名古屋高等裁判所 昭和46年(ネ)197号 判決 1972年1月20日
控訴人
梶浦良雄
代理人
早川登
同
桑原太枝子
被控訴人
東部観光株式会社
代理人
青木俊二
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一、当裁判所は、本件不動産につき控訴人を予約権者、訴外稲垣幸一を予約義務者とする売買予約が昭和四一年七月一五日成立したことが認められるが、これにつき被控訴人から提出された実質は債権担保契約である旨の抗弁は時機に遅れたものとは考えられず、本件売買予約は本来の売買を成立させるものではなく、その実質は本件不動産の交換価値を把握して右債権の経済的価値を確保することを目的とする担保契約、即ち、本件売買予約は、訴外材幸兄弟商会が訴外梶浦商店に対する買掛金債務をその弁済期に弁済しないとき、控訴人において予約完結権を行使し、本件不動産の所有権の移転を受けることによつて、債権担保の実をあげることとなるが、右所有権の移転はあくまでそれによつて債権担保の目的を実現しようとするものにすぎない以上、控訴人において本件不動産の価値のうち訴外梶浦商店の有する売掛代金債権額を超過する部分まで取得しうべき理由がないから、その際本件不動産を適正な時価によつて評価したその価額から、右債権額を差し引き、その残額に相当する金員を訴外稲垣幸一に支払つて清算することを要する趣旨の債権担保契約であると判断する。
しかして、法定担保物権とは異り、移買予約という所有権移転の予約形式を担保の手段として利用している場合にあつては債権者と担保権者とが必ず一致しなければならない理由はなく、債権者以上の第三者を予約権者とする担保契約たる売買予約も契約自由の範囲に属し、債権者の同意のもとに有効に成立しうるところというべきである。
右認定判断の理由は次のとおり補足するほか原判決の理由(但し、原判決七枚目表三行目から一二行目表六行目まで)に説示するところと同様であるからこれを引用する(但し、原判決七枚目裏九行目の「口頭期日」を「口頭弁論期日」に改める。なお、原審で昭和四六年三月一六日実施された控訴本人尋問は、原審第一〇回口頭弁論調書によれば、同日午後四時三〇分から原審裁判所の公開された法廷で口頭弁論が開かれた際、該期日において実施されたことが認められるから、右尋問がこれと異る方法で実施されたとして該尋問手続が違法であるとする控訴人の主張は前提を欠き採用できない。)。
前(原判決)認定事実よりすれば、訴外稲垣幸一が控訴人との間で訴外梶浦商会に対する売掛代金債権担保のため本件売買予約を締結することにつき、訴外梶浦商店は同意を与えていたことが認められ、これに反する証拠はない。
二、一般に債権担保のため締結された売買予約について、債権者が所有権移転請求権仮登記を経由した上、担保目的実現の手段として目的不動産につき該仮登記に基づく本登記をするため、不動産登記法第一〇五条により登記上利害関係を有する第三者に対し、その承諾を求める訴を提起した場合において、右第三者が抵当権者その他自己の債権につき目的不動産から優先弁済を受けうる地位を取得した者であるときは、右第三者は目的不動産の評価額から債権担保契約たる売買予約による被担保債権額を差し引いた残額につき、目的不動産の所有者に優先して、自己の有する債権について弁済を受けうる地位にあるものであつて、その支払と引換えにのみ本登記の承諾義務を履行すべきことを主張しうると解すべきであり、そして、目的不動産の差押債権者も右の第三者に準じた地位にあるというべきである。ところで、前記仮登記権利者たる債権者が右のように評価清算をして目的不動産につき本登記を経由することは被担保債権の満足をはかるための手段であつて、一つの換価方法に止まるというべきであるから、すでに法定の換価手続である強制競売が開始された以上、特段の事情のない限り、右債権者はそのすでに開始された競売手続に参加して被担保債権の優先弁済を受くべきものであり、もはや不動産登記法第一〇五条の適用を主張することは許されないと解すべきである(最高裁判所昭和四五年三月二六日判決、民集二四巻三号二〇九頁参照)。
そして、その理は債権者が売買予約仮登記権利者である場合に限らず、本件のように債権者と売買予約仮登記権利者とが異る場合にも適用され、売買予約仮登記権利者がすでに開始された競売手続に参加してのみ該契約締結の目的である債権担保の目的の実現をはかることができると解するのが相当である。この場合、売買予約仮登記権利者は、例えば、仮差押登記後に該仮差押の目的不動産の所有権を取得した第三者が、仮差押が本差押に移行したとき、目的不動産の換価代金のうちから仮差押債権者に配当された残余につき前所有者の他の債権者を排除してその配当(交付)を要求できるのと同様、債権を有しなくとも、目的不動産の価値のうちその把握した限度即ち被担保債権額の限度において他の配当要求権者に優先して目的不動産の換価代金から配当を受けられるというべきである。
右のような見解のもとに考察するに、<証拠>によれば、被控訴人(旧商号が国際観光開発株式会社であることは本件記録上明らかである)の申立により本件不動産につき昭和四一年八月八日名古屋地方裁判所が強制競売開始決定をなしたことが、また、弁論の全趣旨によれば現在においても右決定にもとづく競売手続が存続していることがそれぞれ認められるところである。
右競売申立の基となつた被控訴人の訴外稲垣幸一に対する債務名義が不確定なものであるとしても、開始された競売手続は最終的段階まで進められるのであるし、また、現在右競売手続が停止中であるとしても、停止は一時的なものであるにすぎないから、そのような事情があることをもつて、被控訴人に対する本登記の承諾請求が許容さるべき例外の場合であるとする控訴人の主張は当らないというべきである。なお、右競売手続に違法な瑕疵があるかどうかは本訴訟手続において審理判断しうべき限りでない。
さらに、<証拠>によれば、本件不動産につき、昭和四六年三月二五日受付をもつて訴外堀田秋光に対する所有権移転登記が、同年五月一九日受付をもつて訴外高井竹次郎のため所有権移転請求権仮登記がそれぞれ経由されていることが認められるが、控訴人は前示のとおり本件売買予約を原因とする仮登記の効力として前記競売手続に参加して債権担保目的の実現をはかりうるのであるから、右のような本件不動産に関する権利者が出現したことは控訴人の本登記請求を許容すべき理由とならない。
他に、これを許容すべき前示特段の事情のあることを窺わせるに足る資料は本件において見当らない。
そうとすれば、控訴人の請求は理由がないから失当として棄却すべきである。なお、控訴人は、被控訴人において引換給付の判決のみを求めている旨主張するが、その誤りであることは被控訴人の主張よりして明らかである。
三、以上の次第で、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(布谷憲治 福田健次 豊島利夫)
(別紙)物件目録《省略》