名古屋高等裁判所 昭和47年(ラ)105号 決定 1972年7月06日
昭和四七年(ラ)第一〇四号事件抗告人 株式会社 日信
右代表者代表取締役 吉田光宏
右抗告代理人弁護士 平山文次
同 平山雅也
昭和四七年(ラ)第一〇五号事件抗告人 宋琦奉こと 清原琦奉
主文
抗告人清原琦奉の抗告を却下する。
抗告人株式会社日信の抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
事実
(抗告の趣旨および理由)
一、抗告の趣旨
抗告人らは、いずれも「原決定を取消す。本件競落は許さない。」との裁判を求めた。
二、抗告の理由
(一) 抗告人清原琦奉は抗告の理由を開示しない。
(二) 抗告人株式会社日信の抗告理由の要旨は次のとおりである。
1、抗告会社は、昭和四七年五月一五日午前一〇時に開かれた本件競売期日に、別紙第二物件目録記載の不動産につき合計金一、四〇四万円をもって買受け申込みをなし、最高価競買人となったものである。
2、ところで、右競売期日の公告は、原裁判所により同年四月一二日付でなされたが、民事訴訟法第六五八条第三号所定の事項につき、原裁判所執行官林平三作成の賃貸借取調報告書が添付された。そして、右報告書には右不動産についてはいずれも「賃借人なし」と表示されていた。
3、抗告会社は、右公告により、右不動産についてはいずれも賃貸借がないものと思い、前記価額でその買受け申込みをなしたものであるが、抗告会社に対する本件競落許可決定後の調査により次のような事情にあることが判明した。すなわち、別紙第二物件目録(4)ないし(10)記載の各建物は、以前、所有者である申立外山二株式会社がその従業員に対し、社宅として提供していたものであり、右申立外会社は居住者から毎月金二、〇〇〇円ずつの金銭の支払を受けていた(給料から差引いていたらしい)。そして、申立外後藤勝治、同西井清治、同笠井秀夫はいずれも右申立外会社の従業員であったものであるが、社宅として、申立外後藤が右目録(4)記載の建物の一部に、申立外西井が右目録(6)記載の建物の一部に、申立外笠井秀夫が右目録(7)記載の建物にそれぞれ居住し、現在に至っている。もっとも、右申立外会社は昭和四三年一月倒産したものであり、右の者らはその頃右従業員としての地位を失ったと考えられるが、当該社宅の使用関係の法律的性質をどうみるかの問題とからむとはいえ、右の者らが右各建物につき競落人に対抗できる賃貸借を有する場合に該当するかも知れないのである。また、右目録(4)記載の建物の他の部分には申立外加藤良一が居住し、右目録(5)記載の建物は同申立外人が車庫として使用しており、右目録(6)記載の建物の他の部分には申立外伊藤則光が、右目録(10)記載の建物には申立外土井良夫がそれぞれ居住している。申立外伊藤は右申立外会社の元従業員の田端英夫の妹婿であり、申立外加藤、同土井は前記申立外会社の倒産後右各建物を管理することとなった債権者委員会(委員長後藤テツヤ)との間で賃料一か月五、〇〇〇円と定めて賃貸借契約を締結したと称するものである。なお、申立外後藤らも右債権者委員会と賃貸借契約を締結したということであるが、前記社宅時代の使用関係と同一性があるものかどうか不明である。
4、右のように、前記目録(4)ないし(7)、(10)記載の各建物に所有者以外の居住者がいるが、結局、その建物使用関係が賃貸借であるかどうか、また賃貸借である場合に競落人に対抗できるかどうかは、さらに調査をまたなければならないというものの、本来不動産競売は、物的担保権実行のため、裁判所によって行なう公権力の発動であって、競買人は、つねに裁判所によってなされた競売公告を公的な調査結果として信頼して競買を申出るものであって、この信頼のもとに競落するものであるから、不動産競売における賃貸借の取調は、競売裁判所において慎重に調査をして、賃借権の有無を公告すべきであって、本件のように競売物件がもと社宅であった場合には、たださえその使用関係は借家法の適用をめぐって論争の多いところであるから、特に充分な調査をなすべきである。
5、そうして、原裁判所が調査を充分すれば、前記目録(4)ないし(7)、(10)記載の各建物につき競落人に対抗できる賃貸借があることとなるかも知れないのである。そうとすれば、原裁判所は前記競売期日の公告にその旨明記すべきであったのに、これをせず、却って「賃借人なし」として公告したのは、民事訴訟法第六五八条に違反するものである。そのような瑕疵ある公告に基づき、前記目録記載の不動産につきなされた本件競売手続および本件競落許可決定は違法である。
6、よって、右本件競落許可決定の取消を求めるため、本件抗告申立てに及ぶ。
理由
一、抗告人清原琦奉の抗告について
本件競売記録によれば、抗告人清原は、競売法第三二条第二項、民事訴訟法第六八〇条、競売法第二七条第四項に照らし、本件競売手続における利害関係人でないことが明らかであり、右抗告人の抗告は即時抗告の申立てをする権利を有しないものの申立てにかかるものとして不適法である。
二、抗告人株式会社日信の抗告について
(一) 不動産競売期日の公告には、競売法第二九条第一項により、民事訴訟法第六五八条第三号に掲げる事項すなわち競売不動産に賃貸借がある場合に賃貸借の期限ならびに借賃および借賃の前払いまたは敷金の差入れがなされているときはその額を記載しなければならないものである。しかして、右事項は、もともと、競売法第二四条第五項、民事訴訟法第六四三条第一項第五号により、競売申立人においてその申立をなす際、申立書にこれを証明すべき証書を添付して明らかにすることを要するものであり、右事項を証明できないとして、競売法第二四条第五項、民事訴訟法第六四三条第三項により、競売申立人からその取調申請があった場合に始めて、競売裁判所において調査することとなるものである。そして、右取調は執行官をしてなさしめることをもって必要にして充分なものとされているのである。それは、要するに、競売手続の迅速な進行を図るためにほかならない。そのようにして、競売裁判所は、右競売申立人の証明したところまたは執行官の取調べたところに基づいて競売期日の公告に賃貸借の有無および内容を記載すれば足りるのであって、それ以上に職権でこれを調査ないし探知すべき義務もないし、調査ないし探知することを許されてもいないといわなければならない。したがって、例えば、執行官において右取調に当ったものの取調ができなかった場合はその旨、また賃貸借の有無につき所有者と占有者との申述が一致せずいずれとも判断し難いときは各申述したところをそのまま掲記すれば足りると解されるのである。
(二) 本件競売記録によれば、原裁判所は、競売申立人たる申立外株式会社東海銀行の申請により、執行官林平三に本件競売不動産である別紙第一、第二物件目録記載の不動産につき賃貸借の取調を命じたこと、右執行官は右不動産所在地に臨んだところ、別紙第二物件目録(4)記載の建物の西側の一戸には申立外後藤勝治が、その東側の一戸には申立外加藤良一が居住し、右目録(5)記載の建物は同人が車庫として使用し、右目録(6)記載の建物の西側の一戸には申立外西井清治が、その東側の一戸には申立外田端英夫が、右目録(7)記載の建物には申立外笠井秀夫が、右目録(10)記載の建物には申立外土井良夫がそれぞれ居住していたこと、右につき居住者またはその家族はいずれも右各建物の所有者である申立外山二株式会社の債権者委員会と賃貸借契約を締結した旨陳述したが、それを証する書面の提示はなく、また右申立外会社代表者早田桂一は右各建物につき賃借人はいない旨陳述したこと、右執行官が原裁判所に提出した賃貸借取調報告書には右各建物については賃借人がないこと、その陳述者は右申立外会社代表者早田桂一であること、現況として右各建物には前記のとおり居住者がおりそれぞれ前記のような陳述をなしていることが記載されていること、原裁判所は本件競売が実施された昭和四七年五月一五日午前一〇時の競売期日の公告を同年四月一二日付でなしたが、それに右報告書(写)をそのまま添付したことが認められる。
(三) 右のように、本件競売不動産につき賃貸借の取調を命ぜられた執行官において、性格の必ずしもはっきりしない債権者委員会と賃貸借を締結したというのみの右建物居住者らの陳述を採らず、所有者の陳述するところにより賃借人なしと報告したのは相当というべきであり、それに加えて右各建物に居住者がおり、賃借権がある旨陳述した旨記載のある報告書を添付した以上、前叙したところよりして、前示本件競売期日の公告には競売法第二九条第一項の要求する民事訴訟法第六五八条第三号に掲げる事項の記載を欠く違法な瑕疵はないといわなければならない。
その他、本件競売記録を精査するも、本件競売手続に抗告会社に対する本件競落許可決定を取消すべき違法な瑕疵のあることは見出せないから、抗告人株式会社日信の抗告は理由がないというべきである。
三、結語
以上の次第で、抗告人清原琦奉の抗告はこれを不適法として却下し、抗告人株式会社日信の抗告はこれを失当として棄却することとし、抗告費用は抗告人らの負担すべきものとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 布谷憲治 裁判官 福田健次 豊島利史)
<以下省略>