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名古屋高等裁判所 昭和46年(行コ)3号 判決 1974年9月18日

名古屋市熱田区横田町一丁目五八番地

控訴人

百合草光男

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

楠田尭爾

高橋貞夫

右訴訟復代理人弁護士

山田靖典

同市同区花表町一丁目一番地

被控訴人

熱田税務署長

沖島実

右指定代理人

服部勝彦

渡辺宗男

田中利刀

酒井常雄

右当事者間の所得税更正通知等取消請求控訴事件につき、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

控訴代理人は、「原判決主文第二、第三項を取り消す。被控訴人が、(一)控訴人の昭和三七年分所得税につき、昭和四〇年一〇月二八日付でなした総所得金額を金一五五万二、五六〇円、所得税額を金二二万四、二五〇円と更正した処分および過少申告加算税金一万三五〇円を賦課した処分、(二)控訴人の昭和三八年分所得税につき、昭和四〇年一〇月二八日付でなした総所得金額を金一六四万九、四九四円、所得税額を金二四万一〇円と更正した処分および過少申告加算税金一万一、〇〇〇円賦課した処分は、いずれともこれを取り消す。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求原因

一  控訴人は、名古屋市熱田区横屋町一五九番地において、昭和三三年一二月八日から昭和四〇年四月一一日まで、雪印牛乳南部販売店なる商号で、牛乳および乳製品の販売業を営んでいた。

二  控訴人は、昭和三八年三月一四日に昭和三七年分所得税について、また、昭和三九三月一六日に昭和三八年分所得税について、それぞれ別表(一)のとおり確定申告をした。

三  被控訴人は、昭和四〇年一〇月二八日に右昭和三七年、昭和三八年分について、別表(二)のとおり更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分をした。

四  控訴人は、右処分を不服として、昭和四〇年一一月二五日に被控訴人に対し異議申立をしたところ、被控訴人は、昭和四一年二月二三日異議申立を棄却する決定をしたので、控訴人から同年三月一八日名古屋国税局長に審査請求をしたが、同局長は、昭和四二年二月二日右審査請求を棄却する裁決をなし、同月三日控訴人に通知した。

五  しかしながら、被控訴人のなした処分は、過大認定の違法があるから、これが取消を求める。

第三請求原因に対する認否

請求原因一ないし四の事実は認める。

第四被控訴人の主張

一  被控訴人が控訴人の昭和三七、三八年分の確定申告に基づき調査したところ、控訴人においては、帳簿書類その他所得金額計算の基礎となるべき資料を十分保存しておらず、また、営業内容の説明を求めても、何ら具体的な説明を得ることができなかつたので、その営業所得金額を推計により算出せざるをえなかつた。

控訴人の営業内容は牛乳の小売および卸売であり、さらにこの卸売は通営の卸売と控訴人が支店と称する北部支店等五店に対する通常より薄利の大口卸売とに区分され、昭和三七年から昭和三九年までの三カ年間を通じ、控訴人の営業形態に質的な差異はない。そして、昭和三七、三八両年度の所得についての被控訴人の調査によつても、控訴人の小売と卸売との割合、右大口卸売の同業者における売買差益率、算出所得率および所得率(以下「各比率」という)等は判明しなかつた。

一般に仕入金額および調査年分の前年あるいは翌年における調査対象者の右各比率が判明している場合において、調査年分の売上金額あるいは事業所得金額等を推計する場合、仕入金額と共にその推計の基礎となすべき右各比率は、係争年の前年あるいは翌年の各比率と控訴人の同業者の調査年分の各比率とのいずれかによるものと考えられるが、本件の場合は、被控訴人の調査によるも後者の方法をとるための必要な資料が収集できなかつたため、前者すなわち控訴人の昭和三九年分の所得率(売上高で事業所得額を除してえた割合)および算出所得率(売上高で算出所得額〔売上高から特別経費以外の必要経費を控除した額〕を除しえた割合)に基づいて、昭和三七、三八年分の事業所得金額を算出したものである。

二  しかし、昭和三九年分の所得率、算出所得率の基礎となる同年分の事業所得は、つぎのとおりである。すをわち、控訴人の確定申告について、被控訴人が調査したところ、控訴人が帳簿に基づいて算出したと主張する売上金額は、あらゆる点で不合理と認められる点が多く、とうていこれを真の売上金額と認めることができなかつたので、被控訴人は、控訴人保存にかかる帳簿書類、取引資料等の資料から推計したところにより、次表の如く事業所得金額を算定したのである。

事業所得金額明細表

料目 金額

(一)  総収入金額 金四、六九一万五、三六六円

(二)  必要経費 金四、三九〇万九、三七七円

内訳

売上原価 金三、九一九万六、三一四円

公租公課 金五万七、五二〇円

光燃費 金二六万四、一九〇円

旅費通信費 金六万一、二一四円

広告宣伝費 金四万七、五〇〇円

接待交際費 金一七万九、五二〇円

修繕費 金三三万九、六〇一円

消耗品費 金八万七、六二五円

福利厚生費 金一四万七、二一九円

減価償却費 金三二万一、七一五円

雑費 金三一万〇、五七九円

容器及びあつせん物資費 金一六万二、六〇一円

雇人費 金二三五万三、九一三円

地代家費 金三六万九、〇〇〇円

借入金利割引料 金一万〇、八六六円

(三)  事業所得金額(一)~(二) 金三〇〇万五、九八九円

なお地代家賃の明細はつぎの通りである

本店店舗 金二八万五、〇〇〇円

(ただし、一~三月月額金二万円、四~一二月月額金二万五、〇〇〇円)

車庫 金八万四、〇〇〇円(月額金七、〇〇〇円)

計 金三六万九、〇〇〇円

また減価償却費の明細は次表の通りである。

<省略>

三  以上の如き昭和三九年分の事業所得から得た同年分の所得率および算出所得率に基づいて、昭和三七、三八年分の事業所得金額を算出すれば、次表のとおりとなる。

事業所得金額計算表

<省略>

四  したがつて、右の範囲内でなされた本件各処分には、何らの違法もない。

第五控訴人の答弁および主張

一  被控訴人は、控訴人の昭和三九年分の所得率、算出所得率を基礎にして三七年、三八年分の事業所得金額を算出しているが、右算出方法は長期にわたつてほぼ同一規模の営業が継続している場合には妥当しうるが、控訴人の如き場合には妥当ししない。すなわち、控訴人は本件営業を昭和三三年に開始したものであり、その総収入金額を比較しても、昭和三七年分金三、一七〇万五、一七七円、昭和三八年分金三、三四六万八、二二七円に比し、昭和三九年分は金四、六九一万五、三六六円となつており、昭和三八年分の三九パーセントの増加になつている。したがつて、控訴人の如き業種において右の如く著しく収入額が増加した場合における所得率、算出所得率を基礎として、前年度前々年度の事業所得金額を算出する何らの合理的根拠もない。また、営業継続年数の増加による営業経験の蓄積によつて、経費も当然減少するのであるから、右の見地からも被控訴人の事業所得金額算出方法は理由がない。また、以上の推計をするについては、右各年度を通じて、営業に質的変化がないとはいえ、営業の総収入金額において昭和三九年は昭和三八年の三九パーセントの増加となつており、これは第一に昭和三九年の夏は非常に高温の日が続き、そのため飲料水類の売上げが増大したこと、第二に同年六月一六日控訴人の取扱商品のほとんどについて、仕入単価の改定が行われ、これに伴い、売値も値上りしたこと(甲第六号証の一、二)が原因であつて、常態的な営業の成長が原因ではないから、これを基礎として昭和三七、三八年分の所得金額の推計をすることは不当である。またもし、これをやむを得ないものとしても、右のような特殊事情を考慮に入れなければならない。

二  昭和三九年分の事業所得金額明細表のうち、(二)必要経費項目中の減価償却費、雇人費、地代家賃の額は争うが、その余は認める。ただし、被控訴人主張の減価償却費は明細表のうち二(一)の電気冷蔵庫を除き他は認める。

(一)  地代家賃について

控訴人の同年中の地代家賃は金五一万八、〇〇〇円である。すなわち被控訴人は本店店舗の家賃が四月から増額されたものと認定しているが、右増額がなされたのは三月であるから、右差額金五、〇〇〇円と控訴人が訴外長屋よねから賃借している北部支店の賃料(年額金一四万四、〇〇〇円)の計金一四万九、〇〇〇円が被控訴人の認めた金三六万九、〇〇〇円に追加されるべきである。

(二)  雇人費について

控訴人は雇人に対し給料として総額金一三五万三、九一三円を支払つたが、その他に雇人の食事費の補助金として次表の如く合計金一六万六、五〇〇円を支出しているのである。しかし、右食事費補助金は当然雇人費に算入されるべきものであるから、雇人費は総計金二五二万〇、四一三円と認められるべきである。

<省略>

合計 金一六六、五〇〇円

(三)  減価償却費について

控訴人は昭和三七年四月二〇日普通乗用車(コロナ)を代金七二万四、〇〇〇円で取得使用していたから、これの減価償却費(耐用年数六年)金一〇万八、六〇〇円が追加されるべきである。

また、減価償却費明細表二(一)電気冷蔵庫は、業界においてショーケースと称されているもので、乳製品メーカー(雪印乳業株式会社)から控訴人に対し控訴人の得意先である小売店に備え置くために提供されるものであつて、控訴人の資産に計上されるべきものではない。控訴人は乳製品メーカーに対し電気冷蔵庫の代金一部負但あるいは賃借料の名義で金員を支払つているから、その金額を必要経費として計上せらるべきである。

三  営業所得金額計算表のうち、昭和三七、三八両年分の売上高は認めるが、その余は争う。

ただし、控訴審において、昭和三八年分の総収入高についての認否を改めるとともに、同年分の控訴人の所得金額をつぎのとおり主張する。すなわち、控訴人は、昭和三八年においても、同年初頭から年末まで、毎日現金出納帳の記帳をしていたのであり、これに基づいて集計した同年分の所得金額は左の通りである(甲第七号証参照)。

科目 金額

(一)  総収入金額 金三、二一三万三、八六九円

(二)  必要経費 金二、九六〇万〇、二九五円

内訳

売上原価 金二、八一三万六、五一六円

光燃費 金五万一、六一九円

消耗品費(ガソリン代) 金三二万三、三五二円

旅費通信費 金四万八、九四一円

広告宣伝費 金三万四、二〇〇円

接待交際費 金一四万一、四六五円

修繕費 金四万八、六一四円

福利厚生費 金四万八、〇五八円

減価償却費 金四二万六、二九五円

雑費 金一〇万一、〇二一円

容器及びあつせん物資費 金二四万〇、二一四円

(三)  算出所得金額((一)~(二)) 金二五三万三、五七四円

(四)  特別経費 金二三六万〇、七五一円

内訳

雇人費 金一六九万二、五五一円

家賃 金六六万八、二〇〇円

(五)  事業所得金額((三)~(四)) 金一七万二、八二三円

(なお、算出所得率は、七、八八パーセントである)

以上のとおり、昭和三八事業所得金額につき、原審の認定した推計額は、金二〇九万八、六二九円であるのに対し、右の計算によれば、一七万二、八二三円しかなかつたのであり、極めて重大な差が認められるのである。したがつて、原審が、昭和三八年分の事業所得を算出するのに、昭和三九年の算出所得率を用いて推計したことが不当であることは明らかである。

なお、被控訴人は、控訴人の控訴審での昭和三八年分事業所得に関する主張につき、民事訴訟法二五五条一項、一三九条一項規定に微して許されないと主張する。しかし、行政事件訴訟手続にあつては、行政事件の公益性に鑵み、民事訴訟手続とは性格を異にするから、民事訴訟法の規定が当然に適用されるのではなく、性質に反しないかぎり準用されるにすぎない。本件において、準備手続ないし第一審で主張していない事実であつても、その主張事実が真実とすべき相当な理由があれば控訴審において主張立証することが許されるべきであるから、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。また、被控訴人は、控訴人の右主張中総収入金額の点は自白の撤回に当るから異議があると主張するが、しかし、被控訴人の主張した右総収入金額は昭和三九年の算出所得率に基づく推計であるところ、控訴人は右総収入金額を認める一方、右算出所得率の適用を争つているのであるから、右金額を認めたからといつて、いわば留保付で認めたと解すべきであり、かかる場合には自白の撤回は許されるというべきである。

第六被控訴人の反論

一  控訴人の控訴審でした昭和三八年分の事業所得に関する主張は、第一審での準備手続において主張されていないので、民事訴訟法二五五条一項、三八〇条の規定に徴して許されず、かつまた、時機に遅れた政撃方法として、同法一三九条の規定によつても許されないから、却下されるべきである。すなわち、控訴人は、原審における準備手続で、同年分の事業所得金額についての具体的主張を全くせず、ただ算出所得率の適用合理性を争うのみであつたのに、控訴審に至り右主張をするのは、原審において、故意または重大な過失により右主張をしなかつたといわざるを得ないし、かつまた、著しく訴訟を遅滞させるものである。また、控訴人は、右主張において昭和三八年分総収入金額を金三、二一三万三、八六九円と主張しているが、地方控訴人の第一審における昭和四二年一一月二一日付準備書面第一、一、(一)において、それが金三、三四六万八、二二七円であることを認めているのであるから、自白の撤回になり、被控訴人は右自白の撤回に異議がある。

二  昭和三九年分地代家賃について

控訴人の本店の家賃が金二万円から金二万五〇〇〇円に増額されたのは昭和三九年四月からである。すなわち、控訴人は昭和昭和三九年三月まで控訴人の店舗をその賃借人山下鉄夫より月額金二万円で転借していたが、同年四月からは右店舗の所有者訴外株式会社安部耕商店から月額金二万五、〇〇〇円で直接賃借することになつたのである。また控訴人の北部支店は昭和三九年当時控訴人の卸売先である訴外高橋利昭の経営にかかるものであつて、控訴人は右高橋の牛乳小売業の開業に際し、これを助成する意味で右店舗の家賃を 和年三七年一二月分から昭和三八年一一月分まで負担していたが、昭和三八年一二月以降は右高橋自身が賃料を支払つており、昭和三九年分の北部支店の賃料を控訴人が支払つた事実はない。

三  昭和三九分雇人費について

控訴人は、食事費補助金一六万六、五〇〇円については被控訴人の原処分の調査時においても、異議申立時、審査請求時においても何ら申立てず、また控訴人償付の現金出納帳にも右の補助金の記載は全くなかつた。

四  昭和四九年分減価償却費ついて

控訴人の主張事実は争う。

第七証拠関係

証拠の提出、援用および認否については、左記に付加するほかは、原判決の証拠摘示と同一であるから、これをここに引用する。

控訴代理人は、当審において、甲第六号証の一、二、第七、第八号証を提出し、控訴人本人尋問の結果を援用し乙第八号証、第九号証の一ないし四の成立はいずれも認めると述べ、被控訴代理人は、当審において、乙第八号証、第九号証の一ないし四を提出し、甲第六号証の一、二、第七、第八号証の成立はいずれも知らないと述べた。

理由

第一  請求原因一ないし四の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

第二被控訴人の主張の当否について

一  控訴人は、昭和三八年分につき、控訴人の記帳した現金出納帳に基づいて計算した控訴人主張の所得金額によるべきであると主張する。被控訴人は、控訴人の当審での右主張は民事訴訟法二五五条一項、一三九条の規定に徴して許されないから却下されるべきであると主張するので判断するのに、控訴人の右主張が第一審での準備手続において主張されなかつたことは、被控訴人の指摘するとおりであるが、右主張を審理するため、本件訴訟が格別延引することにはならないから、被控訴人の主張は採用できない。また、右主張のうち、昭和三八年分の売上高につき、控訴人は当初金三、三四六万八、二二七円であることを認めていたのに、当審においてこれを争い、金三、二一三万三、八六九円と改めたのであるが、右は自白の撤回に当るというべきところ、被控訴人は右自白の撤回に異議があるというので判断するのに、右自白が控訴人の錯誤に基づき、かつ真実に反するとは認めがたいから、撤回は許されない。控訴人は、被控訴人主張の同年分の売上高は昭和三九年分の算出所得率に基づく推計によるものであるところ、控訴人は右算出所得率の適用を争つているのであるから、かかる場合には自白の撤回は許されると主張する。しかし右自白は、当事者間において昭和三八年分の売上高を実額と等しいものとして争いないこととしたのであり、しかして控訴人これを単なる計算違い等により、改めようとするものではないから、控訴人は右自白に拘束され、その撤回は許されないとゆうべきである。

そこで、控訴人の昭和三八年分の所得についての主張を検討するのに、当審における控訴人本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したと認められる甲第七、八号証には、控訴人の主張に副う部分があるが、右主張による所得金額は、控訴人自らした同年分の確定申告の数額を下廻るものであるのみならず、この点に関する当審における控訴人本人の供述は極めてあいまいかつ予盾が多くて容易に信用しがたく、また、その説明による控訴人方の帳簿(甲第七、八号証)の記帳自体もあいまいというのほかなく、これら各証拠をもつて、控訴人の右主張を肯認することはできず、他に控訴人の右主張を肯認するに足りる証拠はないから、この主張は採用できない。

二  被控訴人は、昭和三七、三八年分の控訴人の事業所得金額をその昭和三九年分の所得率、算出所得率に推計することがやむを得なかつたと主張し、一方控訴人は、右両年分についての被控訴人のした推計は、控訴人の営業が昭和三九年度にその規模を拡大したことに照らして、合理的根拠を欠くと主張する。

よつて、まず、被控訴人の採用した推計課税の当否について判断する。およそ、推計課税が許容されるためには、収入支出の実額を捕捉確定することができないやむを得ない場合で、他に適当な方法がないか、あるいは他の方法を採り得ない事情があることを要することはいうまでもない。成立に争いのない乙第八号証、原審証人生田勇、同西井光郎、同大須賀俊彦の各証言によれば、控訴人の確定申告に基づき、被控訴人が調査したが、控訴人が売上帳その他の関係帳簿を十分に整備保管せず、かつまた被控訴人の説明の求めにも応じなかつたため、結局推計によつて控訴人の事業所得を算出せざるを得なかつたことを認めることができるから、被控訴人が推計課税によつたことはやむを得ないものとして是認できる。そして、前掲各証拠と成立に争いのない乙第五号証の一、第六号証、原審証人西井光郎の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証、原審証人大須俊彦の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証(ただし、公正証書の部分については成立に争いがない。)第二号証によれば、被控訴人は、推計課税するにつき、事業所得金額を推計する場合に用いられる同種同規模の他の業者の収支から推計する同業者比率と、本人の他年度の収支から推計する他年度比率の二方法のうち、控訴人の営業内容が大口卸売と小売の双方であつて、他に同規模の業者がなかつたため、他年度比率によることとし、また、その営業規模は昭和三九年度になつて拡大されたが、昭和三七、三八年に比し、営業形態に質的な変化がなく、被控訴人の調査の結果、昭和三八年にあつては、控訴人が雇人費として金一五六万三九円、地代家賃として金三五万円、借入金利子、割引料として金一万八六六円の特別経費を支出したものと認めたので、右昭和三八年分については、後記の如き昭和三九年分の算出所得率(売上高で算出所得額-売上高から特別経費以外の必要経費を控除した額―を除して得た割合)に基づいて、また、昭和三七年分については、右調査によるも特別経費が判明しなかつたため、昭和三九年分の所得率(売上高で事業所得額を除して得た場合)に基づいて、それぞれ事業所得金額を算出することとしたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。控訴人は、昭和三九年の夏の高温による売上増と仕入値、売値の値上げという事情を考慮しない被控訴人の推計は不当であると主張し、当審における控訴人本人尋問の結果中にはこれに副う供述部分があるが、右供述自体あいまいであるのみならず、右主張をもつてしては、未だ被控訴人のした推計を不当とするに足りない。

三  そこで、昭和三九年分の所得率、算出所得率の基礎となる同年分の事業所得について判断する。

(一)  控訴人の昭和三九年分の総収入金額、必要経費のうち、売上原価、公租公課、光熱費、旅費通信費、広告宣伝費、接待交際費、修繕費、消耗品費、福利厚生費、雑費、容品およびあつせん物資費、借入金利子、割引料がそれぞれ被控訴人主張の額のとおりであることについては、当事者間に争いがない。

(二)  地代家賃について

控訴人が本店店舗の賃料として昭和三九年一月、二月は月額金二万円、同年四月以降一二月までは月額金二万五、〇〇〇円を、また車庫の賃料として月額金七、〇〇〇円(合計金八万四、〇〇〇円)を支払つたことは当事者間に争いがない。そして、(1)前掲乙第一号証、原審証人比田庄三の証言により真正に成立したと認められる甲第五号証の一、原審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、控訴人は従来本店店舗を訴外山下鉄夫から賃料一カ月金二万円で転借していたが、昭和三九年三月一日右店舗の所有者訴外株式会社安部耕商店から直接右店舗を賃借することとなり、賃料を一カ月金二万五、〇〇〇円と定めた。ところが右山下鉄夫と安部耕商店との右店舗に対する賃貸借契約の解除が容易に纒らなかつたので、控訴人は昭和三九年三月二三日山下鉄夫に同年三月分の家賃として金二万五、〇〇〇円を支払つた。山下鉄夫と安部耕商店との間の賃貸借契約解除は同月二五日成立したので、控訴人は同年四月一日安部耕商店に保証金を差入れ、同月から一カ月金二万五、〇〇〇円賃料を同商店に支払うようになつたことが、それぞれ認められる。また、(2)前掲甲第五号証の一、乙第六号証成立に争いのない甲第四号証(ただし後記措信しない記載部分を除く)、原審証人比田庄三の証言により真正に成立したと認められる甲第五号証の二および原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、北部支店の家賃として昭和三九年の一月から一一月までの間一カ月各金一万二、〇〇〇円ずつ、同年一二月金一万五、〇〇〇円、以上合計金一四万七、〇〇〇円を支出していることが認められ、甲第四号証および乙第二号証中右認定に反する記載部分は前掲各証拠と対比して容易に措信できない。以上により、控訴人が昭和三九年度に支出した家賃は、被控訴人主張の金三六万九、〇〇〇円に右(1)(2)の金一五万二、〇〇〇円を加算した金五二万一、〇〇〇円であることが明らかである。

(三)  雇人費について

控訴人が雇人に対する給料として金二三五万三、九一三円支払つたことについては、当事者間に争いがない。

前掲甲第五号証の一、二、原審証人比田庄三の証言および原審における控訴人本人尋問の結果(ただしいずれも後記措信しない供述部分を除く)を総合すれば、控訴人は従業員の食費の補助として、昭和三九年の二月一二日に金二万円、三月九日に金一万二、〇〇〇円、四月四日に金一万二、〇〇〇円、五月八日に金一万八、〇〇〇円、六月六日に金一万円、七月八日に金一万七、〇〇〇円、八月八日に金一万円、九月一〇日に金一万三、〇〇〇円、一〇月八日に金一万二、〇〇〇円、一一月八日に金一万二、〇〇〇円、一二月八日に金一万二、〇〇〇円、同月三〇日に金一万五、〇〇〇円、合計金一六万三、〇〇〇円を支出したことが認められる。原審証人比田庄三の証言および原審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。してみると、右食費補助費は、従業員に対する現物給与というべきであるから必要経費である。そうして雇人費は以上を合計すれば、金二五一万六、九一三円となることが計算上明らかである。なお、被控訴人は、右食費補助費について、控訴人は異議申立時にも審査請求時にも何ら触れなかつた旨主張するが、控訴人が訴願手続において主張しなかつた事実でも、取消訴訟において新たに主張することは妨げないものと解すべきである。

(四)  減価償却費について

控訴人は自家用車(コロナ)の減価償却費が加算されるべきだと主張するので判断するに、原審証人比田庄三の証言、原審における控訴人本人の尋問の結果によれば、控訴人は昭和三七、八年ごろ自家乗用車(コロナ)を金七〇万円ほどで購入したこと、控訴人の営業内容は牛乳の卸売および小売であるため、牛乳がメーカーから直接に小売店に届けられることが多く、そのための打合せや集金に右乗用車を使用していることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみれば、右乗用車は事業所得を生ずべき業務の用に供される資産というべく、したがつて、減価償却の対象となるというべきである。そして購入価格を金七〇万円として、減価償却資産の耐用年数等に関する省令に基づき定額法で計算すれば、右乗用車の減価償却費は金一〇万四、五八〇円となることが計算上明らかである。

また電気冷蔵庫を除く他の資産の減価償却費が控訴人主張額のとおりであることは当事者間に争いがない。控訴人は電気冷蔵庫について、控訴人が支出した金額を必要経費として計上せられるべきであると主張するが、その金額を認めるに足る証拠はなく、また原審証人比田庄三の証言によれば、電気冷蔵庫はいわゆるショーケースではないことが認められるから、被控訴人がこれを資産とし、これに対して減価償却費を計上したことは相当である。

よつて、被控訴人認定の減価償却費に右認定の価額を加算すれば、減価償却費は金四二万六、二九四円となることが計算上明らかである。

(五)  以上認定の事実に基づいて、控訴人の昭和三九年分の総所得金額を計算すると、別表(三)記載の如く、金二五八万六、四〇九円となる。そして、以上から同年分の所得率が五・五一パーセント、計算所得率が一二・〇一パーセントとなることは計算上明らかである。

四  以上により、被控訴人が控訴人の昭和三七、三八年分の事業所得を算出するのに、昭和三九年分の所得率、算出所得率を適用した推計課税は、これによるほかやむを得なかつたものであり、他にこれに代る適当な方法も見当らない本件にあつては、被控訴人において調査の結果判明した資料を最大限に用いて右推計をしているのであるから、右推計課税は合理的であるといえる。

五  しかし、昭和三七、三八年分の控訴人の売上高が被控訴人主張のとおりであることについては、当事者間に争いがなく(昭和三八年分の売上高につき、控訴人が当審でした自白の撤回が許されないことは前示のとおりである。)、前掲乙第一、二号証、第五号証の一、第六、七号証、原審証人生田勇、同西井光郎、同大須俊彦の各証言および原審における控訴人本人尋問の結果(ただし、控訴人本人尋問の結果中後記信用しない供述部分を除く。)によると、被控訴人認定のとおり、控訴人方の昭和三八年分の特別経費として、雇人費金一五六万三九円、地代家賃金三五万円、借入金利子割引料金一万八六六円を認めることができる。そこで、前記昭和三九年の所得率および算出所得率に基づいて、昭和三七、三八年分の事業所得金額を算出すれば、次表の如くになり、そうとすれば、被控訴人のした本件課税処分は、その範囲内でなされたものであるから、何ら違法の点は存しないといわなければならない。

<省略>

第三結論

よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条一項によりこれを棄法することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 柏木賢吉 裁判官 菅本宣太郎)

別表(一)

確定申告

<省略>

別表(二)

更正処分等

<省略>

別表(三)

昭和三九年分所得金額

加目 金額

(一) 総収入金額 金四、六九一万五、三六六円

(二) 必要経費 金四、一二八万〇、一七八円

内訳

売上原価 金三、九一九万六、三一四円

公租公課 金五万七、五二〇円

光熱費 金二六万四、一九〇円

旅費通信費 金六万一、二一四円

広告宣伝費 金四万七、五〇〇円

接待交際費 金一七万九、五二〇円

修繕費 金三三万九、六〇一円

消耗品費 金八万七、六二五円

福利厚生費 金一四万七、二一九円

減価償却費 金四二万六、二九五円

雑費 金三一万〇、五七九円

容器及びあつせん物資費 金一六万二、六〇一円

(三) 算出所得金額((一)-(二)) 金五六三万五、一八八円

(四) 特別経費 金三〇四万八、七七九円

内訳

雇人費 金二五一万六、九一三円

家賃 金五二万一、〇〇〇円

借人金利子割引料 金一万〇、八六六円

(五) 事業所得金額((三)-(四)) 金二五八万六、四〇九円

以上

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