名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)406号 判決 1977年9月20日
控訴人
丸加不動産株式会社
右代表者
足立実
右訴訟代理人
泉昭夫
外三名
被控訴人
神谷里司
右訴訟代理人
小澤三朗
外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は左に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(被控訴代理人の陳述)
一、原判決添付別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は被控訴人が不動産業者である控訴代表者足立某(当時被控訴人はその実名を知らなかつた)に被控訴人の使者として被控訴人名義で公売手続参加することを依頼して一〇一三万円の代金をもつて取得したものである。しかるに足立は被控訴人に無断で控訴人名義をもつて公売に加わり、その名をもつて本件土地を落札しその所有権移転登記を経由してしまつたのである。そこで形式的又は名目上はともかく真実の権利者は被控訴人であるから、原判決が、被控訴人が公売により本件土地の所有権を取得したと認定したのは正当である。控訴人主張のように被控訴人が控訴人又はその代表者足立に右のごとき大金を何の担保も徴せず、利息、返済期等も定めず、証書すら作成せずに貸与し、同人においてこの金で自から本件土地を取得したということはあまりに不自然であり、実際にそのようなことはなかつたのである。また被控訴人が足立と共に本件土地の転売利益を目企んだこともない。本件土地上の建物及び居住者の立退きが当初から問題であつたことは間違いないが、足立は責任をもつて更地にすることを被控訴人に約束していたのである。公売に際して本件土地の所有名義を控訴人としたことを咎めたところ、足立は右立退のためにはむしろその方が便宜であるというので被控訴人としてはその言を信用したからこそ当分の間本件土地の名義について敢えて被控訴人名義への変更など督促がましいことを控えていたのである。しかるに一向に更地にもならず、足立の言動に不信の点も見えはじめ本件土地が被控訴人の出捐によつてその所有に帰していることの何らの証拠もないところから要求したところ足立が持参したのが<証拠>の借用証である。ところが同証は右公売のときから一、二年経過後でその記載内容の返済期限も徒過したのちに持参されたもので、勿論記載内容のような金銭貸借があつたというのは全くの虚構である。また被控訴人が足立とごく親密であつたかのような控訴人の主張も事実に反しており、本件土地の公売による買得を足立に依頼するまでに被控訴人自身が足立と不動産売買仲介等の取引があつたのは三回のみにすぎず、被控訴人の妻がその後多数回にわたつて取引したことがあつたとしても直接には本件と無関係であり、また中には足立が勝手に名義を使用したと思われるものも多数含まれている。また被控訴人から求めて足立と親密な交際をしたこともなく、いずれにせよ前記のような危険な貸金をするような間柄ではない。
二、仮に被控訴人が本件土地を右公売により直ちに所有権を取得したものと認められないとするも、
(一) 右公売による控訴人への売却通知が足立によつて被控訴人の許にもたらされた昭和四一年四月初め、被控訴人が本件土地が約に反して控訴人名義となつていることを咎めた際、それは本件土地上の建物や居住者の立退のために便宜上しただけで、真実の所有権者は被控訴人であることを足立が認めて本件土地所有権を被控訴人に移転する旨約したことにより、
また仮りに右主張も認められないとしても
(二) 足立がその後持参した借用証において約した返済期限(昭和四二年三月三〇日)を過ぎてもなお弁済がないときは同証において担保物件としてある本件土地をいかように処分されても異議はなく、被控訴人の所有とする旨の約束に基づき右返済期限の徒過と共にそれぞれ本件土地の所有権を取得したものである。
(控訴代理人の陳述)
本件土地の公売による取得は初めから転売利益を目企んでなされたのであり、そのためには本件土地上の建物及び居住者を立退かせこれを更地とすることが最大の前提条件となつていた。そして被控訴人はその資金面を担当し、控訴人は右明渡しを主としてこれに伴い必要な一切の権限を委ねられていた。それ故本件土地を更地としてその値上りをまつて転売し差益を分配するまでは本件土地の所有権の帰属そのものは、被控訴人の眼中になく、その間の公売手続による買受け、右明渡、転売などの一連の作業が終るまで被控訴人としてはその社会的地位や税務対策上も自から本件土地の買受名義人となることを望んでいなかつた。そうして実際にも当事者間の右合意に基づいて本件土地は控訴人が取得することとなりそれを実行したに過ぎないものであるが、その代金や経費の大部分は被控訴人から出ているため、当然控訴人がこれを借入れた形になり被控訴人の要求のままに右公売による本件土地の取得直後に<証拠>の借用証を差入れたのである。そして被控訴人が本件土地取得のための公売代金の大部分を負担したとはいえ、その実質は手持金一七三万円と銀行からの借入金八六〇万に対する返済までの利息金一四五万〇三〇四円との合算額程度である。これだけの出捐によつて控訴人に他の一切の負担を負わせて更地となつたのちの本件土地の予想される莫大な転売利益の分配にあずかれるとすれば、控訴人の尽力もこれに決して劣るものではない。被控訴人は控訴人代表者足立とは本件土地の公売前後を通じて本人及び妻名義で合計三五回の不動産取引をしているほど親密な間柄にあつて、単なる不動産業者と顧客の関係をこえて私的にも深い交際があつたのである。そうすると一両度の取引関係があるにすぎないことを前提にして前記のような出資金の貸借や本件土地の公売による控訴人の所有権取得を否定した原判決は誤まつている。
(立証)<省略>
理由
本件土地は控訴人代表者足立実が控訴人の名において公売手続に参加して落札し控訴人名義に所有権移転登記を経由しているものであることは当事者間に争いがない。
しかしながら<証拠>を総合すると、右公売代金一〇一三万円は被控訴人が銀行借入れなどで全額支弁したものであり、右公売による本件土地の取得は被控訴人が足立に委任して被控訴人の名義をもつて公売に加わること、本件土地の所有権は被控訴人に帰属することは当事者間では当然のこととして当初より合意されていたこと、それ故に足立も公売場から入札の結果被控訴人に落札された旨を電話で連絡したこと、しかるに本件土地上の建物の収去、居住者の立退などの問題処理のためには直ちに被控訴人名義にすることは得策でないとの判断から足立は右約束に反し自己が代表者である控訴人名義で公売に加わりその名をもつて売却決定をうけ登記手続を経由し、売却決定通知を持参してその旨を被控訴人に報告したことが認められ、これに反する<証拠>は前掲証拠と対比して措信できず成立に争いのない<証拠>(借用証書)の存在が右認定の妨げとなるものではないことは原判決理由記載七枚目表七行目から八枚目表四行目までに説示するところと同一であり、<証拠>も控訴人代表者が本件土地買入れを資金被控訴人から借受けた旨の自己の主張にそう内容を一方的に記載したにすぎないものと認められ当裁判所の採用しないところであるから右認定の妨げとならない。また<証拠>によると足立実又は足立寛外一名が昭和四四年三月豊川市内の土地二筆を買受けてこれを五ケ月後に転売して利益をあげたことが窺われるけれどもその外一名が被控訴人のことを指すのかその買受資金を被控訴人が支弁したのかは右本人尋問の結果からも必ずしも分明でなく、またこの取引事例を類推して直ちに本件土地の公売の場合にあてはめるのはその根拠を欠くから、右各書証も同様にして前記認定の妨げとはならず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によれば、公売手続に参加せず、その手続上名前を表わしたこともない被控訴人が右公売によつて直ちに本件土地を取得したものということはできないが、控訴人が公売によつて自己の名義で本件土地を落札したのは被控訴人との間の約定に反しており、控訴人と被控訴人の間においては本件土地の所有権が被控訴人に帰属する旨合意されていたことは疑いがなく、控訴人の所有名義は実体上の権利関係に符合しないものとして控訴人はその真正な所有者である被控訴人に対し所有権移転登記義務を負うものといわなければならない。
そうすると本件土地につき被控訴人の控訴人に対する所有権移転登記手続請求を認容した原判決は結局相当で本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(丸山武夫 林倫正 上本公康)