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名古屋高等裁判所 昭和48年(う)229号 判決 1973年11月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

押収してある診療エックス線技師免許証の写着五枚(昭和四八年押第六九号の一の一ないし一の四、同号の二三)を没収する。

理由

<前略>

検察官所論の要旨は、原判決が本件公訴事実中有印公文書偽造、同行使の事実に対し、本件の診療エックス線技師免許証写は、作成名義人の表示を欠くから刑法一五五条一項の客体たるべき文書には該当せず、よつて、公文書偽造罪が成立しない以上その行使罪も成立する余地もない、として無罪の言渡をした。しかしながら、被告人が作成した本件免許証の写は、大阪府知事左藤義詮作成名義の免許証原本を濱田弘志において写真撮影したものを、被告人が擅に自己名義に改ざんしてこれを更に写真撮影したものであるから、その作出された文書は、大阪府知事左藤義詮作成名義の免許証の原本が存在することを証明する文書というべきである。そして、本件の如く、原本を写真撮影することにより、原本の一字一画をも原形どおり正確に複写したものについては、原本の存在及びその確定的な意思表示の内容は、写自体によつて担保されることになり、写を見るものも、原本の存在に疑をいだかず、むしろ、原本と同様の効力を承認し、原本と同様の扱いをしているのが通常である。従つて、本件免許証の写は、大阪府知事左藤義詮によつて、被告人に対し診療エックス線技師免許をあたえた旨の意思表示書と解されるので、その作品名義人は、大阪府知事左藤義詮であるといわなければならない。更に、本件免許証の写は、その大きさ、形状とも本来の免許証と殆ど同一のものであり、右左藤義詮の署名下には角印の印影が顕出されており、人をして大阪府知事左藤義詮から被告人が交付されたものと信ぜしめるに十分であつて、このように印影そのものを顕出した場合は、写の単なる内容の一部をなしているにすぎないものではなく、社会的機能として、すなわち、法的評価として有印性を認めるのが至当である。従つて、本件は有印公文書偽造、同行使罪が成立するのに、これを無罪とした原判決は、刑法一五五条一項、一五八条一項の解釈適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、原判決が無罪とした本件有印公文書偽造、同行使の公訴事実につき、以下検討を加える。

(一)  原審で取り調べた各証拠によれば、被告人は昭和四四年六月ころ、大阪府堺市中長尾町二丁目八二番地所在の金岡病院で診療エックス線技師見習として勤務していたが、正規の技師と見習いとでは給料に格差のあつたことなどから、資格がないのに正規の技師になりすまそうと思い立ち、かねてより診療エックス線技師免許を有する濱田弘志から就職の斡旋を依頼され、同人の診療エックス線技師免許証の写(同免許証の原本を濱田が写真撮影のうえ、ほぼ原本大に引き伸したものであり、写である旨の表示も作成者の表示もないもの。)を預り保管していたのを幸い、これを利用して、自己があたかも大阪府知事から交付を受けた診療エックス線技師免許証を現に所持している如く装うべく、行使の目的の下に写真撮影により右免許証の写を作成することを企て、そのころ、前記金岡病院レントゲン室において、本件公訴事実第一に記載するように、右濱田弘志の免許証写中、本籍地、氏名、生年月日の欄、発行年月日欄及び登録番号欄をそれぞれ改ざんしたうえ、これを写真撮影し、右金岡病院の暗室で現像して引き伸し、正規の免許証とほぼ同じ大きさ形状の写(写真)六枚を作成したこと、そして被告人は、昭和四五年八月未ころ、大阪市東区伏見町三丁目一〇番地協和銀行大阪診療所へ、診療エックス線技師として就職の申込みをし、同銀行調査役松村茂雄からの履歴書と診療エックス線免許証を持参するようにとの求めに応じ、履歴書と共に前記作成にかかる免許証の写のうち一通を提出して行使し、同人をして被告人が正規の技師であると信用させ、その結果診療エックス線技師の嘱託として採用されたこと、また昭和四六年六月上旬ころ、名古屋市守山区大字小幡字東島七番地神保外科病院へ前同様技師として就職の申込みをし、その後同病院事務長西村丈示より八月二日から雇うこととしたから履歴書と免許証を持参するようにとの求めに応じ、同月三日ころ、履歴書と共に前記作成にかかる免許証の写のうち一通を提出して行使し、右事務長をして被告人が正規の技師であると信用させ、診療エックス線技師として採用されることとなつたが、被告人が右免許証の写を提出した際同事務長は免許証そのものをあとで持参するよう求めたのに対し、被告人は、本物は所管庁へ住所変更のため差出してあると答え、なお右事務長は右免許証の写につき別に写をとつたうえ、提出を受けた免許証の写は被告人に返還したこと、更に被告人は、医療専門雑誌医事新報の求人欄で多治見逓信診療所がエックス線技師を募集していることを知り、昭和四六年六月中旬ころ、所管の日本電信電話公社東海電気通信局(名古屋市中区大須四丁目九番六〇号所在)に応募したい旨申し入れたが、同通信局保健課長大谷武司から正式に診療エックス線技師採用試験に応募するなら履歴書、診療エックス線技師免許証、戸籍謄本を提出するよう求められ、その際右免許証については写の提出でよいとの同人の承諾をえたうえ、同年八月一二日ころ、同保健課長に対して、履歴書、戸籍謄本、身分証明書と共に前記作成にかかる免許証の写のうち一通を提出して行使し、同人及び外二名の採用試験担当者をして被告人が正規の技師であると信用させ、診療エックス線技師として採用されるに至つた各事実を認めることができる。

(二)  ところで、原判決は、「被告人が作成した本件免許証の写には写真撮影した者の表示あるいは写の作成者を表示するものはどこにも存在せず、その形式や体裁を仔細に調べても、作成名義人が誰であるかを判断することができないから、いわばこれらは作成名義人の表示のない文書といわなげればならない。」と判示し、結局本件免許証が文書偽造罪の客体たる文書に該らないとしているのであるが、検察官所論はこれに反論するので、この点につき考察する。まず、本件の免許証の写自体は写真ではあるが、被告人がこれらを自己の資格を偽るため行使する目的で作成し、一部につき現に就職の申込をする際に資格証明の資料として使用し、その通用性が認められたものであること前認定のとおりであり、従つて、これが一定の社会的機能を有することが明らかであるから、単なる写本の類ではなく、作成名義人の確定的な意識内容を記載した刑法にいわゆる文書に該るというべきである。しかしながら、本件免許証の写には、写である旨の認証文言やこれに伴う作成名義人を表示する署名押印が存しないため、作成名義人をいかに判別するかが問題であるが、作成名義人については、写の作成者として当該文書中に署名押印をもつて表示されていない場合でも、その文書の記載内容、文書の形式、体裁から判断することができるものと解すべきであるから(昭和三一年(あ)第三八〇二号、同三四年八月一七日最高裁第二小法廷決定参照)、かかる観点から本件を吟味するに、本件免許証の写は一見して明らかに被告人を名宛人とする大阪府知事左藤義詮作成名義の診療エックス線技師免許証原本の存在を推認せしめるべき文書であり、しかも、写真であるから、原本の一字一画までも原形どおり正確に複写されたものとしての形式、外観を呈し、いわば写真であることの紙質等の特質を除けば、内容において原本と全く同一とみられるものであり、従つて、文書の性質として写であること自体は否定しえないが、その実質は原本に近似し、原本的性格をもつものといわなければならない。従来、写については手書きの方法が用いられていたが、手書きによる写の場合は写である旨の記載と作成者の署押印などいわゆる認証文言の存在が写の正確性を担保するものとして重要視されていたことは当然であるが、本件の如く精巧な複写技術を用いて作成された写については、写自体によつてそこに表示されているとおりの内容の原本の存在が担保されるものであり、これを見る者をして特に認証文言の存否に関心を抱かせないのが通常と認められるし、しかも、原本の存在に疑を抱かず、原本と同様な取り扱いがなされるのが通例と思われる。そのことは、現に本件につき被告人から本件免許証の写の提出行使を受けた前認定の医療機関等がいずれも被告人を正規の診療エックス線技師の資格を有するものと信じて採用している点に徴しても明らかである。

しかして、本件はもともと被告人において大阪府知事左藤義詮が正当に作成した診療エックス線技師免許証の写として提出行使する意図の下に作成し、その一部を真正なものの如く装つて現実に使用している事実が認められるもので、かかる文書の実体、その作成された免許証写の形式、外観は、正に免許証原本の存在につき一般人をして信じて疑わしめないものと認められ、その内容は原本作成名義人として表示された大阪府知事左藤義詮が被告人を技師免許取得者であると証明する旨の確定的意思表示の記載であるから、これらの点について洞察すれば、本件免許証の写から一般的に理解されるところの意識内容の主体、すなわち作成名義人は大阪府知事左藤義詮であると認むべきである。

要するに、本件は被告人が大阪府知事から診療エックス線技師免許証を交付されたものでもないのに、同知事の作成名義を偽り、あたかも右免許証の原本が存するかのように同知事作成名義の同免許証の写を作成したものというべく、かかる所為は公文書の信憑性を害すること甚だしいもので、結局本件免許証の写は、公文書偽造罪の客体たる公文書に該るものとしなければならない。

(三) 次に、本件免許証の写を有印公文書と評価すべきであるとの検察官所論の点につき案ずるに、成程本件免許証の写の大阪府知事左藤義詮名下に同知事の印影が顕出されていることが認められるが、この印影は免許証の写の内容の一部をなしているものに過ぎないから、これをもつて現実に押捺された印影と同一にみることはできないし、他に本件免許証の写には署名押印など認証文言も存しないこと前説示のとおりであるから、公文書の有印性を認めることができないものというほかなく、この点に関する検察官所論の見解は是認できない。

(四) 以上の次第であるから、本件免許証の写は、大阪府知事左藤義詮作成名義の無印公文書と認めるべく、しかして、叙上説示により被告人が本件免許証の写六通を作成し、かつそのうち三通を行使した所為に関する本件公訴事実については、無印公文書偽造、同行使罪の成立を認めるのが相当である。そうだとすれば、原判決が右公訴事実につきなした無罪の判断は、その理由とするところに徴し、刑法一五五条、一五八条一項の解釈適用を誤つたもので、その法令解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、なお、右の公訴事実は、原判決が有罪と認定処断した診療放射線技師および診療エックス線技師法違反の公訴事実と併合罪の関係にあるものとして、公訴を提起せられたものであるから全部破棄を免れない。論旨は結局理由があることに帰着する。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条に則り、原判決を全部破棄するが、本件は原審において取り調べた証拠により、直ちに判決することができるので、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において、被告事件につき、さらに判決する。

(罪となるべき事実)

第一、被告人は、昭和四四年六月ころ、大阪府堺市中長尾町二丁目八二番地金岡病院において、行使の目的をもつて、ほしいままに、そのころ預り保管中であつた濱田弘志名義の診療エックス線技師免許証(昭和四四年一月一三日付大阪府知事左藤義詮交付登録番号第一一五二号)の写(写真版)中、本籍地、氏名、生年月日欄の「石川県、濱田弘志、昭和二十二年六月八日生」とある部分を切りぬいて、その空白箇所に自らマジックインキを用いて「秋田県、斎藤強、昭和十四年四月十日生」と記載した紙をあてがい、発生年月日欄の「昭和四十四」とあるうち、上部の「四」の文字をナイフで削り取つて、その上にマジックインキで「三」と記入し、同欄の「一月」とあるうち、「一」の部分を「六」と、登録番号欄の「第一一五二号」とあるうち、上部の「一一」の部分をマジックインキを用いて「五」とそれぞれ改ざんしたうえ、これを写真撮影して六枚に焼付引き伸し、もつてあたかも自己が交付日付昭和三四年六月一三日、交付番号五五二号をもつて大阪府知事から交付を受けたかの如き外観を呈する大阪府知事左藤義詮名義の診療エックス線技師免許証の写六通(昭和四八年押第六九号の一の一ないし一の四、同号の二三を含む)を作成してこれを順次偽造し、いずれも真正に成立したものであるように装つて、

(一)  昭和四五年八月未ころ、大阪市東区伏見町三丁目一〇番地協和銀行大阪診療所において、同銀行調査役松付茂雄に対し、右偽造免許証写中一通を提出して行使し、

(二)  昭和四六年八月三日ころ、名古屋市守山区大字小幡字東島七番地、神保外科病院において、同病院事務長西村丈示に対し、右偽造免許証写中一通を提出して行使し、

(三)  同年八月一二日ころ、名古屋市中区大須四丁目九番六〇号日本電信電話公社東海電気通信局において、同局保健課長大谷武司に対し、右偽造免許証写中一通を提出して行使したものである。

第二、原判決が認定した罪となるべき事実と同一である。

(証拠の標目)<略>

(確定裁判)

被告人は、昭和四七年一〇月二一日東京地方裁判所で詐欺罪により懲役一年六月に処せられ、右裁判は昭和四八年二月二三日確定したものであつて、この事実は判決書写二通及び原審第三回公判調書中の被告人の供述部分によりこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の無印公文書偽造の所為は各刑法一五五条三項、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条適用)に、同偽造公文書行使の各所為は刑法一五八条一項、一五五条三項、右同改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条適用)に、判示第二の所為は包括して診療放射線技師及び診療エックス線師法二四条一項、三項に各該当するところ、各無印公文書偽造の所為は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であり各その行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項前段、後段、一〇条により、結局重い各偽造公文書行使罪の刑で処断し、右判示第一、第二の各罪につき所定刑中懲役刑を選択するが、以上の各罪と前記確定裁判のあつた罪とは同法四五条後段により併合罪の関係にあるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示各罪につきさらに処断することとし、なお、右の各罪もまた同法四五条前段により併合罪の関係にあるから、同法四七条本文、一〇条により、最も重い判示第一の(三)の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、領置した診療エックス線技師免許証の写真五枚(但し、斎藤強名義で番号五五二号のもの、昭和四八年押第六九号の一の一ないし一の四、同号の二三)は、判示無印公文書偽造の犯罪行為による生成物件で、なんびとの所有をも許さないものであるから、同法一九条一項三号、二項によりこれを没収し、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(小渕連 寺島常久 横山義夫)

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