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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)121号 判決 1977年6月30日

控訴人

後藤新蔵

右訴訟代理人

南館金松

外一名

被控訴人

田島せつ

外四名

右五名訴訟代理人

石田恵一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が被控訴人らより本件土地を建物所有の目的で賃借していること、本件土地の賃料については昭和三九年一月一日当事者間に「一か月の賃料を固定資産税課税評価額の一、〇〇〇分の一〇とし、毎月末日限りその月分を被控訴人ら方へ持参支払うこと。なお賃貸土地の公租公課は借主である控訴人が負担すること。」とする旨の約定がなされたこと、そして右約定に従つて増額された結果、本件土地の昭和四六年一月一日以降の賃料は、固定資産税課税評価額の一、〇〇〇分の一〇である純賃料八万九、三六〇円と借主控訴人の負担する固定資産税等の一か月分一万八、三五三円との合計一〇万七、七一三円になつたこと、また控訴人は昭和四六年六月二〇日頃被控訴人らに送達された調停申立書をもつて、右の賃料は高額になり不相当であるとしてこれを適正な相当額に減額する旨の意思表示をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二そこでまず近隣の土地の借賃に比較して本件土地の賃料が不相当になつたか考察するに、本件減額請求の基準時たる昭和四六年七月一日現在、本件土地の賃料は3.3平方メートル当り三五三円であつたのに対し、本件土地の近隣に所在する借地の賃料は堀田千代の借地が二〇〇円、加藤鍬市の借地が二二四円、小栗正明の借地が一九二円、田中一郎の借地が二三七円、中島佐吉の借地が一六五円、稲川信二の借地が一九三円であつたことは当事者間に争いがなく、本件土地の賃料は近隣の借地のそれと比較して一見高すぎて不相当であるかのようにみられる。しかし<証拠>によれば、本件土地は被控訴人ら先代亡田島一義が昭和二三年一月一日控訴人に対し賃貸期間を昭和四三年一月一日迄の二〇年間で賃貸したものであつたところ、控訴人はその賃貸期間の満了する四年前の昭和三八年一二月頃被控訴人らに対し本件土地に木造二階建事務所兼居宅を増築したいので承諾してほしい旨を申し入れ、被控訴人らが賃貸期間満了まで四年ばかりしかないため一旦これを拒否したのに、控訴人は賃料については幾等でもよいから是非承諾してもらいたい旨さらに懇請して遂に増築することを承諾させ、昭和三九年一月一日被控訴人らと本件土地の賃貸借につき再契約をすることになり、その賃貸期間は昭和三九年一月一日より同五九年一月一日迄二〇年間、賃料については前示のごとき約旨でもつて、保証金や更新料等の授受は全くなくして再度賃借したものであること、他方、堀田千代ら六名の借地人は控訴人と同様昭和二三年頃被控訴人らの先代より本件土地の近隣に所在する土地をそれぞれ賃借したのであるが、いずれも賃貸借期間の満了する機会に被控訴人らより明渡しの申入れを受け、控訴人のように再契約をした者は一人もおらず、現在でも法定更新された借地権の解約につき交渉中であるため、同人らの賃料は特に低額になつているものであることが認められるので、このような双方の事情を参酌してみると、前示のように、控訴人の賃料額と堀田千代らの賃料額との間に相当の差異が認められるからといつて、控訴人の主張するごとく直ちに本件土地の賃料が不相当に高くなつているとはいいがたい。

だが、本件土地の賃料のうち純賃料(控訴人において負担する公租公課を除いたもの)が増額された経過を見てみるに、<証拠>によれば、賃料について前示の特約がなされた昭和三九年一月から同四一年四月までは月額二万四、〇八〇円であつて、その当時における近隣の賃料と比較しても特に高いというものではなかつたが、その後本件土地の固定資産税課税評価額が急に高くなつたのに即応して賃料も増額されたので、昭和四一年五月から同四五年三月までは月額三万一、三〇〇円となり、同年四月からは一挙や従前の2.85倍にも当る八万九、三六〇円になつたことが認められる。

従つて、本件土地の固定資産税課税評価額が急昂したのに即応して本件土地の賃料が近年において急激に増額されていることは明白であるから、その結果本件土地の賃料が本件減額請求のなされた時点において却つて不相当に高くなりすぎていたとすれば、やはり控訴人のした本件減額請求はその要件を備えたものということができる。

ちなみに、本件土地の賃料に関する前示の約旨は、いかに賃料増額をすべき客観的事情の変更があつても賃貸人の被控訴人らとしてはその約旨によつて定められる額即ち本件土地の固定資産税課税評価額の一、〇〇〇分の一〇以上には純賃料の増額をしないことを約し、これに対し賃借人の控訴人としてもその約旨によつて定められる額については不減額の特約をしたものと解すべきであるとしても、かかる特約は無効であり借地法一二条による減額請求の妨げになるものではない。

三よつて本件減額請求の基準時たる昭和四六年七月一日当時における本件土地の相当賃料額を検討する。

差益分配法、即ち対象土地の経済的価値に即応した適正賃料と実際支払賃料との間に生じている差額部分のうち貸主に帰属すべき部分を判定して得た額を実際支払賃料に加減する方法によつて試算してみるに、本件土地の更地価格について、鑑定人近藤信衛の鑑定は昭和四六年九月現在一平方メートル当り七万二、八〇〇円と評価し、鑑定人大西澄廣の鑑定は同年一〇月現在一平方メートル当り七万二、七二七円(3.3平方メートル当り二四万円)と評価し、鑑定人伊藤武夫の鑑定は本件の基準時点たる同年七月一日現在一平方メートル当り八万九、九〇〇円と評価し、原審鑑定人川地隆之の鑑定は前同日現在一平方メートル当り七万一、三〇〇円と評価しているが、そのうち伊藤武夫の鑑定は本件土地が不整形地(別紙図面参照)である点を減価要因として全く考慮していないものであるから不当であり排斥するほかないけれども、他の三者の評価はその間に若干の差異があるもののいずれも取引事例に基づき試算したものであつて、特にいずれを採りいずれを排斥すべきものとする理由は認められないから、本件の基準時点たる昭和四六年七月一日当時における本件土地の更地価格は三者の鑑定の平均値である七万二、二七五円(円以下切捨以下同じ)、総額にして七、二八七万四、一五九円を妥当なものと認め、原審鑑定人川地隆之の鑑定結果によれば、この更地価格から右基準時点における本件土地の基礎価格を求めるうえで控除されるべき建付減価は更地価格の五パーセント、契約減価はその建付地価格の二五パーセント、また借地権割合は契約減価後の価格の五五パーセントとみるのが相当と認められるので、右更地価格からこれを順次差し引いて本件土地の基礎価格を求めると、次のとおり、一平方メートル当り二万、三、一七二円、総額二、三三六万四、〇九五円となる。

72,275円×(1−0.05)≒68,661円

68,661円×(1−0.25)≒51,495円

51,495円×(1−0.55)≒23,172円

23,172円×1,008.29(平方メートル)=23,364,095円

この基礎価格に対する適正な期待利回りは年利五パーセントを相当と認め、右基礎価格に右の率を乗じたものに、当事者間に争いのない昭和四六年度の固定資産税等二二万二四〇円を加算して、基準時点における本件土地の経済的価値に即応した適正賃料を求めると月額一一万五、七〇三円となる。

そして、右の適正賃料と実際支払賃料一〇万七、七一三円との差額七、九九〇円の二分の一(三、九九五円)が貸主に帰属すべきものとして、これを実際支払賃料に加算すれば一一万一、七〇八円となる。

四賃料算定の方式としては、右のほかに賃料事例比較法、収益分析法などがあるけれども、本件においてはかかる算定方式によつて算定するに足る資料は存しない(堀田千代ほか五名の賃料は比較の対象とするに相当でないことは前叙のとおりである)。

なお、本件土地の適正賃料について、鑑定人近藤信衛の鑑定は、結論として、昭和四六年九月現在において賃借人の負担する固定資産税等を除いた純賃料を一か月七万五、〇〇〇円としているが、これは経済的価値に即応した適正賃料と実際支払賃料との間に発生している差額を求めるにあたり、その当時の実際支払賃料(純賃料)が月額八万九、三六〇円であるのにこれを採用しないで、過去の昭和四一年五月から同四五年三月までの月額賃料(純賃料)である三万一、三〇〇円を採用しており、それにもかかわらず差額部分の貸主に帰属する部分をわずかに二〇パーセントと査定しているものであつて、とうてい首肯しがたく採用するのを躊躇せざるをえない。

また鑑定人大西澄廣の鑑定も、結論として、昭和四六年一〇月現在における限定支払賃料を八万七、八四〇円としているが、同鑑定は継続賃料(B)と当該土地の更地価格(A)とは一般的に

logA+logK−3=logB

(ただしK=定数)

という関係にあるとして、この算式によつて右の賃料額を算出しているものであるところ、定数Kに当てる数値(本件土地では1.2という)の相当性については何ら首肯するに足る説示がなされていないのであるから、同鑑定もまた採用するのを差し控えるを相当とする。

五してみると、本件賃料減額請求の基準時点たる昭和四六年七月一日当時における本件土地の相当賃料額は、少なくともその約定による限定支払賃料額の一〇万七、七一三円を超える一一万五、七〇三円と認められるから、右の約定による限定支払賃料額が不相当に高額になつたとはいえず、控訴人のなした減額請求は結局その要件を欠き効力を生じないものといわざるをえない。

以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は理由がないので棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(丸山武夫 林倫正 杉山忠雄)

(別紙)目録、図面<省略>

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