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名古屋高等裁判所 昭和49年(う)214号 判決 1974年9月30日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一二〇日を、原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大池龍夫、同大池崇彦、同大池暉彦共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意(事実誤認の論旨)について。

原審で取り調べた各証拠を仔細に検討し、考えてみるに、当裁判所も、本件窃盗は、被告人の犯行と認める。以下その理由を述べる。

一、原判決挙示の各証拠によれば、次の事実が認められる。

(1)  原判示駐車場(以下本件駐車場という)は、東西約二三・五メートル、南北約四〇・三メートルのほゞ長方形で、東側は、ブロック塀等を隔てて、店舗等五軒の裏口と接し、北側は、村雲市場のコンクリート塀と接し、西側および南側は、約四メートル幅の出入口各一個所があるほかは、胸高の金網塀で囲まれており、その外側には、いずれも幅員約六メートルの道路がある。西側道路の西方は、遊園地、駐車場、民家があり、南側道路の南方は、空地や民家があるが、付近に街灯はなく、駐車場内は夜間暗い。場内は、整地されているが、未舗装で、所々に砂利が敷いてある。

(2)  本件被害者Kは、本件駐車場東方の昭和市場で佃煮類の小売商を営んでいた者であるが、昭和四八年三月一六日午後三時頃、同駐車場に、普通貨物自動車(ライトバン、以下被害車両という)を駐車させ、右市場で働いた後、同日午後七時一二、三分頃、売上金三万八、〇〇〇円および預金通帳等三点在中の手提カバン一個を入れたダンボール箱(縦三〇・五センチメートル、横二〇・五センチメートル、厚さ約七センチメートル)を脇にかゝえ、南出入口から右駐車場に入り、被害車両の助手席へ右ダンボール箱を置き、帰宅すべく、同車を発進させたが、右へハンドルをとられるため、不審に思い、約十数メートル進行した西出入口付近で一旦停止させ、降車して車両を点検したところ、同車の右前輪がパンクしているのを発見したので、そのまゝ、他車の通行の妨害にならぬ位置まで、数メートル後退して駐車し、同所で右前輪の交換作業を始めたが、パンクのため車体が下がり、自車のジャッキが適合しなかったので、昭和市場からジャッキを借りるべく、作業を中止し、用心のため、助手席の前記ダンボール箱の上へ、座席の座ぶとんを乗せ、さらにその上へ、同車内に積んでいた約倍程の大きさのダンボール箱二個を乗せ、左右のドア四枚を全部ロック、施錠し、後部ドアは開閉が比較的堅く、常時施錠していないため、施錠しないまゝ、午後七時二五分頃同車から離れ、駐車場南出入口から昭和市場まで小走りに赴き、ジャッキを借りて約五分後、南出入口から同駐車場へ入った際、被害車両後部の地上に、同車に積んでいたダンボール箱一個が落ちているのを認め、不審に思い、調べたところ、助手席の座ぶとんと、その上のダンボール箱二個が座席から落ちており、手提カバン在中の前記ダンボール箱が紛失しているのを発見し、あわてゝ付近を捜すうち、駐車場東側の店舗裏口から犬を連れて散歩に出て来たRに出合い、同女に被害の事実を告げて、共に付近を捜しまわり、前記南出入口付近に至った時、同出入口西方で、北向きに駐車中の三台の自動車のうち、中央の、見なれない乗用自動車一台が、突然ライトをつけ、西出入口へ向け発進したので、直ちに同車を追いかけ、西出入口付近で、対向車のため一旦停止した右自動車の運転手(後に被告人と判明)に、「その辺で人を見かけなかったか」と尋ねたところ、同人は「今コーヒー屋から出てきたばかりで知らない」旨答え、そのまゝ右出入口から北方へ走り去った。

(3)  本件駐車場は、月極め有料で、村雲市場や昭和市場等商店の自動車三四台が利用しており、本件発生当時自動車十数両が、駐車場の四周および中央部の各指定の場所に駐車していた。被告人運転車両が無断で駐車していた位置は、南出入口から西方へ約六・三メートル、西側金網塀から東方へ約五メートル付近で、南側金網塀に後部が近接して北向きに駐車していたものであり、被害車両の最初の駐車位置は、駐車場中央部の南から三両目で、被告人車両の駐車位置から北方へ約一一・八メートル、第二回駐車位置は、その北方さらに約一三・四メートルの地点で、いずれも西向きである。

(4)  被害車両は、昭和四七年末購入の新車で、未だ一度もパンクしたことがなく、調査の結果、右前輪のほか、車体下部にとりつけてあった未使用の予備車輪のタイヤ、チューブにも穿孔各一個が発見された。チューブ面に現われた各穿孔は、長径三ミリ前後、短径約一・六ないし一・八ミリ程度の偏惰円形である。右のほか、車輪に損傷は認められなかった。

(5)  被告人は、本件発生当時、前記運転車両の運転席に、全長約一二・六センチメートル、針身部分の長さ約三・四二センチメートル、直径約三ミリメートルの、先端が薄く鋭利に加工してある千枚通し一本および先端を細く鋭利に加工したステンレス製フルーツナイフ一丁、軍手一双のほか、後部トランクに全長約三五センチメートル、先端が光っている手かぎ一丁を所持していた。

(6)  被告人は、本件駐車場へ、同日午後六時頃から、午後七時四五分頃までの間に、少くとも二回立入っており、その間、右駐車場の東南方約四〇メートルの地点にある喫茶店「タニ」へコーヒーを飲みに入っているか、もしくは同店付近へ立寄っている。

(7)  被告人の当時の住居であった○○荘アパートは、本件駐車場から東南方にあるのに、被告人は、本件被害発生直後、右駐車場西出入口を出て右折北進し、さらに左折西進、左折南進、左折東進して再び右駐車場南側道路を通行してから帰宅した。

(8)  被告人車両が、本件駐車場付近から立去った後、同車の前記駐車場内における駐車位置から東南方約三・五メートルの駐車場南(外)側道路端において、手提カバンの入れてあった前記ダンボール箱が放置してあるのが発見された。

二、ところで、被害車両の右前輪および予備車輪に生じていた各穿孔は、同車が購入後間もない新車であって、未使用の予備車輪にも生じていること、および穿孔の部位(タイヤの溝部)、形状等に照らし、いずれも、道具を使用し、同じ機会に、人為的に加えられたものと思料されるところ、≪証拠省略≫によれば、各穿孔は、被告人が自車内に所持していた前記千枚通しにより実験的に生ぜしめた穿孔痕と、その形態、断面比率が極めて類似しており、右千枚通し類似の道具により生じたものであることが認められる。尤も、原審鑑定人Yの鑑定書には、予備車輪のタイヤおよびチューブに生じている穿孔は、右千枚通しによるものではない旨の記載があるが、右記載は、理由が明示されていないうえ、補修後の穿孔の形状に基づく判断であることがうかがわれるので、補修前の穿孔痕に基づき、理由を明示して、これと異なる判断を示した≪証拠省略≫と対比し、直ちに措信できない。また、≪証拠省略≫によれば、所論の如く、右前輪のタイヤとチューブの穿孔痕には、約三センチメートルのズレがあることが認められるが、右タイヤの穿孔痕は一つ認められるのみであるうえ、チューブの穿孔痕と形状が異なる点は認められず、チューブとタイヤの適合の仕方によっては、右程度のズレが生ずるものと考えられるので、この事実をもって、千枚通しによる穿孔発生の可能性を否定する資料とすることはできない。而して、右千枚通しは、針身を約三・四二センチメートルに切断した後、先端を偏平かつ鋭利にし、先端より約〇・八センチメートルまでの間を、偏平面に沿って研磨加工したもので、研磨面は、自家工作により不規則な曲面を形成していることが認められ、このような特殊加工した類似品の存在は極めて稀と思料されるので、この点を考慮すると、被害車両の各車輪に生じた穿孔は、右千枚通しにより加えられた蓋然性が極めて高いと認められる。さらに右穿孔が生じた時期について考えてみるに、被害車両が、右前輪のパンクにもかゝわらず、ハンドルを右に切って未舗装の駐車場内を十数メートル走行できたこと、被害者が、帰宅するため、被害車両に乗車したときは、同車の右前輪は、ホイルが地面に接するほどには空気が洩れていなかったことなどからみて、被害者が本件駐車場に入った午後七時一二、三分頃に比較的接着した時期に加えられたものと推認できる。

三、従って、被告人がその頃本件駐車場内に居たとすれば、右各穿孔は、被告人によって加えられた疑いが非常に強いといわねばならない。しかしながら、被告人は、千枚通しによるパンクの事実を含め、本件各犯行のすべてを終始否認し、想定される穿孔発生の頃から本件盗難発生の頃には、右駐車場内に居なかった旨主張し、捜査段階および原審公判廷において、大要次の如く述べている。

(1)  同日、○○荘アパートの自宅で、午後五時三〇分までラジオの競馬速報をきいた後、一〇分か一五分くらいしてから、パチンコでもしようと思い、内妻(A)には行先も告げずに自動車で外出し、途中寄り道をすることなく本件駐車場に至り、南出入口から入って同所南側の空いている場所に自動車を北向きに駐車させた。従って駐車場に到着したのは午後六時少し前頃だと思う。

(2)  それから、駐車場の南方約一三〇メートルの滝子通り交差点西南角にあるパチンコ店で、約一時間くらい遊んだ後、同店から本件駐車場に至る途中にある喫茶店「タニ」に入り、約一〇分ないし一五分くらい居て、コーヒーを飲んでから、午後七時四〇分頃同店を出て、帰宅するため、すぐ本件駐車場へ行った。「タニ」には白いパンタロンに白い上衣を着た若い女性客が奥の席でコーヒーを飲んでいたが、私は、その客より先に同店を出た。「タニ」を出てからすぐ駐車場へ戻り、自車を発進させ、西出入口から道路へ出たところ、進路妨害をしている貨物自動車がいたので、停車したら、被害者から声をかけられた。それまでは、駐車場内に人影を全く見かけなかった。

四、しかしながら、被告人の右供述は、次の如く、他の証拠と対比し、たやすく措信することができない。すなわち

(1)  まず、被告人が本件駐車場へ到着した時刻につき、検討してみるに、≪証拠省略≫によれば、被告人が走行した○○荘アパートから、本件駐車場までの経路は、約三・一キロメートルで、自動車による通常の走行時間は、一〇分ないし一一分程度であると認められるところ、≪証拠省略≫には、「被告人は、NHKテレビ番組の『猫ジャラシの一一人』を私と一緒にみた後、約一〇分位経った午後六時半頃、『コーヒーを飲みに行ってくる』といって外出した」旨の供述記載があり、その内容が、具体的かつ自然であって、被告人の右供述と対比し充分措信できるものと思料され、これらの事実によれば、被告人が本件駐車場に到着した時刻は、午後六時四〇分過ぎ頃と認めるのが相当である。

(2)  また、被告人が本件駐車場へ戻った時刻につき考えてみるに、喫茶店「タニ」の経営者である原審証人Tは、「私は、午後六時半から七時まで、テレビのニュース番組をみてから食事を摂り、従業員と交替するため店へ出たのであるから、その時刻は午後七時一五分頃と思う。それから午後七時五〇分頃まで店内にいたが、その間白いパンタロン姿の女性客を見た記憶はなく、また被告人の顔にも見覚えがない」旨証言している。そして、右証言および「白いパンタロン姿の女性客は、午後七時前頃、同店に来て、少し遅れて来店した若い男性客と一緒に奥の席でお茶を飲んだ後、約一〇分位経ってから共に立去った。その後、従業員のHが食事のため、経営者のTと交替した。当時店内は客が少なく比較的閑散であった」旨の、I、N、H、Mの司法警察員に対する各供述調書の記載内容と対比し、検討してみると、被告人の右供述部分も直ちに措信することは困難である。所論は、右I、N、Hの各供述調書が、被告人の供述を減殺するものでない旨種々主張するが、右各調書は、いずれも、本件被害発生後間もない時期に、警察官の問合せに応じて答えた内容を、後日調書に録取したもので記憶が新鮮であると考えられるうえ、その内容を仔細に検討してみると、各供述者が、所論の如く、互に記憶を確認し合った形跡はうかがわれるが、その供述内容は、必ずしも一致しておらず、各供述者の記憶に基づき、これを録取したものであることが認められるので、右主張は採用できない。また、被告人の供述によれば、同人が駐車場へ戻った時刻は、午後七時四〇分過ぎ頃と思料されるところ、その頃、被害者およびRは、前認定のとおり、駐車場付近で、犯人を捜している最中で、南出入口付近まで来た時、駐車中の被告人車両が急に点灯し、発進したというのであって、同駐車場内が、未舗装で、砂利さえ敷いてあるのに、右両名が、駐車場へ入って来た人の気配はもちろん、乗車する際、通常生ずる筈のドアの開閉音にも全く気付いた様子がない事実に徴すると、付近に照明設備がなく、駐車場内が暗いことを考慮に容れても、被告人の右供述は、不自然で措信し難いものがある。

而して、≪証拠省略≫によれば、喫茶店「タニ」は、間口三・六メートル、奥行一二・六メートルの長方形で、テーブルの数が九個の小さな店であり、出入口を含む間口は道路に面し、すべてガラス張りであることが認められ、従って道路から店内を覗くことが可能であると推測され、被告人が同店を訪れた際、店内に客は少かったというのに、被告人の来店に気付いた者はなく、他に被告人の来店を証明する資料が全くないことを考えると、被告人は、客として店内に立入ったのではなく、同店入口付近から店内の状況を観察し、その様子を供述したとの疑が、ないわけではないが、それはともかく、被告人が同店でコーヒーを飲んだとしても、前記Tが店に出た午後七時一五分頃には、すでにパンタロン姿の女性客は店内にいなかったというのであり、被告人は、同女より先に店を出てすぐ駐車場に行っていること、被告人が同店に居たのは約一〇分ないし一五分程度であること、被害者は、駐車場へ入った午後七時一二、三分頃からジャッキを借り受けるため、駐車場を出た午後七時二五分頃までの間に、駐車場内に歩行者はもちろん、車両の出入も認めなかったことから推すと、被告人は、被害者より先に同駐車場に戻っていたものと認めることができる。

(3)  従って、右認定の経過に徴すると、被告人は、同日午後六時四〇分過ぎ頃本件駐車場へ到着し、午後七時一二、三分頃より以前に右駐車場へ戻っていたのであるから、この間喫茶店「タニ」へ、一〇分ないし一五分くらい居たとすれば、被告人が「タニ」へ入る前、約一時間くらいパチンコ店で遊んだ旨の供述部分は、到底措信できないところであり、結局、被告人は、駐車場到着後「タニ」に居た時間以外は、引きつづき同駐車場に居たものと推認することができる。而して、前認定の、被害車両の車輪の各穿孔が、前記千枚通しにより生じた蓋然性が極めて高いこと、穿孔発生の時期が、被害者が駐車場へ入った時刻に比較的接着した頃と推認されることを考慮すると、被告人が千枚通しを使用して穿孔を生ぜしめることが時間的に可能であり、かつ、被告人が穿孔を生ぜしめたものと認めるのが相当である。

五、ところで、本件窃盗は、被害者が、パンク修理のため、ジャッキを借りるべく被害車両から離れ、再び駐車位置へ戻ってくるまでの約五分くらいの短時間内に、同車の後部ドアを開けて車内に腹ばい状態で侵入し、助手席の座ぶとん類を取り除き、その下にあった手提カバンをダンボール箱ごと持出したもので、その大胆な手口や、被害者が、助手席の右ダンボール箱を座ぶとん類の下にかくしたこと、後部ドアを除く全ドアをロックし、施錠したことなどの事実に徴すると、本件窃盗は、被害者が、右ダンボール箱を携行して駐車場へ入って来た頃から、その行動を逐一監視し、把握し、ダンボール箱の中に貴重品のあることを察知していた者の犯行であって、偶発的犯行とは考えられず、しかも、右盗難発生前、これと時間的に接着して、被害車両の右前輪のみならず、予備車輪にも穿孔が加えられている事実を考慮すると、車輪の損傷と、本件窃盗とは、両者が全く無関係に、別個の犯人によって行われたものではなく、むしろ同一犯人が、被害車両の右前輪はもちろん、予備車輪をもパンクさせることにより、被害者が、自ら修理することが困難となって、他に応援を求めるため、被害車両から離れた隙を狙って、同車から金品を窃取すべく予めこれを意図して敢行したものと推定するのが相当である。

六、従って、被害車両の損傷が、被告人の所為によるものと認定できる以上、本件窃盗もまた被告人の犯行であるとの疑惑を払拭し難く、この点につき、さらに検討してみるに、≪証拠省略≫によれば、前認定の被告人車両の駐車位置は、駐車場の南出入口および西出入口付近はもちろん、駐車場西側道路および南側道路まで、相当広範囲に見通すことが可能であったことが認められ、従って、同駐車場における人の出入はもちろん、駐車場内が夜間暗い点を考えると、被害者がダンボール箱を携行して南出入口から駐車場に入った後、本件盗難に気付き騒ぎ出すまでの行動を逐一、被害者らに気付かれずに見分することが可能であって、被告人が、人に感付かれることなく、被害車両に近づき車輪に損傷を加えることも、短時間内に被害車両の後部ドアから同車内に侵入し、前記ダンボール箱を持出すことも、十分可能な位置にあったものということができる。また、被告人は、かねてから本件駐車場を度々利用していたことがうかゞわれ、同駐車場を、村雲市場や昭和市場など、付近商店の車両が主に利用しており、駐車車両の多くが車体に商品名や店名などを記載していたのであるから、これら利用者が、売上金を携帯することも容易に想定しうるところであり、被告人車両の駐車位置から被害者の行動を把握することが可能であったのであるから、被告人が前記ダンボール箱の所在場所や、ダンボール箱の中に売上金等貴重品の入っていることを知りうべき状況にあったものということができる。被告人が自車内で所持していた品々のうち、千枚通しにつき、被告人は歯石を除くためである旨弁解しているが、被告人の妻Bはもちろん同棲中のAも、未だかつて、被告人が自ら歯石を除いているのを目撃した事実のないことが認められ、社会通念に照らしても、右の如き道具で歯石を除く旨の被告人の弁解は到底首肯し難いところである。また果物ナイフについては、先端が鋭利に特殊加工してあるが、その用途につき格別納得できる説明はなく、軍手一双の存在も、それが通常乗用自動車の運転には使用されないものであり、手かぎについては、被告人は、昭和四六年頃、路上で拾得し、以来後部トランクに入れたまゝ使用したことがない旨供述しているが、先端部分が光っており、磨かれた形跡がうかゞわれ、これらの事実に徴すると、被告人のこれら物件の使途、所持目的は、その弁解や供述にもかゝわらず容易に理解し難いところである。さらに、被告人の帰宅コースは、前記一、(7)で認定したとおりであるところ、被告人の供述する如く、再び往路に出るためであるとするならば、駐車場南出入口から出るか、少くとも西出入口を出て西側道路を左折南進し、さらに左折東進すれば足り、≪証拠省略≫によっても、このように進行することが可能で、何らこれを妨げるような事由が認められないのにかゝわらず、被告人は敢えてこれらの進路をとらず、自宅とは逆方向の、最も遠いコースを進行したこと、しかも被告人は被害者らが、被告人車両に近い南出入口付近に至った時、急に発進し、最も近い南出入口から往路に出ず、西出入口から前記コースを進行したもので、帰宅目的で本件駐車場を出たとすれば、不可解な経路をたどったものというのほかはない。以上の事実のほか、前記一、(8)で認定した如く、被告人車両の駐車位置近くに、前記ダンボール箱が放置してあった事実、被害車両の損傷が、被告人の所為によるもので、被告人が、その後も引きつゞき駐車場内に居たものと認定できる(この間被告人が他の場所に居たことの主張や証拠は全くない)以上、本件窃盗が被告人以外の第三者の犯行であるとすれば、被告人は当然これを目撃し、もしくは目撃しうる状況下にあったのに、この点に関する弁解が全くなく、被害者が駐車場に居た間、同駐車場内に歩行者や車両の出入がなく、前認定の犯行の手口に照らしても、第三者による犯行と考えられる余地が殆んどないこと、さらに、被告人は、かねてから定職や、定収入がなく、資産もないのに肩書住居地に住む妻と三児、前記○○荘アパートで同棲中のAと同女間の一子との二世帯分の生活費として、毎月約八万円を支出しているほか、前記乗用自動車(新車)を購入、所有し、その月賦代金三万九、〇〇〇円、小遣い約二、三万円を毎月費消しているというのに、その収入の根拠は必ずしも明らかでないこと、および被告人にはこれまで車上狙を含む窃盗前科五犯があることなどを綜合考慮すると、結局本件窃盗は、被告人の犯行と推認するに足りる高度の蓋然性があるものというべく、他にこれを否定し、もしくはこれを左右するに足りる証拠は全く見当らない。

従って、本件につき、被告人を有罪と認定した原判決の事実認定に所論のような事実誤認の違法はなく、論旨は理由がない。

七、よって、本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三九六条により、これを棄却することゝし、なお刑法第二一条により、当審における未決勾留日数中一二〇日を原判決の本刑に算入することゝして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田誠吾 裁判官 平野清 大山貞雄)

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