名古屋高等裁判所 昭和46年(行コ)10号 判決 1973年1月30日
控訴人(原告) 加藤千代子
被控訴人(被告) 建設大臣
訴訟代理人 松崎康夫 外五名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和三九年六月二日建設省告示第一三七六号をもつてなした木曾川下流改修工事に関する事業認定処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および終局判決前に右認定処分が違法であることの宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および認否は、左記のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴代理人の陳述
一、被控訴人のなした前記請求の趣旨記載の事業認定処分(以下本件事業認定処分と称する)は、起業者が提出した事業認定申請書に基づきなされたものであるが、右申請書には控訴人の意見書(土地収用法(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの、以下単に法と称する)第一八条第二項第四号によるもの)の添付を欠いていたから、本件事業認定処分には、重大且つ明白な瑕疵があり違法であつて、取消を免れないものである。
二、法第四条は、現に公共の利益となる事業の用に供されている土地等は特別の必要がなければ他の公益事業のため収用又は使用することができない旨定めているが、右特別の必要の有無はいわゆる事業認定権者の判断に委されているので、法第一八条は右土地が起業地内に存するときは、その土地の管理者の意見書を事業認定申請書に添付することを要するものとして、右事業認定権者が右特別の必要の有無を右管理者の意見を参考にしながら独断を避け公正且つ妥当に判断すべきことを定めているのである。けだし、事業の認定があれば、起業地内にある土地は収用委員会の裁決により収用又は使用され、その結果私権の大宗である土地所有権が消滅するという重大な効果を生ずることとなるのであるから、事業認定権者のなす右の判断に土地管理者の意見を反映させこれを慎重になさしめることは当然であつて、かように右意見書の添付は重大な意義を有するものであるから、これを欠く事業認定申請書に基づきなされた本件事業認定処分が違法であつて、これが取消を免れないことは明らかであるといわねばならない。
三、起業者である建設大臣は、起業者と事業認定権者とが共に建設大臣であることを奇貨として、後に生ずる控訴人への補償を自己に有利に進展せしめようとする不当な意図により互に通謀して、控訴人が再三右管理者としての意見書を提出する旨申入れたのに、故意にこれを拒絶ないしは無視して前記のとおり事業認定申請書に控訴人の意見書を添付しないでこれを被控訴人に提出し、被控訴人は右瑕疵のある申請書に基づき本件事業認定処分をなしたのである。
証拠関係<省略>
理由
一、本件起業者たる建設大臣が昭和三八年一一月二〇日法第一八条第二項第四号に基づく法第四条に規定する土地の管理者と称する控訴人の意見書を添付しないで木曾川下流改修工事に関する事業(以下本件事業という)認定申請書を被控訴人に提出して事業の認定を申請したところ、被控訴人は昭和三九年一月二〇日起業地が所在する愛知県海部郡立田村役場をして右事業認定申請書を縦覧に供せしめたうえ、同年六月二日附建設省告示第一三七六号をもつて本件事業認定処分をなしたことは当事者間に争いがない。
二、次に、土地収用法にもとづく事業認定処分が行政事件訴訟法上の取消訴訟の対象となる行政処分であること、および控訴人が本件事業認定処分の取消訴訟を提起するについて訴訟適格ないし訴の利益を有することについては、当裁判所もこれを肯定するものであるが、その理由は、原判決理由(原判決一七枚目表一行目から二〇枚目裏四行目まで)説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
三、起業者たる建設大臣が本件事業認定申請書に法第一八条第二項第四号に基づく法第四条に規定する土地の管理者と称する控訴人の意見書を添付しないで、これを被控訴人に提出して事業の認定を申請したことは前記のとおりである。控訴人は「右控訴人の意見書の添付を欠いた本件事業認定申請書に基づきなされた本件事業認定処分は重大かつ明白な瑕疵のある違法な処分であつて取消を免れない」旨主張するので検討する。
そもそも、法第一八条第一項の事業認定申請書に同条第二項第四号により意見書を添付しなければならない法第四条に規定する土地の管理者とは、法第四条に規定するいわゆる法又は他の法律によつて土地等を収用し、又は使用することができる事業すなわち公益事業の用に供している土地等についての公益事業の面よりする管理者を指称するものであり、右土地等につき所有権を有し単に右所有権にもとづき管理する私法上の面よりする管理者はこれにあたらないものと解するを相当とする。けだし、法第四条は現に公益事業の用に供している土地等を別の公益事業のために収用又は使用する必要を生じた場合の措置を定めたもので、この場合特別の必要があれば前者の土地等を後者の事業のために収用又は使用することを認めたものであるが、法にもとづく事業認定申請にかかる起業地内に既に右のような公益事業の用に供されている土地等があるときは、起業者はその事業のため右の既に公益事業の用に供されている土地等を収用又は使用する必要の生ずることがあり得るのであつて、この場合これをなしうるかどうかは右のように特別の必要の有無にかかるものであるから、法第一八条第二項第四号において事業認定申請書に予め起業地内に存する法第四条に規定する土地等の管理者の意見書を添付せしめ事業認定権者が右の特別の必要の有無を判断するための資料を提供させようとしたものであり、私権保護のために右規定が設けられたものでないと解されるからである。そこで、控訴人が右の意味における法第四条に規定する土地等の管理者に該当する者であるかどうかについて検討するに、控訴人は「起業者たる建設大臣が昭和三八年頃から築提工事を計画した愛知県海部郡立田村地内長良川福原地区内に存する原判決添付目録記載の土地(以下本件土地と称する)は控訴人の所有に属し、そのうち同目録(1)ないし(12)の土地はいわゆる輪中堤の一部として堤防の用をなしていて控訴人が管理し、又輪中堤を構成する土地には樋管およびその隣接地には用排水施設があつて共に控訴人が所有管理し、又同目録(13)ないし(16)の土地は突出部分で堤防の用をなしていて控訴人が管理しているものであるところ、右の本件土地およびその地上にある樋管ならびにそれと一体をなす用排水施設が法第三条第二号に該当するから、控訴人がそれらの管理者として法第一八条第二項第四号の管理者に該当する」旨主張する。しかし、右主張は要するに本件土地及び控訴人主張の樋管、用排水施設等が控訴人の所有に属し、控訴人において右所有権にもとづき本件土地等を管理することを主張するに過ぎず、前説示にいう控訴人が本件土地等につき公益事業の面よりする管理者(控訴人の主張によれば法第三条第二号にいう河川に関する事業を行う面よりする管理者ということになる)であることを主張(又その立証もない)するものでないこと明らかであるから、仮に、控訴人において本件土地等を所有し、右所有権にもとづき本件土地等を管理しているものとしても、これによつて、控訴人が本件土地等につき法第一八条第二項第四号に定める当該土地の管理者にあたるものとはなし難い。
してみると、起業者である建設大臣が本件事業にかかる事業認定申請書に起業地内にある法第四条に規定する土地の管理者と称する控訴人の意見書を添付しないでこれを被控訴人に提出したのは相当であつて、これについては何らの違法のかどはないものといわねばならないから、本件事業認定処分が控訴人の右意見書を欠く事業認定申請書に基づきなされた重大且つ明白な瑕疵があるものとして無効であるとする控訴人の主張は採用することができない。
四、以上によれば、本件事業認定処分が無効であることを前提とする控訴人の本訴請求はその余のことを判断するまでもなく失当であることが明らかである。
五、よつて、原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 布谷憲治 福田健次 豊島利夫)