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名古屋高等裁判所 昭和46年(う)278号 判決 1971年10月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。原審における未決勾留日数中二〇日を、右本刑に算入する。

理由

<前略>所論にかんがみ、原判決を調査し、記録を精査してみるに、原判決が被告人に対する本件賭博場開張図利の公訴事実につき、ほぼ公訴事実と同様の事実を認定しながら、賭博場開張図利罪の成立を否定し、被告人につき、賭博罪を認定し、刑法第一八五条本文を適用して、処断し、そして、本件につき、賭博場開張図利罪を認定しない理由として、所論摘録(イ)および(ロ)のごとく、説示していることは、所論のとおりである。ところで、(一)賭博場開張図利罪は、犯人ら自ら主宰者となり、その支配の下に、賭博をさせる一定の場所を提供し、寺銭、入場料等の名目で、利益の収得を企図することによつて、成立するものであり(昭和二五年九月一四日最高裁判所判決、刑集四巻九号一、六五二頁参照)、賭博者を誘引し、招集することは、その構成要件ではなく(大正一二年二月二八日大審院判決、刑集二巻一五九頁、昭和六年一一月九日大審院判決、刑集一〇巻五五七頁参照)、また、同罪にいわゆる賭博場は、必ずしも賭博者の来集を目的とする場所でなければならないわけのものではないのであつて(大正四年三月一日大審院判決、刑録二一輯一八一頁、昭和七年四月一二日大審院判決、刑集一一巻三六七頁参照)、刑法第一八六条第二項にいわゆる「賭博場を開張する」とは、賭博の主宰者として、その支配の下に、賭博を成立させるべき場所を設定することであつて、必ずしも、賭博者を特定の場所に、いわば物理的に、集合させることは要しないものと解する。そこで、本件において、いわゆる「野球賭博」の主宰者とされた被告人が、右のごとき意味において、賭博場を開張したかどうかにつき、考えてみるに、原判決挙示の各証拠によれば、被告人が本件のいわゆる「野球賭博」を行なうために、名古屋市千種区千種本町二丁目二五番地所在の本多清組名古屋支部事務所に、電話、事務机、特製の売上台帳、メモ帳、スポーツ新聞、プロ野球日程表等を備え付け、その配下の浅井茂、大橋隆利、高井喬一および浅井康正等をして、同事務所において、電話により賭客の申込みを受けさせ、あるいは、右事務所外で受けた賭客の申込みを集計して、これを整理し、さらには、プロ野球の勝敗の結果に基づいて、勝者に支払うべき賭金(勝金)ならびに徴収すべき寺銭の計算などを行なわせていたことが認められるから、右事務所は、まさに、賭博をさせる一定の場所に該当するものというべきであり、被告人は、本件のいわゆる「野球賭博」の主宰者として、その支配の下に、賭博を成立させるべき場所を設定したものというに足り、刑法第一八六条第二項にいわゆる「賭博場を開張した」ものと断じなければならない。また、(二)原判決挙示の各証拠によれば、本件の「野球賭博」と称する賭博は、原判決が説示しているように、各試合の対戦チームによるハンデイを調整して、双方のチームに対する賭金の額がなるべく合致するように、計画はするけれども、一方のチームに対する賭金の額に制限されることなく、他方のチームに対する賭けの申込みに応ずるものであり、従つて、双方のチームに対する各賭金の額がたとえ合致しなくても、賭博を成立させ、その勝者に対し、約束に従つた賭金(勝金)が支払われるものであることが認められるから、双方チームに対する賭金額の不一致による危険の負担は、結局、その主宰者である被告人において引き受けなければならないのであるが、右の各証拠によれば、本件において、被告人は、本件賭博の際、その賭博の勝負が決定した都度、当該勝者に支払うべき金額の一割を、寺銭として徴収していたものであり、また、双方チームに対する賭金が同額にならない場合を、できるだけ少くするために、いわゆるハンディを調整して、賭客の誘引をなし、それでも、双方チームに対する賭金がなお同額にならない場合には、被告人が不足分を補填して、いわゆる「けつ」をとり、不足金額につき、危険を負担していたものであることが認められるから、賭金不一致の場合において、被告人が当該不足分を補填し、その不足金額につき、危険を負担したのは、あくまで、被告人が賭博を成立させて、寺銭を徴収し、利を図るための手段に過ぎなかつたのであつて、その主眼は、同人が賭博の主宰者となり、その支配下に、賭博を成立させることにあつたものと断定するに十分である。そうすれば、原判決が前記(イ)のごとく、賭博場開張図利罪の構成要件として、賭博を行なう一定の場所に、賭客を誘い集めることを要するものと解し、前記本多清組名古屋支部事務所をもつて、賭博者の来集を目的とする場所でなく、刑法第一八六条第二項にいわゆる「賭博場」に該らないとしたのは、明らかに、同法条第二項の解釈を誤つたものというほかなく、また、原判決が前記(ロ)のごとく、賭金不一致の場合に、被告人が不足分を補填し、これにつき、危険を負担したことをもつて、同人が自ら相手客の申込む賭博の相手方となつて、賭博をなしたものと認定したのは、明らかに、事実を誤認したものというべきであり、原判決挙示の各証拠によれば、被告人に対する本件賭博場開張図利の公訴事実は、これをすべて優に肯認しうるところであり、いずれも賭博場開張図利罪を構成することが明らかであるから、原判決が同罪の成立を否定し、被告人につき、賭博罪を認定したうえ、刑法第一八五条本文を適用して、処断したのは、法令の解釈を誤り、事実を誤認し、ひいては、法令の適用を誤つたものであつて、原判決の右法令の解釈、適用の誤りおよび事実の誤認は、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであると断ずるほかなく、従つて、原判決は、到底、破棄を免れないところであり、論旨は、結局、その理由があることに帰着する。

よつて、本件控訴は、その理由があることになるので、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第三八二条に則り、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、被告人に対する本件被告事件につき、さらに判決をすることとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、暴力団本多清組の名古屋支部長であつたものであるが、

第一、昭和四五年六月二一日、名古屋市千種区千種本町二丁目二五番地所在の右本多清組名古屋支部事務所内において、松田貞男等数名の者をして、同日夜行なわれたプロ野球セントラルリーグの野球試合の勝敗に関し、一試合当り一口一、〇〇〇円の割合で、一口以上の金銭を賭けさせ、俗に「野球賭博」と称する賭銭博奕をさせて、その勝者から、寺銭名下に、一定割合による金員を徴収し、

第二、同年六月二三日、前記本多清組名古屋支部事務所内において、今西敬等数名の者をして、同日夜行なわれたプロ野球セントラルおよびパシフイック両リーグの野球試合の勝敗に関し、前同様、一試合当り一口一、〇〇〇円の割合で、一口以上の金銭を賭けさせ、俗に「野球賭博」と称する賭銭博奕をさせて、その勝者から、寺銭名下に、一定割合による金員を徴収し、

第三、同年六月二六日、前記本多清組名古屋支部事務所内において、金森こと金順平等十数名の者をして、同日夜行なわれたプロ野球セントラルおよびパシフィック両リーグの野球試合の勝敗に関し、前同様、一試合当たり一口一、〇〇〇円の割合で、一口以上の金銭を賭けさせ、俗に「野球賭博」と称する賭銭博奕をさせて、その勝者から、寺銭名下に、一定割合による金員を徴収し、

第四、同年六月二四日、前記本多清組名古屋支部事務所内において、前記金順平等十数名の者をして、同日夜行なわれたプロ野球セントラルおよびパシフィック両リーグの野球試合の勝敗に関し、前同様、一試合当たり一口一、〇〇〇円の割合で、一口以上の金銭を賭けさせ、俗に「野球賭博」と称する賭銭博奕をさせて、その勝者から、寺銭名下に、一定割合による金員を徴収し、

もつて、それぞれ賭博場を開張し、利を図つたものである。

(証拠の標目)<略>

(累犯となる前科)<略>

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の右判示第一ないし第四の各所為は、いずれも刑法第一八六条第二項に該当するところ、被告人には、前示累犯となる前科があるので、同法第五六条第一項、第五七条に従い、判示各罪につき、それぞれ法定の加重をし、以上は、同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条に従い、犯情の最も重いと認める判示第一の罪の刑に、法定の加重をした刑期の範囲内において、被告人を懲役一年二月に処し、同法第二一条に従つて、原審における未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入することとする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(上田孝造 杉田寛 吉田誠吾)

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