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名古屋高等裁判所 昭和46年(行コ)5号 判決 1972年1月25日

名古屋市北区上飯田通一丁目三番地

控訴人

恵美龍雄

右訴訟代理人弁護士

小久保義昭

同市同区金作町四丁目一番地

被控訴人

名古屋北税務署長

高橋多嘉司

右指定代理人

服部勝彦

荒川登美雄

内山正信

蒲谷暲

右当事者間の昭和四六年(行コ)第五号審査請求に対する裁決取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が、控訴人の昭和三九年分の所得税について、昭和四二年一一月二四日付でなした再々更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴代理人の陳述

(一)  原判決は、控訴人が仮に本件相撲興行の名目上の主催者であつて前売券入場税の納付義務がないとしても表面上は納税義務者たる外観を有するからこれに対する滞納整理(本件公売処分)には明白且つ重大なる瑕疵はないとして、本件公売処分が当然無効であるとの控訴人の主張を排斥したが、控訴人は表面上も納税義務者たる外観を有していなかつた。すなわち昭和二六年三月四日より向う一五日間開催された本件相撲興行における実質的主催者は愛知県教育委員会であつて(このことは興行目的が学校施設拡充費寄附興行であり、前売入場券は学校、PTAを通じてのみ売捌くものとする切符の発売方法から推認し得る)、通常実質上の主催者において納税義務者たる外観を呈するのであるから、本件相撲興行においては愛知県教育委員会が納税義務者たる外観を有するものといわなければならない。のみならず甲第一号証(東京大相撲名古屋本場所開催要綱案)からみても、控訴人が主催者であることは外観上からも窺われ得ないのであつて、主催者たる「国技振興会」は仮の呼称で実際の主催者は教育関係団体であることは容易に推察され得たところである。それ故控訴人は表面上も納税義務者たる外観を有していなかつたとするのが相当である。

(二)  仮に控訴人が表面上納税義務者たる外観を有するとしても、収益の帰属主体につきこれを考慮せず単に外観を有する者に対し課税することは実質所得者課税の原則(旧所得税法第三条の二、所得税法第一二条)に背馳するものである。すなわち控訴人は単に名義を貸したに過ぎず本件相撲興行においては何等の収益をも享受していないのであるから、控訴人は右所得税法の原則に従い実質上非納税義務者であること明らかである。而してかかる非納税義務者に対する賦課処分は当然無効たるべき重大な瑕疵を有するものであり、従つてかかる無効なる賦課処分の後行処分である本件公売処分も重大且つ明白な瑕疵を有し当然無効というべきである。従つて又その後行処分たる本件処分も違法である。

(三)  なお前記甲第一号証において明らかな如く、本件相撲興行は寄附興行であつたが、その寄附の方法は愛知県が入場税納入金を各小中学校に対しその切符の売上枚数に応じて按分比例し学校施設拡充費として還元するというものであつた。つまり入場券の売上金は一旦入場税として県へ納付され、更に各学校へ配分されることになつたのである。ところが各小中学校ではいずれ入場券相当分は還元されるものであるからということで控訴人に対しては入場券該当分の金額を渡さずそのまま各小中学校において売上金を留置してしまつたため控訴人は入場税該当分につきこれを徴集することができなくなつたのである。これを愛知県についてみれば控訴人を通じて入場税が納入されたとしても入場税相当分は結局各小中学校へ配分されるものであるから結果的には入場税は納入してもしなくても同じことであつた。以上の次第であるから控訴人が各小中学校から入場税額相当分を徴集することができなくなつたことの故をもつて控訴人個人の資産を公売処分に付することは前記事情に鑑み着しく公平に反するといわざるを得ない。而して右に述べたように控訴人は各小中学校が入場券相当分の金額を留置したため回収不能になつたのであるが入場税納付の滞納を理由に控訴人所有の不動産が公売処分に付されたので控訴人は公売処分の取消を求めるため昭和四〇年二月一八日訴訟を提起した。従つて控訴人としては公売処分は違法であると信じていたのであるからこのような違法な公売処分によつて発生した譲渡所得については確定申告書に記載する要はないと考え、昭和三九年分所得税額確定申告書には控除さるべき損失額については記載しなかつたのである。右の事情で控訴人において確定申告において回収不能による損失につきその旨の記載をしなかつたことは真にやむを得ない事情があつたというべきであるから、控訴人の場合は所得税法施行規則第二六条第二項、第二二条に該当するというべきである。

二、被控訴代理人の陳述

控訴人の前記各主張事実のうち被控訴人の従来の主張に反する部分は否認する。

理由

当裁判所の判断によつても、控訴人の本訴請求は理由なく失当であると認める。その理由は、左記のとおり附加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

(一)  控訴人は本件相撲興行において愛知県教育委員会が納税義務者たる外観を有し、控訴人は表面上も納税義務者たる外観を有していなかつた旨主張する。然しながら控訴人が本件相撲興行の名目上の主催者であり、前売券入場税特別徴収義務者となつたことは控訴人が原審で主張していたところであるばかりでなく成立に争いのない甲第七号証の一、二及び弁論の全論旨により成立を認め得る同号証の一三によれば本件相撲興行における特別徴収義務者として控訴人名義で昭和二六年五月八日付「入場税納入申告書」が提出されていることが窺えるから、控訴人は表面上納税義務者たる外観を有していたというべきである。そうすれば控訴人が仮にその主張のように本件相撲興行において実質上前売券入場税の納付義務がないとしても、右のとおり控訴人において自ら本件相撲興行による特別徴収義務者として「入場税納入申告書」を提出して表面上納税義務者たる外観を有する以上、控訴人に対してなされた本件滞納整理による公売処分にはこれを当然無効とすべき明白且つ重大な瑕疵はないものとすべく、従つてそのように判示した原審の判断は相当である。

(二)  次に控訴人昭和三九年分所得税の確定申告書に回収不能による損失(控除すべき損失額)を申告記載しなかつたのは本件公売処分は違法であると信じていたからこのような違法な公売処分によつて発生した譲渡所得については確定申告書に記載する要はないと考えたからである旨主張する。然しながら確定申告書に記載をもらしたことが宥恕すべき事情によると認められる場合ならば格別単に控訴人が公売処分を違法と信じていたというだけでは未だもつて所得税法施行規則(昭和二二年勅令一一〇号)第二六条第二項、第二二条にいうやむを得ない事情とは認め難いから、本件の場合右法条に該当する旨の控訴人の主張は採用できない。

そうすれば原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥村義雄 裁判官 広瀬友信 裁判官 菊地博)

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