大判例

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名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)593号 判決 1977年1月27日

控訴人

財団法人環境衛生協会

右代表者

葛城邦麿

右訴訟代理人

楠田仙次

楠田堯爾

被控訴人

広沢進司

外二名

右三名訴訟代理人

石川智太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの本件仮処分申請をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決摘示申請の理由一項の事実及び同二項の事実中本件出勤停止処分が不確定期限付であるとの点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

二本件出勤停止処分の効力

1  当事者間に争いのない事実

原判決理由二項の(一)に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

2  交渉委員の選任と争議行為の意思決定

<証拠>によると次の事実が疎明され<証拠判断省略>。

(1)  昭和四五年八月頃、産業廃棄物の不法投棄事件をきつかけとして、協会の理事渡辺皎らが逮捕されたことから、協会の運営について世間の批判の声が高まり、設立認可の取消や強制解散の噂が流れ、現に協会からは、事業縮少計画の実施準備のため従業員の身元調査を行うとして、将来協会が斡旋する予定の再雇用先に提出すべき経歴書を昭和四五年一二月一五日までに提出すべき旨従業員に求められるなどのことがあり、協会の従業員である被控訴人ら一一名(原判決事実第二、二にいう「申請人ら一一名」を指す)は、その将来の身分につき不安を抱いていたところ、昭和四六年一二月一八日の前記衛生環境委員会において、小久保技官が、協会の運営につき、水質検査部門のみを残し営利部門である屎尿処理・浄化槽業務は年内に新会社をつくつて協会よりこれを切り離すよう指導した旨、及び協会従業員の処遇については申請人ら主張の如き趣旨の発言をなし、右発言内容がテレビ・新聞等で報道された。

(2)  協会には、昭和四五年一二月に結成された環境衛生協会労働組合、及び、昭和四六年一一月に結成された全自連愛知支部金田分会(加入者四名)があり、その他に右いずれの組合にも加盟していない従業員がいる。同年年末一時金問題について各組合は、独自に協会に対し要求を出し、団体交渉を求めていたが、協会がこれに対する回答や団体交渉に応じなかつたので、協会が提出を求めていた前記経歴書の記載事項欄に組合活動状態についての協会側の記載事項があつたことにつき抗議する目的もあつて、同年一二月一八日作業終了後、右両組合は右一時金問題を従業員全体の問題として扱うべく協会食堂で集会を開いた。そして全自連愛知支部より、前記小久保技官の発言を知らされたので、年内にも協会が解散するのではないかとの不安を抱いた被控訴人ら一一名は、直ちに現場に居合わせた従業員全部に対し対策について協議しようと働き掛けた。しかし結論を得るに至らなかつた。

翌一九日は日曜日であり、協会からは日曜出勤の要請がでていた。被控訴人ら一一名は、全自連愛知支部書記長林和美と協会の被解雇従業員足達武紀を加えて一三名で共同して、協会従業員の中で春日井班に属する一四、五名をのぞく居合わせた現業従業員四、五〇名に対し、協会食堂に集ることを求め、前日に引続き協議すると称して次の事項について議決を求めた。つまり、「全自連愛知県支部の提案に基づき、協会の組織変更決定に従業員側の同意を要求することなどの従業員の身分保障の要求項目、及び、交渉当日右従業員は職場を放棄して食堂に集合待機すること、交渉委員として、各組合毎及び職種毎に按分して推薦により被控訴人ら一一名と前記林と足達の合計一三名を従業員全員の代表団(以下一三名の交渉委員という)とし、その一人である環境衛生労働組合委員長東森正樹を団長とすること、交渉委員は交渉事項の最終決定については右従業員に諮つたうえ決定すること」である。そして右提案はその場に居合わせた前記従業員約四、五〇名の集会において何らかの形で決議された。被控訴人ら一三名の交渉委員はこれにより協会の全従業員(約九五名)の代表する権限をも得たものとして、協会に対して団体交渉を申入れ、同月二〇日午前八時頃から、右交渉委員と協会の代表者と交渉がなされ、前記協定書が作成され協定の合意が成立した。

(3)  しかしながら、被控訴人ら一三名の交渉委員の選出にあたつては右交渉委員が全従業員を代表するとされているのにかかわらず労働組合法第五条第二項第五号にいう。全従業員の直接無記名投票によつて選挙されたものではなく、また前記職場放棄の決定についてもそれが同盟罷業に該当するのに拘らず同法同条同項八号所定の全従業員の直接無記名投票の過半数による決定を経たものでもなく、いずれも、被控訴人ら交渉委員一三名が、当時その場に居合わせた現業従業員四、五〇名集会の面前で即時に提案し、その集会で何等かの形で決議されたものと見做されたものにすぎなかつた。

(4)  従つて、右集会に参加しなかつた他の数十名の従業員(前記のように協会の全従業員は約九五名である)の意思は全く無視されただけでなく、前記集会を構成した四、五〇名の現業従業員についても、交渉委員選任と同盟罷業決定に対し反対意見の者が可成り居たのに拘らず(このことは後記同盟罷業実施に際し、被控訴人ら一三名が作業車のキーをかくしたり、バリケードを築いたりして妨害したのに拘らず、エンジンを直結にしたり、妨害を排除したりして作業車を運転しようとした作業員が居たことからも明らかである)、これらの反対意見者達は、無記名投票により反対意見を表示する機会を奪われていたのであつた。

3  争議行為の実施とその違法性、協定の無効

同月二〇日には、被控訴人らいわゆる交渉委員一三名が意図した協会の全従業員を代表すると称する団体交渉と職場放棄が行われたのであるが、前記認定のように交渉委員の選任については、現業従業員の一部である四、五〇名の作業員の集会において、しかも前記のように著しく不適法な方法によつて、決議されたとされたものにすぎず、被控訴人ら一一名を協会の全従業員約九五名の代表と見ることは到底考えられないのであるから、右選任は権限なき者により行われたものとして無効である。従つて、前記協定書記載の協定も無効である。このような団体(従業員全員)意思決定の瑕疵は、前記争議行為の決定についても存在するのであるから、右争議行為は甚しく違法でありこれを主導推進した被控訴人ら一一名は、これにより協会につき生じた被害につき民事刑事上の責任を免れないものである。

更になお、右争議行為は、協会の目的事業が労調法八条一項四号にいう公衆衛生の事業に該当するものであり、その争議行為によつて公衆に重大な影響を及ぼすことは、控訴人の主張するとおりである。従つて、このような争議行為は特に慎重を期して公衆に累を及ぼすことの少ない方法によるべきであるのに拘らず、被控訴人ら交渉委員は、同法三七条所定の一〇日の予告期間を置くどころか、突如として職場放棄の決定を下して争議に突入し公衆に多大の迷惑を掛けたのであつて、この点においても本件争議の違法性と被控訴人ら一一名の責任は大きいものといわねばならない。

4  本件出動停止処分の効力

しかして、前記争議行為は就業規則三七条四号の「故意に業務の遂行を妨げたとき」、同一一号の「業務上の指揮命令に違反したとき」に該ることは明らかである。被控訴人らは、右争議行為の決定に参画し、かつ、前記団体交渉の交渉委員としてその指導的役割を果したものであるから、控訴人がかかる被控訴人らの行為を理由に就業規則三八条三号に基づき被控訴人らを本件出勤停止処分に付したことは相当なものとして是認することができる。

なお、本件出勤停止処分の通告は告訴事件の裁判が確定するまでとなつているが、控訴人主張のとおり就業規則に定める七日の範囲で有効と解するのが相当である。

三本件解雇の効力

1  控訴人は本件解雇は愛知県の指導に基づく協会の事業縮少並びに業績の低下を理由として被控訴人らが前記の如き違法ストライキを行つたことや他企業への就職の斡旋を拒否する態度をとつていたことをも考慮してなされた整理解雇である旨主張するので検討する。

(1)  <証拠>を総合すれば、①協会が、監督官庁である愛知県から、その事業のうち、水質検査部門を除き、営利業務である屎尿汲取・運搬、浄化槽の清掃部門を協会から切り離し、別組織にするよう指導を受けたこと(この点は当事者間に争いがない)、②協会の昭和四三年度ないし昭和四六年度の各年度別決算利益の推移、昭和四六年六月ないし昭和四七年一月の従業員数・得意先件数・作業車両数・借入金・負債額累計の各推移がいずれも控訴人主張のとおりであること、③愛知県の前記指導に対し、協会から昭和四六年一二月一〇日付で、縮少する事業を新設する株式会社環境衛生(当時資本金二〇〇万円は払込済で、昭和四六年一二月一三日設立登記予定と報告されている)及びカンキヨー株式会社に移譲し、これに伴ない過剰となる職員約一〇名、従業員三〇名を整理すべく、目下勤務成績を勘案し調査選定中である旨の報告書が提出されていること、④被控訴人らに対する通告書には、本件解雇の理由として、愛知県の指導に従い協会職域を縮少する実施計画の一端として人員整理する旨の記載がなされていること、⑤その後、昭和四六年一二月三一日から同四七年一月二六日にかけて、協会は従業員一五名を解雇或いは任意退職によつて人員整理していること、がそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

(2)  しかして、右認定の事実によれば、協会は、本件解雇当時、事業部門の一部廃止(当時はまだ解散の方針ではなく、水質検査部門を除くその余の部門の廃止を考えていた)に伴い従業員の一部を人員整理する緊急の必要性に迫られており、その方法につき慎重に検討中であつたことが認められる。

従つて、かかる事情の下に置かれていた協会が、人員整理の対象として前記違法争議行違を理由に本件出勤停止処分を受けた者のうち情の重く主謀者と目される被控訴人らを人選したのは当然であり、これを目して正当な労働組合活動をしたことを理由としてなされた不当労働行為というをえないから、本件解雇は相当なものとして是認することができる。

2  被控訴人らは本件解雇は前記協定に違反すると主張する。

しかしながら、前記認定のように右協定は代表団と称する者達に代表権限がないから無効である。のみならず右協定は、被控訴人ら一一名において従業員全員が交渉相手ではないのに、控訴人代表者を欺罔してその旨誤信させて成立させたものであり、かつ前記違法争議行為実施中にその不当な圧力の下に、控訴人の代表者に強いて承諾させたものであつて、協会の意思決定は、その成立過程において瑕疵がありその真意とは目されず、被控訴人らにおいてもその真意でないことを知つていたものである。従つて右協定はこの点からも無効である。よつて協会は、従業員を制裁処分に付するにあたり、右協定によつて制約されず、被控訴人らの右主張は理由がない。

四そうすると、被控訴人らは控訴人の従業員たる身分を失つているものであるから、本件仮処分申請はいずれも被保全権利について疎明がないものというべく、右申請はその余の点を判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて、右と結論を異にする原判決を取消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(植村秀三 大山貞雄 寺本栄一)

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