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名古屋高等裁判所 昭和47年(ネ)113号 判決 1975年8月18日

控訴人

株式会社協栄

(旧商号中部食品産業株式会社)

右代表者

井爪重夫

右訴訟代理人

渡辺門偉男

被控訴人

株式会社内田商店

右代表者

内田稔

外一名

右両名訴訟代理人

米沢保

外一名

亡高橋弥市相続人

被控訴人

内田恵美子

外五名

右六名訴訟代理人

米沢保

外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人らは控訴人に対し、別紙目録記載の土地につき津地方法務局鈴鹿出張所昭和四四年一一月七日受付第一八四八四号をもつてなされた同年同月五日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

(申立)

控訴代理人は控訴の趣旨として主文同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

当事者双方の事実上法律上の陳述は、左に附加する外は原判決書事実第二当事者の主張の項記載のとおりであるから、右記載をここに引用する。

(控訴人の新主張)

一、控訴会社代理人平野勇が、本件土地を訴外株式会社鯛池(以下「鯛池」という。)に売却した旨の被控訴人らの新主張は、時機に遅れた防禦方法で、民事訴訟法第一三九条に該当するから、却下されるべきである。

二、越権代理の主張に対する反駁補説

1  訴外竹口佐七は控訴会社の権限ある復代理人ではなく、同人が控訴会社の実印、権利証、白紙委任状を所持していたとしても、右は本人である控訴会社の意思に基づいて所持する訳ではないから、取引の相手方がかかる所持に信頼をおいたとしても、そのことは竹口を代理人と信ずるについての正当な理由となるものではない。

2  又、竹口が所持したという白紙委任状には委任事項として「銀行並にその他の金融機関において金融方の依頼」と記されていたものであるから、右委任状の文言を見た者が竹口に本件土地売却の権限ありと誤信するはずがなく、仮りにそのように誤信したとしてもかく誤信するにつき過失があつたというべきである。又、「鯛池」が本件土地代金を手形で支払つているのも取引の常識に反するところである。

3  竹口は、「鯛池」が本件物件を担保として訴外日邦産商株式会社(以下「日邦」という。)より、手形で金融を受けることを斡旋して手数料を取得せんとはかり、そのため「日邦」、「鯛池」および竹口の三者談合のうえ、本件物件を仮装的に「鯛池」に売却したものであるから、「鯛池」、「日邦」は、竹口が無権代理人であることを熟知しており、到底表見代理規定の保護を受け得るものではない。

三、本件物件は控訴会社の重要な財産であるから、これを譲渡するについては商法二四五条一項一号により、株主総会の特別決議を要すると解されるところ、本件物件売買については、かかる手続を経由していないから、右売買契約は無効であり、かつ、右手続を経由していないことを取引の相手方ら(「鯛池」、「日邦」、被控訴人ら)は熟知している。

四、又、本件売買契約をすることにつき、控訴会社の取締役会の決議を経ておらず、この点につき、売買契約の相手方(「鯛池」又は「日邦」ないしは被控訴人ら)はこのことを知り又は知り得べかりし者であつた。よつて本件売買契約は商法二六〇条違反により無効である。

五、被控訴人らの新主張、二および三は否認する。

(被控訴人らの新主張)

一、亡高橋弥市は昭和四九年一月一六日死亡し、被控訴人内田恵美子、同汲田喜久子、同脇田千重子、同高橋勝治、同高橋豊治、同高橋つうの六名がその権利義務を相続した。

二、仮りに竹口佐七の復代理権が認められないとしても、控訴会社の代理人平野勇は、本件土地の売買代金授受に立会つて居り、右平野勇が本件土地を「鯛池」に売却したものというべきである。

三、控訴会社が本件土地を買つた際の資金の出資者である岡季明と控訴会社との間の橋渡しを務めた平野勇を経由し、本件土地が売りに出されていることを信頼してこれを買受けた「鯛池」が、民法第一一〇条の保護を受けることは当然である。現に、「鯛池」の支払つた本件土地代金手形を、岡は一旦受領している。

「日邦」としても訴外「鯛池」から本件土地を取得するに際し、登記簿上の控訴会社本店所在地を調査したが、右所在地には何らの事務所がなく、事業もしていないとの報告を受け、控訴会社は単なる名義上の所有者であると信じて「鯛池」と契約した。

又、「日邦」では委任状の所持人である竹口佐七に取締役会議事録の文案を作成してやり、本人らの署名押印をとらせ、それを信用して取引を行なつた。又、中間省略登記手続によるため「鯛池」との間の契約書作成を省略したので、前記議事録に署名立会人として「鯛池」の社印を押捺させた。

このように「日邦」は本件取引につき、通常以上の注意を払つているものでり、善意無過失というべきである。

四、控訴人の前掲新主張三および四は否認する。控訴会社は登記簿上の本店所在地に事務所もなく、当時決算も未申告で納税もしていない形式上の会社に過ぎないから、このような控訴会社につき、主張のような商法の条文をそのまゝ適用して、売買契約の無効を云々することはできない。

仮に右が理由ないとしても、会社の重要な営業用財産の譲渡につき、商法二四五条一項一号の適用はないから、株主総会の特別決議を経由する必要はないし、「鯛池」は本件売買契約成立当時には、控訴会社の取締役会決議の欠缺を知らなかつたものであるから、悪意の第三者ともいえない。

(証拠関係)<略>

理由

一本件土地がもと控訴人の所有に属していたところ、右土地につき、津地方法務局鈴鹿出張所昭和四四年一一月七日受付第一八四八四号を以て同年同月五日付売買を原因とし、被控訴人株式会社内田商店、同沢田宣雄、亡高橋弥市の三名(以下「前記三名」という。)を取得者とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)がなされたことは当事者間に争いのないことろである。そうして亡高橋弥市が、本件訴訟の当審に係属している昭和四九年一月一六日死亡したため、株式会社内田商店、沢田宣雄を除くその余の被控訴人らが、その相続人として本件物件に関する亡高橋弥市の権利義務を承継したことは控訴人も明らかに争わぬところであるから、これを自白したものとみなすべきである。

二被控訴人らは、前記三名が本件土地の所有権を取得するに至つた経路として、控訴会社より本件土地の売渡を受けた「鯛池」が、「日邦」から金員を借用し、右金員を返済できぬときは、本件土地の所有権を移転する旨約したところ、右条件成就により本件土地の所有権は、「日邦」に移転し、「日邦」は訴外小林静生に、小林は前記三名にと順次売渡し、それぞれ代金決済をすませた旨主張しているが、<証拠>総合すると、被控訴人らの主張するような経路で、「鯛池」より前記三名まで順次本件土地の譲渡行為がなされていることが認められ、他にこれに反する証拠もない。

三被控訴人らは、「鯛池」は本件土地を控訴会社復代理人竹口佐七又は控訴会社代理人平野勇から買受けた旨主張しているので考えるに、(もつとも被控訴人が当審で新たに控訴会社代理人平野勇による売却の主張を追加したことにつき、控訴人は民事訴訟法一三九条の適用を求めるが、右新主張についての証拠方法は、従来の主張についての証拠方法と共通するから、右新主張は訴訟の完結を遅らせるものとはいえない。)<証拠>を総合すると、本件土地は平野勇の依頼を受け、同人から委任状、控訴会社実印等を預かつた竹口が、自己の主宰する会社の取引先である「鯛池」に売込んだ関係で、売却代金の受領、登記手続も竹口がおこなつており、平野勇は直接にはこれに関与していなかつたことが認められる。当審証人平野勇、同竹口佐七の各証言中右認定に牴触する部分は措信し難く、他にこれに反する証拠もない。そうだとすると本件土地は竹口佐七が、控訴会社代理人と称して「鯛池」に売却したものと認むべきである。

四そこで右竹口の代理権限につき考えることとし、先ず竹口に依頼した平野勇の代理権の存否、範囲、特に復代理人選任権の有無につき考えるに、<証拠>を総合すると、本件土地は控訴会社が営業用の冷凍庫を建設する敷地として訴外岡季明よりの借入金により購入したもので、同会社の唯一の所有地であるが、当時同会社では設備資金がないため殆んど休業状態であつたので同会社代表取締役井爪重夫は、これを担保に、設備資金の借入れをしたいと考え、第三相互銀行鈴鹿支店や三重銀行と金融方につき接渉したりしているが、思うように事が運ばなかつたため、かつて訴外伊勢志摩冷凍食株式会社の役員をしていたころの同僚で、控訴会社のため融資の斡旋をしてくれたこともあり、銀行方面に明るい訴外平野勇にこのことを依頼し、「本件土地につき銀行並びにその他の金融機関において、金融方の依頼を委任する。」旨記載し、宛名欄のみを白地にした委任状を平野に交付したが、もとより本件土地の売却方は同人に委任してなく、むしろ、本件土地を売却することは、その購入資金の借入先である岡季明からも禁じられていたことが認められる。そうすると、平野勇は本件土地を担保にして、控訴会社のため銀行等の金融機関より借入れする権限はあつたが、本件土地を売却する権限はなかつたものであるし、又、上記のように委任事項その他を明記しながら、宛名人欄のみを白地とした委任状を、平野に交付している点委任事項の内容が特定の土地を担保にして銀行等の金融機関より借入れをするという比較的定型的な取引に限られている点、当時設備資金のないため殆んど休業状態にあつた控訴会社としては、前記銀行との間の融資の件が期待薄である以上平野を通じ、できるだけ多くの人の手を借りてでも資金を調達する必要があつたと思料される点、しかして控訴会社代表者は上記のように従前、平野勇と親交があり、同人を信頼していた点を総合して考えると、控訴会社代表者は平野勇に、復代理人選任の権限をも付与したものと認めるのが相当である。証人平野勇、同竹口佐七の原審ならびに当審における各証言控訴会社代表者の原審における供述中右認定に牴触する部分は措信し難く、他にこれに反する証拠もない。上述したところによると、訴外竹口佐七は代理権の範囲をこえて本件土地を「鯛池」に売却したことになる。

五1 しかしながら被控訴人らは竹口、「鯛池」間の本件土地取引につき、「鯛池」の取引担当者が竹口に代理権ありと信じるにつき正当な事由があつたと主張するので考えるに、前出乙第一号証、被控訴人提出の乙第六号証(その真否については後に述べる。)、証人竹口佐七、同平野勇の原審ならびに当審における各証言の各一部、又審証人石川茂夫の証言を総合すると、竹口は本件取引当時、本件土地の権利証、控訴会社の実印や、前記控訴会社代表者作成の委任状宛名欄に自己の氏名を自から補充記入したもの(乙第一号証)を所持して居り、又、右取引と並行して行なわれた「鯛池」「日邦」間の取引につき「鯛池」のため、控訴会社取締役会議事録と題する書面(乙第六号証)を「日邦」に提出したこと、竹口に本件土地売却を依頼した平野勇は、控訴会社が本件土地を購入する際、その資金を貸付けた岡季明を同社に紹介した者であることなどの諸事実が認められ、以上は被控訴人らの右主張を支持すべき有力な資料となし得るが如くである。

2 しかしながら、一方、右委任状の記載内容は前に四、で記したとおりであり、その記載内容からは、竹口に本件土地売却の権限迄も与えられているとは到底解し難いし、原審証人竹口佐七の証言、原審における控訴会社代表者尋問の結果によると、前記取締役会議事録と題する書面も、「日邦」側の要求に応じて竹口佐七が預かり保管中の控訴会社実印等を乱用して、同社代表者不知の間に、ほしいまゝに作成したもので、その内容も事実にそわぬものであるることが認められる。

3 <証拠>を総合すると、左の諸事実を認めることができる。すなわち、「鯛池」は竹口佐七が代表取締役をしている訴外伊勢志摩冷凍食株式会社の取引先であるが、昭和四四年当時資金ぐりに苦しみ、同年夏頃には平野勇を通じて岡季明に身売りの話が出たことがあるくらいであり、伊勢志摩冷凍食株式会社に対する支払状況も円滑にはいつていなかつた。このような状況下で、竹口が「鯛池」に本件土地売却の話を持込んだところ、「鯛池」は代金手形払いなら金融のため買取つてよいとこたえ、竹口は右条件を承諾し、結局代金全額を「鯛池」の手形で受取るのと引換えに、本件土地の登記書類を「鯛池」に委ね、「鯛池」は直ちに「日邦」に対し、本件土地を譲渡担保(仮登記担保)に差入れて、同社より手形割引を受けたが、竹口は「鯛池」、「日邦」間の右取引を自からあつせんし、控訴会社名義の登記書類を「日邦」に差入れるにつき種々協力した。

「鯛池」は「日邦」と右取引を開始して後一ケ月くらいで不渡手形を出し、翌四五年一月には債権者会議も開かれている状況である。

以上のとおり認められ、他にこれに反する証拠もない。

4 上述したとおり、竹口「鯛池」間の本件土地取引は、代金全額手形で受取つて現金化できぬ間に、相手方の金融のため仮登記を許すという甚だ危険な取引であり、而も「鯛池」の内情の苦しさは、上記認定にてらし十分竹口にはわかつているはずであるから、右の竹口の行動は、他人の不動産を売却する代理人としては到底まともな取引方法といえぬことは取引の相手方である「鯛池」の担当者としても容易に看取し得たはずである。

5 これらの点を考え合わせると、たとえ、竹口、平野らが上記のように控訴会社の実印、委任状、本件土地の権利証等を所持し、同人らと控訴会社、本件土地とのつながりが上記認定のようであつたとしても、本件土地取引の相手方である「鯛池」の取引担当者としては(前記委任状の記載内容にてらしても)、果して竹口らが控訴会社を代理して本件土地を売却する権限を有しているか否か一応疑つて、控訴会社代表者に照会するなど確認の方法をとるのが妥当と思われるところ、原審における控訴会社代表者尋問の結果によると、本件取引は同代表者不知の間になされていることが窺われるので、反証なき限り、そのような確認方法はとられなかつたものとみる外はない(当時控訴会社代表者が商業登記簿上の代表取締役住所に居住せず、控訴会社の事務所が同じく本店所在地に存しなかつたとしても、「鯛池」としては「竹口」らを通じて、控訴会社代表者との接触を求め得たはずであり、それができないような場合には竹口らの代理権につき疑念を深めるのが当然と思われる。)。

6 そうだとすると、「鯛池」の取引担当者が、本件土地売買取引に関する竹口の代理権の存在を信じるにつき正当な理由を有したとはいい難く、被控訴人の表見代理の主張は失当として排斥を免れない。その他、被控訴人らが本件土地につき、本件登記に対応するような権利を取得したことについては、何ら主張立証がない。よつて控訴人のその他の主張につき考えるまでもなく、本件登記は実質関係を欠く全部違法の登記として抹消を免れない。

六上記の次第で被控訴人らは控訴人に対し、本件登記の抹消登記手続をなすべき義務があり、これが履行を求める控訴人の本訴請求は全部正当として認容すべきである。よつてこれと結論を異にした原判決は取消すこととし、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 夏目仲次 菅本宣太郎)

目録

三重県鈴鹿市寺家町字小橋三四四番の一

一、雑種地 一、八四七平方メートル

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