名古屋高等裁判所 昭和49年(う)581号 判決 1975年10月20日
控訴人 弁護人
被告人 石村昭市こと李元大
弁護人 原山剛三
検察官 関口昌辰
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人原山剛三作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官関口昌辰作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。
弁護人の控訴趣意は、要するに、排水基準を定める総理府令第二条別表第三備考3で準用する別表第二備考2によると、水質汚濁防止法一二条一項は、一日当たりの平均的な排出水の量が五〇立方メートル以上である工場又は事業場に対してのみ適用されるところ、原判示事業場の排出水の量が右の基準を超えることを認めるに足る証拠は全くない。また同事業場が排出した排出水一リツトル中に三三〇ミリグラムを超える浮遊物質の含まれていたことを認めるに足る証拠もない。原判決は、事業場のところを流れている沢水を矢作川に流すため、県道を横切つて設けられている暗渠の出口を事業場の排水口と認め、更にそこを通つて流れる水全部を同事業場の排出水と認めて原判示のとおり認定したものと解される。しかし暗渠を流れている水は公共用水域である沢を流れて来た水であり、事業場がこの沢水を恒常的、継続的に引水して利用しているわけではなく、時たま引水して使用することはあつても、その場合汚水は浄化して再使用し、沢に排出することはないから、沢水を事業場の排出水とみる余地は全くなく、従つて暗渠の出口を事業場の排出口と認めることも許されないのに、そのように認めた原判決には、事実を誤認したか、若しくは法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。
よつて検討するに、原判示藤沢工場は、西、南、北の三方を山に囲まれた谷間にあり、東は矢作川に沿つて南北に通じる県道豊田恵那線に接し、敷地の北側部分に面積約四六二、五平方メートルの沈澱池を設け、南側部分に特定施設である砂利採取業の用に供する水洗式分別施設を設置し、附近の山から採取した原砂を水洗して砂利を採取する作業を行つている特定事業場であつて、沈澱池の東南隅に接して事務所があり、その附近から県道を横断する暗渠が作られていて、県道より西側の水は、本件事業場の排水を含め、すべてこの暗渠を通つて公共用水域である矢作川に流れ込むようになつていたことが認められる。そして原審がこの暗渠の出口を本件事業場の排出口と、そこを流れる水を同事業場の排出水と認めて原判示事実を認定していること所論のとおりである。所論は、右暗渠の出口を本件事業場の排出口ということはできず、同所を流れる水は沢水であつて、同事業場の排出水といえないというので案ずるに、水質汚濁防止法二条三項は、この法律において「排出水」とは、特定施設を設置する工場又は事業場(以下「特定事業場」という。)から公共用水域に排出される水をいう、と規定しているから、同法の排出水とは、特定事業場から公共用水域に排出される水である限り、それが同事業場に自然に流入したか取水されて入つたかを問わず、また事業に利用されたか否かを問わないと解するのが相当である。証拠によると、所論の沢水は、本件事業場の奥(西方)から自然の水路を通つて流れ出て来たもので、事業場附近では、敷地の北西の山際を西南から東北に流れており、砂利採取用水洗式分別設備の設置されている敷地の西北隅近くになると、沢水の水路はなくなつて沢水は全部同敷地の西北隅の部分に流れ込み、そのうえ同所えは近くのサンドキヤツチヤーやスバイラル等からしたたり落ちた汚染水も流れ込んでいたこと、藤沢工場では右敷地の北側の沈澱池との境に東西に設けてあるコンクリートの側壁の下部にヒユーム管を通し、その出口から前記県道下の暗渠の入口のところまで側壁に沿つてコンクリートの溝を作り、これらの水を事業場外に排出する方法をとつていたことが認められる。のみならず、藤沢工場では、その奥(上手)にある石村産業の長石工場が稼動したとき、同工場の排出した汚染水には塩酸等の薬品が含まれていて、そのまま矢作川に流すことができないためやむなく同工場が沢に排出した汚染水を沢水とともにポンプで汲み上げて事業に使用したため、沈澱池にはシツクナーに送る以上の量の水が流入して溢れる危険があつたため、二・三日おきに一回、一〇〇ないし一五〇トン程度沈澱池の水をポンプで汲み上げて前記県道下の暗渠の入口のところに流していたことも認められ、以上によれば県道下暗渠の出口を特定事業場である藤沢工場の排水口とみて差支えなく、又原判示の調査時右排水口に藤沢工場から排出される右の水以外の水の流れていた形跡はないから、同所を流れていた水はすべて同事業場の排出水と認めるのが相当である。そうだとすれば同事業場の一日当たり平均的な排出水の量が五〇立方メートル以上であつて、排出水一リツトル中に三三〇ミリグラムを超える浮遊物質の含まれていたことは原判決挙示の証拠によつて容易に認定することができる。原審がこれと同旨の見解に基づいて原判示事実を認定したのは相当であり、原判決に所論のような事実誤認若しくは法令の解釈適用を誤つた違法はない。論旨は理由がない。
よつて本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高澤新七 裁判官 塩見秀則 裁判官 平野清)