名古屋高等裁判所 昭和46年(く)25号 1971年10月27日
少年 H・Y(昭二九・一・一一生)
主文
原決定を取り消す。
本件を名古屋家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、少年作成名義の抗告申立書、少年の附添人小栗厚紀、同佐藤典子、同浅井正の三名の共同作成名義の抗告申立書および抗告申立書補充書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらをここに引用する。
(一) 少年の附添人小栗厚紀、同佐藤典子、同浅井正の三名の共同作成名義の抗告申立書中第一記載および同附添人ら共同作成名義の抗告申立書補充書記載の抗告理由について。
所論は、結局のところ、本件少年保護事件につき、その審判の前提となつた事実に関し、違憲、違法が存し、本件審判開始決定自体も違憲、違法なものとして扱われるべきであるから、本件審判開始決定自体の取り消しを求める、というに帰着する。
しかし、少年法は、その第三二条において、保護処分の決定に対し、抗告の申立ができる旨を定めているほか、同条以外に、少年保護事件に関する家庭裁判所の決定に対し抗告を認める趣旨の規定を設けていないところであつて、これによれば、少年保護事件において、家庭裁判所がなした審判開始決定に対しては、抗告を許さない趣旨であると解せざるを得ない。従つて、本件抗告のうち、本件少年保護事件につき、名古屋家庭裁判所がなした審判開始決定自体の取り消しを求める部分は不適法であつて、採用し得ない。結局、本論旨は理由がない。
(二) 少年作成名義の抗告申立書および附添人小栗厚紀、同佐藤典子、同浅井正の三名の共同作成名義の抗告申立書第二各記載の抗告理由について。
所論は、要するに、原決定は、少年には、少年法第三条第一項第三号、イ、およびハ、に該当する事由があり、その性格又は環境に照して、将来罪を犯すおそれがあるものである旨認定判示して、少年を名古屋保護観察所の保護観察に付する旨の決定をしているが、少年には少年法第三条第一項第三号イ、およびハに該当するような事由がなく、ましてぐ犯性も存しないから、前記のような認定のもとに、少年を前記法条に該当するいわゆるぐ犯少年として、これを名古屋保護観察所の保護観察に付した原決定は、右指摘の点において、事実を誤認し、前記法条の解釈適用を誤つたものである、というのである。
所論にかんがみ、検討すると、およそ少年法第三条第一項第三号に定めるいわゆるぐ犯少年に該当するためには、もとより同号、イないしニ所定の事由全部が存する必要はなく、そのうち一個もしくは数個の事由が存すれば足りると解されるが、同号全体の趣旨からみると、同号イないしニ所定の事由は、そのうちの一個もしくは数個が合して、その少年の性格又は環境に照して、同少年が将来罪を犯し、又は刑罰法令に触れる行為をする危険が予測される程度のものであることを要し、また、その罪もしくは刑罰法令に触れる行為は、単に一般的、抽象的な犯罪一般というものでなく、ある程度具体性をもつた犯罪の蓋然性があることを要するものと解するを相当とする。そこで、いまこれを本件についてみると、原決定は、少年の非行事実として、
少年が昭和四四年四月名古屋市立桜台高校へ入学したが、同校一年二学期頃から、保護者の正当な監督に服さず、怠学をくりかえし、同年一一月頃事実上同校を中退し、以来「俺は余分な金はいらん」などといつて正業につく意志がなく、放縦な生活を送つていたこと、
アパートで家出中の女子高校生一六歳と同棲したり、同女と東京へ家出したこと、
心身に有害な接着剤の吸引をするなど自己の徳性を害する行為をしていること、
などを認定している。そこで、本件抗告事件記録、少年調査記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌すると、原決定の前記認定事実に関し、
少年は、昭和四四年四月名古屋市立桜台高校に入学し、当初はまじめに通学したが、そのうち、友人の感化等もあつて、同年一〇月ごろから学校に出なくなり、結局、前同高校を一年で退学することになつたこと、
その後、少年は「俺には余分な金はいらん」と称して、就職することなく、ときにアルバイトをしたりしていたが、昭和四四年秋頃から、名古屋市中村区○○○××××番地の自宅を出て、名古屋市昭和区○○○町付近のアパートに一人で居住するようになつたこと(もつとも同アパートの権利金やアパート代は父H・Oが支出)、
昭和四四年末もしくは昭和四五年はじめ頃、当時金城学院高等学校生徒であつたA(当時一六年)と知り合い、前記アパートで同棲をはじめ、同女と共に東京方面に行つたりしたが、昭和四五年四月頃、前記自宅に帰り、その頃右Aと別れ、以後同女との間に交際がないこと、それから少年は、前記自宅にいたが、昭和四六年四月頃父の承諾を得て、名古屋市西区○○町×ノ××○和○アパートに一人で居住するようになつたこと(同アパートの権利金は父において支払)、
昭和四六年七月中旬頃、少年の父H・Oにおいて、少年が接着剤を吸引していることを二回ほど目撃したこと、
少年は、前記のように一旦前記自宅に帰つた後、さらに昭和四六年九月頃から、前記肩書のアパート○軒○に居住するようになつたこと、
少年は、現在、四国地方に居住する実母U・Yから月約三万円の仕送りを受けて生活費とし、大学受験の検定試験もしくは司法試験の一次試験を受験するため、勉強していること、
少年は、前記H・Oと前記U・Yの三男として出生したものであるが、その後父母が離婚した関係上、右H・Oの現在の妻Iが少年の継母であること、
などが認められる。なお、本件抗告事件記録、少年調査記録および当審における事実取調べの結果を総合してみると、右のほかに、少年の社会的危険性をうかがわせる事情がないでもないが、これらについての確証がなく、本件において、曩に、順次認定説示して来た事実のほかに、少年のぐ犯性認定の資料とするに足るものが存しない。そこで、冒頭にかかげた少年法第三条第一項第三号についての見地から、本件について判断すると、本件各記録によれば、少年が保護者である父H・Yの監督に服せず、ややもすれば無軌道な行動に出る傾向があり、右H・Yも困惑している事情がうかがわれるけれども、前叙認定のような諸事情を逐一検討して考えてみるに、前記認定のような事情のもとにおいて、本件記録によつて推認される少年の性格を参酌しても、少年が将来具体的にどのような犯罪を犯す虞があるかを予測判定することが困難であるといわなければならない。そうとすれば、少くとも、本件各記録ならびに当審における事実取調べの結果にあらわれた限りにおいては、結局、少年には、少年法第三条第一項第三号に規定する要件が存しないことに帰する。なるほど、本件各記録によつて認められる少年の従来における生活態度は、通常の社会通念からみて好ましいものではなく、これに対し、何らかの保護を加える必要があるとした原審の意図は、これを首肯し得るところであるが、要保護性とぐ犯性とは、また別個に考えなければならない。従つて、本件各記録のみを資料として前記のような事実を認定し、これが、少年法第三条第一項第三号イ、ハに該当するものとした原決定は、右の点に関し、事実を誤認し、右法条の解釈適用を誤つたものといわざるを得ず、しかも、右の法令の違反は、決定に影響を及ぼし、右の事実誤認は重大なものであることが明らかであり、本論旨は理由があることに帰着する。
よつて、本件抗告は理由があるので、少年法第三三条第二項前段、少年審判規則第五〇条に則り、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 上田孝造 裁判官 杉田寛 吉田誠吾)