名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)389号 判決 1977年2月15日
控訴人
坂田正之
右訴訟代理人
山下豊二
外二名
被控訴人
浜口千治
右訴訟代理人
阿部甚吉
外二名
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し金二五八万一、七五八円およびこれに対する昭和四七年一二月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人その余の請求は棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。
本判決は被控訴人の勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
第一被控訴人が昭和四七年四月一三日登代丸を操舵して三重県志摩郡阿児町安乗の安乗沖で鯛網船沖丸に付属して四隻の僚船とともに操業し潮待ちのため投錨中、同日午後〇時四五分頃新興丸と衝突した事実(衝突地点と右登代丸が停泊していたとの点については、争いがある)については、当事者間に争いがない。
第二(一) <証拠>によれば、本件衝突地点は、三重県安乗沖の一一五度3.5マイル付近であることが認められる。
(二) 控訴人は、登代丸が錨を使用していたのは、本件衝突地点で投錨停泊していたのではなく、鯛漁に都合のよい潮を待つていたに過ぎないもので海上衝突予防法一条三項五号にいう「航行中」であつたというが、<証拠>によれば、被控訴人は、昭和のはじめ一六才時から漁師として漁船に乗つており、昭和三三年には小型船舶操縦士の資格をとり爾来漁業に従事して操船の経験も長いこと、登代丸は潮の流れが鯛網に適していなかつたため、潮流が鯛網に都合のよい状態になるまで錨を下して静止の状態にあつて、停泊中であることを示す黒球を掲げていたこと、右錨泊場所は水深約五〇メートルのところで、かつ1.5メートル立方位のコンクリート製ブロツク約六、七〇〇個が沈められた約八〇メートル四方位の広さの漁礁が一五ケ所位ある場所であり、当該漁礁は安乗漁業協同組合が管理している場所であること、同地点で停泊のために延出した登代丸の錨のロープの長さは約八〇メートルであつたこと登代丸の属していた沖丸船団全体が潮待ちのため投錨して停泊していたことが各認められ、右認定の事実によれば、登代丸は航行中ではなく、錨泊の状態にあつたものと認められる。ところで<証拠>によれば単錨泊で荒天でない場合の錨鎖伸出量は、水深の三倍に九〇メートルを加えた長さを基準としていることが窺われるが、一方<証拠>によれば、錨鎖の長さが水深の一倍半になると係駐力がなくなり、従つて、錨鎖の長さが水深の一倍半をこえている場合には依然として係駐力があることが認められるばかりでなく、<証拠>によれば、錨の係駐力は、錨の重量や形状、角の状態などのほかに海底の底質、潮時、海流の状況、船舶の大小(登代丸の総トン数は3.03トン)等によつてかなり相違をきたすことが推認されるのであるから、<証拠>の存することは、未だもつて前記認定を妨げるものではない。
第三(一) ところで、被控訴人は、本件衝突事故は、控訴人の使用者である新興丸の乗組員の業務執行中不法行為につき控訴人には民法七一五条による使用者責任があるといい、控訴人は、同法の適用はなく、専ら商法六九〇条が適用されるべきものであるというが、船舶法三五条によれば、航海の用に供する船舶については、商行為を目的としない場合でも商法第四編の規定が準用され、海上を航行する漁船もその例外ではないのであり、このような漁船の船長その他の船員がその職務を行うに当り過失により他人に加えた損害についても、商法六九〇条が準用されるべきものと解されるから、船舶所有者は右船員の不法行為につき自己に過失があると否とを問わず、これが賠償の責に任ずべきものであつて、民法七一五条は、本件の場合、その適用はないものと思料する(大審院昭和三年一〇月二三日判決、民集七巻九三八条、最高裁判所第二小法廷、昭和四八年二月一六日判決、判例集二七巻一号一三二頁)。
(二) そこで、本件衝突事故が、控訴人の被用者たる新興丸の乗組員の過失によつて発生したものであるかどうかについて検討する。
<証拠>によれば、次の事実が認められ、<る。>
控訴人は訴外竹村市太郎とともに新興丸を共有し、その持分は各二分の一であつて、同船の乗組員を被用者として漁業をなし、被控訴人は登代丸を所有し、沖丸船団に加わつて漁業をなしていたものであること、訴外藤井政一は右、新興丸の船長として、昭和四七年四月一三日午後〇時四五分頃、同船舶につき中間検査のための入渠を終えて、帰港すべく、同船を操舵して愛知県蒲郡港から高知県室戸港に向い速力約九ノツトで三重県安乗崎灯台の一一五度3.4マイル付近の海上を航行中、同船の左舷船首部を折柄潮待ちのため錨泊していた浜口千治外一名の乗船する漁船登代丸の右舷首部に約五〇度の角度で衝突させたうえ右登代丸を乗り切り、同船をその頃、安乗崎灯台一三〇度、3.4マイル付近の海上で沈没させたものであること、本件衝突事故当時、新興丸は船首八〇センチ、船尾3.8メートルの吃水状態の空舷状態のため船橋よりも船首が高く上つており、船橋操舵室から船首方向の見通しがきかない状態であつたこと、そして同船乗組員は見張員を置かないで自動操舵のままにして船橋を離れ、船尾食堂で休憩していたこと、本件衝突事故現場は一〇〇〇トン以下の船舶の航路は同現場から一ないし1.5マイル陸寄りの大型船舶航路は五マイル沖寄りの航路から離れた場所であり、漁礁が点在し、小型漁船が出漁する豊富な漁場であつたこと、登代丸は停泊中であることを表示するために船首に黒球を掲げて事故予防のための措置をとつていたこと、登代丸は、新興丸を発見してから約三〇秒もたたない間に同船から衝突されたものであること(控訴人の主張自体に徴しても、新興丸の速力が九ノツト、両船と登代丸との間の距離が約一三五メートルとすれば、登代丸が新興丸を初認してから本件衝突までの時間は計数上約三〇秒であることが認められる)、登代丸は右時間内には本件衝突を回避する余裕も、方法もなかつたことが各認められる。
以上の認定事実によれば、新興丸の船長は、右認定の日時に、航路筋を離れた三重県安乗崎灯台の一一五度3.5マイル付近の海上を航行中、船橋操舵室から船首方向の見透しがきかない状態であつたから、船橋上部、船首部等に見張員を配置し、細心の注意を払つて、前方を注視し、進路の安全を確認しなが運航すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、進路に航船はいないものと軽信し、見張員を置かず、味方を監視しないまま自動操舵によつて航行したため、折柄潮待ちのため黒球を船首に掲げて錨泊していた被控訴人外一名の乗船する漁船登代丸に気付かず、同船の右舷に約五〇度の角度で新興丸左舷を衝突させ、その頃登代丸を前記認定の場所で沈没させたものであつて、本件衝突事故は控訴人の被用者である新興丸の乗組員が航行中につくすべき前方注視の義務を怠つた過失によつて惹起したものというべきである。
そして、新興丸が前記のように中間検査を終了して蒲郡港から室戸港に帰港するために航行することは、同船の船長以下乗組員の職務行為に属するものというべきところ、控訴人は後に説示するように右新興丸の船舶共有者であり、同船を漁業の用に供している海上企業者であるから本件衝突事故による被控訴人の被つた損害が、さきに認定したように新興丸の乗組員の過失によるものである以上、右損害につき、商法六九〇条により、船舶所有者として、その責に任ずべきものである。
第四抗弁
(一) 被控訴人の過失について
(1)(イ) およそ、停泊中の船舶は衝突を回避するためには殆んど無力であるから、停泊舶船の登代丸が航路筋など不適当な場所に停泊していない限り、航行船たる新興丸側に衝突回避の注意義務があるものというべきであるから、むしろ新興丸側において登代丸に衝突しないように前方注視の義務をつくすべきものであるところ、登代丸は前記認定のとおり航路筋から離れた場所で潮待ちのため停泊していたものであるから、同船泊が航路筋を航行していたとする控訴人の主張は、それ自体すでに失当である。
(ロ) 控訴人はその主張のような状況にあれば、登代丸は機関を停止しないで、見送りを立てておけば、直ちに避難措置がとれ得た筈だというが、潮流が漁労のために都合のよい状態になるまで停泊する場合、長時間の停泊を要することもあることは、弁論の全趣旨より推認しうるところであるから、このような状況にあつては、船の機関を停止して待機することも通常ありうることであり、本件の場合、登代丸が機関を止めて錨泊していたこと自体に過失があつたものとはいい難い。
(ハ) 又控訴人は登代丸側も見張りを立てるべきであつたというが、同船の停泊場所は航路筋から離れたところであり、漁礁の点在する場所であるから、停泊位置として不適当なところとは認められない。したがつて、船舶が適当な場所を求めて停泊し、そのことを示す黒球を掲揚していれば、荒天とか霧が濃いなど衝突の危険性が普通よりも多い状態にある場合は格別、通常の天候にあつては見張員を置くことまでは要求すべきではないと考える。
従つて、この点に関する控訴人の抗弁も理由なく採用することができない。
(2) 控訴人の主張自体に徴しても、登代丸側が新興丸を初認してから、本件衝突までの時間は約三〇秒であつた(原審における被控訴人本人尋問の結果によつても、右時間は二〇秒か三〇秒位であつたことが認められる)ことが認められるのであるから、錨泊中の登代丸としては、右短時間のうちに、本件衝突を回避しうる余裕も方法もなかつたものというべく、殊に新興丸では前記認定のように見張員を置いていなかつたのであるから、登代丸の乗組員がシートカバーを振つたり、ドラム缶をたたくなどして自船の存在を警告する措置をとつたとしても、前記認定の事実によれば新興丸としては登代丸の船体自体をも発見していなかつたものと認められることからして、さらに登代丸船上の人物の行動などを確認しうるものとは到底考えられない。従つて、登代丸側において緊急避難措置をとるべきであつたとする控訴人の主張は理由がなく採用することができない。
(二) 予備的抗弁について
(1) 被控訴人は、新興丸は控訴人と竹村市太郎との共有名義にはなつているが、漁業経営者は控訴人のみであるというが、<証拠>によれば、新興丸は、船舶登記簿上、控訴人と竹村市太郎との共有であり、その持分は各二分の一とされていること、控訴人と右竹村は、以前漁船高館丸を共有し、共同経営していたが、同船が沈没していたため、同船舶の代船として新興丸を建造することになつたものであること、右建造費一億三〇〇〇万円は右両名が平等に分担して出資したこと、漁業権についても右両名が共同経営者として共有で取得していること、右建造費のための借入は、右両名が農林漁業金融公庫に申し入れ、同公庫より貸付決定を受けているものであるが、同公庫に対し借入金の償還が終了するまでは漁業権を無断で処分しないことを確約していること、右両名は、新興丸及び第二八新興丸両船を共有(両船の各持分はそれぞれ二分の一)し、前者の船舶についてはその船舶管理人を控訴人とし、後者の船舶については、その船舶管理人を竹村市太郎として、それぞれ共同経営をなし、それによる損益の分配持分に応じて分配する約束になつていたこと、ただこれまで、右両船については毎年損失額の方が多いために現実に所得が生じていなかつたこと、控訴人、被控訴人間における高知県安田で行われた本件事故の補償金の話合いの際も、被控訴人との示談交渉に始終立会つてきた安田鰹鮪漁業船主組合専務理事の中島鶴光から右竹村を新興丸の船主であることを被控訴人側に紹介したことの各事実が認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は、前示各証拠に照らして採用することができない。右認定の事実によれば、右控訴人と竹村市太郎は新興丸を共有し、その持分は各二分の一であり、共同して同船舶を漁業の用に供していた海上企業の共同経営者であつたものというべきであるから、右竹村は、同船の単なる共有名義人に過ぎないとの被控訴人の主張は理由がなく採用できない。
もつとも、被控訴人は、右竹村市太郎が単なる共同名義人であることの根拠として、<証拠>によれば、同人は、(イ)共同経営者であるといいながら、新興丸の船長か誰であるかを知らなかつたこと、(ロ)本件衝突事故を昭和四七年五月に至つてはじめて知つたこと、(ハ)新興丸の建設費がいくらであるか明確に知つていなかつたこと、(ニ)右建設資金の融資を受けるについて同人の自宅、土地を担保に供したというが、物上保証人になつたのは控訴人の父であつたこと、(ホ)最近(昭和四八年、同四九年)の同船の漁業経営にかかる損益計算の結果を知つていなかつたこと、(ヘ)乙第一五号証(昭和四九年分の所得税の損失申告書)について損失として計上するべきものを収入が六五六万円余あつた旨述べたりして、新興丸の経営について何も知つていなかつたことを窺わせる供述をしていること、さらに(ト)控訴人は運行費用の負担についても明確にしていないし、(チ)乙第一五、第一六号証によつても損益分担の事実は疑わしいことなどの事情を挙げているが、新興丸の船舶管理人は前記認定のとおり控訴人であり、同人は船舶共有者の竹村から委任を受けて船舶の利用に関し広汎な代理権限を有し、帳簿の備付や計算報告の義務を負担しているものであるから、右(イ)(ロ)(ホ)(ヘ)等の事実があつたからといつて右竹村が直ちに単なる共同名義人であつたとはいえないし、右(ハ)については、<証拠>によれば、建設費は正確な額は判らないが、一億三、〇〇〇万円である旨を供述しており、右建設費の融資についても、控訴人の乙第一九号証の三を示して「その外に第八新興丸についての融資につき、証人の自宅とか、土地なんかを担保に入れましたか」との問に対して「担保に差し入れました」と証言しているのみであつて、右尋問の趣旨が必ずしも担保に提供した物件を同証人所有の家屋、土地に限定したものとも解されないので、同証言が虚言であるとまで断定することはできない。又右(ト)(チ)については、前記認定のように控訴人と右竹村は、新興丸と第二八新興丸と各共有し、それぞれ各船舶管理人として各船舶を管理し、右各船舶の経費や損失は各平分して分担していたことが認められるのであるから、運行費用の負担や損益分担の事実が不明確であると直ちに認定することはできない。
なお、被控訴人は、仮に右竹村が新興丸につき共有持分権を有するとしても商法六九〇条の責任や免責委付の権限はないとか、控訴人が新興丸の所有者であるか否かに関係なく、民法七一五条の使用者責任を追及するとか主張するが、前叙説示のとおり、控訴人は新興丸の共有者であり、共同経営者であるから、同条の適用がなく、商法六九〇条にもとづいて、同船の船員の不法行為について無過失責任を負担すべきものである。
(2) ところで、商法六九〇条は、海上企業主体としての船舶所有者について、海上企業保険の立場から有限責任を認めたものであつて、船舶共有者についても、右有限責任の原則は活かされるべきものであるから、さきに認定したように控訴人と右竹村市太郎とが新興丸を各二分の一ずつの持分で共有し、同船舶を漁業の用に供して共同経営を営んでいる以上、商法六九六条を準用して、控訴人と竹村市太郎は新興丸の右各二分の一の持分の価格に応じて、本件衝突事故による被控訴人の損害を賠償する責任があるものといわなければならない。
(三) 再抗弁について
<証拠>によれば、被控訴人からの本件衝突事故による補償要求につき、昭和四七年八月一日午後四時半頃、安田船主組合の会館において登代丸側からは宮本組合長、被控訴人、新興丸側からは、船主としては控訴人、竹村市太郎の二名、ほかに同組合中島鶴光専務ら関係者数名が出席して第一回の会合を開いたが、その際、中島専務から被控訴人側に対し、控訴人と竹村市太郎を新興丸の船主であると紹介したこと、その後交渉は被控訴人主張の如く、現地安乗で二回、高知で一回東京で一回行われたが、竹村市太郎は控訴人に交渉の権限を一切任せていたため、被控訴人との交渉は控訴人が行つてきたこ、しかし右交渉も話合いがつかず、本件訴訟に至つたものであるが、控訴人(被告)の昭和四八年二月二七日付答弁書(同日の口頭弁論期日において控訴人が被告として供述している)においても「新興丸が被告の所有とあるのは、持分二分の一の所有であることを認め、……」と述べており、さらに第三回の口頭弁論期日(昭和四八年七月二〇日)において、控訴人が新興丸の登記簿謄本(乙第一号証)を証拠として提出していること、控訴人が第八回の口頭弁論期日(昭和四九年五月二四日)において自己と竹村市太郎とが新興丸についてその持分が各二分の一の共有者であり、共同経営者であることを述べていること、控訴人が商法六九六条にもとづく主張をしたのは被控訴人主張のように当審の第三回口頭弁論期日であつたこと等の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、控訴人が口頭弁論期日において商法六九六条にもとづいて本件衝突事故の責任は二分の一である旨明確に主張したのは、当審第三回の口頭弁論期日ではあるが、被控訴人としては、新興丸の所有権が控訴人と竹村市太郎との共有に属しており、右両名が共同経営者であることは、本訴提起前の昭和四七年八月一日開催の安田船主組合の会館で行われた前記会合の際に知りえたものであることが推認されるし、少なくとも、昭和四八年二月二七日の原審口頭弁論期日において、控訴人は、新興丸の所有権について、二分の一の持分しかないことを明確に了知したものと認められるから、被控訴人としては、同船舶の登記簿について調査するなどして他の共有者である竹村市太郎に対しても本件衝突事故による損害について責任を追及しえたものと認められるから、控訴人のこれまでの主張や態度において特に信義則違反の事実があつたものとは考えられない。従つて被控訴人の再抗弁は認容することができない。
第五損害
(一) 船舶の損害
(1) 中古物の滅失毀損による原状回復の方法としては、被害者に対してそれに代る同種同等の中古品を取得させることであるが、それは事実上殆んど不可能に近い。そこで控訴人の主張は、第二(一)(1)において、本件事故当時の登代丸の価格(交換価格)によるべきものと言い、被控訴人は、その主張第二(一)において、登代丸の代船は、登代丸よりいくらか新しい同規模の中間船の出物を購入したもので、現実には、この方法によつて原状回復をはかることよりほかにないから、右買入代金を本件事故の損害賠償として請求することは許されるべきであると主張する。
当裁判所としては、損害賠償の本質はもとより原状回復にあるのであるから、中古品を滅失毀損された場合、被害者において原状以上のものを取得することができるとするとかえつて利得することとなるので、原則として、事故当時における交換価格をもつて損害額とすべきものと考える。
この場合、事故によつて滅失毀損された中古品と同種のものについて流通市場が形成されていて、同市場において被害品と同種同等の中古品を取得しうる価額が認定できうれば、右の原状回復の趣旨に適うものというべきであるが、本件船舶のようにかかる市場価格が形成されているとは認められない場合には、課税又は企業会計上の減価償却の方法である定率法や定額法によつて定めるよりも、被害者において事故を契機に不当な利得を得ようとする意図が認められない限り、被告にかかる中古品と必ずしも全く同等でなくても、同種の中古品が取得しうるのであれば、その中古品を取得するに必要な代金額を損害額として認めるのが相当である。
(2) 以上の観点に立つて本件衝突事故による本件船舶の損害額を検討する。
<証拠>によれば本件衝突後登代丸は僚船権栄丸に曳航される途中沈没し、付属していた発電機、魚群探知器、無線機、麻ロープ、ポリロープ、羅針盤その他雑用品具等も運び出す余裕もないまま、ともに水没し使用不能となつたこと、本件事故当時頃に登代丸位の大きさの船を新しく建造しようとすれば、船体だけでも一七〇万円位かかつたこと、そこで被控訴人はやむなく昭和四七年五月一〇日頃登代丸に代る船として「漁平丸」を購入したこと、登代丸と右代船漁平丸とは、その大きさは前者が3.04トン、後者が3.03トンであり、その各建造年度は前者が昭和三五年、後者が昭和四二年であり、エンジンは両者とも三菱デイーゼルエンジンで同型、同年製であること、その他にも被控訴人は操業に必要な漁平丸の諸設備を購入したことが各認められる。
従つて、右事実によれば被控訴人としては、登代丸の代船を新しく建造しようとすれば多大の費用を要するものであるところ、たまたま建造年度において登代丸より七年程新しいが、船舶のトン数、エンジンともほぼ同程度の中古漁船を新建造の場合よりも安価に取得することができたものであつて、本件事故を契機に不当な利得を得ようとする意図は認められないのであるから、被控訴人が右漁平丸を買受けた代金額をもつて、船舶主体の損害金額と認めるべきものである。
なお、<証拠>によれば右船舶本体以外の属具の一部(発電機、作業用照明設備の全部品、魚群探知器、無線機、ロープ、コンパス、その他炊事用具など)は新品を購入して設備したものであるが、登代丸の右属具と同種同等のものを求めることは、流通市場が未形成の船舶にあつては致し方のないことであり、又被控訴人においても、本件衝突事故を契機にして不当に利得を得ようとして代船漁平丸を取得し、新品の属具を調達したものではなく、たまたま登代丸と同規模の比較的安い中古船の出物があつたので、早期に操業に入るため、これを購入し、不足していた属具を求めて右中古船に設備したものであるから、右属具について新品調達の費用を損害金として請求することは許されるものと考える。
(3) <証拠>によれば、被控訴人が登代丸の代船として購入した漁平丸の船舶の主体及びこれに付属する各設備の費用は次のとおりであつたことが認められる(関係の書証は括弧内に示す)。
船舶主体
金一四五万円(甲第一号証)
漁平丸の修理及び部分品取替の費用
金二六万九、四八〇円(甲第二号証の一いし三、第三号証の一ないし八)
発電機と作業用照明設備の全部品
金九三万一、八〇〇円(甲第四号証の一、二)
魚群探知機
金三五万円(甲第五号証の一、二)
無線機
金一〇万五、〇〇円(甲第六号証の一ないし三)
麻ロープ及びポリロープ二丸ずつ
金五万六、三三六円(甲第八号証)コンパス
金八、〇〇〇円
以上の事実が認められる。
なお、被控訴人は、本件事故によつて失つた登代丸の炊事用具、双眼鏡、衣類、雨具その他備品等合計金二万五、〇〇〇円を右事故による損害金として主張している。<証拠>によれ、右炊事用具以下の諸備品を本件事故によつて失つたことは認められるが、全証拠に照らしても、右金額が幾何であつたかを認定するに足りる証拠は存しないので被控訴人の右金二万五、〇〇〇円にかかる主張は認容するに由ないものである。
従つて被控訴人は本件衝突事故による船舶の損害として、金三一七万〇、六一六円の損失を被つたものと認定する。
(二) 休業補償費
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
被控訴人は本件事故によつて漁船を失い操業することができず、昭和四七年四月一三日から同年七月一五日まで休業を余儀なくされたこと、登代丸は沖丸船団に属していたが、同船団は、右期間中、登代丸の本件沈没による代り船を付属船として操業させ、合計金四、七八七万〇、八一一円の水揚高があり、必要経費金一九六万六、〇〇〇円を差引き、金四、五九〇万四、八一一円、一人り当りの配当金が金三七万六、二〇〇円となつたこと、登代丸は船代2.5人分及び乗組員二人の合計4.5人分の金一六九万二、九〇〇円の配当を受けることができたことなどの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、被控訴人は本件事故に伴う休業により金一六九万二、九〇〇円の利益を喪失したことが認められ、休業補償費として控訴人に対して右金一六九万二、九〇〇円を請求することができるものというべきである。
控訴人は右休業補償費は沖丸船団の付属船としてその水揚額のうち一定額の配当を受けるという特別契約による特別事情によるものであるというが、右石井稔証言や弁論の全趣旨によれば、右契約のように水揚額のうち一定額の配分を受けることは漁業の場合通常の操業形態であることが窺われるのみならず、本件事故によつて登代丸が操業できなかつたために、被控訴人が得べかりし利益を失つた場合、その喪失による損害は、通常生ずべき損害に属することは多言を要しないことである。
又控訴人は乗組員二人分の配当金相当額を休業損害として請求するのは不当であるというが、<証拠>によれば、配当金の計算根拠になつた船代2.5人分、乗組員二人分計4.5人分というのは、被控訴人が沖丸船団の代表者から受けるべき配当金を決定するための単なる計算方法に過ぎないものであることが認められるから、控訴人のこれらの主張はいずれも理由がないものというべきである。
(三) 弁護士費用
被控訴人が本件訴訟につき弁護士を依頼したことは本件訴訟の経過上明白であるが、本件訴訟の請求額、認容額、訴訟追行の難易度その他本件にあらわれた諸般の事情を参酌するときには、本件弁護士費用は金三〇万円が本訴請求と相当因果関係のある損害と認められる。右認定を左右する証拠はない。
第六以上の次第であるから、控訴人は被控訴人に対して、新興丸の持分価格に応じた損害金二五八万一、七五八円(前記第五(一)(3)、(二)(三)の合計金五一六万三、五一六円の二分の一)とこれに対する本件訴状が控訴人に到達した日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年一二月二九日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、被控訴人の本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものである。
よつて、これと一部異なる原判決は、主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担については民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言については、同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(丸山武夫 林倫正 杉山忠雄)