大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)356号 判決 1979年2月28日

控訴人 摂津造船工業株式会社

被控訴人・補助参加人 三重県大協石油株式会社

主文

本件控訴及び控訴人の当審における拡張請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、当審において訴を変更して、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し三億六二八〇万円及びこれに対する昭和三七年七月八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。被控訴代理人及び補助参加代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出・援用・認否は、次に補足するほか原判決事実摘示と同一である(ただし、原判決一一枚目表初行に「有し来たから、」とあるのを「有して来たから、」と同一三枚目初行に「参加人から買い受けた」とあるのを「参加人から寄付を受けた」と、同一六枚目裏五行目に「をめぐらず」とあるのを「の埋立地をめぐる」とそれぞれ訂正する。)から、右記載をここに引用する。

なお、以下この判決においては、略称はすべて原判決の用例に従い、補助参加人は単に参加人といい、引用にかかる公有水面埋立法(埋立法ともいう。)は昭和四八年法律第八四号による改正前のものをいう。

(控訴人の主張)

一  営団と控訴人との間の昭和二四年一一月一日付売買契約(甲第二号証)は、控訴人の割賦代金支払の遅滞を原因として、同二五年三月三一日一旦解除されたが、同年九月二〇日付覚書(乙第三号証)をもつて復活され、控訴人はその約定に従い、公売代金残額一〇八〇万円、復活までの期間に生じた遅延損害金、管理費、保険料、電力料合計一八五万円、控訴人が戦時中営団に対して負担していた旧債(機械代金)一八四万円を合計した一四四九万円(以上の金額については一万円未満を省略。)を営団に完済し、本件土砂を含む全売買物件の完全な所有権を取得したものである。

二  控訴人は、右売買契約復活の際、営団に対し、まず、内金六〇〇万円の支払をなしているが、右金員は昭光商事から借り受けたものである。すなわち、控訴会社の当時の代表者永田章が知人の福田国基に対し金策を依頼したところ、同人が昭光商事の社長小林元を紹介してくれ、昭光商事との間に右貸借(ただし、実際には、昭光商事が控訴人のため営団に対し六〇〇万円を代払いするという形をとつた。)が成立したのである。控訴人は、昭光商事に対する債務を担保するため、大阪市所在の工場の土地建物につき何時にても昭光商事の所有名義に登記しうる書類を作成し、これを借用証書とともに福田を通じ昭光商事に差し入れ、かつ、三か月分の利息をも支払つた。

昭光商事は、右貸付後間もなく、子会社として昭光不動産(後の興元不動産)を設立したが、右は、昭光商事が控訴人において右六〇〇万円の借金を支払えなくなることを見越し、前記営団払下物件中の土地七万八二三九・九九坪を控訴人から取り上げ、右子会社をして該土地を所有・売却せしめる意図に出たものであつた。

三  控訴人は、やがて昭光商事への返済金六〇〇万円と営団にあてて振り出していた金額一八四万円の手形の決済資金の調達に悩むに至り、昭光商事に対し六〇〇万円の弁済を待つてくれるよう懇請していた。しかるところ、昭和二五年一二月二日前記永田と控訴会社専務取締役中井四郎とが、昭光不動産の取締役長谷川正三郎及び監査役佐々木雅敏に会見した際、同人らから「控訴会社において営団払下物件中の七万八〇〇〇余坪の土地を担保に供すれば、それによつて昭光不動産が控訴人のために第三者から一〇〇〇万円以上の資金を借り出してあげる。従つて、昭光商事への返済と前記手形の決済に七八四万円を充てても、なお数百万円の現金を控訴人に渡すことができる。もつとも、右貸主が昭光不動産が借主となるよう要求したら、右担保土地は一旦昭光不動産の名義にして、さらに右貸主に担保として差し入れることになる。貸主との関係で急ぐから、すぐ白紙委任状を交付せよ。」との申出を受けた。その際、右両名は、社長小林元が旅行から帰り次第、「たとえ、土地の所有名義を昭光不動産に移しても、右は担保のための便法であり、真実売買したものではなく、所有権は控訴人にある。」との趣旨の控訴人・昭光不動産間の契約書を差し入れることを確認したので、控訴人としては一応安心して控訴人名義白紙委任状(右七万八〇〇〇余坪の土地につき貸主のための抵当権設定登記又は控訴人から昭光不動産への所有権移転登記のいずれかに使用するものである。)をその場で右両名に交付した。また、控訴人としては、その時右両名から「もし白紙委任状を交付してくれぬなら、昭光商事において控訴人から受領している前記書類を用いて大阪の土地建物を六〇〇万円の債権に対する代物弁済として昭光商事の所有に移す。」と威迫されていたので、進退窮まり契約書の作成を後日に期して長谷川、佐々木の申入を承諾するほかはなかつたのである。

しかし、控訴人は、昭光不動産の心事に疑念を懐き、右委任状交付のわずか六日後の一二月八日、同社にあてて「たとえ、土地を昭光不動産の名義に移したとしても、相互の諒解の下に一〇〇〇万円以上の金融のためにしたことである。」旨記載した内容証明郵便(甲第三号証)を送り、前記契約書を作成してくれない場合に備えた。

昭光不動産は、控訴人から右白紙委任状を受領したので控訴人のため昭光商事に六〇〇万円を支払つてくれ、営団に対する手形金一八四万円も決済してくれたので、控訴人の債務は結局昭光不動産に対する七八四万円ということになつた。しかし、昭光不動産は、前記白紙委任状を用いて七万八〇〇〇余坪の土地につき控訴人から同社への所有移転登記をしながら、第三者への抵当権設定登記をなさず、控訴人に数百万円の現金を交付せず、まして、売買でないということの確認の契約書も作成してくれず、それらの約束はすべて反古となり、結局、七万八〇〇〇余坪の土地を七八四万円で売り渡したかのごとき外形のみが残存するに至つたのである。

なお、右一二月二日の会談の際、長谷川、佐々木から永田、中井に担保として提供を求めた物件は登記可能の土地のみであり、本件土砂区域は控訴人がここで造船業をなす意向を有し、かつ、未竣功埋立地であつて、登記ができないため担保に加えないことに合意ができていたものである。

四  右佐々木雅敏は、昭和二七年二月一六日小林元に代わつて昭光不動産の代表者(社長)となり、同年中前記自社名義の右七万八〇〇〇余坪の土地の一部を控訴人に無断で参加人に約二〇〇〇万円の代金で売却し、代金を着服するに至つた。これを知つた控訴人は、右小林と佐々木に抗議し、翌二八年六月二二日には山根春衛を立会人として控訴会社の永田、中井が昭光不動産社長佐々木と会見し右背信行為を詰問した。その結果、佐々木は右土地の所有権が実質上控訴人にあることを認め、無断売却の非を陳謝し、前記売却代金から控訴人に対する債権七八四万円の元利金を差し引き残額を速かに控訴人に支払う旨確約した。すなわち、この時に、控訴人の債務は弁済により全額消滅し、昭光不動産が売り残した約六万四〇〇〇坪の土地については担保が解除されたのである。仮に、被控訴人の主張するように本件土砂区域も昭和二五年一二月二日に昭光不動産に担保に差し入れられていたとしても、これも右約六万四〇〇〇坪の土地とともに同二八年六月二二日担保を解除されているものといわなければならない。

昭光不動産は、右六月二二日の約束に基づき、その後控訴人に対し二〇〇万円を支払い、さらに一五〇万円を数回に分割して支払つたが、その余の支払は遂にこれをしないばかりか、前記約六万四〇〇〇坪の土地も控訴人がその登記簿上の名義を回復しないうちに参加人そのほか多数人に売却し、莫大な代金を全部着服している。

五  控訴人が、浦賀ドツクから営団を経て承継した埋立権は、浦賀ドツクが埋立を施工していなかつた海面部分を控訴人もまた施工しなかつたので、昭和二九年四月五日失効してしまつた。しかし、控訴人は、営団の公売に際し、公売執行者から、今後三重県知事から何分の通知あるまで埋立権も埋立地(本件土砂区域)も権利は安泰である旨説明されており、これを知事の通知の来るまでは放置しておいてよろしいとの意味に解していたので、埋立権の失効することは予想もせず、また、失効した事実も知らなかつた。

ところが、興元不動産(昭光不動産が商号を変更した。)は、昭和三〇年一二月二三日、参加人に対し、本件土砂区域は登記はできないが、前記七万八〇〇〇余坪の土地と一括して控訴人から買い受けたものである旨説明して、これを右土地の一部とともに参加人に売却した。右売買の契約書である丙第二号証には本件土砂区域は「三万坪の未完成埋立地」と表示してある。

原審においても述べたように、参加人は、昭和三二年九月一三日被控訴人に対し本件土砂区域寄付の申入をなし、被控訴人は同月一六日これを採納した(この関係では、本件土砂区域は「未完成埋立地約三万五〇〇〇坪にわたる土砂」と表示されている。)。被控訴人は、本件土砂区域を三重県知事に対し自己の所有なりと申し出で、これと隣接海面を合わせた二〇万七〇〇五坪余の埋立につき同年一一月二日新規埋立権を得たのであるが、控訴人は、本件土砂区域を昭光商事又は昭光不動産に売り渡したことのないのはもちろん、担保として提供したことすらなく、その他何人に対してもその所有権を移転していないから、参加人は興元不動産から本件土砂区域を買い受けてもその所有権を取得せず、ひいて参加人から寄付を受けた被控訴人も同様所有権を取得する由がないのである。被控訴人は新規埋立権を得た後、埋立を施工し、昭和三七年二月一六日知事から本件土砂区域を含む二〇万七〇〇五坪余の埋立地につき竣功認可を得て同年四月三日その旨の告示をした。しかしながら、被控訴人の受けた右新規埋立の免許、竣功認可の各行政処分は次の理由により無効である。

1  まず、本件土砂区域に対する新規埋立権の免許はその所有者たる控訴人に対してのみ有効に与えられうるものである。公有水面の埋立は、免許権者が水中に土砂を投入して陸地を造成し、その陸地について土地所有権を取得することを目的とするものであるから、竣功認可前における陸地たる土砂の所有権は免許権者に属しているべきものである。このことは陸地を造成した後に免許が失効し新規免許を付与する場合についても同様であつて、新規免許を受ける者と土砂の所有者とは同一人たるべきであり新規免許を土砂の非所有者に与えることは許されない。しかして、本件土砂区域は、浦賀ドツクの手により既に陸地に出来上つているものであるから、右の理に従い知事は本件土砂区域の非所有者である被控訴人に新規埋立権を与えるべきではなかつたのである。もし、免許失効後本件土砂のような陸地の形態をなす区域について免許権者が何人にでも埋立免許を与えうるものとすれば、公有水面埋立法三五条は不要の規定となる。免許権者は同条所定の手続を経た後でなければ現在の土砂所有者以外の者へ免許を与えることは許されないのである。されば、知事が本件土砂区域について非所有者たる被控訴人に与えた新規免許は重大な瑕疵を帯有し、しかも、その瑕疵は明白であるから、右免許は無効である。

また、控訴人は、本件土砂区域の所有者として公有水面埋立法五条所定の公有水面に関し権利を有する者に準ずべき者である。されば、知事は、被控訴人に対し新規免許を与えるにあたつては同法四条一号により控訴人の同意を得なければならなかつたものである。しかるに、知事が右控訴人の同意を得ていないことは明白であるから、右行政処分には、重要な手続規定に違反した重大な瑕疵があり、しかも右瑕疵は明白であるから、無効であるといわなければならない。

2  次に三重県知事は、本件土砂区域が控訴人の所有であることを知りながら、被控訴人をもつてその所有者であると認定し、被控訴人に新規埋立権を与え、竣功認可をしたものであつて、その行為は職権濫用に出で、著しく正義に反するから当然無効である。

すなわち、被控訴人が、本件土砂区域を参加人から寄付を受けたとしてこれを含む二〇万坪余の埋立の出願をしたことは、前記のとおりである。しかしながら、本件土砂区域について、控訴人と興元不動産との間には売買契約書が存在しないことは、参加人も被控訴人も知事もこれを知つていた。しかも、本件土砂区域については登記の方法もないから、知事としては、興元不動産への売主と称せられている控訴人に対し売買の事実の有無を照会するほか、興元不動産の買受ひいて被控訴人の所有権を確認する手段はなかつたわけである。実際には、知事は、この控訴人への照会という簡単な調査をしなかつたのであるが、右は、知事が控訴人、興元不動産間の売買契約書の不存在の事実から、興元不動産において本件土砂区域の所有権を取得したことがないことを看破していたためである。知事は、本件土砂に対する控訴人の所有権を抹殺し、これを被控訴人に無償で取得せしめ、被控訴人の前記二〇万坪余の埋立事業が円滑に進行することのみを希求していたのであり、もし控訴人に照会などすれば、控訴人から本件土砂を売却したことがないとの回答が来ることは必至で被控訴人への埋立免許を与えることが不能になると判断したため、右照会をしなかつたのである。知事の右悪意を推認させる事実を次に述べる。

まず、知事は、被控訴人からの埋立免許出願を受けるや、昭和三二年九月上旬三重県港湾課長三木森雄を上京させ、浦賀ドツク及び営団から「被控訴人の新規埋立事業について異議がない」旨の諒解文書を徴求させた。これに対し、営団の清算事務所管者は本件土砂区域、埋立権を含む四日市所在物件のすべてが控訴人に売却ずみとなつていることを理由に三木課長の申出を断つた。浦賀ドツクも同様の理由で一旦は三木の申出を断つたが、同人において諒解文書は単に事務手続上利用するものにすぎず、浦賀ドツクに迷惑がかかることはない旨申し述べて再度懇請したので、同月一〇日付で前記趣旨の知事あて文書を三木に交付した。浦賀ドツクの有していた埋立権がすでに昭和二九年に失効していた以上かかる文書の徴求は本来不要であつたのであるが、しかし、かように前所有者らの諒解を求めるのであれば、当然控訴人からも同様の諒解文書をとり付けるべきである。現に営団の担当者は三木に対し、三重県が営団や浦賀ドツクの諒解を必要とするなら控訴人のそれをも求めるべきではないかと示唆している。しかるに、知事やその部下は控訴人が本件土砂区域の三代目の所有者なることを熟知しながら、控訴人とは何ら接触しようとしなかつた。これは、知事が故意に控訴人を避けたものなることが明らかである。

次いで、知事は被控訴人に埋立免許を与えるにつき運輸大臣の認可を求めるため、同大臣にその申請をなしたが、該申請書において本件土砂区域の浦賀ドツクから被控訴人に至る所有権移転の経過について根拠ある説明をなすべきところ、控訴人、興元不動産間の所有権移転について説明ができないため、全部の移転につきその理由の説明を付さず、被控訴人の本件土砂所有権の証明のためには全く無価値なる前記浦賀ドツク提出の文書を添付したにとどまつた。これらの処置は知事が被控訴人に本件土砂の所有権なきことを知りながら、運輸大臣にこれを認めさせようとする不正な工作なるこというまでもない。

控訴人は、法規に暗いため、昭和三五年六月に至るまで、営団から譲渡された埋立免許が失効したことを知らず、また、本件土砂を含む二〇万坪余について被控訴人に新規免許が与えられていることも知らぬまま、同月一六日田中三重県知事に面接し、はじめて、本件土砂区域のみについての竣功認可を申請した。続いて同年七月一八日、一〇月六日および一〇月二九日と合計四回にわたつて同知事と面接したのであるが、これらの会談における知事の態度は公正を欠くものであつた。まず、知事は控訴人において自己の埋立免許が失効し、被控訴人に新規免許が与えられているのを知らずにいることを察知したにかかわらず、そのことを控訴人に教示せず、かえつて、「本件土砂区域は内閣法制局に問い合わせて知事が自由に処置できるものであることが研究ずみである。」旨申し述べ、本件土砂区域が参加人から被控訴人に寄付されて現に被控訴人の所有であることを告知したにとどまつた。

しかし、控訴人の調査によれば、内閣法制局が知事のいうような事項について回答をしたことはないのであり、本件土砂を知事が自由に処置できる旨の知事の発言は控訴人をして本件土砂についての竣功認可申請を断念させるためのものであつたにほかならない。また、控訴人の免許の失効や被控訴人の新規免許取得を隠蔽したのは、控訴人に実情を知らしめたならば、控訴人が被控訴人の埋立事業遂行の支障となる法的手段を講ずるかもしれないと知事が憂慮したことによるものである。昭和三五年中における田中知事の控訴人に対する右のような態度は、同三二年一一月の被控訴人に対する埋立免許の際同知事において本件土砂区域が被控訴人に属しないことを知つていたことの証左である。

知事は、元来公有水面埋立行政の執行にあたつては、三重県の長たる地位を超越し、国の機関たる立場において控訴人の本件土砂所有権の保護を前提とし、国益上本件土砂を被控訴人に取得させることを必要と認めるのであれば控訴人に売渡をあつせんする等公平な措置を講ずべきであるのに、被控訴人に本件土砂を無償取得させるため控訴人に秘して新規免許を与え、控訴人の所有権の抹殺をはかつたのである。右は甚だしい職権濫用の行為であり、被控訴人に対する新規免許、竣功認可は当然無効のものといわなければならない。

3  本件土砂区域は浦賀ドツクの施工により実際上陸地と化していたものであり、被控訴人は新規埋立免許を与えられても本件土砂区域に関する限り埋立工事を行う余地は存在しなかつたものである。しかるに、知事が本件土砂区域について右新規免許を付与したのは、本件土砂区域を公有水面とみなしたことによるものと思われる。しかしながら、本件土砂区域の現実は陸地であり、公有水面ではないから、右新規免許は処分の内容が事実上実現不可能のものであり、従つて当然無効であるといわなければならない。

六  被控訴人は、昭和三七年二月一六日付で知事がなした二〇万七〇〇五坪余についての竣功認可により本件土砂区域についてもこれが法律上の土地となり、その所有権を取得したものである旨主張している。しかしながら、右に述べたとおり、本件土砂区域に対する知事の新規埋立免許並びに竣功認可は無効なのであつて、本件土砂の所有権はこれによつて消滅せず、控訴人は今なお本件土砂を所有するものであり、被控訴人の土地所有権は名目上のものであるにすぎない。知事は右埋立免許、竣功認可を控訴人に与えるべきであつたのである。従つて、被控訴人は、控訴人をして控訴人が埋立免許、竣功認可を受けたと同じ地位を得させるため本件土砂区域に対応する土地所有権を控訴人に移転する信義則上の債務を負担しており(被控訴人の右土地所有権は名目上のものにすぎないが、土砂所有者たる控訴人に移転されれば、控訴人が適格者なるため瑕疵が治癒され、控訴人の取得する土地所有権は正常のものとなる。)、右債務の履行があつてはじめて控訴人の土砂所有権が消滅するのである。

しかるに、被控訴人は本件土砂区域を中部電力及び参加人に分割売却し、現に右二社において本件土砂区域を占有していることは原審において述べたとおりである。本件土砂区域は現在大工場の敷地となつており、控訴人においてこれが返還(現地の引渡及び登記名義の移転をいう。以下同じ。)を受けるためには現在の複雑な大装置の模様がえを必要とし、巨額の出費と日時の空費の損害を占有者又は被控訴人が負担せねばならない。また、控訴人が返還を受けたとしてもその位置が他人の大工場に囲まれている関係上充分な効用を期待しえない状況にある。かくて本件土砂返還者側の損害は控訴人の返還を受けることによつて得る利益を著しく超過し、社会経済上の損失甚だしく、右返還請求は権利濫用の行為として排斥されることが必至である。されば、控訴人としては本件土砂の返還を受ける代わりに金員の支払を受けて満足するほかはないものである。

すなわち、被控訴人は、本件土砂を土地として参加人及び中部電力に売却引渡し所有権保存登記を得せしめることにより、控訴人に対する本件土砂区域の引渡及び土地所有権移転債務の履行を不能ならしめたものであり、これによつて控訴人の蒙つた損害を賠償する義務がある。しかして、その損害の額としては、被控訴人の債務が不履行となつた前記売却のときの本件土砂区域の時価によるのが相当である。右時価は、被控訴人と中部電力間の売買値段たる坪あたり一万七〇〇〇円を下らない(被控訴人と参加人間の売買値段は坪あたり一万〇三二二円であるが、これは参加人が本件土砂を被控訴人に贈与した関係で安値にしたもので基準にならない。)から、これに本件土砂区域の面積である三万七五八四坪を乗ずると控訴人の損害額は六億三八九二万八〇〇〇円となる。よつて、控訴人は、右損害額の一部である三億六二八〇万円及びこれに対する昭和三七年七月八日(中部電力に対する本件土砂区域売却の日の翌日)から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

七  また、本件土砂区域は、控訴人の所有に属するものであるのに、被控訴人がこれを自己の所有なりとして中部電力と参加人に売却してその代金を取得したことは、法律上の原因なくして控訴人の損失においてなされたこととなる。しかして右売却の坪あたり価格は前記のように参加人に対する売却代金が時価によつて定められず基準とならない関係で本件土砂全部に通じ一万七〇〇〇円であつたものというべきである。従つて、被控訴人の不当利得額は前同様の計算により六億三八九二万八〇〇〇円となる。よつて、控訴人は、右利得額の一部である三億六二八〇万円及びこれに対する昭和三七年七月八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による利息(被控訴人が悪意の受益者であることは控訴人主張の事実関係からして明らかである。)の支払を求めるものである。

また、仮に被控訴人の受けた埋立免許及び竣功認可の各処分が有効であり、被控訴人の本件土砂区域の土地所有権取得が有効であるとしても、控訴人はそのために本件土砂区域の有する経済的価値の喪失という損失を蒙り、一方被控訴人は、右価値相当の利益を得ることとなるところ、右は控訴人に対しては何ら法律上の原因のないものであるから、該価値相当額の金員を控訴人に返還すべき義務がある。しかして、返還すべき額は、前同様の計算による六億三八九二万八〇〇〇円とすべきものであるか、又は被控訴人自身が本件土砂区域を造成したならば支出したであろう経費、換言すれば本件土砂区域が存在したために節約しえた経費の額と同額である三億六二八〇万円(算式は左記のとおり。)とすべきものである。よつて、控訴人は、前記不当利得の請求と択一的に、右六億余円の一部である三億六二八〇万円又は右節約しえた経費の額である三億六二八〇万円及びこれらに対する昭和三七年七月八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による利息の支払を求めるものである。

算式

20万7,005坪-3万7,584坪=16万9,421坪

被控訴人が竣功認可を得た総面積 本件土砂区域の面積 被控訴人が新たに埋め立てた面積

22億4,221万円-1億1,000万円=21億3,221万円

被控訴人支出の総工費 被控訴人が本件土砂区域に投じた改良費 被控訴人が新たに埋め立てた部分に投じた工費

21億3,221万円÷16万9,421坪=1万2,580円

被控訴人が新たに埋め立てた部分の1部あたりの工費

1万2,580円×3万7,584坪=4億7,280万円

本件土砂区域が海面であったと仮定した場合に被控訴人が支出すべかりし工費

4億7,280万円-1億1,000万円=3億6,280万円

本件土砂区域が存在したために被控訴人において節約しえた工費

以上

(被控訴人及び参加人の反駁)

一  被控訴人及び参加人は、原審において、興元不動産が直接控訴人から本件土砂を買い受けた旨主張したが、当審においては、これを次のように訂正して主張する。

すなわち、昭光商事は、昭和二五年九月初ころ、控訴人からその営団から払下を受けた物件中、七万八〇〇〇余坪の土地、本件土砂区域、埋立権その他建物、構築物等を代金六〇〇万円で買い受け、その所有権を取得した。右売買契約は控訴人から右物件売却の権限を与えられていた代理人福田国基と昭光商事の代表者小林元との間で締結されたものである。そして、右代金六〇〇万円は同月六日昭光商事において控訴人の営団に対する払下代金中六〇〇万円を営団に支払うという方法で決済された。控訴人は、右六〇〇万円は控訴人において昭光商事から借用したものであるというが、本件において該金員について借用証書が作成されたり、控訴人からこれに代わる約束手形が差し入れられたりした事実はない。いわんや、控訴人が担保物件にしたという大阪市所在の土地建物に至つてはその存在自体すら疑わしい。昭和二五年九月当時においては六〇〇万円といえば大金であつて、商事会社である昭光商事が、証書も作らず、担保も取らず、面識もなく信用してもいない控訴人にかかる大金を貸し付けることはありえない。昭光商事は、右六〇〇万円によつて物件を買い受けたればこそ、同年一〇月九日に右物件の所有・管理をするために昭光不動産を設立したのである。六〇〇万円が短期貸付であれば、かかる不動産会社をわざわざ設立する必要はない。

二  仮にしからずとしても、右福田は民法一一〇条の表見代理人であり、控訴人は右売買契約の効力を受けることを免れないものである。昭和二五年九月当時の控訴人と昭光商事との折衝において昭光商事代表者小林元は一回も控訴会社代表者永田章に面接したことがなく、事はすべて右小林と前記福田との間で取り運ばれたのであるところ、控訴人自身六〇〇万円を借り受けたことは認めているのであるから、右福田において少なくとも六〇〇万円借入の代理権を有していたことは争うべからざる事実である。しからば、右売買契約は権限を踰越した福田の代理行為によつて成立したことになるが、昭光商事としては、右売買契約につき福田に代理権ありと信ずべき正当の理由を有していたものである。すなわち、福田は、右売買の直前である同年夏ころ、控訴人から前記払下物件中の鉄骨を他に売却することの委任を受け、長谷川正三郎(昭光商事顧問)にそのあつせんを依頼した。そこで長谷川は鉄骨を日本板硝子株式会社に売却する交渉一切を行い、同訴外会社と控訴人の間の売買契約が成立したが、控訴人はこれに異議を述べたようなことはなかつた。これに引き続いて、右鉄骨と同一の払下物件にかかる土地や本件土砂の売買問題が福田により持ち込まれたのであるから、昭光商事において同人に代理権ありと信じたのは当然である。

なお、右福田との間に成立した売買契約における代金額は、六〇〇万円であつたが、右は目的物件に対する営団の評価額が四七〇万円であつたことに照らし首肯しうるものである。その後、昭光不動産の事務を独断専行するようになつた佐々木雅敏が、控訴人に対し一八〇万円及び二〇〇万円を支払つたことがあるが、右は小林元においては全く関知しない事実である。

三  右一又は二記載の事実により昭光商事の所有に帰した本件土砂等諸物件は、昭光不動産の設立直後これに譲渡された。そして、昭和二五年一二月二八日控訴人から土地については所有権移転登記を受け、また、全物件について引渡を受けたのである。興元不動産が、右のごとくして取得した本件土砂を参加人に売り渡し、参加人がこれをさらに被控訴人に寄付したことは原審において主張したとおりである。

四  仮に、昭光商事が本件土砂を買い受けたことが認められないとしても、控訴人は、直接昭光不動産に対し本件土砂その他営団払下土地の処分の権限を授与していたものである。すなわち、控訴会社は、昭和二四年一〇月二六日右払下土地の一部を四日市市に売り渡し、同月三一日その代金四五万円を受領し、さらに翌二五年他の一部を同市に売り渡し、この分の代金は未受領となつていた。しかして、控訴人は、同年一二月二八日、昭光不動産、四日市市との間で、あらためて右二回の売買につき売主を昭光不動産とした売買契約書を作成したが、その際四日市市長吉田千九郎に対し営団の払下物件についてはその処分権限を昭光不動産に与えてある旨述べた。右事実によれば、昭光不動産は、本件土砂につき控訴人に代わりこれを処分する権限を有していたもので、参加人に対する売却は右権限に基づいてなされたものである。

仮にしからずとするも、控訴会社の吉田市長に対する右言明は民法一〇九条にいう代理権を与えた旨の表示に該当する。そして、参加人は、昭和三〇年一二月二三日興元不動産に本件土砂の処分権ありと信じてこれを買い受けたものであるから、表見代理の法理により、右売買の効力は控訴人に及ぶものである。もつとも、控訴人の代理権授与の表示の相手方である吉田千九郎は、本件土砂の買主ではないが、参加人は右吉田の仲介により同人の言を信頼して右売買をなすに至つたものであるから、控訴人の言明と参加人の買受との間には密接な関係があり、かかる場合には民法一〇九条の適用が妨げられないというべきである。

また、控訴人の主張によるも、興元不動産は、昭和二五年一二月二日控訴人より白紙委任状を受領し、払下不動産を担保に供して他から一〇〇〇万円以上の融資を受ける代理権を有していた。興元不動産が参加人に本件土砂を売り渡したのは右代理権を踰越してなされた行為にほかならないが、参加人としては後記五に述べるように興元不動産に権限ありと信ずべき正当の事由があつたのであるから、民法一一〇条の規定により右売買の効力は控訴人に及ぶものである。

なお、興元不動産と参加人との取引において、参加人は興元不動産を控訴人の代理人とは考えず、売主本人と思つていたのであるが、両者はいずれも株式会社であつて商人であり、右売買はいわゆる付属的商行為に該当するから、商法五〇四条により代理人たる興元不動産が本人たる控訴人のためにすることを示さなかつた本件においても売買の効力は控訴人に及ぶのである。

五  仮に、興元不動産が本件土砂につき売主本人又は代理人として処分権を有しなかつたとしても、本件土砂は動産であるから、参加人は興元不動産から買い受けた際善意無過失であつたことによりその所有権を即時取得したものである。

公有水面の埋立工事によつて国有の水底地盤上に堆積した土砂は、竣功認可以前においては、その量の多少に関係なく、私法上の所有権の対象とはなるが、法律上土地でないことは明らかである。土地所有権の本質からいうも、国有たる水底地盤の上層に埋立権者に属する私法上の所有権の存在することはありえず、土地所有権はその構成部分について別個の所有権の成立することを許さないものであるから、水底地盤上の堆積土砂が民法上の土地と認められることはない。また、かかる土砂は、場合により埋立免許権者の原状回復命令により撤去しなければならない性質のもので、法律的には浮動の状態にあるから、固定したものではなく、土地の定着物ともいいえない。結局かかる土砂は、地上に置かれてある土砂と同様に動産と考えるほかはない。しかして、これが移動が容易であるか、日常頻繁に取引されるか否かは動産と判定するについて何ら基準となるものではない。巨大な庭石は小規模の家屋よりはるかに移動困難であるし、きわめて高価な宝石、骨董品の類は取引されること稀であるが、いずれも動産たることを妨げないことから見ても、このことは首肯しうる。要するに、本件土砂は登記・登録の認められないものであり、その取引をなさんとする者は売主の占有を信頼するほかはない物件であるから、当然民法一九二条の適用ある動産というべきである。

次に、参加人の善意・無過失の点について述べるに、まず、参加人と興元不動産の本件土砂売買を仲介した吉田千九郎は四日市市長であつて、もとより信頼に値する人物である。また、興元不動産は、営団払下物件中七万八〇〇〇余坪の土地については控訴人から所有権移転登記を受けていた。吉田は、前記のように昭和二四年から翌二五年にかけて控訴人から二回にわたり右七万八〇〇〇余坪の土地の一部の分譲を受け、同二五年一二月二八日売主の債務承継者としての昭光不動産との間に契約書を作成したりして控訴人、昭光不動産間の本件払下物件の権利移転の事情を知悉していたものであるが、参加人は、その吉田の口添えにより昭和二七年六月昭光不動産から右七万八〇〇〇余坪の払下土地の中約一万五四〇〇坪を買い受けたが、これについて控訴人はもとより何人からも異議の申出がなかつた。これより先、昭和二六年三月には、昭光不動産は浦賀ドツク名義で三重県知事に対し本件土砂区域の埋立竣功期間の伸長を申請し(丙第一五号証)その許可を受け、同年中別に埋立権譲渡許可申請をもしている。このような行動は、本件土砂の所有者でなければなしえないことであり、これに反し控訴人は永年にわたり全く音沙汰がなかつた。また、本件土砂区域そのものも、昭光(興元)不動産が控訴人から登記を受けていた土地に接続しており、その境界は外見上識別不能であつた。本件土砂区域に近く、興元不動産所有の建物に、昭光不動産四日市地所部(後には興元不動産四日市出張所)なる看板を掲げて同社の管理人八木金一郎が居住しており、同人は継続的に本件土砂区域を管理し、前記許可申請について事務の補助を担当していた。本件土砂区域やこれに接続する土地には興元不動産の看板が数か所に立てられており、四日市市長、近隣の小中学校長なども興元不動産をその所有者と目していた。興元不動産代表者の佐々木や右八木は営団払下物件の明細を記載した目録を所持していた。

以上のような諸状況の存在の下に、参加人は興元不動産から接続土地とともに本件土砂区域を買い受けたものであるから、控訴人がかつて所有者であつたことを知つていても、控訴人にまで他に所有権を譲渡した事実の有無を照会すべき不審の点は存しなかつたものというべきである。一般に取引を行う者は、不動産については登記を、動産については占有を信頼してこれをなすのであり、売主が目的物件を取得するに至つた経路を遡つていちいち確かめるようなことをしないのが常識である。

六  被控訴人は、右四及び五に述べたところにより参加人が取得した本件土砂の所有権を、昭和三二年九月一三日参加人から寄付されたものである。仮に、右主張が理由がなく、参加人に本件土砂の所有権がなかつたとしても、被控訴人は右寄付を受けるに際し、参加人が権利者であると信ずるにつき善意・無過失であつて、動産たる本件土砂の占有を取得したから民法一九二条によりその所有権を取得した。被控訴人が参加人を本件土砂の所有者と信じたについては右五に述べた多くの情況が存在していたことを主張する。なお、寄付者である参加人はわが国における一流企業であつて、社会的信用度が高いこと、興元不動産が参加人に本件土砂を売り渡した後、昭和三一年と同三二年の二回にわたつて両者の間にさらに払下土地の売買が行われこれも平穏裡に完了して控訴人からは何らの異議も出なかつたことの二つの事実を付加する。

七  仮に以上の主張が悉く失当であつて、被控訴人が参加人から本件土砂の所有権を取得しなかつたとしても、被控訴人が新規免許に基づき埋立工事に着手する以前においては、本件土砂区域は決して控訴人のいうように完全な陸地に仕上つていたものではなく、風浪の洗うにまかせ、護岸堤防などの施設は皆無であり、土砂区域内部においても広い海面下レベルの沼沢地が残つており、戦時中浦賀ドツクが造船所敷地として使用できたのは本件土砂区域の一部にとどまつた。そこで、被控訴人は本件土砂区域に接続して約一七万坪の埋立工事をなし、その全体について護岸工事を完成したほか、本件土砂区域内部に大量の土砂を積みあげて陸地として完成することによりはじめて竣功認可を受けることができたのである。右被控訴人の施工の結果、控訴人の本件土砂所有権は付合、混和又は加工により消滅し、被控訴人の土砂又は土地所有権のみが残存するに至つたものである。

また、被控訴人は、適法な新規埋立免許に基づき埋立工事を施工し、本件土砂区域を含む二〇万余坪につき竣功認可を受け、その全体について土地所有権を原始的に取得したから、右竣功認可以後控訴人の本件土砂所有権が存続する余地はない。

八  控訴人は、その本件土砂に対する所有権はいまだ失われていないから、被控訴人が控訴人をして埋立免許、竣功認可を受けたと同じ地位を得させるため土砂区域に相当する土地の所有権を控訴人に移転すべき信義則上の債務を負担していたのに、右土地を他に売却して債務の履行を不能ならしめた、と主張する。

しかし、控訴人が本件土砂につき土地所有権を取得するためには、新たに埋立免許を受けるか、又は、埋立の追認を受けたうえ、竣功認可を得るほかないのであるが、控訴人は右免許又は追認の出願をしていない。また、免許も追認も免許権者の自由裁量行為であつて、出願したからといつて必ずこれが与えられるとは限らない。さらに免許権者としての三重県知事は国の機関としての立場でその権限を行使するものであつて、被控訴人たる三重県とは別個の機関である。してみると、いわば第三者である被控訴人が控訴人をして埋立免許、竣功認可を受けたと同じ地位を得させる義務を負担したり、そのため、土砂区域の土地所有権を控訴人に移転する債務を負つたりするいわれは全くない。

また、わが民法上債務発生の原因は、債権各則の規定並びに身分法の特別規定に基づくものに限定され、信義則上の債務などを認める余地はない。しかして、本件において控訴人と被控訴人との間には何らの契約(債権)関係も存しないのであるから、債権法上の債務の履行不能を原因とする損害賠償請求は主張自体失当といわなければならない。

のみならず、控訴人のいうがごとく、控訴人がいまだに土砂の所有権を失つていないものであれば、現在その所有者なりと称し、これを占有している中部電力及び参加人の二社に対し土砂の所有権の確認ないし返還請求をなしうべく、これが現在工場の敷地として使用されていることは右請求をなすの妨げとなるものではない。よつて、控訴人には、土砂所有権喪失による損害が発生していない。仮に地上の工場が巨大なため、土砂の現物の返還請求が事実上不能であるとしても、控訴人には土砂の占有者に対する使用損害金の請求が可能であることはもちろん、被控訴人の土砂売却行為は、控訴人において土砂に対する完全な所有権行使を阻害されていることにより生じた減価分相当の損害を発生せしめたにすぎないから、控訴人が主張するような全面的に土地所有権を喪失したと同一の損害賠償を求めるのは失当である。

なお、控訴人は本件土砂区域の面積を三万七五八四坪として損害額を計算しているが、被控訴人の新規埋立工事以前において、朔望平均満潮面以上にあり陸地上を呈していた本件土砂区域の面積は二万八七八四坪にすぎない。また、控訴人は、被控訴人が中部電力及び参加人に売却した埋立地の代金額を基準として本件土砂区域の地価を算定しているが、右埋立地の造成費は埋立費のほか護岸工事費を含んでいるのであるから、護岸工事が全く存しない本件土砂区域の価格を右埋立地の価格で算定するのは不当である。

九  最後に、不当利得の返還請求について見るに、控訴人主張のように本件土砂の所有権が現在も控訴人に属するものであれば、控訴人には土砂を喪失したという意味における損害は発生していない。仮に不当利得返還請求が認められるとしても、その額は控訴人が土砂の所有権を喪失した時点における本件土砂の価格によつて算定さるべきものである。しかして、右土砂の量は三三万九一一三立方メートルであり、その価額は、被控訴人が参加人から本件土砂の寄付採納をした時(昭和三二年九月一六日)において五〇八万六六九五円、被控訴人の埋立竣功の時(同三七年二月一六日)において一三五六万四五二〇円であつた。

しかしながら、被控訴人は善意の利得者であるところ、被控訴人は補助参加人から寄付された本件土砂を含む二〇万余坪を埋め立て、該工事に要した経費と同額の代価をもつて補助参加人及び中部電力に右埋立地を売却したのであるから、控訴人が本件訴を提起した時点においては、被控訴人には全く利得が存在していない。よつて、被控訴人は控訴人に対し何らの返還債務をも負つていないというべきである。

(控訴人の再反駁)

一  控訴人が、昭和二五年九月初ころ、昭光商事に対し営団払下の物件を六〇〇万円で売り渡したようなことはない。当時、控訴人は営団に対し既に二七〇万円を支払つてあつたが、そのほかになお公売代金残額一〇八〇万円、公売付帯費用四口合計一八五万円、機械代金旧債一八四万円(以上合計一四四九万円)の債務を負担していたのであつて、これだけの金額を営団に支払わなければ、払下物件を引き取ることのできない控訴人が代金わずか六〇〇万円でこれを昭光商事に転売するわけがない。実際の経過は、昭光商事が六〇〇万円を控訴人に貸与し(営団に代払)、控訴人は自己調達による六六五万円を営団に支払い(以上で公売関係の支払を完了)、同年一二月に昭光不動産から七八四万円を借用してそのうち六〇〇万円を昭光商事に返済し、残金一八四万円を営団への前記旧債の弁済に充てたのである。

また、控訴人は、福田国基に物件売却の代理権を与えたことはないし、何人に対しても同人に代理権を与えた旨の表示をしたことはない。また、控訴人は長谷川正三郎に対しても何らの代理権を与えてはいない。同人は、控訴人所有鉄骨の日本板硝子ヘの売却のあつせんをしたにすぎない福田国基のそのまた手伝いをしたにすぎないものである。事実は、控訴人が福田に対し六〇〇万円借入れのあつせんを頼んだことがあるというだけにすぎず、六〇〇万円借入れの代理権すら与えていないのである。

二  被控訴人らは、興元不動産が控訴人から本件土砂を含む営団払下物件につき処分代理権を与えられていた。しからずとするも、表見代理人の立場にあつた、と主張するが控訴人は右主張を否認する。控訴会社代表者永田章は四日市市長吉田千九郎に対し営団払下物件の処分を昭光不動産に任せてある旨言明したことはない。また、被控訴人ら主張の控訴人の白紙委任状は、同年末七万八〇〇〇余坪の土地の控訴人から昭光不動産への売渡登記手続のため使用されてしまつており、昭和三〇年における興元不動産と参加人との本件土砂売買において参加人の目にふれるわけはないから、右白紙委任状と参加人とは無関係である。また、興元不動産が右七万八〇〇〇余坪の土地を自由に処分することができたのは、右登記によつてこれが興元不動産の所有名義になつていたからであり、そのことから登記のない本件土砂の処分権の存在を信じたとしても正当の事由ありとはいえない。なお、参加人と興元不動産との本件土砂売買においては、興元不動産は控訴人の代理人としてではなく、売主本人として行動していたのであるから、右売買については商法五〇四条の適用はない。

三  本件土砂は民法八六条及び同法一九二条にいう動産ではない。民法八六条は、土地とその定著物以外の物をすべて動産としているが、土地についての定義を設けていない。これは、土地とは地表の一部をいうものなることは言をまたないとしたためであろう。すなわち民法は地表の一部たる物件はこれを動産と認めないのであつて、本件土砂はまさしく地表の一部であるから動産ではありえないわけである。公有水面埋立法は、竣功認可発令前における造成陸地を法律上土地として扱つていないが、これは、行政庁が工事の完成を確認しないうちに土地所有権を発生させることは公益上不適当であるとともに、水底地盤についての国の所有権の存在にも関係があるからにすぎない。すなわち、造成陸地は、本来竣功認可をまたずして土地と認められるべきものであるが、公有水面埋立法二四条が、民法八六条の特別規定として土地たる性格の発動を暫時抑制しているにすぎず、その本質は不動産であつて動産ではないと解すべきである。以上要するに造成陸地たる本件土砂は土地に準ずる特殊物件であつて動産にはあたらないから、即時取得の対象とはならないものである。これを取引の安全の側面から見ても、本件土砂のごとき物件は、およそ移動不可能であつて、一般人が動産と考えるようなものではなく、日常頻繁に取引されることもなく、占有に信頼して取引されるものでもない。本件土砂のごとき物件を買い受ける者は公有水面埋立法の知識を有する一部特殊の企業者に限られる。すなわち、本件土砂については真の所有者の犠牲において買受人を保護する必要はなく、民法一九二条の規定を適用する実質的基礎を欠くのである。

四  興元不動産と参加人との間の本件土砂売買において、参加人が善意でなく、少なくとも過失があつたことは、控訴人が原審において主張したとおりである。本件土砂は、事実上広大な陸地でありながら登記ができないのであつて、かかる物件の取引にあたつては、登記に代わる方法として売買契約書、代金領収書を作成のうえ占有を移転するのが常識である。まして、本件土砂のごとく取引の行われること稀な物件にあつては、売主の権限が正当なものであることを信ずるためには普通の場合より一層確実な資料が存在しなければならぬはずである。しかるに、参加人は、わが国における一流企業として高度の知識経験を有しているにもかかわらず、興元不動産から、本件土砂を売買契約書も作らず、占有移転のみで買い取つたとの説明を受けるや、右一方的説明のみにたより、それ以上権限の根拠を確かめることもなく取引をしたものであつて、参加人が善意であつたとはいえない。

右のように、登記も売買契約書もない本件土砂を買い受けるについては、参加人としては、当然興元不動産の前所有者とみられる控訴人に対し果してこれを興元不動産に売つたものであるかどうか照会するのが取引上の常識であるのに、参加人がこれを怠つたのは土地の買受について登記簿の閲覧をしなかつたのと同程度の買主としての注意義務違反であり、参加人に過失がなかつたということはできない。参加人は、右取引における代金が、本件土砂のほか海面一七万坪の埋立免許とそのほか土地を一括して二五〇〇万円という破格の安値であつたため、控訴人に照会などしたら興元不動産の所有物件でないことが明らかになり、買うことができなくなるのを恐れて、何の調査もせずに本件土砂買受の挙に出たのである。本件において、参加人は、控訴人と興元不動産との間に売買のあつたことを示す資料を確認した場合においてのみ無過失であつたと認めらるべきである。

五  次に、被控訴人もまた参加人から本件土砂の寄付を受けるにつき善意ではなく、少なくとも過失があつたものである。被控訴人は、大自治体として、高度の知識経験を有するものであり、控訴人が営団から本件土砂その他物件の払下を受けてその所有者となつていたことを熟知していた。されば、控訴人と興元不動産との間に売買契約書が存在しないことから、興元不動産が無権利者であり、ひいて参加人も同訴外人との取引によつては権利を取得しえなかつたことを知つていた。しかるに、被控訴人は、無償で本件土砂を取得し、これを含む二〇万余坪の埋立免許を得るため、参加人から本件土砂の寄付を受け、自ら知事に対し本件土砂の所有者なりと称し、結局右埋立免許を取得したのである。右のように、被控訴人は善意の取得者ではなかつたのであり、しからずとするも、控訴人に対し本件土砂を興元不動産に売却した事実の有無を照会しなかつた点において過失あることを免れない。

六  被控訴人の新規埋立免許に基づく施工は、本件土砂につき付合、混和又は加工を生ずるものではなく、従つて、本件土砂の所有権を消滅せしめるものではない。

まず、第一に、本件土砂が投入されてその上に堆積した水底なるものは公有水面の地盤であつて、民法上の不動産ではないから、本件土砂の付合の対象物とはなり得ないものである。また、本件土砂区域は免許に基づいて造成した陸地であるから、民法二四二条但書によつて付合を生じないものである。のみならず、被控訴人が新規免許による埋立事業において、本件土砂区域になした盛り土の量は、本件土砂そのものの量とは比較にならぬほど少量であるから、本件土砂区域が、被控訴人の盛り土に付合、混和してその所有になつてしまうなどということはありえない。むしろ、数量の上からも、形状の上からも、本件土砂が主たる不動産であり、被控訴人の盛つた土砂が控訴人の所有に帰することになつたというべきである。さらに被控訴人は、本件土砂を加工によつて取得したとも主張するが、民法二四六条は、加工される物件が動産であることを要件としており、その物を材料と称している。本件土砂区域は一時的に不動産たる性格の発現を抑制されていても、根本的に動産ではなく、これに護岸改築をしたからといつて、被控訴人は右法条によつて所有権を取得しうるものではない。まして、被控訴人のした護岸改築や土盛りによつて本件土砂の価格が施工前の価格を著しく超えたということもないのである。

七  被控訴人らは、竣功認可によつて、被控訴人が本件土砂区域につき原始的に所有権を取得したから、控訴人の本件土砂に対する所有権が存続する余地がないという。しかしながら、竣功認可による土地所有権は原始的に発生するものではあるが、時効取得・即時取得・付合などとは異なり、後者の権利取得によつて前者の権利消滅を来たすような性質のものではない。竣功認可には、これを受ける者と他人との間の関係は存在しないのであつて、竣功認可を受けた者が自己の有する土砂所有権を失い、土地所有権を取得するにすぎない。従つて、この点において、いわゆる原始取得とは異なるものである。されば、知事の竣功認可によるも、控訴人は本件土砂の所有権を失わず、被控訴人は土地所有権を取得しないものである。

(証拠関係)<省略>

理由

一  成立に争いのない甲第一号証、第二号証、第一〇号証、乙第八号証、第一三号証の一ないし四、原審証人北沢四郎、同中井四郎、同長井俊介の各証言並びに弁論の全趣旨を合わせ考えると、四日市築港株式会社は、さきに三重県四日市市内午起海水浴場地先公有水面二〇万余坪につき公有水面埋立法二条による三重県知事の埋立の免許を受けていたが、同法一六条による同知事の昭和二〇年六月二日付許可を受けて埋立権を浦賀ドツクに譲渡したこと、浦賀ドツクは、その後右埋立権の存する区域のうち本件土砂区域部分三万七五八四坪に埋立のため土砂を投入したが、同法による竣功認可を受けるに至らないまま、昭和二三年ころ、同市内所在の工場敷地七万八〇〇〇余坪、右敷地上の工場等の建物、右埋立権及び本件土砂区域その他の物を、営団に対し既存債務の代物弁済のため譲渡する契約をして引渡したこと、営団は、さらに翌二四年一一月一日付で、控訴人に対し、右引渡を受けた財産一切(本件土砂区域については、工場敷地地先に所在する未完成海岸埋立地約三万坪と表示して)を代金計一三五〇万円で売り渡す契約をなして引き渡したこと、浦賀ドツクが本件土砂区域にどの程度の土砂を投入し、営団及び控訴人間における右売買契約締結当時この区域がいかなる状態であつたかはその詳細必ずしも明確でないが、護岸堤防等の施設はなく、そのうち約三万坪は平均満潮位を超える高さまで埋立がなされてほぼ陸地状をなしていたものの、その余はいまだその高さには達しないままであつたこと、その後後記新規埋立権に基づき被控訴人において、本件土砂区域の全般にわたり一メートルないし五メートルの高さに盛り土をして埋立工事をなし、ようやくこれを陸地として完成せしめたこと、以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

しかして、前記埋立の免許は所定期間内に竣功がなされなかつたため昭和二九年四月五日限り失効したこと、被控訴人は、本件土砂区域を含む二〇万七〇〇〇余坪の公有水面につき、昭和三二年一一月二日付で三重県知事から免許を受けて新規埋立権を取得し、埋立工事を竣功せしめ、昭和三七年二月一六日同知事から竣功認可を得たうえ、該埋立地の一部を中部電力に、その余を参加人に売り渡すに至つたことは当事者間に争いがない。

二  ところで、控訴人は、前記営団との売買契約に基づき自己が本件土砂区域の所有権を取得したと主張し、これを前提として本件各請求をなしているので、右主張の当否についてまず検討する。

およそ、公有水面はもとよりその地盤も国の所有に属するものであるところ、埋立のため右地盤に土砂を投入したときは、該土砂は、量の多少にかかわらず、不動産たる地盤の従としてこれに付合した物というべく、かつ、それは地盤の構成部分となつて独立の権利の対象となりえないものといわなければならないので、民法二四二条本文により右土砂は投入とともに地盤所有者たる国の所有に帰し、同条但書適用の余地はないものと解すべきである。公有水面もその地盤も一般には公共の用に供される物ではあるが、そのことのゆえをもつて同条の適用が排除されるべきいわれはない。

そうすると、本件土砂区域については前記認定のとおり浦賀ドツクが埋立のため土砂を投入したものであるから、それとともに右土砂は当然国有に帰したものというべく、浦賀ドツクが当時埋立権を有し、同条但書にいう権原のある者であつたことによつては右結論を左右するものではないというべきである。

なお、公有水面埋立法三五条二項は、「前項但書ノ義務-原状回復義務-ヲ免除シタル場合ニ於テハ地方長官-都道府県知事-ハ埋立ニ関スル工事ノ施行区域内ニ於ケル公有水面ニ存スル土砂其ノ他ノ物件ヲ無償ニテ国ノ所有ニ属セシムルコトヲ得」と規定しているので、一見右所定のごとき処分がなされるまでは土砂その他の物件の所有権は当然埋立工事施行者に属することとなり民法二四二条の規定の適用は排除されることとなるかのようにも解せられる。しかしながら、右埋立法の条項はさように民法二四二条の規定の適用を排除する趣旨のものと解すべきではなく、この条項は当該施行区域内に存在する土砂その他の物件のうち、その所有権が埋立工事施行者に保留されている場合について定めたもので、本件土砂区域のごとくこれが付合により国の所有に帰し施行者の所有権を保留する余地がなくなつた場合には、事の当然として同条一項所定の原状回復義務すら存しないと解すべきであつて、同条二項適用の余地はないものというを相当とする。

また、他面から考えるに、公有水面埋立法による埋立権は、一定の公有水面の埋立を自己の負担において排他的に行い、もつて土地を造成するとともに、右造成工事の竣功の認可(同法二二条)を受けることを条件に埋立地の所有権を取得する(同法二四条)ことを内容とする権利であり、任意の譲渡をなすことが認められてはいるものの、地方長官-都道府県知事-の許可を受けなければその効力を生じないものとされている(同法一六条)。そして、埋立権が右説示のようなものであることに鑑みると、埋立のため投入された土砂又は埋立により事実上造成された土地につきよし控訴人主張のような権利(所有権)が認められるとしても、その土砂又は土地に対する権利は、埋立権を離れては考えられないものであつて、埋立権とは別個にこれを取引譲渡の対象とはなしえず、ただ埋立権の移転とともにのみ移転すべき性質のものというべきである。

そうすると、控訴人主張の本件土砂区域の所有権(それは、本件で、埋立のため投入された土砂又は埋立により事実上造成された土地の所有権と同義とされている。)は当該埋立権とともに移転すべく、その埋立権は、浦賀ドツクから営団へ、営団から控訴人へと順次譲渡する各契約がなされたことは前記認定のとおりであるものの、右各譲渡について、いずれも知事の許可を受けた事跡を認めるべき資料はなく(しかも前記のとおり右埋立権は後日失効した。)、右各譲渡の有効なることを認めるに由ないものであるから、これと随伴すべき本件土砂区域の所有権も、依然浦賀ドツクの保有にとどまり、営団及び控訴人に移転することはなかつた筋合のものといわなければならない。

しからば、いずれにしても本件土砂区域の所有権を取得したとの控訴人の主張は採ることができないものというべきである。

三  してみれば、右主張を前提としてなす控訴人の本訴各請求はその余の点の判断をするまでもなく理由を欠くものとして棄却を免れない。

よつて、これと結論を同じくする原判決は相当で本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、さらに当審における控訴人の拡張請求を棄却することとし、民訴法三八四条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 鹿山春男 伊藤邦晴)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例