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名古屋高等裁判所 昭和45年(う)48号 判決 1970年4月30日

被告人 川口長三郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人竹下伝吉、同山田利輔共同名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここに、これを引用するが、その要旨は、原判決には事実の誤認及び法令の適用の誤りがあるというのである。

しかし、原判示の事実は、原判決の挙げている証拠により、優に認定することができ、記録を調べても、原判決の認定に事実誤認の疑いがあるものとは認められない。そして、右原判決の認定判示するところによれば、宅地建物取引業者である被告人は、原判示日時、場所において、原判示佐藤たつからかねて依頼を受けていた原判示宅地の売買につき媒介してその契約が成立し、宅地建物取引業務に関し、その取引があつたのであるから、被告人はその業務に関する帳簿に右取引についての所定事項を記載すべき義務(以下記帳義務という)を負うものであることは、宅地建物取引業法一八条の三の規定に徴し、疑いをいれないところである。

しかるに、所論は、被告人が佐藤たつから売却の依頼を受けた宅地は、原判示の宅地だけではなく、他にもあつたから、被告人の受任業務は完了していないばかりでなく、原判示の宅地についても、代金の支払は未了であるから、仲介業務は完了していないので、被告人には未だ記帳業務が発生していない旨主張するので考察するに、被告人が佐藤たつから原判示の宅地以外にも、宅地の売却方の依頼を受けたかどうかについては、証拠上必ずしも明白ではないが、仮に、所論のとおり、本件以外の宅地についても、売却依頼を受けた事実があるとしても、いやしくも右依頼を受けた宅地の一部について取引があつたと認められるかぎり、そのつどその業務に関する帳簿に右取引に関する所定事項を記帳すべき義務を負うべきものであることは、前記宅地建物取引業法一八条の三の規定に徴し、また同法一条に掲げる同法の目的に照らし、明白であり、宅地建物取引業者がその依頼者から受任にかかる物件の全部について受任業務を完了した段階において、初めて記帳義務が発生するとか、その取引のあつた物件につき、代金の支払があつた後の段階において、初めて記帳業務が発生するという所論は、独自の見解であつて、到底採るを得ない。

なお、所論は、被告人は、所論のごとき見解に立つて、原判示取引につき、未だ記帳義務は発生していないものと考えていたから、被告人には本件記帳義務違反の犯意なく、右違反は被告人の過失によるものというべきところ、本件の過失犯は、犯罪行為自体の構成要素たる事実に錯誤があるので、無罪が相当である、と主張する。しかし、前掲原判決挙示の証拠によれば被告人は、前示のように、原判示の宅地の売買につき媒介してその契約が成立し、自己の宅地建物取引業に関し取引があつたので、遅滞なく、その業務に関する帳簿に右取引についての所定事項を記帳すべき義務が発生したことを熟知しながら、いわゆる税金のがれのため故意に右記帳をしなかつたものであることを明認することができる(被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書参照)から、右の所論もまた採るを得ない。

以上の次第であつて、原判決には所論のような違法のかどはなく、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

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