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名古屋高等裁判所 昭和47年(ネ)491号 判決 1973年11月27日

控訴人(被申請人) 中部日本放送株式会社

被控訴人(申請人) 大西五郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「(一)原判決を取消す。(二)被控訴人の申請を棄却する。(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、本件において、本件解雇の効力は、一次仮処分決定に関係なく、改めて判断されるべきものである。すなわち、

仮処分決定についても既判力を認めるのが通説であるが、右既判力は同一の被保全権利と保全の必要性に基づく他の仮処分事件に及ぶにすぎない。

これは、仮処分が争いのある権利関係の継続を前提としてなされる単なる暫定的な処置にすぎないこと、仮処分事件の訴訟物は保全の必要性がこれに含まれるか否かはとも角として、被保全権利そのものではないこと、実務上仮処分申請の許否に当たつて被保全権利の存否に関する疎明の程度と保全の必要性の強度とは極めて密接な関係にあること等から容易に肯定されるところである。

したがつて、仮に、一次仮処分決定により、被控訴人において控訴人の従業員としての仮の地位を有することが認められているとしても、増額賃金の一時金の仮払を求める本件仮処分事件とは被保全権利および保全の必要性において同一でないから、本件仮処分事件に一次仮処分決定の既判力は及ばない。

裁判所は、本件において本件解雇の有効なことを認定し、本件仮処分申請を排斥することができるのである。

二、一時金については、被控訴人は各期ともその支給日に「守る会」より、自らの受けるべき一時金相当額のカンパを受けており、なんら生活費に赤字は生じていない。

(被控訴代理人の陳述)

一、一次仮処分決定には形成力が認められ、本件において本件解雇の効力を判断するを要しないものである。

二、被控訴人は、各期一時金の支給日に「守る会」より一時金相当額のカンパを受けているが、それは「守る会」よりの貸付金であり、一時金の仮払仮処分が出た際には返済されているのである。また、仮払が受けられないものについてはいずれ返済しなければならないものであるから、仮処分の必要がないということはできない。

理由

一、本件仮処分申請に対する判断は原判決と同一であるから、次のとおり補足するほか、原判決理由を引用する(ただし、原判決九枚目裏末行の「賃料」を「賃金」と訂正する)。

(一)  控訴人は、一次仮処分決定の既判力は本件仮処分事件に及ばないから、本件において改めて本件解雇の効力を審理判断することが必要である旨主張する。しかし、本件において改めて本件解雇の効力を審理判断しないのは、一次仮処分決定に既判力を認めてのことではなく、本件仮処分申請が一次仮処分決定によつて形成された法律状態を前提とするものであるからである。すなわち、一次仮処分決定が本件解雇の効力を仮に停止した趣旨は、被控訴人が控訴人の従業員たる地位を有することを確認したものではなく、本件解雇がなかつた状態、いい換えれば被控訴人が控訴人の従業員たる地位にある状態を暫定的に形成することにあることは明らかであり、この形成された法律的地位が一次仮処分決定の取消されない限り存続することはいうまでもないが、被控訴人の控訴人に対する賃金(一時金)請求権は右法律的地位から派生する具体的権利にほかならないから、一次仮処分決定後右賃金の仮払を命ずる仮処分をなすに当たつては、被控訴人が右法律的地位を保有することを前提として、賃金請求権の存否および仮払の必要性を判断すれば足りるというべきである。

(二)  前(原判決)掲甲第五号証の一によれば、被控訴人の行つている本件解雇撤回闘争を支援する有志労働者により「守る会」というものが結成され、右支援活動がなされていることが認められ、被控訴人が「守る会」より、控訴人主張の一時金相当額の「カンパ」を、一時金の本来の支給日に受けたことは当事者間に争いがない。ところで、「守る会」の右性格からして、右「カンパ」の交付は被控訴人が控訴人から一時金の支給を受けられないことにより陥る生活上の困窮を救う目的でなされたものであると推認され、かつ、弁論の全趣旨によれば、右「カンパ」として交付された金員は被控訴人が本件仮処分により控訴人から一時金の仮払を受けたときは、直ちに返済しなければならないものであることが認められるから、依然前(原判決)示限度において本件一時金仮払の必要性は肯定できる(仮処分により避けるべき著しい損害を、該仮処分決定発令までの時間的ずれよりして、一時他の手段を講じて著しい損害を避けた場合にあつては、そのゆえに仮処分の必要性が消失したと解しないのを相当とする)。

二、よつて、原判決は相当で本件控訴は理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治 山内茂克 豊島利夫)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一、申請人、被申請人間の名古屋地方裁判所昭和四五年(ヨ)第九八六号仮払い仮処分申請事件につき、当裁判所が昭和四五年八月一二日なした仮処分決定を認可する。

二、訴訟費用は、被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、申請人「主文と同旨」

二、被申請人「主文第一項掲記の仮処分決定を取消し、申請人の本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は、申請人の負担とする。」

第二、当事者の主張

一、申請の理由

(一) 被申請人は、放送法による一般放送事業者の放送事業およびこれに関連附帯する一切の業務を営むことを目的とする株式会社であり、申請人は昭和三二年四月一日被申請人に入社した従業員であり、かつ、被申請人の従業員によつて組織されている申請外中部日本放送労働組合(以下「申請外組合」という。)の組合員である。

(二) ところが、被申請人は、昭和四五年三月一四日、申請人に対し申請人を解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。そこで、申請人は被申請人に対し、名古屋地方裁判所に本件解雇の無効を主張して、従業員としての地位の保全、賃金仮払いを求める仮処分(同裁判所昭和四五年(ヨ)第三二二号)を申請したところ、同裁判所は同月一八日、本件解雇の効力を停止し、一か月金一〇八、九八九円を毎月二三日限り申請人に仮に支払うべき旨の仮処分決定(以下「一次仮処分決定」という。)をした。

(三) ところで、申請外組合と被申請人との間に昭和四五年四月一〇日同年度基本給の昇給および諸手当の増額につき協定が締結された。右協定によれば、基本給の昇給の算式は「昭和四四年度基本給×八%+一律四、五〇〇円」であり、新設された住宅手当につき妻帯者は一か月金四、〇〇〇円を支給すること、その実施期日は昭和四五年四月一日とすることが定められた。なお、右算式による計算については、端数は五〇円単位で切り上げる取り扱いがなされた。次に、同年六月一六日同年度夏季一時金につき協定が締結され、その算式は「(本給+家族手当)×三・六+一律二五、〇〇〇円+本給×〇・四五」でありその支給日は昭和四五年六月一九日である。なお、支給については一〇〇円未満は切り上げの取り扱いがなされた。

(四) 申請人は、妻帯者であり、昭和四四年度基本給として六二、二〇〇円および家族手当として五、一〇〇円の支給を受けていた。右の昇給、手当ないし夏季一時金協定の効力は前記組合の組合員である申請人に当然及ぶから、申請人は昭和四五年基本給昇給額として一か月金九、五〇〇円、住宅手当として一か月金四、〇〇〇円の支払いを昭和四五年四月一日以降毎月二三日限り受ける権利を有し、昭和四五年度夏季一時金として金三三三、八〇〇円の支払いを受ける権利を有する。

(五) 被申請人は前記仮処分決定後も申請人の就労を拒否し解雇を撤回しない。そこで申請人は、被申請人の反省を求め、解雇撤回の要求をせざるを得ない立場にあるが、申請外組合は、申請人の主張、要求を無視し、被申請人に対し何らの要求も交渉もしないため、申請人は解雇撤回の行動費用をすべて被申請人から支払われる賃金の中からまかなつている。そして、その費用は毎月約三〇、〇〇〇円に達する。申請人は被申請人から支払われる賃金を唯一の生活の資としている労働者であり、現在被申請人から前記仮処分決定によつて支払いを命ぜられた金員から税金、社会保険料等を控除した九五、四二一円の支払いを受けているが、これから右行動費用三〇、〇〇〇円を控除すると家族の生活費は一か月約六五、〇〇〇円にすぎないから、申請人とその家族(妻と子供二人)の生活を維持することは容易ではない。これに近年の物価の著しい高騰からすれば賃金労働者にとつて定期昇給、諸手当増額等は明らかに生活補助金であり、夏冬に支払われる一時金等は賃金の後払いの性質を有することを考えあわせれば、本件仮処分の必要性は存する。そこで申請人は被申請人に対し、右賃金の増額分及び夏季一時金の支払いを求めて名古屋地方裁判所に仮処分申請をなし、右事件は同裁判所昭和四五年(ヨ)第九八六号事件として係属し同裁判所は同年八月一二日被申請人に対し賃金増額分の全額一三、五〇〇円を同年四月一日から毎月二三日限り本案判決確定に至るまで仮に支払うこと及び一時金として二〇〇、〇〇〇円を仮りに支払うことを命ずる旨の主文第一項掲記の仮処分決定をした。右仮処分決定は相当であるから認可さるべきである。

二、申請の理由に対する認否

(一) 申請の理由(一)ないし(三)の事実は認める。

(二) 同(四)の主張は争う。本件解雇により被申請人の従業員の地位を失つている申請人に対し、申請人主張の各協定の効力が及ぶいわれはない。なお、申請人主張の夏季一時金協定は申請人を支給対象者から除外している。

(三) 同(五)の事実中被申請人より得ている申請人の仮払金の手取月額が九五、四二一円であることは認め、その余は争う。

三、被申請人の主張

(一) 被申請人は、後述の理由により申請人を解雇したものであつて、その解雇は有効であり、申請人には本件申請を為す被保全権利は存しない。

(1) 申請人の解雇事由は次の通りである。

被申請人は昭和四五年三月一日、申請人を含む一三一名に対し、業務上の必要から定例的人事異動を行い申請人に対し被申請人岐阜支局多治見通信部主任への転勤を命じた。

右発令に先立ち、被申請人は申請外組合に対し、同年二月一七日、機構改更および定例的人事異動の方針および内容を説明し、更に同月二四日、異動につき申請外組合より異議の申出のあつた申請人を含む数名の者につき、個々の異動の事由を詳細説明した。申請人に対しては、更に報道局長友沢秀爾より同月一七日ないし一九日、二四日、三月六日の五回にわたり、業務上の必要性および申請人の適性につき詳細に説明、説得した。然るに申請人は、右説明および説得を一顧だにせず、徒らに右転勤命令に従い得ない旨をくり返し、あまつさえ同年三月一〇日付内容証明郵便により「現在の情勢では私は多治見への配転を受入れるわけには行かず、引きつづき報道局テレビニユース部で勤務する意思を有します。」なる文書を被申請人代表取締役小島源作宛に発し、もつて右転勤命令に服従し得ない意思であることを表明するに至つた。

(2) 被申請人は、昭和四五年三月一四日、右書面の真意をただすため申請人に話し合いを求めたところ、申請人は「地連執行委員としての立場を認め、かつ同年二月一七日の内示以前の状態にもどした上でなら話合う。そうでなくては話し合いを拒否する。勿論転勤命令には応じ得ぬ。」と被申請人の転勤命令には従わぬ旨を表明した。従つてこのことは、申請人が今回の被申請人の業務上の必要よりする転勤命令には、自己の恣意の条件をのまぬ限り絶対に従わない旨の意思を被申請人に表示したものであるが、かかる申請人の行為は、被申請人職員就業規則第五条二号、第五二条、第六条三号に違反するもので、第六六条一号に該当し懲戒解雇にすべきものであるが、第五七条、一一号により解雇した。

(3) しかるに、申請人は、名古屋地方裁判所に対し昭和四五年三月一六日解雇の効力停止の仮処分命令申請を為し、同裁判所は、口頭弁論は勿論審尋期日さえ定めず、申請書の副本も被申請人に送達しないまま、同月一八日、前記の如き主文の一次仮処分決定を為した。被申請人は、前記の如き正当な事由ありとして為した本件解雇にかかる決定が何等の理由も示さず為されたことは全く不満であるので直ちに右仮処分決定に対し異議申立を為した。

また、申請人の本案訴訟も同裁判所昭和四五年(ワ)第八五七号事件として同裁判所に係属中である。従つて申請人の主張する一次仮処分決定は確定した決定ではなく直ちに申請人の被保全権利として主張し得るものでないことは仮処分制度の本来の趣旨に鑑み当然のことである。またかかる流動的、仮定的でペンデング状態の決定を直ちに被保全権利と考えることなく本件審理においても直接的に本申請の被保全権利の存否を判断しなくてはならない。

(二) 以上の次第で本件仮処分申請は、被保全権利及び必要性の疎明を欠くから却下さるべきであるのに、賃金増額請求についてはその全額、一時金請求については二〇〇、〇〇〇円の限度でこれを認容した主文第一項掲記の仮処分決定は失当であつて取消されるべきである。

第三、証拠<省略>

理由

一、申請の理由(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。

被申請人は「申請人は、本件解雇により被申請人の従業員の地位を失つているから、本件仮処分申請の被保全権利である賃金増額分および一時金債権の前提となる申請人の従業員としての地位の存否については、一次仮処分決定は何らの効力を及ぼさない」旨主張するけれども、本件解雇の効力を仮に停止する旨の一次仮処分決定により、右決定が取消されない限り、申請人が被申請人の従業員としての地位を保有しているという法律状態が形成されていることは明らかである。

従つて、このような一次仮処分決定が存する以上本件においても、本件解雇の効力につき判断するを要せず、申請人が被申請人の従業員の地位を有しているものと一応認めて、賃料増額および一時金債権の存否およびその必要性についてのみ判断すれば足りることになる。

二、成立に争いのない疎甲第三号証、第五号証の一中別添資料III、第一四号証によれば、申請人は妻帯者であり、本件解雇以前である昭和四四年度の基本給は六二、二〇〇円、家族手当は五、一〇〇円であることが一応認められる。

してみれば、一次仮処分決定により被申請人の従業員としての地位を仮に保有し、かつ、申請外組合の組合員である申請人は、同組合と被申請人との間に締結された申請人主張の各協定の効力を受け、その主張のとおりの基本給昇給額、住宅手当および夏季一時金の支払請求権を有するというべきである。

もつとも成立に争いのない疎乙第一号証、第五号証の二によれば、夏季一時金につき締結された前記協定には、受給対象者として「今回の賞与は、昭和四四年一〇月一日から昭和四五年三月三一日まで在籍した職員に支給する。」

旨の定めがあり、妥結団交の席上、被申請人と同組合執行部との間に被解雇者である申請人は右受給対象者から除外する旨の合意がなされたことが一応認められる。

しかし申請人は、前述のとおり仮処分決定により被申請人の従業員たる地位を保有しているものであるから前記協定にいう在籍職員に該当し、受給対象者であることは明らかである。

そして労働協約の法的性質にかんがみると、協約上受給対象者である組合員個人につきこれを受給対象者から除外する旨労使の代表者が合意してもこのような合意は何らの効力を生ずるに由ないことは多言を要しない。

従つて右合意は申請人の有する夏季一時金支払請求権には何らの消長を及ぼすものではない。

三、よつて進んで、一時金につき、その必要性の存否について判断する。

(一) いわゆる「追加仮処分」のうち月額賃金の昇給分の仮払いを求めるものは、賃金の殆んど大半が生活費にあてられるのが我が国の賃金生活者の現状であることにかんがみれば、被保全権利の疎明があれば、特別事情なき限りその必要性を昇給分全額について肯認すべきものと考える。

しかし、一時金の仮払いを求めるものについては、必ずしも右と同様には解せられない。

一時金は賃金生活者にとつて日常の生活費の赤字補填の意味をもつとしても、必ずしもその全額がこれにあてられるとは即断できない。

(二) 本件につきこれをみるに、申請人の月額賃金の手取り額が九五、四二一円であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により成立を認めうる疎甲第五号証の一、第六号証、第一〇号証、前掲疎甲第一四号証および弁論の全趣旨によれば申請人は、賃金を唯一の生活の資とする労働者で妻と子供二人の四人家族であり、前記月額賃金の手取り額の中から自己の訴訟費用等をカンパに頼らず自ら捻出していること、が認められ、従つて月々の生活費に相当程度の赤字を生じていることは推認できる。

しかしながら、本件全疎明資料によるも一時金三三三、八〇〇円の全額の支払いを今直ちに受けなければ、申請人の生計が維持できず、そのため回復し難い損害を蒙るとは到底認めることはできない。

そこで以上の諸点を勘按すると昭和四五年度基本給昇給額および住宅手当につきいずれもその全額、夏季一時金につき二〇〇、〇〇〇円の限度で必要性を認めることができる。

四、従つて、右の限度において申請人の仮処分申請を認容した主文第一項掲記の仮処分決定は相当であるからこれを認可し、異議申立後の訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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