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名古屋高等裁判所 昭和49年(う)116号 判決 1974年6月26日

被告人 文学東 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人原田武彦作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであり(但し、当審第一回公判期日における右弁護人の訂正陳述参照)、これに対する検察官の答弁の趣意は、答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意(一)の第一点、法令の解釈、適用の誤りの各論旨について、

原判決挙示の各証拠によれば、被告人文学東は、昭和四五年三月頃から、文岡興産の商号で砂利採取販売業を営み、愛知県西加茂郡藤岡村大字北曾木字神田池内に、水洗式分別施設を設置する事業場を有し、同事業場敷地内および附近の山から採取した原砂を水洗して、砂を生産していたこと、同年一二月二五日水質汚濁防止法が公布され、昭和四六年六月二四日同法が施行されるに伴い、同被告人は、同法の定める汚水を排出する施設(同法にいう「特定施設」)を設置する事業場(同法にいう「特定事業場」)を有する、非金属鉱業(二)の業種に属する業務を行なう者として、同年七月二三日愛知県豊田保健所を通じ、同県知事に対し、同法第六条の規定による特定施設使用の届出をしたものであること、被告人文炳九は、右事業場の現場責任者として、右砂利採取水洗作業に従事していたものであること、そして、同被告人は、昭和四七年二月頃、採取した原砂を水洗した後の汚水を貯留し、汚泥を沈澱させる三つの沈澱池のうち、最終の第三沈澱池の南側堤防下部から、汚水が漏出しているのを知り、さらに、同年四月上旬頃には、右堤防の下部から茶褐色の汚水が多量に漏出し、附近の沢を通じて、公共用水域である同村大字上渡合字萩平地内の西平川に流れ出ているのを認識しながら、右汚水の漏出防止について、早急に適切な対策措置を講ぜず、操業を続け、同年五月一七日頃から同年六月二六日頃までの間、法定の排水基準(暫定基準)排出水一リツトル中の浮遊物質量三三〇ミリグラムを超える、最低約一、六二〇ミリグラム、最高約五、五九〇ミリグラムの浮遊物質を含む汚染水を、一日当たり平均五〇立方メートル以上流出するのを容認していること、なお、被告人文学東も、右第三沈澱池の漏水、汚染水流出の事実を被告人文炳九から聞知しながら、同被告人に対して、何等の指示も与えず、その処置にまかせていたことが認められる。もつとも、前掲の各証拠、特に、被告人文学東作成名義の特定施設使用届出書謄本の記載によると、同被告人の前記事業場は、原砂を洗滌した汚水を第一ないし第三の沈澱池に順次流下して、その間に、汚泥を沈澱させ(沈澱した汚泥は、すくい上げて水分をきり、処理する)、第三沈澱池の上澄水をポンプで汲み揚げ、原砂洗滌用に環流して使用し、汚染水を右事業場の外には排出しない方式をとつていたことが認められ、従つて、同事業場には、汚染水を外部に排出する排水口が設けられていないことがうかがわれる。しかしながら、被告人両名は、前記認定のように、第三沈澱池の漏水、汚染水流出の事実を認識しながら、これを予知してから一ヶ月以上経過した後においても、漏水を防止する適切な措置をとらないまま、操業を続け、多量の汚染水が公共用水域に流出するのを放置していたものである以上、被告人文学東の前記事業場が汚染水を外部に排出しない建前をとり、汚染水の排出口を設けず、そして、汚染水が設けられた排出口から排出されたものでないとしても、被告人両名は、水質汚濁防止法第一二条に定める排出水(同法にいう「特定事業場」から公共用水域に排出される水)を排出する者に該り、また、被告人文炳九は、被告人文学東の業務に関し、同法条に定める特定事業場の排水口において排出基準に適合しない汚染状態の排出水を排出した者に該ると解するのが相当である。けだし、被告人文学東は、もともと、前記認定のように、同法の定める汚水を排出する施設を設置する事業場を有し、同法による届出をしたものであり、また、被告人文炳九は、右事業場の現場責任者としての地位にあつたものであつて、右のように解しなければ、同法の工場、事業場から排出される水の排出を規制し、公共用水域の水質の汚濁防止を図る目的を達しえないし、なお、同法第一二条にいう「排出口」とは、人為的に構築されたものに限定されず、同法第八条に定義されているように、広く、排出水を排出する場所をいい、現実に排出水を排出している実質上の排水口と解すべきであるからである。前記第三沈澱池の漏水、汚染水の流出が、所論のように、堤防を浸透して出た程度に過ぎない少量のものであつたと認められないし、その原因も、右堤防を築造した際、その基底部に埋設した仮排水管を、堰堤完成時に取り除かず、その管口閉塞を完全にしないまま、これを堰堤中に埋没してしまつたことにあることが明らかであつて、右漏水防止の措置が、所論のように、困難であつたとも認められない。従つて、原判決が以上説示したところと同様の見解のもとに、被告人文炳九は、被告人文学東の業務に関し、特定事業場の排水口において排出基準に適合しない汚染状態の排出水を排出したものであると認定したうえ、水質汚濁防止法第三一条第一項第一号、第一二条第一項、第三四条等を適用して、被告人両名を有罪として処断したのは、

まことに相当であるとしなければならない。記録を仔細に調査し、検討してみても、原判決に、所論のような法令の解釈、適用の誤りがある違法のかどがあることを見出すことができない。本各論旨は、理由がない。

控訴趣意(一)の第二点、事実誤認ないし理由不備の各論旨について、

原審において取り調べた各証拠を仔細に検討し、考えてみるに、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判決が罪となるべき事実として認定した事実をすべて優に肯認することができ、他に、右認定をくつがえすに足るべき何等の証拠もない。そして、原判決は、「被告人文炳九は、被告人文学東の業務に関し、遅くとも、昭和四七年四月上旬ころには、採取した原砂を水洗した後の水を排出する沈澱池の一である第三沈澱池南側堤防から、西平川に接続する付近の沢に、水洗後の茶褐色の汚染水が流れ出ていることを認識しながら、あえて、同年五月一七日ころから同年六月二六日ころまでの間、同所から、法定の排水基準である排出水一リツトル中の浮遊物質量三三〇ミリグラムを超える最低約一、六二〇ミリグラム、最高約五、五九〇ミリグラムの浮遊物質を含む汚染水を、右沢を通じて、公共用水域である愛知県西加茂郡藤岡村大字上渡合字萩平地内の西平川に排出することを容認し、もつて、特定事業場の排水口において、排出基準に適合しない汚染状態の排出水を排出した」旨を認定し、判示していることが明らかであり、原判決の右判示は、所論の被告人文炳九の故意の点をも含めて、水質汚濁防止法第三一条第一項第一号、第一二条第一項違反の罪となるべき事実の摘示として、何等欠けるところがないといわねばならない。なお、原判決は、汚染水が流れ出た沢と公共用水域である西平川の位置、距離関係ならびに右西平川が汚染されたかどうかについて、明確に判示していないこと、所論のとおりであるが、右水質汚濁防止法違反の罪は、同法の定める特定事業場から公共用水域に水を排水する者が、当該特定事業場の排水口において、所定の排水基準に適合しない汚染状態の排出水を排出することにより、成立するものであつて、公共用水域が排出水で汚染されることを構成要件とするものではないから、所論の点まで、判示する必要がないというべきである。証拠を仔細に検討し、記録を調査してみても、原判決の認定事実に、所論のような事実の誤認、あるいは、原判決に、所論のような判決に理由を附しない違法のかどがあることを発見することができない。本各論旨も、また理由がない。

控訴趣意(二)、量刑不当の各論旨について、

記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌したうえ、証拠に現われた被告人両名に関する諸般の情状、特に、控訴趣意(一)の第一点、法令の解釈、適用の誤りの各論旨について、先に説示したような、被告人文学東の業態、被告人文炳九の地位、犯行の罪質、排出水の汚染程度、その排出の期間等を考慮すると、被告人文学東を罰金一〇万円に処し、被告人文炳九を懲役四月に処したうえ、二年間、右刑の執行を猶予した原判決の被告人両名に対する各量刑措置は、いずれも、相当であるというべきであつて、所論のうち、被告人等が本件摘発を受けた後、多額の費用を投じて、汚水処理施設を完備し、公害防止に努力していることなどを考慮し、なお、被告人等と同時に告発された同業者等に対する量刑(徳山淑雄こと洪仁植、懲役四月、二年間刑執行猶予、石村昇三こと李寿奉および石村昭市こと李元大の両名は、現在審理中)と比較してみても、原判決の被告人両名に対する前記の各量刑が所論のように重きに過ぎ、あるいは、均衡を失し、これを軽減したり、被告人文炳九を罰金刑で処断するを相当とするような、特段の情状があるものとは認めることができない。本各論旨も、また理由がない。

よつて、本件各控訴は、いずれもその理由がないことになるので、各刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

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