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名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)218号 判決 1977年8月31日

第二三五号事件控訴人、第二一八号事件被控訴人(第一審原告)

入山利一

右訴訟代理人

高木清

外三名

第二三五号事件被控訴人、第二一八号事件控訴人(第一審被告)

右代表者法務大臣

福田一

右指定代理人

岸本隆男

外一名

主文

1  原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告の従前よりの請求および当審で拡張した請求をいずれも棄却する。

3  第一審原告の控訴を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立<省略>

第二  当事者の主張

一、第一審原告の請求の原因

1  第一審原告は第一審被告国の機関であつた青島総領事喜多長雄に対し次のとおりの内訳により中国連合準備銀行券(以下連銀券という。)で、その金額合計一、一五〇万円を、朝鮮銀行青島支店の在留邦人援護委員会委員長名義の口座に振り込む方法で貸し付け、同総領事は本国に引揚げ後、国庫から弁済することを約束した。

(一) 昭和二〇年一〇月三〇日

二〇〇万円

(二) 同月三一日    五〇〇万円

(三) 同年一一月一日  三〇〇万円

(四) 同月八日     一五〇万円

2  喜多総領事は第一審被告国のため第三者から金銭を借り入れる機関権限ないし代理権限を有していた。

3  金銭貸付けのいきさつについて

(一) 第一審原告は昭和一三年から昭和二〇年まで中国山東省青島泰山路一〇八号所在の泰山染織工廠で従業員約五〇名を雇用して織物製造業を営んでいた。

(二) 日本の敗戦後、華北の在留邦人数一〇万人が本国へ引揚げるため青島に集結した。青島総領事館は引揚船への乗船までの間、在留邦人の生命身体を保護するため、食糧、衣服、医薬品等の生活必需品を確保し、これを支給する職務を有していたが、かかる物資の調達資金等がなく困惑していた。

(三) 外務大臣吉田茂は昭和二〇年九月七日付で、「在外邦人引揚経費ニ関スル件」と題し、

「在留民処置ニ付テハ此ノ上トモ各館ニ於テ萬全ノ策ヲ議セラレ遺漏ナキヲ期セラレ度処之ニ要スル経費相当多額ニ上ルモノト察セラレ之ガ一部ハ勿論出来得ル限リ各現地ノ事情ニ応ジ民団、民会日本人会等ヲシテ引受ケシムベキモノト思慮スルモ結局大部分ハ国庫ニ於テ負担スル外ナキニ至ルベシ然処之ニ對スル予算ノ計上困難ナルノミナラズ送金亦不能ノ情況ナルヲ以テ差シ当リ各現地ニ於テ便宜凡有ル方法ニ依リ支弁シ置カレ度ク後日之ヲ整理スルコトト致スベキニ付其ノ使途、金額、明細出来得ル限リノ証憑書類等ヲ整備シ保存シ置レ度シ」

との訓電を青島総領事館あてに発した。

(四) 喜多総領事は右訓電に基づき、同月一四日在留邦人の有志から資金を借り入れ、その借入金を本国への引揚げ後、国庫から返済する旨の通牒を告示し、第一審原告はこれに応えて前記のとおり貸し付けた。

4  総領事の権限について

総領事の任務は接受国にいる派遣国の国民を援助し、災難の場合における援助と帰国の世話にあたること、本件については、青島に集結した在留邦人の生活を援助することであり、その目的の範囲内で資金の借入れをすることもできまた前記訓電も受けているので、総領事はこれが金銭借入れの権限に欠くるところはない。

なお第一審被告が、原審で、本件借入金について、国が債務者であることを自白しながら、当審で、これを撤回している点には異議がある。なお第一審被告が同時に国が債務者ないことを前提とした主張をしている点は、時機におくれた防禦方法であるから、民訴法一三九条により却下を求める。さらに借受けに当つた者が総領事でないなどとする、一審被告の主張は従前主張の基本的立場を全く失念しているか、問題をすり変えようとしているもので不可解である。

5  代理権授与の表示による表見代理について

仮に喜多総領事が金銭借入れの権限を有していなかつたとしても、外務大臣は、その所管の業務遂行のために金銭借入れの権限を有していたところ、総領事に対し国のための資金借入れを指示する前記訓電を発し、これを喜多総領事を介して、第一審原告らに示したので、外務大臣は第一審原告らに対し右総領事に金銭借入れの権限を与えた旨を表示したものである。

6  権限踰越による表見代理について

(一) 第一審原告は、右総領事が次のとおり基本となる権限を有しており、右総領事に金銭借入れの権限があると信ずるにつき正当の理由を有していた。

(二) 基本となる権限について

喜多総領事は青島に駐在していた日本国行政官として最高位の地位にあり、現地では日本国を代表して諸外国と交渉し、その管轄区域内の在留邦人に関し、通商事務、戸籍事務等を引き受け、金銭借入れを除く、その他の事項について広範囲にわたる基本となる権限を有していた。

(三) 正当の理由について

(1) 前記のとおり外務大臣は訓電を発し、在留邦人から資金を借入れるように指示し、右総領事はこれに従い、関係銀行に対し在留邦人から金銭を借入れるにあたり、その借入れ手続を文書で依頼し、貸主である第一審原告らに対し右依頼文書および訓電を示して借入れの申込みをした。

(2) 第一審原告は緊急事態のもとでもあり、国のために役立ちたいたいとの考えから、国が借金を弁済しないことなどはおよそ夢にも思わず、当時の全財産に近い巨額の金銭を貸し付けたものである。

7  無権限行為の追認

(一) 第一審原告は愛知県一宮市長等を経由して、外務大臣吉田茂に対し昭和二五年一月一八日付在外公館借入金確認請求書を提出し、在外公館借入金整理準備審査法(昭和二四年六月一日法律第一七三号、以下審査法という。なお右法律は昭和四一年六月三〇日法律第九八号により「在外公館等借入金の確認に関する法律」と改正されたので、以下これを確認法という。)五条一項により本件借入金の確認を求めたところ、外務大臣は昭和二六年三月一六日第一審原告に対し借入金確認証書を発給して、右請求のとおり借入金の確認をし、もつて第一審被告は喜多総領事の無権限行為を追認した。

(二) 第一審被告は、昭和二七年七月二四日右確認に基づき貸金債務の一部の弁済として第一審原告に対し五万円を支払つたので、遅くともそのころ右無権限行為を黙示的に追認した。

8  在外公館等借入金の返済の実施に関する法律四条の規定の違憲について

(一) 同法(昭和二七年三月三一日法律第四四号、以下「返済実施法」という。)四条には、「借入金の金額は、確認法第六条に規定する借入金確認証書に記載された現地通貨表示による金額を、別表在外公館等借入金換算率表により本邦通貨表示による金額に換算した金額の一〇〇分の一三〇に相当する金額(同一人について計算したその借入金の金額の合計額が五万円をこえるときは五万円、同一人について計算したその借入金の金額の合計額が五〇〇円に満たないときは五〇〇円)とする。」とあり、同表には借入金提供地域華北の連銀券の換算率(本邦通貨一円に対する現地通貨表示による金額)が一〇〇円と定められている。

本件借入金は審査法の規定により、外務大臣が国の債務として承認した借入金にあたるものである。

(二) 同表の華北の連銀券の換算率は極めて低く不合理である。

ところで、昭和二〇年一〇月からその翌月までの青島の経済状態は極めて安定し、連銀券は現地での唯一の通貨であり、同表の数値に示すように貨幣価値が下落していなかつた。本件消費貸借契約中でも、当事者は連銀券一円を邦貨一円と換算することを約束したものである。したがつて右規定に従つた換算方法で算出された金額のみを弁済金額と定めることは、第一審原告の本件貸金債権の大部分を正当の補償なくして不当に奪うものである。

(三) のみならず、国が弁済する金額の最高限度額を債権者一人につき五万円と定めたことは、みずからその余の債権を不法に剥奪したものである。

(四) 国が国民に対し不利益な処分をするときは、事前にその旨を告知し、かつ弁明の機会を与えるべきことは、憲法三一条の規定により要請されるところであるが、国は立法行為により前記のとおり第一審原告からかかる手続によらずに、本件貸金債権の大部分を奪つたものである。したがつて、返済実施法四条の規定は憲法三一条の規定に違反し無効である。

(五) また右のとおり奪われた本件貸金債権の大部分について、実質的には、第一審原告の裁判を受ける権利を侵奪したことにもなるので、右四条の規定は憲法三二条の規定にも違反し無効である。

(六) 前記のとおり第一審原告の財産権を不法に侵奪したことにあたるので、右四条の規定は憲法二九条一項の規定に違反し無効である。

(七) してみると、右四条の規定にかかわらず、連銀券一円を本邦通貨一円に換算して算出した金額の全額が弁済の対象となるのが当然である。

9  喜多総領事が昭和二一年ころ本国に引き揚げたので、第一審原告は昭和二二年三月三一日第一審被告に対し本件貸金の返済を催告した。

10  第一審原告は昭和二七年七月二四日第一審被告から五万円の弁済を受けたので、これを前記1の(一)の貸金二〇〇万円の一部の弁済に充当した。

11  第一審被告は第一審原告の支払催告にもかかわらず、右のとおり五万円を弁済したのみで、現在まで長期間にわたつてその余の債務の弁済をしなかつたので、第一審原告はその債務不履行により、五億円を下らない金額相当の損害を被つた。

12  よつて第一審原告は第一審被告に対し連銀券による貸金元本残一、一四五万円を本邦通貨に換算した同金額および損害金五億円のうち五〇〇万円、以上合計一、六四五万円ならびにこれに対する弁済期の翌日である昭和二二年四月一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。なお右のうち原審からの従前の請求は前記1の(四)の一五〇万円(このうち原判決認容分一万九、五〇〇円、棄却分一四八万〇、五〇〇円)に相当する金員であり、当審で拡張した請求は前記1の(一)の残一九五万円、同(二)の五〇〇万円、同(三)の三〇〇万円に相当する金員および損害金五〇〇万円合計一、四九五万円に関する分である。<以下、省略>

理由

一<証拠>をあわせると、第一審原告が第一審被告国の機関であつた青島総領事喜多長雄に対し、その主張の各日に連銀券で、その主張の金額合計一、一五〇万円を、朝鮮銀行青島支店の在留邦人援護委員会委員長名義の口座に振り込む方法で、貸し付け、右総領事が本国に引揚げ後国庫から弁済することを約束したものと認めるのが相当である。

二喜多総領事の金銭借入れの権限について

1  大蔵省官制(昭和一七年一一月一日勅令第七四三号)一条、外務省官制(明治三一年一〇月二二日勅令第二五八号)一条、外交官及び領事官制(明治三二年六月一九日勅令第二八〇号)、領事官の職務に関する法律(明治三二年法律第七〇号)、会計法(大正一〇年四月八日法律第四二号)によると、本件借入れ当時、国のための金銭借入れに関する事務は専ら大蔵大臣の所管に属し、外務大臣には、その権限がなく、予算を前提として会計法令の許容する範囲内でその所管の業務のため支出負担行為をすることができるだけであつたこと、また総領事は出納官吏として渡切費予算の執行として国のため支出負担行為をすることができるにすぎず、金銭の借入れなどの積極的な債務負担行為をする権限を有しなかつたことが明らかである。

2  のみならず、旧大日本帝国憲法六二条三項の規定によると、当事国が金銭の借入れをするにあたつては、帝国議会の協賛を経なければならなかつたことが明らかである。

3  ところで外務大臣吉田茂が昭和二〇年九月七日付で第一審原告いうとおりの訓電を青島総領事館あてに発したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、右訓電の趣旨は、太平洋戦争の終結による混乱状態のもとで、外務大臣が喜多総領事に対し、中国の在留邦人の救済および引揚げについて、適当なあらゆる手段を講ずるように訓令したものであり、右総領事がその公的地位に基づき救済費および引揚費等にあてるため在留邦人から資金を借り入れる事項も一応含まれていたと見られること、しかし右金銭借入れについては、帝国議会の協賛を経ていなかつたことが認められる。

4 以上の認定によると、喜多総領事は本来国のため金銭を借入れる権限を有せず、かつ右権限を有しない外務大臣からその権限を授与するが如き訓令を受けても、その権限授与の根拠とならず、しかも帝国議会の協賛を経ていなかつたのであるから、喜多総領事には右権限がなかつたものと解せざるをえない。

5  なお第一審原告は、第一審被告が原審で、本件借入金の債務者が国であることを自白したので、その自白の撤回に異議があると主張しているが、第一審被告が右の点について自白していないことは明らかであるから、右異議の主張は理由がなく、次に第一審原告は、国が本件借入金の債務者でないことを前提とする主張が時期におくれた防禦方法であるからその却下を求める、ということであるが、当審における訴訟手続の進行過程等よりみても、かかる事実は認められないので、右却下の申立ては理由がない。

三代理権授与の表示による表見代理について

<証拠>によると、外務大臣が本件訓電を発するにあたり、閣議を経ていなかつたことはもちろん大蔵大臣と協議したこともなかつたことが認められ、しかも前記認定によると、外務大臣は総領事に対し国のための金銭借入れの権限を有していなかつたのである。かかる権限のない外務大臣が権限を授与するが如き訓電を発しても、民法一〇九条の規定する代理権の授与の表示にあたらないものと解すべきである。したがつて、第一審原告の右表見代理の主張は理由がない。

四権限踰越による表見代理について

1  総領事が出納官吏として渡切費予算の執行として国を代理して支出負担行為をする権限を有していたことは前記のとおりである。よつて、進んで、第一審原告が喜多総領事に国のための金銭借入れの権限があると信ずべき正当の理由があつたかどうかについて検討する。

2  <証拠>によると、次の事実が認められる。

(一)  太平洋戦争の終結により、中国在留邦人が本国に引き揚げることになり、当時の中華民国政府は広東、上海、青島その他の特定の都市に在留邦人を集結させて引揚船に乗せることになつた。

(二)  青島のある華北においても、他の中国各地と同様に、敗戦前には、居留民団等の公的団体があり、居留民団等が一般邦人を救済していた。しかし敗戦により、華北の奥地に居住していた邦人が引揚げのため青島に集中し、特定の場所で集中営生活をすることになり、居留民団等は平常時のような機能を発揮できなくなつた。

(三)  青島総領事館は、敗戦に伴い、中華民国政府により、公的機関としての活動を停止され、総領事館員は一般邦人と同様に取り扱われ、一般邦人とともに行動した。

(四)  集中してきた在留邦人は殆んど着の身着のままの状態であり、中華民国政府から給与される食糧だけでは不足していたので、その不足分の食糧、衣服、医薬品等を提供してやる必要があつた。そこで邦人の自治団体である青島在留邦人援護委員会が在留邦人の救済および引揚事業にあたることになつた。

(五)  外務省では敗戦直後の海外事情がわからず、中国については、敗戦前の居留民団等の公的団体が平常時と同様に邦人の救済にあたつているかどうかについても情報が得られず、相当に混乱した状況にあるものと予測した。しかし外務省としては、救済費、引揚費の全額を算出できず、また帝国議会の協賛を経るについては、その手続のためにかなりの日数を要し、そのうえ外地への送金方法が確保されておらなかつたので、緊急の異常事態下にあるものと判断し、在外公館員が平常時と同様に、法令に拘束され、法令で許容された限度内の行動のみをとることにより、在留邦人を十分に救済できなくなる事態に陥ることをおそれ、本件訓電を根拠にして、救済および引揚げの目的を遂行するために適切なあらゆる手段、方法をとるように訓令する趣旨で、大蔵省の担当主計官等から一応の了解を得て、本件訓電を発した。右訓電は、右救済等の費用にあてる資金を在留邦人から借り入れることを当然に予定していたが、その資金の借入れについて、居留民団その他の自治団体又は公館員のいずれが借主となるか、借入金額の最高限度額、現地通貨と本邦通貨との換算率、弁済期、利息等を指示しなかつたのみならず、借入金の詳細な支出項目についてもなんら指示しなかつた。しかし外務省は右借入金の大部分につき、後日予算に計上し、帝国議会の協賛を経て、それを返済する計画であつた。

(六)  本件訓電を受け取つた喜多総領事は、青島在留邦人援護委員会が前記資金に窮し困惑していたので、青島の在留邦人の有力者らに対し右訓電を示し、右資金にあてるため、借入れを申し込み、右申込みに応ずるときは、朝鮮銀行青島支店の右委員会委員長名義の口座に振り込んでくれるように依頼した。他方右総領事はそのころ同支店長安藤直明に対し、右訓電を示すとともに「邦人援護委員会所要資金借上に関する件」(甲第三号証)と題する書面を差し入れ、右借入れの手続を委託したが、右書面には、右委員会所要資金を在留邦人から借り上げることになり、その手続を同支店に委託すること、貸付けの申込みがあつたときは、右委員会委員長名義の口座に振り込むこと、右借入金は内地引揚げ後、外国為替管理法の許可条項により国庫金から払い戻されることの趣旨の記載があつた。

(七)  第一審原告は中国山東省青島泰山路で泰山工廠および泰山洋行の名称を使用して織物製造販売業を営み、昭和一九年以前に一時帰国し、肩書住所地に居住し、弟入山春見および津村勇らにその経営をまかせた。津村は昭和二〇年三月ころ帰国し、名古屋、大阪等が空襲により大被害を受けた状況をみて、第一審原告と相談のうえ、営業を廃止することに決定し、同年五月ころ青島に戻り、同年六月ころ在庫品全部を約一、二〇〇万円で処分し、これを朝鮮銀行青島支店の第一審原告名義の口座に預け入れた。

同銀行青島支店長から前記書面および本件訓電を示されて前記委員会の資金のための貸付けを勧誘された津村勇は、入山春見と協議のうえ第一審原告名義で前記のとおり四回にわたり合計一、一五〇万円を右第一審原告名義の預金口座から払戻しを受けて右委員会委員長名義の口座に振り込み、そのつど同支店長作成の収納書を受領した。右収納書には、当該の金額、振込年月日および収納先・右委員会口座、振込人・第一審原告なる記載があつたほかに、青島総領事館の収納確認印があつた。

(八)  華北にあつた銀行が昭和二〇年九月ころから本国への送金業務を停止したため、華北の在留邦人は本国へ送金できなくなつた。そのころから引揚げに際し本国に持ち帰えることができる通貨の最高額が本邦通貨で一、〇〇〇円に制限されるとの情報が流布された。

なお昭和二〇年一〇月一五日通貨又は有価証券の輸出入が禁止され(同年大蔵省令第八八号一条、外国為替管理法「昭和一六年四月一二日法律第八三号」一条、昭和二〇年一〇月一三日勅令第五七八号参照)、同年一一月一日以降、外国から引揚げる本邦人のうち軍人を除く一般人は持帰金として本邦通貨一、〇〇〇円相当額の特定の通貨等を携帯輸入を許された(同年大蔵省告示第三七一号、同第四〇〇号、昭和二一年大蔵省告示第五号、同六号参照)。

以上の事実が認められ、<る。>

3 以上の認定事実に徴すると、本件借入れは、日本国の敗戦により、中国においてはもちろんのこと本国内にとつても、異常事態のもとでなされたが、当時、第一審原告は本国内に居住し、青島にいたその代理人の津村勇、入山春見らを介して本件契約を結んだものの、津村は昭和二〇年三月ころから同年五月ころまで本国に一時帰り大都市の空襲による被害状況を知り、敗戦時における本国内の異常事態をも予想できたものと認められ、かように本件借入れは当事者双方にとつて現実に知り又は予想できた異常事態のもとでなされたものである。しかも本件借入れについては、その消費貸借の内容について、外務大臣による具体的な指示がなく、喜多総領事の裁量により決定されたものであり、本件借入金の返済についても、通常の消費貸借契約のように契約内容により返済自体が決められているものではなく、その返済については法律、予算として帝国議会の協賛を経ることを前提としていたものとみるのが相当であり、法律、予算として成立する過程においては、内閣、議会において他の財政問題との比較検討が加えられることが当然に予測できたものであり、ただ外務大臣としては本件訓電を発し、在外公館員らが金銭を借入れたいきさつを考慮し、できうる限り資金提供者の意向にかなつた返済ができるように、その趣旨にそつた法律、予算の成立に努力する責任を負つたにすぎないものであり、かつ津村勇らは本件訓電の趣旨および本件借入れ時の情況から右の事情を予測できたものと認めるのが相当であるので、これらの事情をさらに上来認定の諸事実にあわせ、殊に前記訓電内容の仔細な検討、法常識上の合理的判断からすると、第一審原告が、喜多総領事に、国のためにする金銭借入れの有効な取引上の権限があつたと信ずるのは、健全な国民常識の上から見てその思慮十分でないきらいがあり少くも過失あるを免れず、いまだその正当な理由があつたものということはできないものといわなければならない。したがつて、第一審原告の前記表見代理の主張は理由がない。

五追認について

第一審原告が愛知県一宮市長等を経由して外務大臣に対し昭和二五年一月一八日付在外公館借入金確認請求書を提出し、審査法五条一項により本件借入金の確認を求めたこと、外務大臣が昭和二六年三月一六日第一審原告に対し、借入金確認書を発給し、右請求とおり借入金の確認をしたこと、第一審被告が昭和二七年七月二四日右確認に基づき五万円を返済したことは当事者間に争いがなく、右借入金の確認は審査法、右返済は返済実施法にそれぞれ基づいてなされたものである。ところで確認法(審査法)一条は、借入金が本来国の債務ではないが、これを法律の定めるところに従い、かつ予算の範囲内において、将来返済すべき国の債務として承認する旨定めたものであり、返済実施法四条は承認された借入金につき、現地通貨から本邦通貨への換算率および返済すべき借入金の金額の最高と最低の各限度額を定めたものであり、確認法の規定により、借入金提供者の国に対する債権を創設したものであるから、借入金の提供を受けた者の無権限行為を追認する趣旨を規定したものでないことは明らかであり、前示返済はそれを前提としているので、無権限行為の追認を意味するものではない。したがつて第一審原告の各追認の主張は理由がない。

六してみると本件契約は喜多総領事の無権限行為によるものであつて無効であるといわざるをえず、有効な右契約の存在を前提とする第一審原告の本訴請求は爾余の違憲等の判断をまつまでもなく、理由のないことが明らかである。なお前記認定によると、第一審原告は第一審被告に対し右契約に関連して債権を有していることになるが、これは右契約に基づくものではなく、確認法一条の規定により、政府が現地通貨で表示された借入金を、法律の定めるところに従い、かつ予算の範囲内において将来返済すべき国の債務として承認した結果、初めて第一審原告の国に対する債権として創設されたものと解すべきであり、第一審原告の右債権は確認法および返済実施法(四条)により規定されたものである。そしてその法律制定の過程において、国会が国の財政関係その他の諸事情を考慮することは立法活動として当然である。したがつて、それは、外務省の発した訓電および在外公館の措置その他借入れがなされた諸般の事情を斟酌し、果して妥当な内容をもつた法律であるかどうかなどの立法政策上の当否が問われることはあつても違憲判断の対象にはならないものと解するのが相当である。

七そうすると、第一審原告の本訴請求は全部理由のないことが明らかであるから、第一審原告の控訴に基づき原判決中第一審被告敗訴部分を取消し、第一審原告の従前よりの請求および当審で拡張した請求をいずれも棄却し、第一審原告の控訴を棄却することとし、民訴法三八六条、三八四条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(三和田大士 鹿山春男 新田誠志)

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