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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)442号 判決 1979年11月28日

亡嵯峨肇訴訟承継人第四二三号事件控訴人

嵯峨たづ子

外四名

第四二三号事件控訴人

横田鉄工株式会社

右代表者

伊藤明

右六名訴訟代理人

大橋茂美

外二名

第四四二号事件控訴人

住田一義

右訴訟代理人

原田武彦

右両事件被控訴人

中部管工事工業株式会社

右代表者

井田昇

右訴訟代理人

水口敞

外四名

主文

一  控訴人横田鉄工株式会社、同住田一義の控訴をいずれも棄却する。

二  原判決主文第一、二項中控訴人嵯峨たつ子、同嵯峨紀代子、同嵯峨正二、同嵯峨健寿、同伊藤雅子に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人嵯峨たづ子、同嵯峨紀代子、同嵯峨正二、同嵯峨健寿、同伊藤雅子は被控訴人から金三八六万九三五七円(但し、控訴人嵯峨たづ子はその三分の一、控訴人嵯峨紀代子、同嵯峨正二、同嵯峨健寿、同伊藤雅子は各その六分の一)の支払を受けるのと引き換えに被控訴人に対し

各自原判決の別紙第二目録記載の建物から退去して右建物を明渡せ。

各自原判決の別紙第三目録記載の各建物を収去して別紙第一目録記載の土地の内右各建物の敷地部分を明渡せ。

三  原判決主文第五項を次のとおり変更する。

控訴人嵯峨たづ子、同嵯峨紀代子、同嵯峨正二、同嵯峨健寿、同伊藤雅子と控訴人横田鉄工株式会社とは各自昭和三四年八月二一日から各自の明渡義務が完了するに至るまで左記金員(但し、この金員の内昭和四四年五月二日までの分については控訴人嵯峨たづ子はその三分の一、控訴人嵯峨紀代子、同嵯峨正二、同嵯峨健寿、同伊藤雅子はその六分の一宛、同年五月三日以後の分について各自その全額)を支払え。

(一)  昭和三四年八月二一日から同三六年八月二〇日まで毎年金二四万円

(二)  同三六年八月二一日から同三九年八月二〇日まで毎年金三〇万円

(三)  同三九年八月二一日から同四二年八月二〇日まで毎年金三六万円

(四)  同四三年八月二一日から同四四年八月二〇日まで毎月金六万七二〇〇円

(五)  同四四年八月二一日から同四五年八月二〇日まで毎月金七万七五〇〇円

(六)  同四五年八月二一日から同四六年八月二〇日まで毎月金八万九五〇〇円

(七)  同四六年八月二一日から同四七年八月二〇まで毎月金一〇万円

(八)  同四七年八月二一日から同四八年八月二〇日まで毎月金一一万一〇〇〇円

(九)  同四八年八月二一日から同四九年八月二〇日まで毎月金一一万八〇〇〇円

(一〇)  同四九年八月二一日から同五〇年八月二〇日まで毎月金一二万五〇〇〇円

(一一)  同五〇年八月二一日から同五一年八月二〇日まで毎月金一三万一五〇〇円

(一二)  同五一年八月二一日から同五二年八月二〇日まで毎月金一三万六〇〇〇円

(一三)  同五二年八月二一日から同五三年八月二〇日まで毎月金一四万円

(一四)  同五三年八月二一日から明渡済に至るまで毎月金一四万三五〇〇円

四  被控訴人の控訴人嵯峨たづ子、同嵯峨紀代子、同嵯峨正二、同嵯峨健寿、同伊藤雅子に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用中控訴人横田鉄工株式会社同住田一義の控訴によつて生じた分は同控訴人らの負担としその余の訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その一を被控訴人のその余を控訴人嵯峨たづ子、同嵯峨紀代子、同嵯峨正二、同嵯峨健寿、同伊藤雅子の負担とする。

六  この判決は第三項にかぎり仮に執行することができる。

事実

一  控訴人らの申立

(一)  控訴人嵯峨たづ子、同嵯峨紀代子、同嵯峨正二、同嵯峨健寿、同伊藤雅子(以下右五名の者を控訴人嵯峨らという)同横田鉄工株式会社(以下控訴会社という)

原判決中控訴人嵯峨ら及び控訴会社に関する部分を取消す。

被控訴人の控訴人嵯峨ら及び控訴会社に対する請求(当審において拡張された部分を含む)をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

(二)  控訴人住田一義

原判決中控訴人住田一義(以下控訴人住田という)に関する部分を取消す。

被控訴人の控訴人住田に対する請求を棄却する。

被控訴人は控訴人住田に対し金二〇八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年五月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人の申立(当審において控訴人嵯峨ら及び控訴会社に対する請求を拡張)

本件控訴を棄却する。

原判決主文第五項を次のとおり変更する。

控訴人嵯峨ら及び控訴会社は各自被控訴人に対して昭和三四年八月二一日から各自の明渡が完了するに至るまで本判決主文第三項掲記の各金員を支払え。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

との判決を求める。

三  被控訴人の本訴請求原因

(一)  原判決の別紙第一目録記載の土地及び同第二目録記載の建物(以下本件土地建物という)はもと控訴人嵯峨ら先代嵯峨肇の所有であつた。

(二)  肇は昭和三一年一〇月二八日頃訴外荻原利尚から金一〇〇万円を借受け、この債務の支払に代えて本件土地建物の所有権を移転する旨の代物弁済予約をなし、これを原因として利尚のために同年一一月一二日停止条件付所有権移転請求権保全仮登記をした。そして利尚は同三二年三月二二日頃右の予約完結権を行使して本件土地建物の所有権を取得し、同月二五日同人のために本件土地建物について右仮登記にもとづく本登記がなされた。

利尚が右の本登記手続をしたのは、肇が債務の返済をしない上、本件土地建物に他の担保権を設定するなどしたので、自己の肇に対する債権の担保をより確実にするためであつた。そして利尚は肇の弁済を待つていたが、その後二年五か月を経過しても肇の返済の目途は全く立たず、これ以上猶予ができなくなつたので、本件土地建物を売却して換金することを決意し、昭和三四年八月一八日にいたり、肇との間でその借入金の弁済に代えて本件土地建物の所有権を利尚に移転することをあらためて確認した。その結果利尚は肇から右同日本件土地建物の所有権を肇に対する賃金債権の代物弁済として確定的に取得した。

(三)  被控訴人は同年八月二〇日利尚から本件土地建物を金一八〇万円で買受け、その旨の所有権移転登記を経由した。

(四)  肇は昭和四四年五月二日死亡し控訴人嵯峨らは相続により肇の権利義務一切を承継(控訴人たづ子は妻として三分の一、同紀代子、同正二、同雅子は子として六分の一宛の各割合により)した。

(五)  肇は昭和三四年八月二一日から同四四年五月二日までの間、控訴人嵯峨らは右同日以降、本件建物を占有し、かつ本件土地上に原判決の別紙第三目録記載の各建物を所有して右建物の敷地を占有している。

(六)  控訴会社は本件建物を控訴人嵯峨らとともに占有し、かつ前記第三目録記載の各建物を占有して本件土地の内右各建物の敷地部分を占有している。

(七)  本件土地建物の昭和三四年八月二一日からの賃料は請求の趣旨(当審において拡張した分)記載のとおりの金額である。

(八)  控訴人住田は本件土地建物について名古屋法務局古沢出張所昭和三二年三月六日受付第三七三一号の所有権移転請求権保全仮登記、同出張所同日受付第三七三〇号の抵当権設定登記を経由している。

しかし右の各登記は利尚のした前記仮登記におくれるものであるから被控訴人に対抗できない。

仮に右が理由がないとしても、控訴人住田の右の各登記の被担保債権は仮にこれが存在しているとしても昭和三二年中に発生したものであるから爾来一〇年の経過によつて時効によつて消滅した。

そこで被控訴人は本訴において右時刻を援用した。

(九)  よつて被控訴人は控訴人嵯峨らに対して本件建物を明渡し、原判決の第三目録記載の各建物を収去して本件土地を明渡すこと、控訴会社に対して本件建物を明渡し、かつ右第三目録記載の各建物から退去して本件土地を明渡すこと、控訴人嵯峨ら及び控訴会社に対して昭和三四年八月二一日から明渡済に至るまで前記(七)記載の資料相当損害金を支払うこと、控訴人住田に対して前記(八)記載の各登記の抹消登記手続をなすことを求める。

四  請求の原因に対する控訴人嵯峨ら及び控訴会社の答弁<省略>

五  請求の原因に対する控訴人住田の答弁<省略>

六  控訴人嵯蛾ら及び控訴会社(但し控訴会社は(五)のみ)の抗弁

(一)  肇は、昭和三一年一〇月頃利尚から金一〇〇万円を、利息を日歩三銭とし、弁済期を定めずに借入れ、本件土地建物を売渡担保に差し入れた。その後昭和三四年八月二〇日、肇、利尚の代理人荻原荘也、被控訴会社代表者の三名の合意により、本件土地建物の所有名義を利尚から被控訴人に移転し、肇の利尚に対する利息の支払については両者間で別途協定することとし、被控訴人肇間では、肇において右金一〇〇万円の元本債務に銀行利率による利息をつけて適宜弁済する旨の債権者の交替による更改契約が成立した。

そしてすでに肇は右金一〇〇万円の弁済の提供をしており、また被控訴人に対し金一〇〇万円以上の下請工事代金債権を有しており、これと右貸金とが決済処理されているので、本件士地建物について代物弁済の効果は発生していない。

(二)  右の金一〇〇万円という債務の額は本件土地建物の価額に比して著しく低額である。このような債務の弁済に代えてなされた被控訴人主張の代物弁済予約及びこれにもとづく利尚もしくは被控訴人の予約完結権の行使は、肇の窮状に乗じてなされた暴利行為であつて公序良俗に反して無効である。また、肇には本件土地建物をわずか金一〇〇万円の債務の弁済に代えて譲渡する意思はなかつたものであるから右代物弁済予約又は代物弁済は要素の錯誤により無効である。

(三)  本件代物弁済予約はいわゆる帰属清算型の代物弁済予約であるから当然清算が必要である。

そして被控訴人は利尚と肇との間の代物弁済にもとづく清算が未了であることを熟知しながら本件土地建物を取得したものであるから、控訴人嵯峨らは、ひとり利尚に対してだけでなく、被控訴人に対しても清算金の支払を請求することができ、また被控訴人に対して債務金を支払つて本件土地建物を取戻すことができるというべきである。右の清算金の算定時期は、控訴人嵯峨らが被控訴人に対して本件土地建物を明渡す時であると解すべきである。

そして、本件口頭弁論終結時に接着した時期である昭和五三年一〇月一日当時の本件土地の価額は金四九一二万二〇〇〇円であるから、控訴人嵯峨らは、利尚又は被控訴人が右金額から金三二二万七〇〇〇円(元本金一〇〇万円とこれに対する昭和三一年一一月一日から昭和五二年一月末日までの間の日歩三銭の割合による利息金二二二万七〇〇〇円との合算額)を控除した残額金四五八九万五〇〇〇円の清算金を支払うまで本件土地の明渡義務の履行を拒絶するものである。

(四)  利尚は本件土地建物について代物弁済予約の仮登記のほかに抵当権設定登記をも経由して肇に金一〇〇万円を貸付けたものであるので、仮に被控訴人が主張するように右土地の所有権が肇から利尚に移転したものとすれば、それはいわゆる仮登記担保権の実行としてなされたものであるというべきである。そして本件土地について右の仮登記担保権が設定された昭和三一年一一月一二日当時、本件土地上には肇所有の原判決の第三目録記載の各建物が存在していた。したがつて、肇は右土地について仮登記担保権が実行された時(昭和三二年三月二二日もしくは同三四年八月一八日頃)に、右土地上に右各建物所有を目的とする期間の定めのない法定地上権を取得したものであり、右各建物はすでに登記されていたから、本件土地について権利を取得した被控訴人に対しても右地上権をもつて対抗できると解すべきである。よつて肇の承継人である控訴人嵯峨らは本件土地を占有する正当な権限を有する。

(五)  仮に控訴人嵯峨ら及び控訴会社が被控訴人に対して本件土地の占有に伴う損害賠償義務があるとしても、右の債務は民法七二四条による三年の消滅時効にかかるので、被控訴人が当審において請求を拡張した金員(従前請求の一か年金二四万円を超える部分)のうち右の拡張をした昭和五四年三月五日の三年前にあたる日よりも前に発生したものはすでに時効により消滅しているから右控訴人らは本訴において右時効を援用した。

(六)  被控訴人の後記(一)(二)及び(八)(九)の主張を否認する。

七  控訴人住田の抗弁

(一)  肇及びその承継人である控訴人嵯峨らは、控訴人住田の肇に対する抵当権の被担保債権につき、毎年その元利金について債務の存在を確認し、肇及び控訴人嵯峨らはその支払猶予をこん請しているものであるから消滅時効はその都度中断している。

(二)  本件土地建物の価額は、昭和三一年一一月二〇日当時すでに金六〇〇万円以上のものであつたから、利尚がわずか金一〇〇万円の肇に対する貸金債権について、昭和三二年三月二二日又は同三四年八月一八日頃代物弁済により、右物件を取得できる筈のものではなく、仮にそのような契約がなされたとすれば、それは公序良俗に反して無効であり、またはこのような契約を基礎とする被控訴人の本訴請求は権利の濫用であつて許されない。

(三)  仮に右が認められないとしても、昭和三二年三月二二日頃の代物弁済契約は、肇に対する控訴人住田やその他の債権者の追求を免れるため、利尚代理人荻原荘也と肇とが通謀してなした虚偽表示であり、また昭和三四年八月二〇日頃利尚と被控訴人との間でなされた売買契約は、前同様の追求を免れるため、肇、荘也、被控訴人の三者が通謀してなした虚偽表示であつて、いずれも無効である。

(四)  控訴人嵯峨らの抗弁(一)を援用する。

八  控訴人らの抗弁に対する被控訴人の答弁及び主張

(一)  本件土地が被控訴人の所有に属することは、控訴人嵯峨ら先代肇と被控訴人との間の名古屋地方裁判所昭和三七年(ワ)第二〇六号事件の確定判決によつて確定されたところであるから、右判決の既判力により控訴人嵯峨らは、被控訴人に対して本件土地の所有権の帰属について争い得ない。

(二)  仮にそうでないとしても、控訴人嵯峨らの主張は前記訴訟における同一の主張をむし返すものであつて、いわゆる争点効に触れるものであるかもしくは信義則に反するものとして許されない。すなわち、右の前訴訟は肇が被控訴人に対して本件土地について「一〇〇万円の支払を受けるのと引換えに所有権移転登記手続をせよ。」との判決を求めたものであるが、肇がその請求の原因として主張した事実は本訴において控訴人嵯峨らが抗弁として主張している事実と全く同じである。本件土地の所有権の帰属についてはこの訴訟において充分に審理され、その判決において肇が利尚に本件土地を売渡担保に供したこと、更改、公序良俗違反等の肇の主張はすべてしりぞけられ、肇に本件土地の所有権が認められないとの判断がなされたのである。

一般に、当事者が前訴における主要な争点につき充分な主張立証を尽くし、裁判所がその争点について実質的な判断をしているときは、当事者は後訴において当該争点につき同一の主張を繰り返し再び裁判所の判断を求めることは許されず、前訴における裁判所の判断に拘束されると解すべきである。

したがつて、控訴人嵯峨らは本訴において、本件土地の所有権が被控訴人に属するという前訴の判断に抵触する主張をすることができず、肇に本件土地の所有権があることを前提とする控訴人嵯峨らの抗弁はその余の点について判断するまでもなく排斥さるべきである。

(三)  抗弁(一)の事実は否認する。

被控訴入は利尚が代物弁済予約の完結権を行使して本件土地建物の所有権を確定的に取得した後同人から右土地建物を買受けたものである。

(四)  同(二)の事実は否認する。

本件土地の価額は、本件代物弁済予約のなされた昭和三一年一一月当時において金三〇〇万円位であり、予約完結のなされた昭和三二年三月当時でも金三五〇万円以下であつて、地上建物の収去費用等を要することを考慮すれば、目的物件の価額と金一〇〇万円の債権額とが合理的均衡を失しているものとはいえない。そして、本件代物弁済予約が暴利行為でないのにその予約にもとづく完結権の行使だけが暴利行為であるということはあり得ない。また、右代物弁済予約完結権を行使したのは利尚であつて、被控訴人がこれを行使することはありえない。

(五)  同(三)の主張は否認する。

前記のように肇は利尚に対して本件土地建物を金一〇〇万円の債務の弁済に代えて譲渡したのである。

そして、右の債務額と本件土地の価額との合理的均衡を失しているとはいえないことは前述のとおりである。したがつて本件は本来の債務決済手段たる代物弁済であるから予約完結後における債務者の取戻ということはあり得ないし、利尚は肇の意思にもとづかない等違法な方法で本件土地建物について所有権移転登記を経由したものでもない。

仮に本件代物弁済が清算を要するものとしても被控訴人は利尚と肇間の金銭消費貸借関係を引きついだものではないから、控訴人嵯峨らが清算を求める相手方は利尚であつて被控訴人ではない。また被控訴人は利尚が昭和三四年八月一八日に肇から代物弁済によつて確定的に所有権を取得した本件土地建物を利尚から譲受けてその登記を経由したものである。したがつて仮に右の清算が必要であり、かつこれが未了であるとしても、控訴人嵯峨らは被控訴人の引渡の請求を拒むことはできない。更に、被控訴人は右の清算未了について悪意ではないから、被控訴人は控訴人嵯峨らに対して清算金の支払義務は負わない。

次に清算金の算定時期は、本件土地建物の引渡の時期ではなく、清算時(本件においては利尚が被控訴人に本件土地建物を処分した昭和三四年八月二〇日)と解すべきである。

(六)  同(四)の主張は否認する。

法定地上権は同一所有者に属する土地又はその地上建物のみに抵当権が設定された場合に競落人との関係で認められる法定の利用権であるから本件のように代物弁済予約の場合には認められないものである。

しかも前述のように本件における代物弁済の予約完結権の行使は単に利尚の肇に対する債権担保をより確実にするための措置であつて抵当権の実行と同視できる場合ではない。更に利尚の右予約完結権行使後約二年五か月後に肇は利尚に本件土地の所有権を確定的に譲渡したのであるが、右は本来の代物弁済であつて仮登記担保権の実行ではないから法定地上権が発生する余地は全くない。肇としては右の期間中に何時でも本件土地の利用について利尚と契約することができたのであつて法定地上権を肇に認めなければ不合理であるという事情もない。

(七)  同(五)の主張は否認する。

被控訴人は右の損害賠償請求を拡張する前から本件土地建物を控訴人嵯峨ら及び控訴会社が占有していることによる損害全部を請求していたものであつて、単に債権の一部を請求していたものではない。

(八)  仮に利尚の代物弁済予約完結権行使が暴利行為であるために無効であり、本件土地建物の所有権が利尚に移転していないとしても、被控訴人は利尚に所有権移転登記が経由され、利尚が正当に所有権を取得しているものと信じて利尚から本件土地建物を買受けて所有権移転登記を経由したのであるから民法九四条二項の類推により、被控訴人は有効に本件土地建物の所有権を取得したものである。

(九)  仮に控訴人嵯峨らが利尚に対して清算金の支払を求めることができるとしても、昭和三四年八月二〇日から一〇年の経過により、利尚の右債務は時効によつて消滅した。

よつて被控訴人は右時効を援用した。

(一〇)  控訴人住田の抗弁事実を全部否認する。

九  控訴人住田の反訴請求原因

(一)  控訴人住田は昭和三二年頃肇に対して合計金二五八万六、〇〇〇円を貸付け、同額の貸金債権を有していた。

(二)  被控訴人はこれを知り、控訴人の右債権が取立不能になることを知りながら、昭和三四年八月頃利尚から時価金六〇〇万円の本件土地建物をわずか金一八〇万円で買受けた結果、控訴人住田の肇に対する右債権の取立を全く不能にしてしまつたものであるから、被控訴人は控訴人住田に対して右の債権相当額の損害の賠償をなすべき義務がある。

(三)  仮に右が認められないとしても、前記のように肇、利尚及び被控訴人の間で更改がなされ、被控訴人は肇に対し金一〇〇万円とこれに対する銀行利率による利息債権しか有していないことになつたのに、被控訴人は右債権に対する代物弁済として本件土地建物を取得したものであるから、右土地建物の時価と債権額の差額少くとも金四〇〇万円以上を不当利得したことになる。したがつて、肇の相続人である控訴人嵯峨らは被控訴人に対して不当利得返還請求権もしくは清算金請求権を有しているところ、控訴人嵯峨らは無資力であるので、控訴人住田は右控訴人嵯峨らに対する前記債権を保全するため同人らに代位して被控訴人に対して右の不当利得返還請求権もしくは清算金請求権を行使する。

(四)  よつて控訴人住田は被控訴人に対して損害賠償または不当利得もしくは清算金の返還の内金として金二〇八万六〇〇〇円とこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和四三年五月二二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を求める。

一〇  控訴人住田の反訴請求原因に対する被控訴人の答弁

反訴請求原因事実中被控訴人が利尚から昭和三四年八月二〇日に本件土地建物を金一八〇万円で買受けたことは認めるがその余の事実は全部否認する。

一一  証拠関係<省略>

理由

(本訴請求について)

一本件土地建物がもと肇の所有であつたこと、本件の土地建物につき利尚のため昭和三一年一一月一二日停止条件付所有権移転請求権保全仮登記、同三二年三月二五日右仮登記にもとづく本登記が経由されたことは当事者間に争いがなく、肇が昭和四四年五月二日死亡し、控訴人嵯峨らが肇の権利義務一切を相続(控訴人たづ子は妻として三分の一、同紀代子、同正二、同健寿、同雅子は子として六分の一宛の割合により)したことは被控訴人と控訴人嵯峨らの間において争いのない事実である。

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

肇は昭和三一年一〇月二八日その事業資金とするため利尚代理人荘也から金一〇〇万円を利息を月二分五厘と定め、弁済期を定めずに借り受け、この債務の担保として本件土地建物について代物弁済予約及び抵当権設定契約をなし同年一一月一二日、右土地建物について前示の仮登記をするとともに、右抵当権設定契約を原因とする抵当権設定登記をも経由した。しかし昭和三二年三月頃肇は事業不振のため右の元金はもちろん利息も支払えない状況におちいりかつ利尚代理人荘也との当初の約束に違反し、本件土地建物を担保として訴外榊原りやうから昭和三一年一二月一八日頃、控訴人住田から同三二年三月六日、いずれも金員を借り受けて、本件土地建物について抵当権設定登記を経由し、控訴人住田に対しては所有権移転請求権保全仮登記をも経由せしめるに至つた。そのため、利尚代理人荘也は肇が前示金一〇〇万円の債務を返済できるかどうかについて不安をいだくようになり、同三二年三月二二日右の貸金債権の担保を更に確実なものとするため、肇に対して前記代物弁済予約の完結権を行使し、同月二五日本件土地建物について利尚のため前記仮登記にもとづく本登記を経由した。荘也としては肇において元利金を返済すれば、本件土地建物を肇に返還する意思であつたが、その後二年四か月余を経過した昭和三四年八月に至つてもなお肇は右の元利金を返済することはできない状態であつた。そこで同月一八日頃肇と利尚代理人荘也は肇の利尚に対する右の借受金債務の弁済に代えて本件土地建物の所有権を確定的に利尚に移転させ、これにより右債務は消滅させることを合意し、肇において「右の代物弁済予約の完結により本件土地建物が利尚の所有に帰したことを認める。肇は本件土地建物を買戻すことはできないから利尚において右土地建物をどのように処分されても異議を述べない。」旨を記載した右同日付の確認書を利尚代理人荘也に差入れた。その後同月二〇日被控訴人は利尚代理人荘也から本件土地建物を金一八〇万円で買受け、同日被控訴人のために所有権移転登記が経由された。

以上の事実が認められ<る。>

二そこで控訴人らの抗弁について審案する。

(一)  まず被控訴人は控訴人嵯峨らの抗弁に対し、肇と被控訴人との間の名古屋地方裁判所昭和三七年(ワ)第二〇六号事件の確定判決により、本件土地建物が被控訴人の所有であることが確定しているので、控訴人嵯峨らはその既判力に拘束される旨を主張する。しかし、<証拠>によれば右の確定判決はその主文において本件土地建物が被控訴人の所有であることを確認する旨の判決ではないことが明らかであるから、被控訴人の右の主張はその前提を欠くものであつて採用できない。

(二)  次に被控訴人は控訴人嵯峨らの抗弁に対し、争点効ないし信義則違反の主張をするのでこの点について検討する。

一般に当事者が訴訟において重要な争点として主張立証をつくし、裁判所が右争点について実質的に審理判断をした場合であつても、それが判決理由中の判断にとどまる限り、これに既判力類似の効力は認められないというべきである。しかし、確定判決後の後訴において当事者が実質的に前訴のむしかえしというべき請求や主張を繰返したり、前訴においてこれをすることに何ら支障がなかつた請求及び主張を後訴にいたつてはじめて持出したりすることは、前訴の勝訴者の地位を不当に長く、不安定な地位におくことになるから、このような後訴における請求もしくは主張は、信義則に照して許されないものと解するのが相当である。

これを本件について見るに、<証拠>によると、肇は昭和三六年五月頃本訴の抗弁(一)と同じ事実を主張して名古屋地方裁判所に対し、被控訴人を相手方として本件土地の処分禁止の仮処分の申請をなし、同月八日その旨の決定を得たが、同裁判所は同三八年九月二一日被控訴人の異議により、肇の右主張事実は認められないと判断して右仮処分決定を取消し、肇の仮処分申請を却下する旨の判決を言渡し、右判決は同年一〇月二四日確定したこと、他方、右仮処分の本案訴訟である前記名古屋地方裁判所昭和三七年(ワ)第二〇六号事件において肇は被控訴人に対し、本件の抗弁(一)と同一の事実等を主張して「本件土地について金一〇〇万円の支払を受けるのと引換えに所有権移転登記手続をなすこと」を求めたが、右請求について同裁判所は昭和三八年八月一四日右の請求原因事実は認められない旨判断して請求棄却の判決を言渡したこと、肇は右判決に対して名古屋高等裁判所に控訴の申立をしたが、昭和三九年五月二〇日右控訴を取下げたので右判決は確定したこと、右の判決は、右訴訟における原告である肇が本件の抗弁(一)と同一の主張をしたほか、肇と利尚との間の本件土地の売渡担保契約が肇の窮状につけこんでなされたもので公序良俗に反し無効であると主張し、被告である被控訴人が右の主張を争うと主張した旨を簡単に摘示していること、右の訴訟における立証としては、原告である肇は証人山川清(本件の甲第一号証)、同都島喜太郎(本件の甲第五号証)の各証言及び原告本人の供述(本件の甲第四号証)を援用したのみであり、被告である被控訴人は乙第一ないし第四号証、第五号証の一ないし三、第六ないし第九号証(本件の甲第八ないし第一一号証、第一二号証の一ないし三、第一三ないし第一六号証)を提出し、証人荻原荘也(本件の甲第二号証)、同木村佑之(本件の甲第六号証)の各証言及び被告代表者本人の供述(本件の甲第三号証)を援用したのみであつたこと、以上の各証拠の内容には、原告の主張した公序良俗違反の主張に関連する具体的事実、殊に債務の額と本件土地の価額との均衡についての判断の資料となるような具体的事実は余り見当らず、これらの点に関する具体的事実に関する主張と立証とは本件訴訟にいたつてはじめてなされているものであること、を認めることができる。

以上認定の事実から考えると、控訴審の審理を経ることなく第一審判決の確定によつて終了した前訴において両当事者の主張と立証とは充分に尽くされたものとは必ずしもいいがたく、争点についての裁判所の審理も充分に行われたものとはいいがたい。そして、前訴は肇が原告となつて被控訴人に対し本件土地の所有権移転登記を請求する訴訟であるのに対し、本訴は被控訴人が原告となつて肇の相続人に対し本件土地建物の明渡を請求する訴訟であつて、両者はその訴訟物を異にするものであること、前訴において肇は仮に敗訴してもその現状に変動はない立場にあつたが、本訴における控訴人嵯峨らは敗訴すればその占有する土地建物を明渡すべき立場に立たされているものであること等を考え合わせれば、控訴人嵯峨らとしては自らの置かれているさし迫つた立場をまもるために本訴においてあらゆる防禦方法を提出することが許されるものと解するのが相当である。

したがつて被控訴人の前記主張は理由がなく採用できない。

(三)  控訴人嵯峨らの抗弁(一)及び控訴人住田の抗弁(四)について。

右の抗弁で主張されるような債権者の交替による更改が成立したとの主張に符合する<証拠>は採用しがたく、他にこの事実を認めるに足りる証拠はないので、右抗弁はいずれも前提を欠き採用できない。

(四)  控訴人嵯峨らの抗弁(二)控訴人住田の抗弁(二)(三)について

右控訴人らは利尚と肇間の本件土地建物についての代物弁済予約若しくは代物弁済予約完結権の行使が暴利行為であつて公序良俗に違反する無効のものであると主張するけれども、本件代物弁済は後記のとおり清算を要するものと解されるので、被担保債権額と不動産の評価額との間に著しい較差があるものであつても、債権者は債権額以上の価値を取得することはできない性質のものである。そして本件において利尚と肇の間に代物弁済予約が成立し、利尚によつて予約完結権が行使され、更にその後利尚と肇の間に代物弁済の合意が成立した経緯は前認定のとおりであつて、その各行為の動機内容において強度の反社会性があるとは到底いうことができないから、控訴人らの主張は採用できない。また、右の代物弁済契約を要素の錯誤により無効なりとする控訴人嵯峨らの主張並びに右契約及び利尚と被控訴人との間の売買契約を通謀虚偽表示なりという控訴人住田の主張については、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

(五)  控訴人嵯峨らの抗弁(三)について

前記一における認定事実によれば、昭和三二年三月二二日に利尚代理人荘也が肇に対して本件土地建物について代物弁済予約完結権を行使し、同月二五日利尚が仮登記の本登記を経由した後は肇は利尚に対して負担する債務のために本件土地建物を売渡担保に供したものというべく、その後も利尚がこれを換価処分するまでは自己の債務を支払うことにより右物件を取戻しうる地位にあつたというべきである。そして更にその後昭和三四年八月一八日に右債務の代物弁済として肇が利尚に本件土地建物の所有権を移転し、これにより肇の利尚に対する債務を消滅させる旨の合意が成立したことも前認定のとおりである。そうすると利尚はこれによつて自己の債権の弁済を受けたのであるから、右同日における本件土地建物の価額が自己の債権の元利合計額を超えるものであるならば、この差額を肇に清算金として支払うべき義務があるというべきである。

そして、肇が利尚から昭和三一年一〇月二八日金一〇〇万円を利息月二分五厘の約束で借り受けたことは前認定のとおりであるが、肇が利尚に現在に至るまで右の利息を支払つた事実についてはこの点に関する<証拠>は採用しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、利尚が本件土地建物の所有権を取得した後昭和三四年八月二〇日にこれを換価処分して被控訴人に譲渡したことは前示のとおりである。したがつて、利尚は右の日現在において肇に対し、前記金一〇〇万円の元本債権及び右消費賃借成立の日の翌日である昭和三一年一〇月二九日から右の昭和三四年八月二〇日(肇はこの日まで利尚に元利合計を支払つて本件土地建物を取戻すことができたと解すべきである。)までの金一〇〇万円に対する利息制限法所定の範囲内である年一割五分の割合による利息金四二万一六四三円の債権を有していたものというべきである。

一方右の昭和三四年八月二〇日における本件土地建物の価額は<証拠>をあわせ考えると金五二九万一〇〇〇円であることが認められ<る。>

してみると右の換価処分時である昭和三四年八月二〇日における利尚の肇に対する債権の元利合計額金一四二万一六四三円と本件土地建物の価額金五二九万一〇〇〇円の間には合理的均衡を失するものがあるというべきであるから右の差額金三八六万九三五七円を利尚は肇に対して右換価処分時に清算金として支払う義務があつたものというべきである。この点に関し本件土地建物を明渡す時期において右の清算金を算定すべきであるとする控訴人嵯峨らの主張はこれを採用することができない。

次に<証拠>によると、被控訴人は利尚から本件土地建物を金一八〇万円で買受けたが、当時本件土地建物には控訴人住田他一名の者の後順位抵当権の設定登記が経由されていた等の理由で右代金の内金一〇〇万円しか支払わなかつたし、本件土地建物は利尚が肇に対する金一〇〇万円の債権の代物弁済として取得したものである事情を知つていたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右の認定事実によれば、被控訴人は利尚が肇に対して前記清算金を支払つていないことを知りながら、利尚から本件土地建物を買受けたものであつて、利尚と同一の地位にあるというべく、控訴人らは利尚に対するのと同様に被控訴人に対しても、清算金の支払を受けるまで本件土地建物の明渡しを拒むことができると解するのが相当である。

更に被控訴人は、右の清算金支払義務が時効によつて消滅した旨を主張するけれども、被控訴人の本訴請求に対して肇は右の清算金支払請求権の発生後一〇年以内である昭和四二年七月一八日に答弁書を提出して請求棄却の判決を求めて以来一貫して右請求を争つているのであるから、これによつて右清算金請求権の消滅時効の進行は中断しているものと認めるのが相当であつて被控訴人の右の主張は採用できない。

以上によれば控訴人嵯峨らの抗弁(三)は被控訴人から各自の相続分の割合に応じて右の清算金三八六万九三五七円の支払を受けるまで被控訴人の本訴明渡請求を拒絶できるとの限度において理由があるというべきである。

(六)  控訴人嵯峨らの抗弁(四)について

<証拠>によると原判決の第三目録の建物のうち家屋番号一三番の二の建物は昭和二九年六月二九日に、同目録のうちの家屋番号一三番の三の建物は同三一年四月一四日にそれぞれ肇の名義で所有権保存発記がなされていること、および同目録のうちの家屋番号一三番の四の建物は附属建物をのぞいて昭和三一年一〇月頃には完成し、これについて同三二年三月六日に肇の名義で所有権保存登記がなされていることが認められる。したがつて、利尚が本件土地につき昭和三一年一一月一二日にいわゆる仮登記担保の実質を有する停止条件付所有権移転請求権保全登記を経由する前にすでに肇所有の前記各建物(家屋番号一三番の四の附属建物をのぞく)がすべて右地上に存在していたことになる。

控訴人嵯峨らは、右の事実を前提として本件土地につき右の仮登記担保権が実行されてその所有権が利尚に移転したときに、民法三八八条の類推により本件土地に対し右各建物の所有を目的とする法定地上権が肇につき生じた旨を主張する。

しかし、抵当権実行の場合には土地の所有権を取得する競落人と抵当権者とは別人であるのが通常であつて競落時に抵当権設定者がその所有の地上建物のための土地の利用権について競落人と合意をすることは困難であるのに対し、いわゆる仮登記担保権の実行の場合においては仮登記担保権者が担保目的物である土地の所有権を取得するのであるから、右地上に建物を所有する債務者が担保権実行後の土地利用権についてあらかじめ担保権者と合意することは特別の事情のない限り可能である。この点から考えれば、昭和三二年三月から同三四年八月までの間、肇が本件土地を利尚のために売渡担保に供しながら、その間に本件土地の利用権について利尚と合意をすることなく(合意することができないような特段の事情は見当らない。)昭和三四年八月一八日にいたり、右の利用権についての協議もせずに無条件で本件土地所有権を債務の弁済に代えて利尚に移転してしまつた本件の場合に法定地上権の規定を類推適用することはできないといわざるをえない。

しかも控訴人嵯峨らは原審以来、被控訴人の本件土地についての所有権取得を争い、自己が右土地について所有権を有することを前提として、被控訴人の本訴請求を争つていたものであり、法定地上権の抗弁は当審における昭和五二年一月二四日の口頭弁論期日にはじめて仮定的主張として陳述するにいたつたものである。したがつて、控訴人嵯峨らは被控訴人に対して本件土地の地代を支払つたこともなければ支払うとしたこともなかつたことが明白であるから、控訴人嵯峨らの右抗弁は到底認めることができないものといわなければならない。

三次に被控訴人の控訴人嵯峨ら及び控訴会社に対する賃料相当損害金の支払を求める請求について判断する。

請求の原因(五)(六)の事実は当事者間に争いがない。本件土地建物に対する控訴人嵯峨ら及び控訴会社の右のような占有状況に、控訴会社が控訴人伊藤雅子の夫を代表者とする会社であつて、その単独で占有する原判決の第三目録記載の各建物の敷地部分は本件土地の大部分にあたるものであることを考え合わせれば、控訴会社は右敷地部分の不法占有による損害金支払義務を控訴人嵯峨らと共同で負担するものと認めるのが相当である。そして<証拠>によると本件土地の内の前記第三目録記載建物の敷地部分及び本件建物の昭和三四年八月二一日以降の賃料相当額の合計額は被控訴人が請求原因(七)で主張する金額であることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

控訴人嵯峨ら及び控訴会社は抗弁(五)において、右の請求中当審において拡張された部分につき消滅時効を援用する。

しかしながら被控訴人の損害金の請求は訴提起の時点において一部請求であることが明示されていなかつたものであるから、訴提起による時効中断の効力は右債権の同一性の範囲内においてその全部に及び、前記拡張部分について消滅時効は未だ完成するにいたらないと解すべきである。よつて、控訴人嵯峨ら及び控訴会社の右抗弁は理由がない。

そうすると、控訴人嵯峨ら及び控訴会社は各自被控訴人に対し昭和三四年八月二一日以降前示不法占有による損害金として前示金員を支払うべき義務を負うというべきであるが、その内控訴人嵯峨らについては肇が死亡した昭和四四年五月二日までの分は肇の相続人としてその相続分に応じて負担し、同月三日以降の分は、各自その全額の支払義務を負うに至つたものというべきである。

四以上の次第で被控訴人の控訴人嵯峨らに対する本訴請求(当審における拡張分を含む)は右に認定判断した限度で理由があるので正当として認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、右と一部趣旨を異にする原判決は変更すべきである。

次に被控訴人の控訴会社に対する本訴請求(当審における拡張分を含む)は正当として認容すべきであり、旧請求を認容した原判決は正当であるから、控訴会社は本件控訴を棄却し、新請求に関し原判決の一部を主文第三項のとおり変更する。

五次に請求原因(八)の事実中本件土地建物について控訴人住田の各登記が経由されていることは被控訴人と控訴人住田間において争いがない。

しかして本件土地建物について被控訴人が控訴人住田の右各登記に優先する利尚の仮登記にもとづき所有権を取得したことは前記のとおりであるから控訴人住田の右の各登記は被控訴人に対抗することができず、控訴人住田の抗弁が認められないことは前認定のとおりである。

したがつて控訴人住田に対して右各登記の抹消を求める被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく正当として認容すべきであるから、これを認容した原判決は相当であつて、控訴人住田のこの点に関する控訴は棄却すべきである。

(反訴請求について)

一<証拠>によると控訴人住田は肇に対して昭和三二年当時金二五八万円位の金員を貸付けていたことが認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二請求の原因(二)の主張は必ずしも明確とはいいがたいが要するに被控訴人が本件土地建物を取得したことが控訴人住田の肇に対して有する右貸金債権を侵害するものであつて不法行為であるとの主張と解される。

しかしながら被控訴人は正当な手続で本件土地建物を取得したことは本訴請求の項で認定判断したとおりであるから、右の控訴人住田の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

次に請求の原因(三)については、控訴人住田の主張する更改契約が認められないこと前認定のとおりである以上、これを前提とする主張の理由がないことは明らかであるといわねばならない。<後略>

(秦不二雄 三浦伊佐雄 高橋爽一郎)

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