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名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)161号 判決 1976年12月27日

控訴人(附帯被控訴人)

岡徳証券株式会社

右代表者

安藤龍彦

右訴訟代理人

岩田孝

被控訴人(附帯控訴人)

佐藤せつ子

被控訴人(附帯控訴人)

鈴村祥高

被控訴人(附帯控訴人)

鈴村繁

右三名訴訟代理人

後藤昭樹

外二名

主文

一  附帯控訴に基づき、原判決主文第二項を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)佐藤せつ子に対し、三菱重工業株式会社株式一、〇〇〇株、安立電気株式会社株式一、〇〇〇株、大豊建設株式会社株式五〇〇株、山之内製薬株式会社株式一、〇〇〇株、日本コロムビア株式会社株式一、〇〇〇株の各株券を引渡せ。

右株券の引渡につき強制執行が不能のときは、控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)佐藤せつ子に対し、執行不能となつた株券につき、別紙株価表記載の株価の割合による金員を支払え。

二  控訴人(附帯被控訴人)の被控訴人(附帯控訴人)佐藤せつ子に対する控訴を棄却する。

三  控訴および附帯控訴に基づき、原判決主文第三項を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)鈴村祥高に対し、日本電装株式会社株式三、〇〇〇株の株券を引渡せ。右株券の引渡につき強制執行が不能のときは、控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)鈴村祥高に対し、執行不能となつた株券につき、別紙株価表記載の株価の割合による金員を支払え。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)鈴村祥高に対し金三〇万六、九三五円を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)鈴村祥高の特定物である株券の引渡を求める一次的請求を棄却する。

四  控訴および附帯控訴に基づき、原判決主文第四項を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)鈴村繁に対しシヤープ株式会社株式二、〇〇〇株、新東工業株式会社株式一、七二五株の各株券を引渡せ。

右株券の引渡につき強制執行が不能のときは、控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)鈴村繁に対し不能になつた株式につき別紙株価表記載の株価の割合による金員を支払え。被控訴人(附帯控訴人)鈴村繁の特定物である株券の引渡を求める一次的請求を棄却する。

五  訴訟費用(控訴費用、附帯控訴費用を含む)は、第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

六  この判決は被控訴人(附帯控訴人)勝訴の部分につき仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人が証券取引法に基づく証券会社であり、竹沢伸美が昭和三三年控訴会社に入社し、その知多営業所長代理、名和営業所長、本店営業第四課長代理を経て、昭和四三年に本店営業第三課長の地位にあつた外務員であることは当事者間に争いがない。

二被控訴人佐藤せつ子関係

(一)  大豊建設株式会社株式五〇〇株

<証拠>によると、被控訴人佐藤せつ子は、昭和四一年二月二日、竹沢を通じ、控訴人に対し、佐藤次男名義で、大豊建設株式会社(以下、大豊建設という)株式五〇〇株の買委託をし、その頃代金支払をなし、控訴人はその頃右委託に基づく買付をしたことが認められる。<証拠>には昭和四〇年二月七日の受付印がなされているが、<証拠>によれば、前掲<証拠>の記載のとおり、右株式の買委託は昭和四一年二月二日になされたもので、右<証拠>の受付印は事務上の誤りによるものであることが認められるから、右受付日の記載は措信せず、また、<証拠>中前記認定に反する部分は措信しない。

(二)  三菱重工株式会社株式一、〇〇〇株および安立電気株式会社株式一、〇〇〇株

<証拠>によると、被控訴人佐藤せつ子は昭和四二年頃、竹沢を通じ、控訴人に対し、三菱重工株式会社(以下、三菱重工という)株式一、〇〇〇株および安立電気株式会社(以下、安立電気という)株式一、〇〇〇株の各買委託をし、その頃代金支払をなし控訴人を代理して竹沢は右委託に反し買付けをしないのに買付けた旨同被控訴人に虚偽の報告をしたことが認められ<る。>

(三)  山之内製薬株式会社株式一、〇〇〇株および日本コロムビア株式会社株式一、〇〇〇株

被控訴人佐藤せつ子が昭和四四年三月、竹沢を通じ、控訴人に対し、山之内製薬株式会社(以下、山之内製薬という)株式一、〇〇〇株および日本コロムビア株式会社(以下、日本コロムビアという)株式一、〇〇〇株の買委託をし、その代金を支払つたことは当事者間に争いがない。<証拠>によると、控訴人は昭和四四年三月一七日右各株式各一、〇〇〇株を右委託に基づいて買付けたことが認められる。

(四)  仮受領証の不存在および回答書(承認書)による確認などの事情について

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  通常、売買委託のあつた場合には、次の方法がとられる。

(1) 約定が成立すると、原則として、直ちに売買報告書を本社から顧客に直接郵送する。その場合、報告書を交付して代金を受取る場合と、報告書を交付する前に代金を受取る場合とがある。

(2) 株券の受渡日は、名古屋市場の場合は四日目、東京など遠方市場の場合は五日目であつて、株券は郵送する。

(3) 外務員が売買報告書を交付する前に代金を受取る場合には仮受領証を出す(仮受領証には株券、現金双方用のものがあるが、株券を引渡すときは、株券と同時に売渡計算書を交付する)。

(4) 右仮受領証の制度は昭和四二年五月一日から施行された。

2  被控訴人佐藤せつ子は、竹沢の隣りに居住しており、同人を小さい時から知つていたので、昭和三四年頃から竹沢の勧誘によつて控訴人と株式取引を始めた。

3  同被控訴人は、前記(一)の大豊建設株の買委託をした際、佐藤次男名義を用い、同被控訴人が代金を支払い、控訴人は佐藤次男名義で買付を実行し、同名義で買付が整つた旨買付報告書をもつて同被控訴人に報告した。その際、同被控訴人は、竹沢は前記2のとおり隣人であるので、同人と控訴人を信用し、右代金の仮受領証を受領しなかつた。

4  乙第一六号証は、佐藤次男に対する昭和四一年七月二九日現在の照合書であつて、帳尻の預り金、立替金、現物勘定欄はいずれもゼロとなつているが、被控訴人佐藤せつ子が控訴人から右照合通知を受けたかどうかは明確でなく、また、控訴人も右照合についての回答書を受取つておらず、かつ、再照会もしていない。

5  同被控訴人は、竹沢が大豊建設の株券を引渡さないので、同人に請求したところ、同人は、「会社に預けてあるから、もう少し経つたら持つてくる。」という返事であつた。さらに、同被控訴人は昭和四三年頃、竹沢に対し大豊建設、三菱重工の売付を委託したことはあるが、元来、右各株式は買付の後名義書換が完了すれば同被控訴人に株券を引渡すべき契約であつたところ、竹沢は右のとおりこれを履行しないので、同被控訴人は大体の指値をして、値が上れば売るということで売付を委託したところ、竹沢はその値になつても売付をせず、月日が経つてしまつたもので、その間同被控訴人の請求があれば、直ちに株券を引渡すという合意であつたものである。

6  竹沢は昭和四二年頃前記三菱重工、安立電気の各買付の委託をうけた際、買付報告書を送付せず、同被控訴人には口頭で買付の虚偽報告をした。

7  控訴人は昭和四四年三月一七日、前記山之内製薬、日本コロムビア各株式各一、〇〇〇株の各買付をした際、売買が整つた旨売買報告書をもつて報告した。なお、前記大豊建設株式の場合と同様に、同被控訴人は三菱重工、安立電気、山之内製薬、日本コロムビアの各株式買付の代金を支払つた際、竹沢から仮受領証をとつていない。

8  同被控訴人は、昭和四四年四月二八日頃、控訴人から、同日現在における山之内製薬、日本コロムビアほか三銘柄の取引の記載のある顧客勘定元帳写を添付して照合通知を受けたのに対し、控訴人の通知書のとおり相違ない旨の回答書(承認書)を返送した。右照合通知は名古屋証券業協会の規則に準拠して六か月毎に一度なされるものである(いわゆるコピー方式。昭和四二年四月までは、残高照合方式といつて、一枚の用紙に信用取引残高、現物の預り金、立替金の明細、保護預りその他株券を預つているかどうかの有無を一覧表でやつていた。同被控訴人は右照合通知書に添付された右顧客勘定元帳写に山之内製薬、日本コロムビアの二銘柄のみが記載されており、三菱重工、安立電気、大豊建設の取引についてなんら記載のないことに不審を抱き、竹沢に問いただしたところ、同被控訴人は竹沢から、前の分とは全然別個で関係がないから、そのまま回答書を出すようにといわれたため、竹沢の言を信じて、控訴人に対し前記回答書(承認書)を出したものである。

9  同被控訴人が買委託をした後数年間も株券が引渡されず、本訴提起にいたつたのは、前記6のほか、次のような事情によるものである。

(1) 同被控訴人が前記各買委託をした後、竹沢が昭和四四年六月懲戒解雇になるまでの間、同被控訴人はついに右各株式の引渡を受けることができず、また、名義書換やこれにともなう配当、新株の割当を受けることができなかつた。

(2) もちろん、同被控訴人はその間竹沢に対してたびたび催促をした。同被控訴人が竹沢に対し、配当について控訴会社へ聞いてみてくれといつたところ、竹沢は、「今度精算のときにちやんと返してくれる。何年経つても配当はくれるから、遡つて精算してくれ。」といわれた。

(3) 安立電気が増資したので、同被控訴人が竹沢のところへ聞きにいつたとき、竹沢は、「会社の方へ株の通知がきているから、新株ももらえる。金を払うのはその時でいい。」といつた。

(4) 竹沢は、たまたま市況活況の折柄、自己の思惑取引を行なつたが、実際は意のごとくならず損失を重ね、その補填のため顧客の有価証券の売却や証拠金の不当引出などを行なつたもので、被控訴人佐藤せつ子から買委託をうけて買付けた前記株式はいずれも勝手に処分し(交付をうけた買付金の一部についても同様と推測される)、同被控訴人から、催促を受けるたびに前記のようにその場をいいつくろつていたものである。

以上のとおり認められ、<る。>

右認定事実によれば、仮受領証や一部買付報告書の不存在および回答書(承認書)による確認により、前記(一)ないし(三)の各認定が左右されるものでないことは明らかである。

(五)  控訴人の契約履行ずみの抗弁について

控訴人は、被控訴人佐藤せつ子の買委託契約は、竹沢が買委託を実行したことにより、履行ずみである旨主張するが、買委託契約は証券取引法第二条第八項にいう「有価証券の売買の取次」にあたり、この取次は商法第五五一条の問屋の行為であつて、有価証券の販売または買入を委託する契約として委任の一種であり、委任に関する民法の適用を受けるものである。したがつて、受任者である控訴人は委任者である同被控訴人の指定する株式を買受けたうえ、これを同被控訴人に引渡すべき債務を負担するものであることは、民法第六四六条に照らし明らかなところである。しかるに、前認定のとおり、控訴人は同被控訴人に対しその指定された株式の引渡をしていないのであるから、右買委託契約を履行したものということはできず、控訴人の右抗弁は理由がない。

三被控訴人鈴村祥高関係<省略>

四被控訴人鈴村繁関係<省略>

五控訴人の証券取引法第六四条第二項の悪意または重過失の主張について

<証拠>によれば、竹沢は昭和三五年外務員の届出をし、同四〇年の法律改正(昭和四〇年法律第九〇号。昭和四〇年政令第三二〇号証券取引法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令により昭和四〇年一〇月一日から施行)により、外務員の登録をしたものであることが認められる。そして、前記各買委託、名義書換委託が右法律改正後になされたものであることは、前記認定により明らかである。

ところで、昭和四〇年の法律改正により、外務員の権限は、同法第六四条第一項で、「その所属する証券会社に代わつて、有価証券の売買その他の取引に関し、一切の裁判外の行為を行なう権限を有するものとみなす」とされ、証券取引市場における売買の委託、媒介、代理のみならず、名義書換あるいは保護預りなどのためにする寄託などの付随的業務に関する権限も含まれるものと解されるので、本件買委託、名義書換の委託は外務員の権限に属する業務である。

次に、同条第二項によれば、右第一項の規定は、相手方が悪意であつた場合には適用しない旨定められ、右の悪意とは、外務員がその権限を有しないことを知つていることをいい、重過失により知らないような場合はこれに含まれないものと解される。

そこで本件の場合、控訴人は、被控訴人らと竹沢とは極めて親密な間柄であつて、特別の個人的な信頼関係を有するので竹沢は控訴人の使用人たる地位を去つて自己のためにする行為をなしたものであり、そうでないとしても、控訴人は被控訴人ら主張の具体的行為につき権限を与えたことはなく、外務員は正規の方式を踏むときだけ権限を与えられるものであつて、このことは被控訴人らに周知されているところであるのにかかわらず、被控訴人らは代金領収証や預り証もなく、しかも、控訴人から受取るべき株券や現金はないことを確認しているから、悪意の相手方である旨主張する。

しかしながら、被控訴人らと竹沢の関係が控訴人の主張するような親密な間柄で特別の個人的信頼関係を有するものでもなく、竹沢が自己のためにする行為として被控訴人らの委託をうけたものでないことは、前記認定事実から明らかなところである。そして、被控訴人らが仮受領証や預り証の交付をうけていないことは前認定のとおりであるが、仮受領証や預り証は単に株券の寄託を証する証拠資料にすぎないから、被控訴人らがそれらを所持していないからといつて、控訴人は竹沢のなした行為を権限外の行為となすことはできない。また、承認書による確認の点についても、前認定のとおりの事実関係によるものであつて、なんら被控訴人らが控訴人から受取るべき株券や現金が横領されていることを確認したものでないことは明らかである。そのほか、被控訴人らが悪意であることを認めるに足る証拠はない。

したがつて、控訴人の右悪意の抗弁は理由がない。

六被控訴人佐藤せつ子に引渡すべき株式の銘柄、数量について

前記認定事実によれば、被控訴人佐藤せつ子と控訴人との間の買委託契約は、控訴人は指定された銘柄の株式を買付けてこれを委任者である同被控訴人に引渡すべき債務を負担すると同時に、控訴人は同被控訴人から買付けた株式の寄託をうけたものであるから、控訴人が同被控訴人に返還すべき株券つまり、大豊建設五〇〇株、山之内製薬一、〇〇〇株、日本コロムビア一、〇〇〇株の株券は、寄託者が記号番号をもつて特定することができない場合であつても、特定物たる性質を有するものである。しかるに、前認定のとおり、竹沢はその買付けられた株式を勝手に売却したのであるから、控訴人の株券返還債務は履行不能となつたものである。このような場合、右買委託契約にあつては、特に反対の事情の認められない限り、当事者間にこの特定物たる株券の返還不能のときは、金銭による賠償ではなく、同種同量の株券をもつて賠償するという黙示の意思表示がなされているものと解するのが相当であるところ、前認定の事実からも明らかなように、特に反対の事情のあることは認められないから、同被控訴人は控訴人に対し右買付により特定物となつた株式と同種同量の株式の引渡を求めることができるものである。

また、控訴人の代理人の竹沢が買委託をうけながら買付しなかつた三菱重工一、〇〇〇株、安立電気一、〇〇〇株の各株券については、同人は被控訴人佐藤せつ子から買付金(株券代金と手数料)を受取りながら、買付済の旨虚偽の報告をなしたのであるから、右所為により控訴人は、同被控訴人に対し、右二種の各株券と同種のものを同被控訴人に交付すべき無条件の債務(種類債務)を負担する意思表示をなしたものと認められる(つまり通常の買委託の場合には、被委託者は、買付を条件として、特定物たる買付株券を委託者に交付すべき義務を負担するのであるが、買付金を受領しかつ買付報告をなした被委託者は、買付を条件としない無条件の交付義務を負担するのである)。

控訴人は代償請求権につき過失相殺を適用もしくは類推適用すべきであると主張するが、前認定の事実からも明らかなように、控訴人主張のような過失は認め難いから右主張は理由がない(被控訴人らがその保管を委託した各株券は依然として控訴人の保管にあるものと信じていたのは、前記のように竹沢がその間言葉たくみに被控訴人らを欺罔しつづけたためであつて、このように欺罔行為が持続し得たのは、竹沢についての控訴人の選任監督が不良であつたためであり、被控訴人らが不注意であつたためとなすべきではない)。

そうすると、控訴人は同被控訴人に対し、種類物たる株券として、大豊建設株式五〇〇株、三菱重工、安立電気、山之内製薬、日本コロムビア各株式各一、〇〇〇株の各株券を引渡し、右引渡の強制執行不能のときは、不能となつた株券につき、別紙株価表記載の株価の割合による金員を支払うべき義務がある。したがつて、同被控訴人の請求は理由があるから認容すべきである。

七被控訴人鈴村両名に引渡すべき株式の銘柄、数量について<省略>

八<省略>

九以上の次第であるから、原判決中、被控訴人佐藤せつ子に関する部分は、附帯控訴に基づき主文第一項のとおり変更し、控訴人の控訴は理由がないから棄却し、被控訴人鈴村両名に関する部分は、控訴および附帯控訴に基づき主文第三、四項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(植村秀三 西川豊長 上野精)

株価表 <省略>

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