きかんに入れたまま、自己の居宅内風呂場横の空地に埋めて、その上をコンクリートで塗りかためておくなどして、財産を隠匿したうえ、原判示第一、第二各認定の如く、所轄の原判示碧南税務署長に対し、それぞれ当該過少の所得税確定申告書を提出したものであり、しかも、そのほ脱税額は、昭和四〇年度分が九〇三万九七〇〇円、同四一年度分が八五一万五〇〇〇円の多額にのぼり、その犯情は甚だ悪質であることを考慮すると、被告人を、本件につき、懲役一〇月および罰金三〇〇万円(右懲役刑については三年間執行猶予)に処した原審決の量刑措置はまことに相当であつて、所論のうち、被告人が本件に基く加算税、減加算税も完納していることなど書認しうる諸事情を、被告人の利益に斟酌しても、この際、原審の前記量刑、とくに、罰金刑を減額すべき特段の事情があるものとは考えられない。論旨は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとして、主文のとおり判決をする。
(裁判長裁判官 上田孝造 裁判官 藤本忠雄 裁判官 杉田寛)
昭和四五年(う)第二二号
控訴趣意書
被告人 深谷市郎
右の者に対する所得税法違反被告事件について左の通り控訴趣意書を提出する。
一、原判決を破毀し、更に相当なる御判決を求める。
原判決は懲役(執行猶予)と罰金三百万円を併計した。
これは本件の動機、被告人改悛の情況、事後措置等を無視した重きに失する判決につき、刑の量定が不当である。
二、被告人は性素朴にして単純な人間であり青年の頃知立町に出て所謂裸一貫で豚の仲買業を始めた「被告人は当時親から金十円の資金を貰つたのみで以後独力でやつてきたという)
そして働くことのみを信条として朝早くから深夜迄働き、財力の蓄積に努めた。
昭和一五年頃より精肉販売業を始め昭和二五年頃より商売を段々に拡張して今日に至つた。
現在は株式会社組織にして精肉販売業と養豚業を経営している。
被告人は小学校を卒業したのみで、経理については学識も能力もなく一切を税理士に委せ、自分には単に働くことのみを信条していた。
経済の成長と文化生活の向上にて、営業も設備拡張等に追われ常に多額の債務を負いながらも被告人の努力は段々と成果を得て、営業成績は向上した。
昭和四〇年には、作業場、冷蔵庫等の建築資金二、五〇〇万円の債務も完済し、この年は豚肉の原価が下落した上、売上げの向上等のことも重なり意外に多額の利益を生じた。
税理士より多額の利益が計上されることを聞き「こんなに働いて儲けた金だから税金はなるべく安くするようにしてくれ」と申向けたのが、本件発生の動機である。
被告人自ら手段方法を指示したり計画したのではない。
被告人の意を受けて税理士が帳簿上の操作をした。即ち昭和四〇年末頃必要のないのに岡崎信用金庫から一五、〇〇〇万円を借入れ利益勘定を減した。
而して昭和四〇年度には過少申告をした昭和四一年度も利益を翌年度へ繰越繰作をして過少申告をしたのが本件事実である。
三、然れども昭和四二年には前年度の繰越の結果従来利益も全部一括して、金四六、六六四、〇〇〇円を申告して納税した。
税務署もこの過大申告の事実を認め昭和四二年度の過大申告分を昭和四〇、四一年度の所得分に修正して昭和四二年度の過払い納税分は還付している。
従つて昭和四〇、四一、四二年度の三年分を合算すれば申告方法に誤りはあつたか全部申告していることになる。
四、右申告上の誤りに対する制裁としては、既に加算税、重加算税を賦課され完納している。昭和四〇、四一年度の修正申告による税金追加分も既に完納している。
五、被告人が昭和四〇、四一年度の過少申告分を昭和四二年度の申告に於て加算して三年分の所得額全部を申告したことは将に刑法犯に於ける自首に等しいと考える。
税法上の行政処分には素直に服し加算税、重加算税も完納した。
この上本件に於て刑罰を科する必要があろうか。
六、従来被告人に経理上の知識に乏しいから所謂「ドンブリ勘定式」の考えでいたが本件により税法上経理の正確を期することの必要を認識して営業を昭和四三年より株式会社組織にして経理の正確を期している。
よつて再び本件の如き、過誤を犯さないことを誓つている。
七、従つて本件に於て懲役と罰金を併科したる原判決は極めて量刑重きに失する。
被告人は既に追加税金及び加算税、重加算税の納税により従来の貯蓄を果し、今は営業も会社組織に改められ、一定の給料により生活をする身分であるから、過去の営業について過大な罰金を科せられても完納の能力はない。
年令の点からも今は息子に営業実権を譲り会社は息子達の経営に委せている。
以上の次第につき、本件に於ては懲役(執行猶予)の処刑ので刑罰の目的は充分達せられ国家財政に対しても加算税、重加算税の完納により、その償いは充分達せられている。
この上罰金を科する必要に毛頭ないので、この趣旨を御賢察の上、御寛大なる御裁判を仰ぎたく控訴した次第であります。
援用証拠
一、原審の記録、証拠全部援用する。
右控訴趣意書を提出する。
昭和四五年二月二三日
弁護人 高木英男
同 乾てい子
同 伊藤敏男
名古屋高等裁判所
刑事第一部 御中