大判例

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名古屋高等裁判所 昭和49年(う)131号 判決 1974年5月30日

本店所在地

愛知県海部郡蟹江町大字今字川東上一一五番地

大村産業株式会社

大村幸一こと

右代表取締役

権元述

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四九年二月一三日名古屋地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官鈴木芳郎出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人郷成文、同石川康之共同作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、原判決の量刑が重きに過ぎて不当であるというのである。

所論にかんがみ、記録を精査し、証拠に現われた諸般の情状、特に、本件は、原判示の両事業年度にわたり、被告人の売上金の一部を公表帳簿より除外し、これを架空名義の預金とするなどの不正行為により、合計約四、八七五万円余の所得を秘匿し、所轄税務署長に対し、その旨の虚偽過少の確定申告書を提出し、よって、合計約一、七五七万円余の法人税を逋脱したものであることを考慮すると、原判決の量刑(罰金四〇〇万円)は、まことに相当であるといわなければならない。被告人は、本件につき、起訴前に、修正確定申告の手続を経て、正規の法人税等を納付したほか、現に重加算税を分割納付中であること等、証拠によって認められる被告人に有利な事情を斟酌しても、原判決の量刑が重きに失するとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条に則り、本件提訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小淵連 裁判官 伊澤行夫 裁判官 横山義夫)

右は謄本である。

昭和四九年六月一〇日

名古屋高等裁判所

裁判所書記官 安藤春雄

控訴趣意書

被告人 大村産業株式会社

右の者に対する御庁昭和四九年(う)第一三一号法人税法違反被告事件につき、控訴趣意書を提出する。

昭和四九年四月一五日

主任弁護人 郷成文

弁護人 石川康之

名古屋高等裁判所 御中

原判決は刑の量定が不当であるので破棄されるべきである。

原審は、被告人大村産業株式会社(以下被告会社と称する)に対して罰金四〇〇万円の判決をなしているが、これは次に述べるように量刑が不当であるので、破棄されるべきである。

一、被告会社は、自発的に修正申告をなし増差税額を納付し、国庫の被害は回復している。

(一) 被告会社は、昭和四八年一月一〇日、査察を受けた事業年度(昭和四四年九月一日~昭和四五年一月三一日-第一期、昭和四五年二月一日~昭和四六年一月三一日-第二期、昭和四六年二月一日~昭和四七年一月三一日-第三期)の法人所得に関して、所轄の津島税務署長に対して修正申告書を提出し、かつ同月一六日増差税額を納付している。

すなわち、この時点で被告会社の脱税による国庫の損害は回復したものというべきである。

(二) 右修正申告並増差税額の納付は、名古屋国税局が検察官に対して告発をなした昭和四八年二月一日以前で、勿論本件公訴の提起がなされた同月二三日前になしたものである。

すなわち、被告会社が自らの非を認め自発的な意思に基づいてこれをなしたものである。この点は刑の量定に当っては特に留意されるべきことである。

(三) また、本件査察は、第一期~第三期の三事業年度にわたってなされているものであるが、第三期事業年度については告発を除外されている。これは、この事業年度については、被告会社の逋脱行為が告発するに当らない程度のものであったことを意味している。

被告会社は第三期頃からは従前のやり方を改め、出来るだけ正常な方向に改めつつあったわけで、この点税務当局も認めた結果このような措置となったものと思料される。

そしてまた、特に注意されるべきことは、本件査察がなされたのが昭和四七年四月一一日であったが、これに先立つ同年二月一日より始まる第四期事業年度からは取引は完全に公表帳簿に記載され、正常な記帳がなされるようになっていたことである。

被告会社は後に述べるように、当初の様々の条件のために納税意識が極めて稀薄であったところから除々に方向転換をなし、査察があった当時には普通の納税意識を持つに至り、正常になっていたものである。

(四) 右のような事情から、通常ならば査察が行われた場合には、修正申告ではなく所轄税務署長により更正処分がなされるのであるが、本件の場合には修正申告が容認されたものである。そして告発も第三期事業年度については除外されたものである。

既に脱漏税額が納付された国庫の被害は回復し、しかもこれが自発的に告発以前の早い時期になされ、また被告会社も納税を正常になそうとしていた右の諸事情を勘案すれば、原判決はあまりにも過酷であり、量刑不当のそしりは免れないものと言うべきである。

二、被告会社には多額の行政罰が課されている。

(一) 被告会社は、右修正申告によるも、多額の行政罰である過少申告加算税、重加算税が課され、その額は脱漏所得金額の三五パーセントの多額にのぼり、被告会社は現在、税務当局の了解を得て、毎月五〇万円宛分割納付しているものである。勿論、刑事罰と行政罰とは別であり、行政罰が課されれば刑事罰は免除されるべきものであるとは言えないが、このこともまた量刑に当っては十分に考慮されるべきことである。

(二) 昨今、大商社が数十億という巨額の脱税をなしていたことが国会で明白となり、マスコミを通じて大々的に報道されたが、この大商社の場合には、組織が複雑であり、刑事責任を明確にし得ないという理由で行政罰を課したのみで、何らの刑責の追求がなされていない。逋脱事犯が大企業には適用されなく中小企業に対してのみ活用されているといわれるゆえんである。税務警察の運用のあり方はあまりにも片手落である。

このような現実は科刑においても十分考慮されるべきであり、中小企業のみが多額な罰金を取られることのないよう、法の下の実質的平等が十分に果されるよう考慮されるべきである。

(三) また、被告会社の代表取締役である大村幸一に対しても刑の言渡がなされ、これはすでに確定しているものであるから実質的にはこれのみで刑の目的は達せられているものともいうべきであり、敢て被告会社に対して多額の罰金刑を科する必要は全くないものと思料される。

(四) 以上のとおり、被告会社は多額の行政罰を納付し、また、大企業の場合にはほとんど刑事責任が追求されていない現実の税務警察の運用のあり方をみ、そして被告会社代表者の刑事責任が確定していること等を思えば、被告会社に対する原判決の量刑は過酷であり、不当であるというべきである。

三、被告会社を取りまく諸事情も量刑においては考慮されるべきことである。

(一) 被告会社は、在日朝鮮人により出資され経営されている会社である。

在日朝鮮人企業がその経済活動において他から差別され、極めて不利な立場にあることは言うまでもないことである。政府系資金の融資から締め出され、一般銀行の信用の供与は薄く、また日常取引においても日本人経営の他企業に比して不利な条件が付されている場合が非常に多い。このような諸条件は必然的に自己資金の蓄積を必要以上に強いることとなり、脱税に走る動機ともなるものである。

(二) また、在日朝鮮人に対する日本人の差別、あるいは基本的人権すら充分に保障しない日本政府の政策は、朝鮮人相互の団結を必然的たらしめ、かつ相互援助により生きていかざるを得ないようにさせているものである。そしてこのための資金は多く朝鮮商工人の出費をもたらすこととなり、そのための蓄積も要求されることとなるのである。そして、民族教育のための資金は相当多額を要するものであり、学校の開設、運営の資金はこれらの企業家の負担とならざるを得ないのである。

ここで特に指摘されねばならないのは、公立学校に対する寄付金は法定寄付金として全額損金経理が可能であり、また私立学校の場合も指定寄付金として多くの場合は損金経理が可能となるのであるが、朝鮮人学校の場合は全く指定がされず損金経理を不可能にしていることである。すなわち、朝鮮人学校への寄付は民族教育のために不可避であるにもかかわらず損金として認められないために、更に納税をしなければならぬために、経営が圧迫されることとなるのである。

(三) また選挙権はなく、国民健康保険ですらその適用がなかったのであり、税金だけは搾取されるがそれに対する見返りが全くないために、納税意識が稀薄となる必然的な土じょうが日本人の側により作り出されていることも十分に留意されるべきことである。単純に、脱税のみが非難されるべきではない。これらの点も量刑においては十分に考慮されねばならぬことである。

四、そして現在、経済情勢は激動し、企業の浮沈も極めて激しいものがある。

被告会社が借金により増差額を納付し、分割払とはいえ多額の加算税を支払い、そしてまた民族の相互援助のために出費を負担し、この上多額の罰金を支払わなければならぬとすれば、企業の存立にまで重大な影響がもたらされる〓となるであろう。

本税の〓めの借金の返済、延滞税、加算税、罰金等はすべて損金とはならず利益から支出されるべきものとされているので、今後の税金をまるまる支払った上更にこれらの出費が重なることとなるのであるから経営に破綻が生ずるこ〓も十分にあり得ることである。

被告会社は従業員六〇名前後の小企業であり、材料費、人件費の高騰等経営面の圧迫は厳しいものがある。そして結局、経営の破綻は罪のない多数の従業員を路頭に迷わせることとなるのである。

五、以上のとおり、被告会社には数々の同情すべき点、情状において十分に酌量する余地のある事情、またすでに行政罰が課されていること、支払能力等々、勘案すれば原判決は被告会社にとっては余りにも過酷であり、刑の量定は全く不当であるので、破棄の上寛大な措置がとられるようお願いするものである。

以上

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