名古屋高等裁判所 昭和45年(行コ)23号 判決 1975年11月17日
愛知県一宮市向山町一丁目六番地
控訴人
柴田次郎
右訴訟代理人弁護士
青木茂雄
愛知県一宮市栄四丁目五番七号
被控訴人
一宮税務署長伊藤新吉
右指定代理人
大島一男
川島正之
田中博道
鈴木武則
右当事者間の所得税更正決定処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対して昭和三八年四月二四日付でなした譲渡所得金額七〇八万七、五二八円、増加税額三〇五万三、一二〇円とする昭和三五年分所得税の更正処分を取り消す。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め。被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同じである(ただし、原判決四枚目裏四行目に「原告は」とあるのを「被控訴人は控訴人が」と訂正する。)から、右記載をここに引用する。
(控訴人の主張)
一、原判決添付目録(一)、(二)記載の各土地(以下本件土地という。)の取得価格は原判決添付別表(三)記載のとおりと認めるべきである。しかるに、被控訴人は同別表(五)記載の取得価格を主張し、その間にはなはだしい差異がある。かかる大差を生じたのは、被控訴人の採用した取得価額算出方法が現実を無視した不当なものであったことによるものである。取得価額とは土地を現実に取得した価額をいうのであるから、万一資料(契約書、受領証等)紛失等により右価額を明確に把握できない場合にも、右取得の当時における近隣土地の売買実例により能う限り現実の取得価額の究明に努むべきである。しかるに、被控訴人は控訴人の申告した取得価額につきこれを証する資料がないことを理由に、これを全く措信できないものと即断し、直ちに財産税評価額を基準として取得価額を推計するという方法をとった。しかしながら、財産税評価額が土地の現実の時価(取引価額)よりも著しく低額であることはいうまでもないところである。(例えば、本件(二)の土地について見るならば、昭和三五年における被控訴人主張の時価は九八七万三、七〇〇円であるのに対し、その固定資産税評価額は二三万五、八二八円(乙第一一号証の二参照)にすぎないのであって、その比率は約四三対一である。)。従って、評価額を基準として推計するかぎり現実に妥当な数値を把握することは不可能であり、市場資料比較法等により決定された取引価額(取得価額は、多くの場合この取引価額と一致する筈である。)を著しく下廻る価額になるのはけだし当然といわなければならない。
そもそも、財産税評価額は、財産税法、固定資産税法(地方税法)上の概念であり、取得価額は所得税法上のそれである。前者が資産の継続的な使用収益により生じた収入に対し課税をなすための基準であるのに対し、後者は資産の処分により生じた一時的収入に対し課税をなすための基準であって、概念の性質・目的に全く異にする。換言すれば、前者は固定資産税課税のための技術的手段として一応の目やすに過ぎない(従って、時価の三〇分の一程度のこともしばしばある。)のに対し、後者はまさに現実に生じた所得算定の基礎となるべき現実的数値であるから、前者をもって後者に代えることは理論的に誤りであるのみならず、実務的処理としても、甚だしい不公平・不均衡をもたらす。また、被控訴人が本件土地の時価の算定については市場資料比較法を採用すべきことを強調しながら、他方において取得価額を算出するにあたり、にわかに、実際から遊離した評価額を持ち出すのは、首尾一貫しないことはもちろん、資産再評価法二一条の解釈としても明らかな誤りというべきである。
なお、当審における鑑定人近藤信衛の鑑定の結果にもとづき本件各土地の再評価額を算出しても、本件(一)の土地が八九万〇、八四五円、同(二)の土地が九〇万〇、五〇四円、合計一七九万一、三四九円となり、被控訴人の主張する七四万九、三六〇円の二倍以上の額となっているのであって、被控訴人のなした本件更正処分の前提たる基本的数額に妥当性のないことが明らかである。もっとも、控訴人は、右鑑定にもとづく取得価額も、なお低きに失するものと考える(同鑑定においても、昭和二三年ころにおける一宮市の地価騰勢は、他の市町村に比し急激であったことを認めている。鑑定書一一頁。)。しかし、現在においては、資料不足等により、これ以上本件土地の取得価額を明らかにすることが困難であるため、やむを得ず右鑑定に依拠したまでである。
二、控訴人が本件土地を訴外柴木物産株式会社に譲渡した昭和三五年五月当時には、本件(二)の土地のうち、東側六〇坪は、訴外長倉謙三に対し、住宅所有の目的で、賃料一か年一万五、〇〇〇円の約で賃貸されており、残余の西側部分は、訴外柴木物産株式会社に対し、倉庫所有の目的で、賃料一か年一万円の約で賃貸されていたのである。従って、本件(二)の土地の譲渡所得金額を算定するにあたっては、当然五〇ないし七〇パーセントの賃借権価格相当の控除がなされるべきである。また、控訴人は昭和二九年まで本件(二)の土地を訴外大野文雄に対し賃貸していたのであるが、その頃同訴外人に対し立退料として二〇万円を支払い右土地の明渡をさせたのであるから、右土地の取得価額を算出するにあたっては、右二〇万円の支払の事実が当然考慮されるべきである。しかるに、被控訴人は本件更正処分をなすにあたり、これらの点について何らの配慮をなさず、そのため本件(二)の土地の譲渡所得金額の認定を誤ったものである。
三、なお、現行所得税法に五九条二項の規定が設けられた趣旨からみて、本件更正処分に関しても右規定の類推適用がなさるべきである。
(被控訴人の主張)
一、本件(一)および(二)の土地に対する譲渡所得の算定上の取得価格について被控訴人主張の金額は妥当なものである。すなわち、被控訴人は、控訴人が本件土地を現実に取得した価額を知ることができなかったので、やむなく財産税法(昭和二一年法律五二号)一条による財産税調査時期(昭和二一年三月三日午前零時をいう。以下同じ。)現在の本件土地の財産税評価額を算定し、これに本件各土地の取得の時期までのそれぞれの地価上昇率(全国市街地価格推移指数表による指数により算定)を乗じて、本件土地の取得価額を認定したものである。
そして、土地の財産税評価額は、財産税法二五条一項により、その土地の賃貸価格(旧地租法八条に規定する賃貸価格をいう。)に一定の倍数を乗じて算出した金額(命令に定める場合においては、命令で定める金額を加算した金額)によることとされ、さらに該法条にいう一定の倍数は、同法二六条の一項の規定により、命令で定める区域ごとに、その区域内において標準となるべき土地について、取引価額を参酌して、政府において算定する価額のその調査時期における賃貸価格に対する倍数に比準してこれを定めることとされ、これら各区域の倍数もこの規定に従って定められたものである。従って、財産税法にもとづき算定された財産税評価額は、命令で定める各区域の標準となるべき土地の財産税調査時期の取引価額を反映したものということができる。
このことは、旧所得税法(昭和二二年法律二七号の所得税法をいう。)一〇条四項において、譲渡所得の基因となる資産で財産税調査時期前に取得したものについては、譲渡所得計算上その年中の総収入金額から控除する当該資産の取得価額は、その調査時期における価額(土地、家屋…その他命令で定めたる資産の価額については、財産税法三章の規定およびこれにもとづいて発する命令により計算した価額)にその一〇〇分の五に相当する金額を加算した金額によることとする旨規定していたことからも首肯しうるところである。
すなわち、財産税法にもとづき算定された前記法条に定められた資産の財産税評価額が各区域の財産税調査時期の取引価額を反映したものであるという認識と評価があったればこそ、右財産税評価額にその一〇〇分の五に相当する金額を加算した金額をもって、財産税調査時期前の取得した前記法条に定めた資産の譲渡所得計算上控除する取得価額としても、現実の取得価額と遊離することもなく、課税上の弊害も少なかろうという考慮のもとに前記法条が設けられたものとみることができるのである。
被控訴人が、本件更正処分において適用した財産税評価倍数(乙第九号証参照)も財産税法にもとづき定められたものであって、かかる倍数を用いて被控訴人が算定した本件土地の財産税評価額は財産税調査時期の取引金額をほぼ反映したものということができるのである。
してみれば、本件土地の右財産税評価額をもって各土地の昭和二一年三月三日現在の取引価額とみなし、これを基準として、本件(一)の土地についてはその取得時である昭和二三年九月までの、(二)の土地についてはその取得時である同二一年八月までの地価の各上昇率をそれぞれ乗じて本件土地の各取得価額を算定することは、他の方法の見当らない本件においては妥当なものというべきである。
二、ちなみに、被控訴人が本件各土地に近接する地域の各取得時点前後の取引価額を調査し、これをもとに本件土地の各取得時点における取引価額(一坪当り)を算定し、本件各土地と比準してみたところ、本件(一)の土地附近の土地の平均取引価格は五二五円九二銭(昭和二三年九月現在)、本件(二)の土地附近の土地の平均取引価格は五七円八九銭(昭和二一年八月現在)となったのである。
これに対し、被控訴人主張の本件各土地の一坪当り取得価格は、(一)の土地が六二七円四二銭、(二)の土地が五七円であって、いずれも右平均取引価格と近似しているのであるから、被控訴人主張の各取得価額はこの点からみても妥当なものというべきである。
(証拠関係)
控訴代理人は、当審証人大野文雄、同長倉謙三の各証言および当審における控訴本人尋問の結果ならびに鑑定人近藤信衛の鑑定の結果を援用し、後記乙号各証のうち、乙第二二ないし第三三号証の成立は不知であるが、その余はいずれも成立を認めると述べた。
被控訴代理人は、乙第一五ないし第一七号証、第一八号証の一、二、第一九ないし第三五号証を提出し、当審証人中山実好の証言を援用した。
理由
一、控訴人が被控訴人に対し昭和三五年分所得税の確定申告として原判決添付別表(一)記載のとおりの申告をしたところ、被控訴人は、控訴人が同年五月一八日その所有の本件土地を訴外柴木物産株式会社に対し代金合計二五九万八、七三〇円で売却しているので、これが著しく低い価額の対価による資産の譲渡があった場合に該当するものとして所得税法(昭和三六年法律三五号による改正前の所得税法。以下「旧所得税法」という。)五条の二、二項を適用して右譲渡の時における価額により右土地の譲渡があったものとみなし、昭和三八年四月二四日付で、控訴人の右申告にかかる所得のほか右土地の譲渡による所得として七〇八万七、五二八円を加えた原判決添付別表(二)記載の更正処分をしたこと、および、控訴人は、右更正処分につき、適法な異議申立および審査請求をしたが、名古屋国税局長は昭和三九年四月二八日付で右審査請求を棄却する旨の裁決をし、その頃控訴人にその通知をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二、被控訴人が、右更正処分における右土地の譲渡所得金額の算定の根拠として主張するところは次のとおりである。
(1) 収入金額(右譲渡の時における価額)一、八〇五万二、九一七円(本件(一)の土地につき八一七万九、二一七円、同(二)の土地につき九八七万三、七〇〇円)
(2) 取得価額七四万九、三六〇円(本件(一)の土地につき五五万七、一四七円、同(二)の土地につき一九万二、二一三円)
(3) 差引譲渡所得一、七三〇万三、五五七円(本件(一)の土地につき七六二万二、〇七〇円、同(二)の土地につき九六八万一、四八七円)
(4) 譲渡所得の特別控除一五万円(旧所得税法九条一項本文、同項八号)
(5) 課税譲渡所得金額八五七万六、七七八円(同法九条一項本文、同項八号)
<省略>
三、ところで、旧所得税法五条の二、二項にいう「その譲渡の時における価額」とは、当該譲渡の時における客観的交換価値(市場価値・時価)、いいかえれば、自由市場において、市場の事情に十分に通じ、かつ、特別の動機をもたない多数の売り手と買い手が存在する場合に成立すると認められる価格をいうものと解するのが相当である。
そこで、まず、控訴人から訴外柴木物産株式会社に対し本件土地が譲渡された昭和三五年五月一八日当時における右土地の価額がいくばくであったかについて検討する。
(一) 成立に争いのない甲第一、二号証、原審における鑑定人伊藤武夫および当審における鑑定人近藤信衛の各鑑定の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。
本件(一)の土地は、不動産登記簿上もと一宮市音羽通一丁目二〇番二宅地二四〇坪(七九三・三八平方メートル)であったが、昭和三六年一月三一日、音羽通一丁目二〇番二宅地一八八坪(六二一・四八平方メートル)と同所同番五宅地五二坪(一七一・九〇平方メートル)に分筆された。また、右土地は、尾張西部都市計画事業一宮復興土地区画整理事業の施行区域内に所在し、同事業は、昭和二四年頃施行に着手し、同三三年頃仮換地指定が完了したのであるが、右土地については、当初一工区一六五ブロック一〇番七五三・七一平方メートル(二二八坪)に仮換地指定がなされ、次いで、右分筆に伴い、音羽通一丁目二〇番二に対しては、一工区一六五ブロック一〇番宅地五八六・六一平方メートル(一七七・四五坪)に、同二〇番五に対しては、同工区一六五ブロック一〇番一宅地一六七・一〇平方メートル(五〇・五五坪)にそれぞれ仮換地指定の変更がなされた。
次に、本件(二)の土地は、不動産登記簿上は、もと、一宮市八幡通一丁目二一番二宅地一二四・一二坪であったが、昭和三七年一〇月三〇日、八幡通一丁目二一番二宅地八七・三一坪(二八八・六二平方メートル)と同所同番六宅地三六・八一坪(一二一・六八平方メートル)に分筆された。また、右土地も前記土地区画整理事業の施行区域内に所在し、当初六工区七番宅地三五八・九〇平方メートル(一〇八・五七坪)に仮換地指定がなされ、次いで、右分筆に伴い、八幡通一丁目二一番二に対しては、六工区3ブロック七番宅地二五二・五九平方メートル(七六・四一坪)に、同二一番六に対しては、同工区三ブロック七番一宅地一〇六・三一平方メートル(三二・一六坪)にそれぞれ仮換地指定の変更がなされた。
なお、以上の仮換地の指定は、いわゆる現地換地によるものであった。
(二) そして、控訴人が昭和三五年五月一八日訴外柴木物産株式会社に対し、本件(一)、(二)の土地を一括して代金合計二五九万八、七三〇円で売却したこと、同訴外会社は、本件(一)の土地を、同年七月二日訴外万栄株式会社に対し代金一、七一二万九、二五〇円(前記仮換地の地積二二八坪に対し坪当り単価七万五、一二八円)で転売し、次いで、本件(二)の土地の仮換地のうち後に仮換地三ブロック七番宅地二五二・五九平方メートル(七六・四一坪)となった部分を、同年八月九日訴外株式会社越田商店に対し代金七六四万一、〇〇〇円(右仮換地の地積に対し坪当り単価一〇万円)で転売したことは、いずれも当事者間に争いがない。
(三) 原審証人田中幸一の証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、控訴人の訴外柴木物産株式会社に対する本件土地の譲渡価額が同訴外会社の右転売価額と比較して著しく低額であったのは、同訴外会社が当時その代表取締役であった控訴人を中心とするいわゆる同族会社であったところ、昭和三三年頃から経営状態が悪化し、同三五年度において貸倒損失一、七七九万七、三八五円および繰越欠損金五四三万二、九七九円を計上していたので、同訴外会社において本件土地の転売により利益(前記のとおり合計二、二〇〇万円を超える。)をえても、同年度における法人税を納付する必要がなかったこと、控訴人としては、自ら本件土地を売却してその譲渡所得に対する課税を受けるよりも、訴外会社をして転売利益の取得により欠損金を補填させて再建をはかるのが得策と判断したこと等の特別の動機が存したことによるものであった。そして、同訴外会社は右土地の転売に当り、自己の債務を弁済するため右土地を売り急いでいたので、時価より低い価額で売りこそすれ、これより高い価額で売れるような状況ではなかったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原審および当審における控訴人本人尋問の結果は前掲各証拠と対比して措信することができないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(四) 他方、成立に争いのない乙第三号証、第五ないし第八号証、第一一号証の一、二、第一二ないし第一四号証、原審証人浜島正雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証、第一〇号証および同証言によれば、本件土地附近における昭和三五年五月当時の取引事例として、次のものが存したことが認められる。
まず、本件(一)の土地附近の事例についてみると、一宮市音羽通二丁目一九番宅地二一五坪(仮換地一工区一六八ブロック一番宅地一五三・七坪)および同所二丁目一九番二宅地一二五坪の一部(仮換地同工区一六八ブロック一五番宅地四五・三四坪)が昭和三五年二月三日訴外茶周染色株式会社により買い受けられている。その価額は右仮換地につき一坪当り八万円であった。右土地は、本件(一)の土地と同一の道路に面しており北側に隣接する仮換地ブロック内に存しいわゆる角地ではあるが、本件(一)の土地よりも繁華街や一宮駅に遠い点に難があり、結局坪当り地価には差異がない。右訴外会社は以前から右土地を賃借して使用していたのであるが、鉄筋コンクリート造の営業用建物を新築するのを機会にこれを買受けることとなったのである。
次に、本件(二)の土地附近の事例についてみると、同市八幡通二丁目五五番外二筆宅地合計一〇八・一四坪(仮換地六工区七ブロック九番宅地七八・一三坪)が昭和三六年五月九日訴外太陽生命保険相互会社により買い受けられている。その価額は右仮換地につき一坪当り二五万円であった。右土地は、本件(二)の土地と同一工区に存するが、支線道路に南面する本件(二)の土地と異り、幹線道路に面しているうえ角地でもあり、遙かに条件のよいものであった。右訴外会社は、当時更地であった右土地を一宮支店の建設用地として取得するため買い申込みにより購入したものである。そして、被控訴人が、右土地と本件(二)の土地との間に存する場所的格差を修正して本件(二)の土地の市場価値を推定するため、両地の固定資産税評価額(坪当り)を比較したところ、前者(売買実例地)は二、五〇四円、後者は一、九〇〇円であり、その比率は〇・七五八八であった。また、右両取引の間の時点修正をするため土地価格の変動指数(財団法人日本不動産研究所「全国市街地価格指数」第六表「戦前基準地域別全国市街地価格推移指数表」による。)により、土地価格の上昇率を比較したところ、前者は九三・一二二、後者は一二二・一六九、その比率は〇・七六二であった。そこで、右売買実例における坪当り価額二五万円に右場所的修正率および時点修正率を乗じて本件(二)の土地の昭和三五年八月当時における時価を算出したところ、その坪当り価額は一四万四、五五一円となった。なお、右取引実例におけるいわゆる買い進みによる代金増加部分を二割とみて右計算を修正してみても、本件(二)の土地の右単価は一一万五、六四〇円を下ることはないのである。
(五) 次に、控訴人が本件の(一)の土地を訴外柴木物産株式会社に譲渡した当時、右土地上に訴外紫田ふみ子および同長倉謙三所有の建物が存在し、同訴外人らにおいて右土地に借地権を有していたことは当事者間に争いのないところである。
そして、原審証人藤吉勤の証言および原審における鑑定人伊藤武夫の鑑定の結果によれば、本件(一)の土地に借地権が存した場合における右土地の更地価額から減額される借地権の価額の割合は五〇パーセントであることが認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
(六) しかして、被控訴人は、前記(一)ないし(五)の事実関係に基づき、訴外柴木物産株式会社が訴外万栄株式会社に本件(一)の土地を、株式会社越田商店に対し本件土地(二)の土地のうち前記の部分を転売した際の価額をもって、その時における右各土地の市場価額すなわち時価と認め、控訴人の訴外紫木物産に対する譲渡時における右各土地の時価は、右各転売価額を、右譲渡時と転売時との期間差に応じた土地価格の変動指数(前記「全国市街地価格推移指数表による。)によって時点修正して算定するのが最も適切かつ妥当であるとの見地から、次のとおりの方法によって本件各土地の時価を算出したのである。
(1) 本件(一)の土地について
控訴人が右土地を訴外柴木物産に譲渡した昭和三五年五月一八日当時、右土地上には前記のとおり訴外紫田ふみ子ら所有の建物が存在していたが、同訴外会社はその後右柴田らに立退料を支払い、同人らを立退かせて右土地を更地とし、同年七月二日訴外万栄株式会社に対し代金一、七一二万九、二五〇円で転売したのである(右土地が更地として転売されたものであることも当事者間に争いがない。)。
ところで、前記「全国市街地価格推移指数表」の用途地域別平均によれば、昭和一一年九月を一〇〇とすると同三五年三月は八〇・九七七、同年九月は九五・五五三であり、右指数によって、右六か月間における土地価額の上昇率を計算すると、次のとおり約一八パーセントとなり、一か月平均の上昇率は約三パーセントとなる。
6か月間の上昇率 <省略>
1か月平均上昇率 17.97%÷6=2.99%
そして、右譲渡時との転売時との期間差一・五か月(四五日に対する上昇率は四・五パーセントであるから、右上昇率をもって転売価額を修正すると控訴人の譲渡時における右土地の更地としての時価を算定することができるのであるが、控訴人の右譲渡当時右土地には前記借地権が存在したのであり、本件における控訴人の譲渡所得の収入金額とみなされる時価は、譲渡時の現況により決定されるのであるから、更地としての時価から借地権価額に相当する五〇パーセントを控除しなければならないわけである。そうすると、本件 (一)の土地の譲渡時における時価は、次のとおり八一七万九、二一七円となる
{17,129,250円×(1-0.045)}×0.5=8,179,217円
(2) 本件(二)の土地について
右土地は、控訴人が昭和三五年五月一八日訴外柴木物産株式会社に譲渡した後同訴外会社は右土地(仮換地)一〇八・五七坪(三五八・九〇平方メートル)のうち七六・四一坪(二五二・五九平方メートル)を約三か月(八三日)後の同年八月九日訴外株式会社越田商店に対し代金七六四万一、〇〇〇円で転売したものであるが、右転売部分とその余の部分とは、もともと一筆の土地を分筆したもので両者の間に価額の差異はなかった(このことは前記乙第一三号証によって認められる分筆の状況に照しても首肯することができる。)。
そして、控訴人の右譲渡時と訴外柴木物産の右転売時との期間差三か月に対する上昇率は九パーセントであるから、右上昇率をもって転売部分の価額を修正して右譲渡時における右部分の時価を算定すると、次のとおり六九五万三、三一〇円となる。
7,641,000×(1-0.09)=6,953,310円
そして、転売されなかった部分についても、右と同一の単価を適用して時価を算定すると二九二万六、五六〇円となるから、これを合計すると、九八七万九、八七〇円となる。
これが本件(二)の土地の右譲渡時における時価である。
しかして、以上認定の事実関係の下において、被控訴人が、控訴人から訴外柴木物産株式会社に対し本件土地が譲渡された昭和三五年五月一八日当時における右土地の価額を算定するにあたり、同訴外会社が右土地を転売した価額を基準とし、これに地価の変動指数による時点修正を施し、さらに本件(一)の土地については借地権の価額を控除するという方法をとったのは、他にこれに優る評価方法の存しない本件においては最も合理性があるものというべく、前認定の各取引事例と比較し、かつ、訴外会社が本件土地を転売した事情を参酌しても適切かつ妥当なものというべきである。
そうすると、本件(一)および(二)の土地の控訴人の右譲渡時における時価は合計一、八〇五万九、〇八七円であって、控訴人の訴外柴木物産に対する右各土地の譲渡価額合計二五九万八、七三〇円は右時価に比して著しく低額であることが明らかであるから、被控訴人がこれにつき旧所得税法五条の二、二項同法施行規則二条により、右認定の時価により右各土地の譲渡があったものとみなしたのは正当というべきである。
もっとも、原審における鑑定人伊藤武夫の鑑定の結果によれば、昭和三五年六月一日当時において、本件(一)の土地の賃借権の存する場合における時価(底地価格)は八〇〇万三、〇〇〇円、同(二)の土地の時価(更地価格)は五四七万一、〇〇〇円であるというのであるが、前者は前認定の時価と比較して殆んど同額に近い価格であり、また、後者は前認定の時価と比較するとかなりの差異が存するけれども、原審および当審における控訴人本人尋問の結果によれば、昭和一三年頃からその肩書住所に居住し、本件(二)の土地附近の土地について精通者ともいうべき控訴人も柴木物産の右土地の転売が正当な価額によって行われたものであると考えていたことが認められるのであり、その他、前認定の取引事例による推定時価等と対比すると、右鑑定の結果によっては、いまだ右認定を動かしえないものというべきである。
四、次に、本件土地の前記譲渡時における時価の認定に関する控訴人の主張について判断する。
(一) 控訴人は、まず、本件(二)の土地を訴外柴木物産株式会社に譲渡した当時、右土地のうち東側六〇坪は、訴外長倉謙三に対し、居宅所有の目的で、賃料一か年一万五、〇〇〇円の約定で賃貸しており、残余の西側部分は右訴外会社に対し、倉庫所有の目的で、賃料一か年一万円の約定で賃貸していた、従って、本件(二)の土地の当時の時価は、更地としての時価から右借地権割合を控除した残額(底地価額)によるべきであると主張する。
しかし、控訴人の右主張に副ういずれも成立に争いのない乙第二号証(支払者・柴木物産株式会社作成の昭和三五年分不動産所得等支払調書)、同第一五号証(控訴人作成の昭和三五年分所得税確定申告書)ならびに原審証人田中幸一、当審証人長倉謙三の各証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果の各一部は、いずれも成立に争いのない乙第一号証(支払者・柴木物産株式会社作成の昭和三四年分不動産所得等支払調書)、第一六号証(応答者伏屋実の質問応答書)、第一七号証(同伏屋和枝の質問応答書)、原審証人田中幸一の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一、二、(右訴外会社の地代家賃元帳)ならびに原審証人藤吉勤の証言と対比して措信することができず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
すなわち、前記甲第三号証の二、三、乙第一、第二号証、第一五ないし第一七号証、成立に争いのない乙第一三号証、原審証人長倉謙三および当審証人大野文雄の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、本件(二)の土地は、訴外大野文雄がその所有者から賃借し、右地上に建物(約四〇坪)を所有しこれに居住しているうち、控訴人が昭和二一年八月二日右土地を買受けてから右土地明渡の折衝がはじまり、七年余を経過した同二九年二月頃にいたり右両者間に、立退料二〇万円の支払いを条件とする明渡しの合意が成立し、訴外大野はその頃控訴人から右立退料の支払いを受け、右居住建物を取毀して右土地を明渡した。その後、右土地は更地のまま放置されていたが、昭和三三年九月頃にいたり、控訴人の義兄弟である訴外長倉謙三が控訴人の承諾をえて右土地のうち東側の三二・一六坪(後に仮換地三ブロック七番一宅地一〇六・三一平方メートルとなる。)に居宅を建築し、同三四年一月これを完成して入居し、右(二)の土地全部が控訴人から訴外柴木物産に譲渡された後も引き続き右建物に居住してその敷地部分である右三二・一六坪の土地を使用している。そして、右(二)の土地のうち東側部分を除く残余の西側部分七六・四一坪(後に仮換地三ブロック七番宅地二五二・五九平方メートルとなる。)は、前認定のとおり同年八月九日同訴外会社から訴外株式会社越田商店に転売され、同会社は同三八年頃右買受部分に同会社一宮支店を建築したのであるが、それまでの間右西側部分は更地のまま放置され、訴外長倉において右西側部分を使用したことはなく、また、訴外柴木物産がこれを使用したこともかつてなかった。また、控訴人と訴外柴木物産および同長倉謙三の本件(二)の土地についての賃貸借契約書ないし賃料の領収書等も作成されたことがない(もっとも、同訴外会社から一宮税務所長に提出された昭和三五年分不動産所得等支払調書(乙第二号証)には同訴外会社から控訴人に対し右土地全部に相当する一二四坪(従前地の地積)につき昭和三四年四月一日から同三五年三月末日までの一年間の使用料として一万円を支払った旨の記載があり、控訴人もこれに対応して同三五年分所得税確定申告(乙第一五号証)において右土地の不動産所得として一万円を計上しているけれども、これに接続する前後の期間については右のごとき申告はなされておらず、しかも、同訴外会社の昭和三三年一〇月から同三四年九月までの地代家賃元帳(甲第三号証の一、二)には、本件(一)の土地に関する家賃支払の記帳が存するのに右(二)の土地の地代支払の記帳がなされていないことに照すと右乙第二号証、第一五号証はにわかに措信することができない。)。そして、右土地の前記東側部分(三二・一六坪)に住居を建築所有しこれを使用している訴外長倉の賃料については、当審証人長倉謙三の証言および当審における控訴人本人尋問の結果によれば、訴外長倉謙三は住居の建築に着手した前記昭和三三年九月頃、右(二)の土地のうち右東側部分三二坪余を含む約六〇坪を賃料一か年につき一万五、〇〇〇円の約定で賃借したのであるが、同三五年初頃控訴人から右東側部分三二坪余を除くその余の返還を求められたので、立退料として一五〇万円位を請求したところ、控訴人から立退料の支払に代えて右東側部分三二坪余を三〇年間無償で使用させる旨の申出があったので、訴外長倉は右申出を承諾し右東側部分を使用しているというのであるが、前認定のとおり、訴外長倉が前記東側部分(三二・一六坪)を越えてその西側部分を使用したことはなく、また、右賃料支払に関する合意の内容は不自然なものであって、右証言および本人尋問の結果は措信できない。よって、控訴人の本件土地譲渡時において右(二)の土地に賃貸借が付着していた旨の主張は採用のかぎりでない。
(二) 控訴人は、次に、旧所得税法五条の二、二項にいわゆる「その譲渡の時における価額」は、相続税法に規定する財産の価額と同様、いわゆる路線価方式によって評価すべきであると主張する。
しかし、相続税、贈与税における土地の評価においても、本来当該土地について近隣における売買実例および地元精通者の意見等を考量して個々に時価を算定すべきものであるところ、納税者の便宜および税負担の公平を配慮し、他方、毎年大量に発生する相続、贈与税の課税に際し個々の土地について短期間に売買実例等を調査することが困難である実情に鑑み、土地評価の一応の目安としていわゆる路線価方式が採用されているのにすぎないのである。したがって、相続税、贈与税の課税においても、土地の価額の算定につき必ず路線価によらなければならない理由はないのであるから、本件の場合において、売買実例を基礎としたいわゆる市場資料比較法により時価を算定しても何ら違法ではないというべきである。控訴人の右主張は採用できない。
(三) 控訴人は、次に、控訴人が本件土地を訴外柴木物産株式会社に譲渡した当時、右土地には根抵当権が設定されていたのであるから、その時価を算定するにつき右抵当権消滅のための費用を控除すべきであると主張する。
しかし、控訴人主張の根抵当権の被担保債権の債務者が右土地の譲受人である同訴外会社以外の第三者である場合においては、右抵当権の存在はこれによって右土地の客観的交換価値を減少するものではない。このことは売買契約における売主の担保責任(民法五六七条)および買主の代金支払拒絶権(同法五七七条)等の規定に照らし明らかなところである。もっとも、一般の売買取引において、抵当債務の額、買主が所有権を失う危険の程度等をも考慮に入れて売買価額が決定されていることは否定しえないところであるが、これらの事情は極めて不確定な要素を含むものであるのみならず、買主において後日抵当債務の弁済をしたときは債務者等に対し求償権を行使しうるのであるから、右土地の時価算定にあたり右根抵当権の存在を斟酌する必要はないものというべきである。また、右根抵当権の被担保債権の債務者が右訴外会社である場合においては、訴外会社において自らの債務を弁済して右根抵当権を消滅させれば、訴外会社は何ら負担の存しない本件土地を取得したことになり、もし、右債務の弁済をしなければ、債権者によって根抵当権が実行され、右土地の競落代価をもって訴外会社の債務が優先的に弁済され、残額があれば、訴外会社に交付されるのであるから、右根抵当権が実行されたとしても、右土地の交換価値のすべてを享受しえたことになるのである。いずれにしても、本件土地の譲渡時における時価を算定するにあたり控訴人主張の根抵当権消滅のための費用を控除すべき理由はないものというべきである。控訴人の右主張は採用することができない。
五、そこで、次に、控訴人の本件土地の取得価額について審究する。
(一) 前記甲第一、第二号証によれば、控訴人は、本件(一)の土地を昭和二三年五月二五日付売買(ただし、所有権移転登記は同年九月になされている。)により、本件(二)の土地を同二一年八月三日付売買(登記は同年同月になされている。)により、それぞれ取得したことが認められる。
しかし、控訴人の本件土地の現実の取得価額についての証拠資料としては、原審および当審における控訴人本人尋問の結果のほかに存しないところ、右本人尋問の結果は措信することができない。
(二) 被控訴人は、控訴人の右土地の取得価額は、直接これを認定しうる資料がない以上、財産税法(昭和二一年法律五二号)に基づき財産税調査時期(昭和二一年三月三日午前零時をいう。以下同じ。)現在の本件(一)および(二)の土地の財産税評価額を算定し、これに右各土地の取得の時期までのそれぞれの地価上昇率(前記「全国市街地価格推移指数表」による指数による。)を乗じて算定すべきであると主張する。
そして同法における土地の評価は、その賃貸価格(旧地租法八条に規定する賃貸価格をいう。)に一定の倍数を乗じて算出した金額(命令で定める場合においては、命令で定める金額を加算した金額)によることとされ(前記財産税法二五条一項)、右一定の倍数は、命令で定める区域ごとに、その区域内において標準となるべき土地について、取引価額を参酌して、政府において算定する価額のその調査時期における賃貸価額に対する倍数に比準して、これを定めるものとされている(同法二六条一項)ところ、前記乙第三号証、第一一号証の一、二および成立に争いのない同第九号証によると、旧地租法八条に基づく昭和二一年三月三日現在の賃貸価格は、本件(一)の土地につき二四〇円(一坪当り一円)、(二)の土地につき七四円四七銭(一坪当り六〇銭)であり、財産税法二五条、二六条に基づく財産税評価倍数は、本件(一)の土地につき四五、同(二)の土地につき五〇であること、および前記「全国市街地価格推移指数表」の用途地域別平均(昭和一一年九月現在の指数を一〇〇とする。)によれば、昭和二一年一月現在の指数が二六二であるのに対し、同年九月現在は五〇一、同二三年九月現在は三、六五三であること(なお、昭和二一年三月および同年八月現在の指数がないので、控訴人に有利な昭和二一年一月および同年九月現在の指数を採用する。)が認められる。そこで、以上の数値を基礎として被控訴人主張の算定方法に従い本件土地の前記取得時期における価額を計算すると、原判決添付別表(四)記載のとおり本件(一)の土地は一五万〇、五八一円(一坪当り六二七円四二銭)、同(二)の土地は七、一一九円(一坪当り五七円三五銭)となる。そして、右各取得価額は、控訴人の本件土地の譲渡所得の計算にあたり、右譲渡当時施行の資産再評価法二一条二項により再評価をすべきものべあるから、同法別表第七により各取得時期に対応する再評価倍数を乗じて各再評価額を算出すると、原判決添付別表(五)記載のとおり本件(一)の土地は五五万七、一四七円、同(二)の土地は一九万二、二一三円となり、その合計は七四万九、三六〇円である。
しかして、土地の財産税評価額の算定におけるいわゆる財産税評価倍数は、前記のとおり、命令で定める区域ごとに、その区域内において標準となるべき土地について、取引価額を参酌して、政府において算定する価額のその調査時期における賃貸価格に対する倍数に比準して定められたものであるから、これによって算定された評価額は、命令で定める各区域の標準となるべき土地の財産税調査時期における現実の取引価額を反映しているものというべきである。このことは、昭和二二年法律二七号所得税法一〇条四項において、譲渡所得の基因となる資産で財産税調査時期前に取得したものについては、譲渡所得計算上その年中の総収入金額から控除する当該資産の取得価額は、その調査時期における価額(土地、家屋・・・・・その他命令で定めたる資産の価額については、財産税法三章の規定及びこれに基いて発する命令により計算した価額)にその一〇〇分の五に相当する金額を加算した金額によることとする旨定められていたことからも推認しうるところである。すなわち、前記財産税法に基づき算定された土地家屋の財産税評価額が、各区域の財産税調査時期における取引価額を反映したものであるという認識を前提とし、右財産税評価額にその一〇〇分の五に相当する金額を加算した金額をもって、財産税調査時期前に取得した土地家屋の譲渡所得計算上控除すべき取得価額としても、現実の取得価額と乖離することがないという見地から前記条項が設けられたと解することができるからである。してみると、本件各土地の前記財産税評価額をもって、それぞれの土地の昭和二一年三月三日現在の取引価額となし、これを基準として、(一)の土地についてはその取得時である昭和二三年九月までの、(二)の土地についてはその取得時である同二一年八月までの地価の各上昇率をそれぞれ乗じて、本件各土地の現実の取得価額を算定することは、他にこれに優る方法の存しないかぎり合理的なものというべきである。
(三) ところで、控訴人の本件土地の現実の取得価額を推測するには土地価額の鑑定評価によることも可能であり、本件においても当審における鑑定人近藤信衛の鑑定の結果が存するのである。そして、右鑑定の結果によれば、昭和四七年一二月一〇日現在において、本件(一)の土地(仮換地の地積は二二八坪)のうち四一〇・一二平方メートル(一二四・五六坪)の時価は三、一一六万円(坪当り二五万〇、一六〇円)であり、本件(二)の土地(仮換地の地積は一〇八・五七坪)のうち二五二・五九平方メートル(七六・四一坪)の時価は一、五二八万円(坪当り一九万九、九七三円)であるとしたうえ、日本不動産研究所・全国市街地価格推移指数表により、昭和二一年八月現在の地価推移指数一〇〇に対し、同二三年九月現在が三五四、前記評価時点現在が四五、八一四であることを求め、右評価時点における評価額を基礎として右各指数により遡及して各取得時における時価を算出したところ、本件(一)の土地の鑑定対象部分は二四万〇、七六九円(坪当り一、九三二円九五銭)、同(二)の土地の鑑定対象部分は三万三、三五二円(坪当り四三六円四八銭)となったというのである。
しかしながら、右鑑定は、その判断の過程に徴して明らかなごとく、評価対象地について仮換地指定後の状況を所与として、取引事例比較法により地価公示法上の標準地の価格を基準とし、近隣地域の地価水準を考慮し、近隣地域および同一需給圏内の類似地域に存する取引事例価格を比較検討して近隣地域における標準価格を査定し、この価格と比較して本件各土地の昭和四七年一二月一〇日現在の更地としての価格を求めたものであるが、地価公示法上の標準地と右評価対象地との比較検討の過程における判断根拠の説明がなされていないのみならず、前認定のように本件各土地は昭和三三年頃までには土地区画整理による仮換地指定が完了しているのであるから、控訴人の右土地の取得当時と右評価時点との間に状況が著しく変化し、右仮換地指定後においては土地の効用が増大し地価もこれに従って上昇した筈であるのに、右鑑定においては、右事情を考慮せず仮換地の前後を通じ同一条件下の土地であることを前提として判断している点において正確を欠くものといわざるをえないのである。さらに、取引事例比較法により対象不動産の価格を算定する場合には、採用せらるべき取引事例に対象不動産の価格を推定せしめうるに足る規範性がなければならず、そのためには少くとも時間的、場所的および物件的同一性ないし類似性が要求されるところ、右鑑定の採用した取引事例は、仮換地指定後に係るものである点において物件的同一性ないし類似性を欠く。また、控訴人の取得時点から本件(一)の土地については二四年、同(二)の土地については二六年の隔たりのある点においても取引事例として時間的同一性ないし類似性に乏しい(時点修正のなされることを考慮しても)ものといわざるをえない。よって、右鑑定の結果は、その正確性において疑点の残ることを免れず、たやすく措信することができないものである。
(四) そして、他に被控訴人主張の取得価額の推計方法に優る方途の存することの認められない本件においては、右推計方法による本件土地の各取得時期における価額、すなわち、本件(一)の土地につき一五万〇、五八一円(一坪当り六二七円四二銭)、同(二)の土地につき七、一一九円(一坪当り五七円三五銭)をもって、控訴人の本件各土地の現実の取得価額と認めるのが相当である。
ちなみに、仮に、右鑑定による本件各土地の一坪当りの取得価額にその従前の土地の地積を乗じた金額をもって、各取得価額とし、これに基づいて旧所得税法により控訴人の右各土地の譲渡所得金額を計算しても、次のとおり七三六万四、九三九円となるのであって、本件更正処分における譲渡所得金額七〇八万七、五二八円よりなお二七万七、四一一円上廻るものである。
本件土地(一)・・・(1932.95円×240坪)×3.7(再評価倍数)=1.716,459円・・・<1>
同(二)・・・(436.48円×124.12坪)×27.0(再評価倍数)=1.462,749円・・・<2>
<1>+<2>=3,179,208円
(18,059,087円(譲渡当時の時価)-3,179,208円)-150,000円(特別控除)×5/10=7,364,939円
六、次に、控訴人の本件(二)の土地に関する立退料二〇万円支出の主張について判断する。
前認定(四、(一))のとおり、本件(二)の土地は、訴外大野文雄が賃借し、その地上に建物を所有しこれに居住していたものであるが、控訴人において右土地を買受けた後七年余を経過した昭和二九年二月頃同訴外人に対し立退料として二〇万円を支払い、賃貸借契約を合意解除し、その頃右土地の明渡しを受けた。その後控訴人は右土地を訴外長倉謙三に使用させるなどして五年余を経過した後、訴外柴木物産に対しこれを譲渡したのである。しかし、旧所得税法九条一項八号にいわゆる「譲渡に関する経費」とは、当該資産の譲渡のための周旋料、登録料のほか譲渡のため賃借人を立退かせるために支払われる立退料のように譲渡を実現するために直接必要な経費をさすものであって、控訴人において支出した右立退料のごときはこれに当らないことが明らかである。その他本件譲渡所得の計算において右立退料二〇万円を控除すべき事由を見出すことができないので、控訴人の右主張は採用のかぎりでない。
七、以上のとおり本件土地の譲渡所得の計算において旧所得税法九条一項八号により収入金額から控除すべき本件土地の取得価額の合計は七四万九、三六〇円であるから、これによりその譲渡所得金額を算出すると、次のとおり八五七万九、八六三円となる。
(18,059,087円-749,360円)150,000円(特別控除)×5/10=8,579,863円
してみると、被控訴人のなした本件更正処分における譲渡所得金額七〇八万七、五二八円は右認定の譲渡所得金額の範囲内にあることが明らかである。
八、最後に、控訴人のその余の反論について逐次判断する。
(一) 控訴人は、まず、控訴人は訴外柴木物産株式会社の多額の債務につき保証債務を負担していたものであるが、同訴外会社が債務超過の状態にあったので、控訴人が訴外会社から受領した本件土地の売買代金二五九万八、七三〇円は右保証債務の弁済に充てられ、これにより取得した求償権も事実中行使することができなかったのであるから、控訴人には右土地の譲渡による所得は存しないと主張する。しかしながら、控訴人の負担する右保証債務は、本件土地の売却によりその代金を取得すると否とに無関係に控訴人がこれを弁済しなければならないものであるから、右代金を右債務の弁済に充てたからといって、本件土地の譲渡による所得がなかったとはいえない。また右弁済によって発生した主債務者に対する求償権の取立が事実上不能であるとしても、かかる事情は控訴人の右譲渡所得の成否に何らの消長をもきたすものではない。控訴人の右主張は採用のかぎりでない。
(二) 控訴人は、次に、控訴人の訴外柴木物産に対する本件土地の譲渡は、控訴人の前記保証債務を履行するためになされたものであるが、主たる債務者である同訴外会社が当時債務超過の状態にあったため、時価による譲渡をしても、代金全額の回収が事実上不能であったところから、やむなく前記譲渡価額によったのである、従って、右譲渡価額二五九万八、七三〇円を超える部分については当初から回収不能であることが確定していたのであるから、かかる場合には旧所得税法五条の二、二項の適用がないと主張する。しかしながら、同法五条の二、二項の規定にいわゆるみなし譲渡は、著しく低い価額の対価で資産の譲渡があった場合に、譲渡の時における価額により当該資産の譲渡があったものとみなして課税するものであって、当該譲渡契約の私法上の効力に何ら影響を及ぼすものではないから、控訴人の前記譲渡価額を超える部分については控訴人に代金請求権が発生するものではなく、従って、右部分を当該譲渡の相手方から回収することが可能であるか否かは同条の適用にかかわりがないものというべきである。控訴人の右主張は採用できない。
(三) また、控訴人は、右譲渡について旧所得税法五条の二、二項の適用があるとしても、その後同法の昭和三七年法律四四号による改正(施行期日昭和三七年四月一日・附則一条)に際し、同法一〇条の六、二項が新設された趣旨にかんがみ、控訴人の前記譲渡所得の計算についても遡って右新設規定の類推適用がなされるべきであると主張する。しかしながら、右改正法律は、附則二条において、この附則において別段の定めがあるものを除くほか、改正後の所得税法の規定は、昭和三七年分以後の所得税について適用し、昭和三六年分以前の所得税については、なお従前の例によると定め、附則七条においては、新法一〇条の六の規定は、昭和三七年一月一日以後に同条の規定に該当する事実が生じた場合に適用する旨明定しているのであるから、本件土地の譲渡に関し仮に控訴人主張の事実が存するとしても、本件譲渡所得の計算につき右一〇条の六、二項の規定を遡及適用することは許されないものというべきである。のみならず、右規定は、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、当該履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときに適用されるものであるが、本件においては、控訴人において、その主張の保証債務の具体的内容についてはもとより主たる債務を特定するに足る事実についてすら何ら主張・立証するところがないのである。のみならず、本件におけるあらゆる証拠によるも、控訴人において本件土地の譲渡により取得した前記対価をもって保証債務を履行した事実を認めることができない。またもし、控訴人の右主張にして訴外柴木物産をして本件土地を転売させることにより生じた利益をもって控訴人の負担する保証債務を履行させたというにあるのであれば、訴外会社の取得した右転売利益による弁済はもとより主たる債務者としてのそれであるから、これによって控訴人が求償権を取得することはありえないのである。以上のとおり、控訴人の右主張は、その前提事実を欠くものであって採用のかぎりでない。
(四) 控訴人は、本件におけるみなし譲渡についても現行所得税法(昭和四〇年法律三三号)五九条二項の類推適用があると主張するが、控訴人において同条二項所定の書面提出の手続をなしたことについては何ら主張・立証するところがないのみならず、同法(施行期日昭和四〇年四月一日・附則一条)附則一一条によれば、新法五九条の規定は、同法の施行日以後に同条一項二号に掲げる譲渡があった場合について適用し、同日前に譲渡があった場合については、なお従前の例による旨定めているのであるから、本件におけるみなし譲渡について右五九条二項を類推適用することは、できない。控訴人の主張は採用の限りでない。
(五) 最後に、控訴人は本件更正処分は信義則に反するものであるから取消されるべきであると主張する。
控訴人は、本件土地を控訴人から訴外柴木物産に対し譲渡するに際し、一宮税務署資産税係員に相談したところ、右土地の評価額を知らされたので、その価額によって譲渡したのである旨主張するが、右主張に副う原審および当審における控訴人本人尋問の結果はたやすく措信することができず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
次に、控訴人が昭和三六年三月一四日被控訴人に対し資産再評価法に基づく本件土地の再評価額を九二七万六、六〇〇円として申告したのに対し、被控訴人は昭和三七年一二月二七日右評価額を七九万一、六六一円とする減額更正をしたことおよび本件更正処分は右減額更正による再評価額が確定した後になされたものであることは当事者に争いがないところ、控訴人は、右減額更正につき被控訴人に不服を申し出たのに対し、右減額更正はすでに確定している旨の回答があったので審査請求をすることを断念し、右更正は確定するにいたった旨主張するのであるが、本件におけるあらゆる証拠によるも右事実を認めるに足りないのみならず、成立に争いのない甲第五号証(右資産再評価額等の更正通知書)によれば、控訴人において受領した右減額更正通知書には、更正につき異議があるときは税務署長を経由して国税局長に審査の請求をすることができることおよびその請求の期間が明示されていたことが認められるのであるから、控訴人において右不服申立の方途の存することを知りながらその期間を徒過し更正を確定せしめたものであることが明らかである。よって、控訴人の右主張もまた採用のかぎりでない。
九、 以上説示のとおり、控訴人の本件土地譲渡による譲渡所得金額は合計八五七万九、八六三円とみなすべきところ、本件更正処分による譲渡所得金額七〇八万七、五二八円は右認定の譲渡所得金額の範囲内にあり、また、後者の金額により旧所得税法による控訴人の税額を計算すると、原判決添付別表(二)のとおり、控訴人の確定申告に対する増加税額は三〇五万三、一二〇円となることが明らかである。してみると、本件更正処分には何らの違法も存しないから、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものである。
右と同旨に出た原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、八九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 川端 裁判官 新田誠志)