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名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)13号 判決 1974年3月29日

控訴人 宗教法人聖心布教会

右代表者代表役員 ヨゼフ・バーク

同 ヨゼフ・バーク

右両名訴訟代理人弁護士 大脇松太郎

大脇保彦

大脇雅子

内河恵一

高山光雄

被控訴人 レオ・F・ヒュー

右訴訟代理人弁護士 平田精甫

主文

原判決を取消す。

被控訴人らと控訴人らとの間の名古屋地方裁判所昭和四七年(ヨ)第四八七号占有妨害等禁止仮処分事件について、同裁判所が昭和四七年五月一日にした決定を取消す。

被控訴人の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の提出・援用・認否は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

一  被保全権利について

被控訴人が現在その一部を占有している司祭館は、聖心布教会の会員でありかつ神父である者の活動と居住にあてられるものであり、その使用権原は、右会員にして神父たる地位に付属するものである。しかして、仮処分の被保全権利としての占有権は単なる抽象的な権利を意味するものではない。すなわち、本件司祭館の占有は聖心布教会の会員の権利に基づくことを要し、したがって、右会員たる地位の存続という内容を伴わなければならないのである。

被控訴人は、カトリック教会において定められている三つの誓約(清貧、貞潔、従順)を行ない聖心布教会の修道会の会員となり、昭和二四年ローマの修道聖省より神父の資格を与えられ、昭和二七年五月オーストラリアの管区長の命により日本に赴任したものであるが、数年前より同教会の命令に従わず、規律を乱し、無断で海外旅行をし、女性のもとに外泊し、金銭の給付を求めて文書を配布し、八〇〇万円の金員を同教会から借受け自己名義で土地・家屋を購入して自己の子供を懐妊した女性の出産・居住の用にあてようとするなど、前記の誓約に違反する所為が多く、オーストラリア管区長による帰国命令をも無視したため、同管区長は昭和四七年三月二二日教会法の手続に基づき被控訴人を除名した。この除名処分はローマ本部およびローマの修道聖省により裁可され、被控訴人は現在神父職を停止されている。右除名処分は正当であるから、前記の理により被控訴人は本件係争の司祭館につき占有権を有しないものというべきである。

二  保全の必要性について

被控訴人は、昭和四七年一月、控訴人教会が出捐した金八〇〇万円をもって、名古屋市千種区猪高町大字高針字西山二二五番一〇宅地一二四・七三平方メートルおよび同土地上の家屋を被控訴人名義で購入し、家屋については未登記であるが、土地については登記を完了している。右家屋は、一階が六畳・三畳・台所・浴室・便所、二階が四畳・三畳という構造で、被控訴人の居住に必要な十分の広さを有し、被控訴人は電気・水道・ガスを自己の名義でひき、ここにおいて英会話教室を開催し夜間宿泊するなどして、現にこれを住居として使用している。

ところで、控訴人らは従来、右土地・家屋は控訴人教会が出捐した金員をもって買入れられたものであると主張してきたが、被控訴人が住居としてこれを使用することは妨害しない旨言明してきたところであり、ただ被控訴人がこれを転売する旨法廷で供述したため土地についてのみ仮差押をしたもので、家屋については、被控訴人の居住の確保を慮って仮差押をしていないのである。また、前記の八〇〇万円の金員については、控訴人教会は被控訴人に対しその返済を求めてはいるものの、かかる金員の返還請求がなされたからといって被控訴人の右西山の家屋における居住が当然に危うくなるものということはできない。

一方、本件司祭館の係争部分については、本件仮処分決定がなされる以前から既に工事のため電気・水道・ガス等が切断されていて、居住に全く適さない。そして、被控訴人は、前記のとおり西山の家屋を生活の本拠としているため、夜間はほとんど右司祭館を留守にし昼間も不在のことが多い。

しかして、被控訴人は現在神父職を停止されているのであるから、右係争部分たる居室を使用する必要があるといっても、それは単に居住の必要があるというにすぎないとみるべきである。しかるに、居住の点については前記西山の家屋があるのであるから、結局被控訴人は本件係争部分を使用する必要がないものというべきであり、したがって本件仮処分申請については保全の必要性を欠くものといわなければならない。

三  特別事情の存在について

控訴人教会が施工している司祭館の改築工事は、被控訴人が本件居室を占拠しているため中断の止むなきに至っている。そして、これを放置することによる資材の損傷ははなはだしく、仮に右係争部分を除外して一たん工事を完成しその後追加工事をするという方法をとっても、現時における資材・人件費等の高騰を考慮すると、控訴人教会の被る損害は著しく、その額は二五〇万円を下らないものである。

ところで、被控訴人は、前記のとおり聖心布教会の会員資格を奪われ神父職を停止されているから一切の教会活動を行なうことができず、かつ、昭和四八年二月二七日名古屋地方裁判所において、一般礼拝堂と本件係争部分たる居室とを除くすべての教会建物への被控訴人の立入を禁止する旨の仮処分決定がなされた。したがって、右居室に対する被控訴人の占有はせいぜい居住の必要から認められるにすぎないものである。そうすると、被控訴人が右居室から立退くことによって損害を被ることがあるとしても、それは金銭的に賠償すれば足るものである。しかして、仮に被控訴人が裁判によって会員資格および神父職を回復するような事態が将来生ずることがあっても、その時点において再び教会内に居住することを認めれば、被控訴人に対する救済としては十分である。

(被控訴人の主張)

一  被控訴人が受けた除名処分については、なお最終的に法王座へ上訴する途が残されているほか、被控訴人は現在裁判上右処分の違法を主張して修道者としての地位の確認を訴求している。しかして、修道者の除名処分に関するカノン法六四七条についてのバチカンの公式見解によれば、除名処分を受けた者も、上訴等により救済を求めている間は、依然除名以前と同様の権利・義務を有し、その者の属する施設内に居住することが要求されるのである。

したがって、被控訴人は、除名処分にもかかわらず本件司祭館内に居住する権利を有するのである。

二  被控訴人は既に二十有余年にわたり本件司祭館において布教活動およびこれに付随する教育活動を行なってきたもので、本件係争部分が被控訴人の神父としての活動および生活の本拠であることは明らかであり、一時の不便に耐えかねて外泊した事実があったとしても、右居室が依然生活の本拠であることに変りはない。就中、カトリック修道者にとり修道院および司祭館に留まることは重大な意味を持ち、一時たりと、その所属する修道会外に生活の本拠を構えることは許されないのである。

なお、控訴人教会が西山の家屋を仮差押の対象としなかったのは、右家屋が表示登記すら存しないため、これを被控訴人の所有として保全手続をなすことができなかったからであって、控訴人が被控訴人に対し土地・家屋の双方を追及する意図を有していることは明らかである。

三  本件司祭館の改造工事は、被控訴人占有部分を除いて全て終了し、本件仮処分決定の存在が工事の支障となったようなことはない。また現在、本件仮処分決定の存在によって教会内の平穏が妨げられ教会活動が阻害されているような事実は存しない。

被控訴人にとって、本件仮処分によって保全される占有ないし法律的地位は、一たん仮処分決定が取消されるならばもはや金銭的補償をもって足るという性質のものではない。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  被保全権利についての当裁判所の判断は、次のとおり付加するほか、この点に関する原判決の理由説示(原判決一一枚目表九行目から一三枚目表一行目まで)と同じであるから、これを引用する。

被保全権利に関し控訴人らが当審において主張する点は、要するに、被控訴人は聖心布教会から除名されたから本件係争の司祭館に居住し得ないというのであって、右は結局占有につき対抗しうる本権を有しないというに尽きるところ、仮処分の被保全権利としての占有権は本権の有無を問わないものであるから、右主張は失当である。

二  そこで、保全の必要性について判断する。

1  昭和四七年三月下旬、控訴人らが控訴人教会の内部を取毀し始め、被控訴人の居住する本件居室と隣室との境のコンクリート壁の取毀しにかかったことは、当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によると、控訴人教会は昭和四六年五月ごろから教会建物の改築工事をすることを計画し、同年一〇月工事の実施を決定したこと、そこで、本件司祭館に居住していた神父たちは昭和四七年三月ころには教会構内の別棟の倉庫を改造した仮住居に移転して行き、被控訴人に対しても仮住居が提供されたこと、しかるに、被控訴人は、昭和四七年三月二二日控訴人教会を除名する旨の通知を受けたため仮住居に移転することを拒み本件居室に留まっていること、以上の事実が認められる。しかして、控訴人らが、現在においては被控訴人に対し教会構内の他の場所を住居として提供する意思のないことは、本件弁論の全趣旨に照らして明らかであり、また、被控訴人が昭和四八年二月二七日名古屋地方裁判所昭和四八年(ヨ)第五四号仮処分決定により、控訴人教会構内の建物のうち礼拝堂の一部および本件係争部分を除くその余の部分につき立入りを禁止されていることは、≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。したがって、被控訴人は、現在教会構内の別の場所に住居を得ることができないことが明らかである。

そうすると、被控訴人が、教会の外に生活する場所がなく、仮にあってもそれによっては本件係争部分たる居室に居住するのと同様の目的を達し得ない場合には、被控訴人において右居室を占有する必要があるというべきである。しかるところ、控訴人らは、被控訴人は千種区内西山に所在の家屋に居住することができると主張する。そして、≪証拠省略≫によると、被控訴人は、昭和四七年一月、控訴人教会の出捐にかかる金八〇〇万円および被控訴人の母の支出した金八〇万円をもって、被控訴人名義で名古屋市千種区猪高町大字高針字西山二二五番一〇宅地一二四・七三平方メートルおよび同土地上の二階建家屋を購入し、家屋については未登記であるが土地については自己のため所有権移転登記を了し、ガス・水道・電気等の設備を控訴人名義で設置していること、右家屋は、一階が六畳・三畳の各部屋のほか台所・浴室・便所を備え、二階は四畳・三畳の二室を有する構造であること、右家屋において控訴人は英会話教室を開催し、英会話教授用の録音テープの採取作業を行なうほか、みずから宿泊し、あるいはオーストラリアから訪れた自己の母親を宿泊させるなどして使用していること、以上の事実が認められ、これによれば、右家屋は被控訴人がここに居住し日常生活を営むためには十分な構造・設備・広さを有することが明らかである。

ところで、控訴人教会の出捐にかかる金八〇〇万円については、その性格が必ずしも明らかでなく、≪証拠省略≫によれば、控訴人教会はこれを貸金であると主張し、被控訴人に対する右貸金債権を保全するため前記宅地に対し仮差押をなしていることが認められるのであるが、控訴人教会がみずから右土地・建物を買受けその所有権を取得したと主張して被控訴人のこれに対する所有権を否定するのであれば格別、単に右の金員が貸金であると主張して被控訴人に対しその支払を求めるにすぎない場合には、そのことのみによっては、右土地・建物に対する被控訴人の居住関係が危殆に瀕するということは考えられないのである。したがって、右の八〇〇万円の貸金について控訴人教会と被控訴人とが係争中で、かつ右土地につき仮差押がなされているというようなことは、右家屋に対する被控訴人の居住を不安定ならしめる事情とはいえないこと明らかである。

また、本訴における控訴人らの主張をみると、控訴人らは、西山の土地・家屋は控訴人教会の出捐にかかる資金をもって買受けたものである旨主張し、右家屋が被控訴人の所有である旨の表現を意識的に避けているかにうかがわれ、したがって右家屋に対する被控訴人の所有権をも否定するもののごとくにもみられるのであるが、控訴人らのかかる態度は前記貸金の主張と矛盾するものであり、仮に控訴人らにおいて右貸金の主張とは別個に、前記八〇〇万円の金員について控訴人教会が売主に対して支払った売買代金であるとの主張を維持するものであっても、一方において、控訴人らは、右西山の家屋における被控訴人の居住を妨害しない旨言明しているのであるから、近い将来において被控訴人が控訴人らの行為により右家屋から立退きを迫られるような事態は生じないであろうと考えられるのである。

なお、≪証拠省略≫によれば、被控訴人はみずから西山の家屋に居住する意図はなく、かつこれを近く他に売却するつもりであるというのであるが、これらは専ら被控訴人の主観的意図により左右される事情であり、かかる事実をもって被控訴人の右家屋における居住が不安定な状態にあるとするのは相当でない。

3  ところで、≪証拠省略≫によると、被控訴人は、現在控訴人教会を除名され神父職を停止されるとともに、在留許可期間を経過し右期間の更新申請に対しても不許可処分がなされていること、右除名処分に対しては控訴人らを相手方として、被控訴人が控訴人教会の会員の地位を保有することの確認および被控訴人が控訴人教会の境内地内の建物に居住することを妨げてはならない旨を求める訴を提起し、また右在留期間更新不許可処分に対しては処分取消の行政訴訟を提起していることが認められる。したがって、被控訴人は、右の地位確認等の本案訴訟および処分取消の行政訴訟の帰すう如何によっては、再び控訴人教会の会員の地位および神父としての資格を回復し、ひいてはかかる目的のための在留をも認められる可能性が絶無とはいえないのであるが、それまでの間被控訴人においてなお教会内に留まり神父としての権利・義務を行使しうる地位にあるか否かは争いの存するところであり(被控訴人はカノン法上かかる地位が認められると主張する。)、仮にこのような権利が認められるとしても、仮処分という暫定的な法律状態を形成することを目的とする手続においては、その形成さるべき状態の態様に応じてある程度神父職としての権利・義務の行使が制限されることがあってもやむを得ないところといわなければならない。

本件においては、控訴人教会が全体的な工事計画に基づき被控訴人が占有する居室に改築工事を行なおうとするのに対し、被控訴人が占有権に基づき占有妨害排除および工事禁止を求めているものであるが、かかる仮処分申請において被控訴人の側における右居室使用の必要性の有無を判断するにあたっては、主として居住の必要性を考慮すれば足り、被控訴人が右居室に住って神父職を遂行する必要については必ずしも十全の考慮を払う必要はないものというべきである。なるほど、修道者にとって教会内に留まることは重大な象徴的意味があり、かつ被控訴人が今後前記訴訟を追行して行くにあたって本教会内に留まってこれをなす場合には精神的に多大の支えを得ることになることは否定できず、専ら精神的な状態に属するかかる事情も本件のごとき宗教上の施設内における居住の必要が問題となる事案においては一個の事情として考慮し得ないものではないが、前記のとおり控訴人教会の会員としての地位および神父としての職を事実上遂行し得ない状態にある被控訴人については、完全な地位および資格を有する者と全く同等に右のような利益を保護しなければならないというものではない。

しかして、前記西山の家屋において被控訴人が本件係争居室におけると同様に居住の目的を達しうることは明らかである。

4  以上を要するに、控訴人教会が本件係争居室につき工事をなすに必要な最少限の期間、被控訴人において現に居住しうる家屋があるにもかかわらず右居室を占有していなければならない必要性については、これを認めることができないものというべきである。

したがって、控訴人教会が本件係争居室に対し改築の必要上工事を施工しようとするものである以上、右居室に対する占有権をもって妨害の排除および工事の禁止を求める被控訴人の本件仮処分申請は、保全の必要性につき疎明を欠くものというべきであり、保証をもってこれに代えるのも相当でないから、右申請を却下すべきである。

なお、本件仮処分申請が却下された場合には、被控訴人が右申請によって求める訴訟上の状態(保全状態)が形成されず、その結果被控訴人としては控訴人教会が右居室に対し工事を施行するのを容認せざるを得ず、事実上右居室から退去することを余儀なくされることは容易に推測されるところである。そして、一たん被控訴人が右居室から退去した場合には、右工事が完了した後に再び右居室に入居することがきわめて困難となるであろうことは、本訴における控訴人らの態度から見て明かである。

しかしながら、このような場合被控訴人が本件司祭館につき占有権原を主張して新たな保全状態の形成を目的とする別個の仮処分申請をなすことは何ら差支えなく、かかる申請がなされた場合には、裁判所としては被保全権利および保全の必要性につき新たに判断し右申請の当否を決すべきこととなる。ただ、現在においてはそのような事態は未だ生せず、かつ本件において被控訴人が形成を求める保全状態は右とは全く別個のものであるから、本件において、工事完了後における被控訴人の本件居室の占有につきこれを肯認しもしくは否定する判断をなすことは必要がなく、かつこれをなし得ないものであるため、かかる判断を示さないものである。

本件における当裁判所の判断は、要するに、控訴人教会が工事を施工する必要があるにもかかわらず、他に居住しうる場所を有する被控訴人が本件居室を占有して占有妨害排除および工事禁止を求めることは容認し難いというに止まるのである。本件事実関係をみると、控訴人教会が被控訴人に対し工事の施工を理由に本件居室の明渡を要求していた時期に、たまたま被控訴人に対し除名処分がなされたため、控訴人教会としては、除名がなされた以上被控訴人はもはや本件居室を占有し得ないものである旨主張し、強硬に明渡を求めているごとき事情がうかがえるのであり、本件においてもその点を理由にして仮処分の不当を強調しているかにみられるので、当裁判所の本件における判断はかかる控訴人らの主張にそうものではない旨、念のため付言する次第である。

三  よって、原判決は相当でないからこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 川端浩 裁判官新村正人は差支えのため署名捺印することができない。裁判長裁判官 宮本聖司)

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