名古屋高等裁判所 昭和45年(行コ)10号 判決 1971年5月26日
名古屋市東区主税町二丁目六番地
控訴人
内藤三郎
名古屋市東区新出来町五丁目八二番地
控訴人
佐地栄子
右両名訴訟代理人弁護士
高橋二郎
天野一武
名古屋市東区主税町三丁目一一番地
被控訴人
名古屋東税務署長
松葉清一
右指定代理人
井原光雄
同
石田柾夫
同
中村盛雄
同
服部守
右当事者間の課税処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件各控訴はいずれもこれを棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四〇年五月二九日付でなした控訴人内藤に対する(一)昭和三七年分の所得税の総所得金額を一二、二一一、〇〇五円と更正した処分のうち六、六二〇、〇〇五円を超える部分(二)昭和三八年分の所得税の総所得金額を一二、九九一、六七〇円と更正した処分のうち七、四〇一、四七〇円を超える部分、控訴人佐地に対する(一)昭和三七年分の所得税の総所得金額を九、五一四、五九三円と更正した処分のうち九、一二五、一一三円を超える部分(二)昭和三八年分の所得税の総所得金額を七、四七七、二七六円と更正した処分のうち六、六九九、二四五円を超える部分ならびにそれぞれの加算税の賦課決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は左のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。
(控訴代理人の陳述)
一、本件土地は控訴人佐地から控訴人内藤が買受け、名古屋市開発公社(公社)に対し本件土地のうち原判決添付別紙目録(二)記載の土地(第二物件の土地)は昭和三七年一二月一八日、別紙目録(三)記載の土地(第三物件の土地)は昭和三八年四月二四日それぞれ売渡したものであるが、登記の便宜のため形式的に控訴人佐地から公社へ売渡した旨の売買契約書を作成したに過ぎないものである。右のような手続をするについては控訴人佐地と控訴人内藤との間にその趣旨の契約が成立していたからであつた。
二、控訴人内藤は、今から四〇年以前に当事中学三、四年生であつた控訴人佐地の夫である佐地悌道の家庭教師であつた関係で信頼され、また、控訴人両名の子供が山吹小学校および富士中学校の同級であり同じような性格であることなどあつて家と家とがつき合い佐地悌道はその実家の横井家や親類に何か法律的なことが生じたときは控訴人内藤に相談し時には法的な処置を依頼した。このような関係があつたので昭和三七年六月三〇日の売買契約書作成前すでにこの内容の主たる部分については口頭で話し合いが成立していたのであるが、昭和三六年頃になり住宅公団が控訴人内藤の従前から所有している土地および本件土地の上に公団住宅を建てないことがわかつたので、これを他に処分するにつき控訴人内藤において本件土地に対して売却し得る権利を持つていることを証明するために従前の情誼道義が律するいわば法以前の売買を法律上の売買にしたものである。
三、しかし、右契約は売主、買主間の信頼関係に基づくものであるため手附金の定めもなく一方的に不信行為があるとすれば何時でもこれを解除することができることとされているので、一坪当り一五万円より高い買主が現れたとき控訴人内藤が佐地家の損失において自己の利を図つたものとして売主たる控訴人佐地は本契約を解除すればよく、公社との売買が実質的にも控訴人佐地と公社との売買であるとするならば同様控訴人佐地は本契約を解除すればよく二、二〇六万二、四〇〇円という如き金員を控訴人内藤に支払う合理的理由はない。
四、本契約には明文化されてはいなかつたが履行期は定つていた。すなわち、控訴人佐地は本件土地の東側に土地建物を所有してそこに居住していたが、名古屋市の土地区画整理で道路となるので立退かねばならず、立退先の土地を物色しこれに住宅を建てるためには費用がいるのでこの費用を捻出するため本件土地を控訴人内藤に売却することになつたのである。従つて、控訴人佐地が市から立退を実行すべき旨指定される日の少くも六日前までには、控訴人内藤が代金を控訴人佐地に支払うべきことは自ら定まつていたのである。
五、控訴人内藤が本件土地の売買に関与し、通常より高価の代金で売買し、契約書作成に立会い、代金を代理受領したことは認めるが、控訴人内藤は本件売買に関し終始参謀格であつたことはなく、たかだか相談相手として単に口添えをし相談に乗つた程度の所為をしたに過ぎない。かかる控訴人内藤に対し巨額過ぎる二、二〇六万二、四〇〇円の報酬が支払われたとするのは経験則に違反するものである。
六、公社との交渉は形式化していて一般人間の売買のように内側での複雑怪奇な交渉はその余地がない。土地買入価額は公社の方針で定つており、殊更に高く買入れることもなければ地主の無知に乗じて安く買入れることもしないから、土地買入価額の決定に控訴人内藤の活躍する余地はなかつた。また契約書は前例が沢山あるので、公社はこの契約をタイプして署名捺印するばかりの書類にして控訴人内藤に渡したのであつて一般人間の売買のように契約内容に控訴人内藤が修正加除を施す余地はなかつた。代金受領も公社発行の銀行渡りの小切手を受取るだけのことであるから、特別な配慮をしなければならない余地はなかつた。
七、佐地悌道は医科大学を出て医師となり名古屋市の保健所長を二ケ所で勤め、本庁に入つても課長、部長を勤めた市の高級職員であり、一方公社は市長、局長、担当部長が理事を勤め、その事務は市の計画局員が始んど代行しており、当時専従職員は早瀬兼彦一人位であつた。同人も公社に入るまでは市の職員であつた。かように公社は法人格は違うが実体は名古屋市である。従つて悌道にとつて公社の理事職員は先輩であり同僚であり後輩であつて公社は勤務先といつてもよい程である。また、公社は商社でもなければ個人でもなく、土地の測量、登記手続、代金の支払いに関してもいささかの危険性もない。このような場合参謀格を必要としない。
(証拠)
控訴代理人は、新たに当審証人小林尚人の証言当審における控訴人佐地栄子本人尋問の結果を援用した。
理由
当裁判所の判断によるも控訴人らの本訴請求は失当としていずれも棄却すべきものと考える。その理由については左のとおり補足するほか、原判決の説示するところと同一であるから、原判決理由記載をここに引用する。
一、本件土地の公社への譲渡によつて控訴人内藤が二、二〇六万二、四〇〇円を取得したことは当事者間に争いがない。控訴人らは本件土地を公社へ譲渡したのは控訴人内藤である旨主張するけれども右主張事実を肯認するに足る証拠は存しない。却つて控訴人佐地と公社間で第二物件土地につき昭和三七年一二月一八日付で第三物件の土地につき昭和三八年四月二四日付で売買契約書、譲渡証書が作成されていることについて当事者間に争いがなく控訴人内藤が右売買に関与し、その契約書作成に立会い、代金を代理受領したことは控訴人内藤の自認するところであり、さらに、右のように、公社は控訴人佐地から右土地を買受ける旨の契約書を作成しながら、右土地がすでに控訴人佐地から控訴人内藤に売却されており、従つて表示上の売主が控訴人佐地であるのにもかかわらず、実は控訴人内藤が売主であるということを、公社において知りあるいは知りうべかりしものであつたとすべき事実を認めるにたりる証拠はない。そうすれば、公社に対し右土地売買契約上の代金債権を取得したものは控訴人佐地であつて、控訴人内藤ではないというべく、従つて、控訴人内藤が取得した前記二、二〇六万二、四〇〇円を目して本件土地を控訴人内藤が公社へ譲渡したことによる譲渡所得とみることは困難である。
二、そうするといかなる所得かが問題となるが、原審における控訴人内藤当審における同佐地の各供述によると、控訴人内藤はその主張のような縁故から控訴人佐地やその夫である佐地悌道の厚い信頼を受け、弁護士としても法律問題の処理につきその依頼を受けたこともあつたこと、控訴人佐地も本件土地について三、三平方メートル当り一五万円を超える譲渡代金の取得をのぞまなかつたことがわかる。そうすると、控訴人佐地は控訴人内藤が本件売買に関し控訴人佐地の相談相手として口添えをし相談に乗つたこと(この事実は控訴人らの自認するところである)に対する謝礼の趣旨で前記二、二〇六万二、四〇〇円を控訴人内藤が取得することを許容したものと推認することができる(原判決が控訴人内藤が終始参謀格で関与した旨認定したことを控訴人らは種々論難するけれども控訴人佐地の控訴人内藤に対する厚い信頼からすれば必ずしも不適当な表現ということはできない)。控訴人内藤の右所得は旧所得税法九条一項一号ないし九号のいずれにも該当せず役務の対価として支払われたものと認められるので同法同条一項一〇号の雑所得とみるのが相当である。
三、当審における控訴人内藤同佐地の供述中原判決ならびに叙上認定に反する部分はにわかに採用することができない。
以上の次第で原判決は相当で本件各控訴は理由がないのでいずれもこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西川正世 裁判官 丸山武夫 裁判官 山田義光)