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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)89号 判決 1978年1月31日

控訴人 早瀬菊市

右訴訟代理人弁護士 野呂汎

同 青山学

同 野間美喜子

被控訴人 岡田徳十

右訴訟代理人弁護士 林武雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および書証の認否は、左記のとおり付加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(但し、原判決三枚目裏六行目に「八九九、九八四円」とあるのを「八九、九八四円」と訂正する。)

第一、当事者双方の追加陳述

(控訴代理人)

一、本件建物の建築については被控訴人の事前の承諾があった。

(一) 以前、本件土地に存在していた建物(原判決第二目録一の物件)は、建築後約八六年を経過したもので、構造様式が古く、生活に不便で、ねずみやだにが発生して衛生上も不適当であったところから控訴人は昭和四五年一二月頃、右建物を取りこわして本件建物を建築することを決意した。そして昭和四六年二月中旬頃まで継続して本件建物の構造規模をもって建築することにつき、控訴人の妻早瀬はるを介して、被控訴人の承諾の有無を打診していたが、その頃、被控訴人が、控訴人方を訪れたので、その際、被控訴人に承諾を求めたところ、被控訴人は、格別の異議を述べなかった。

(二) そこで、控訴人は、建築計画をすすめ、昭和四六年五月上旬頃に着工できるめどがついたので、同年四月二八日に、長男早瀬源市と共に被控訴人方に赴き、最終的な承諾の意思を確めたところ、被控訴人は、「やりやすか」と答えて、再び異議を述べなかったし、その際、被控訴人が提供した当月分の地代も受領した。

二、仮に本件建物の建築につき被控訴人の事前の承諾が認められないとしても本件建物建築行為は、左記理由により賃貸借当事者間の信頼関係を破壊するまでに至っておらずいまだ解除権の発生は認められないから、被控訴人のなした本件土地賃貸借契約解除の意思表示は無効である。

(一) 用法違反の程度について

本件建物の構造は、重量鉄骨も使用しているが、屋根はキーストンプレートにモルタルを塗り、その上に、ウレタン樹脂塗布防水の施工をしたもので、外壁は、木毛セメント板セメント塗りに金属板をとりつけた程度で、煉瓦造、石造や鉄筋コンクリート造等の建物と比べて耐久性もはるかに劣り、また解体も容易である。建物の敷地面積も六〇・四九平方メートルと、従前の建物の床面積一一五・三七平方メートルに比し、約四七・五パーセントも狭い。

したがって、控訴人の用法違反の程度は、全くないか、極めて軽微である。

(二) 建築の事情について

控訴人が本件建物を建築したのは、前述のように取りこわした従前の建物が旧様式で生活に不便であり、ねずみやだにが発生して不衛生であったためこれを現代様式に変えて最少限度に生活の改善を図ろうとしたもので、本件建物利用目的が住居の用に供する点では従前と変りがないものであり、しかも、残存する建物と一体として利用を計画していたことは、本件建物に炊事場、便所がないことから明らかである。

したがって建築の事情が控訴人とその家族の健康で快適な生活の維持という生存の根本的要求に根ざしている点において、原判決の引用する判例は本件に適切でない。

(三) 借地全体への影響について

本件建物の位置は、借地全体の北西隅にあり、本件建物の敷地面積は借地面積の一四・二パーセントにすぎない。その余の借地内には、ほぼ全域にわたって三棟の木造建物が現存し、これらを、控訴人とその家族が住居、硝子加工作業場、倉庫等に利用してきているのであって、控訴人には右現存建物を本件建物同様に改築する意図は当初からなかったのである。

したがって、本件建物が、堅固な建物に改築されたとしても、全借地の利用目的が変更されたと解する余地はなく、被控訴人は、借地法七条の異議を述べることによりその部分につき借地期間の延長を阻止すればよいのである。

(四) 本件土地使用の必要性について

控訴人は本件借地を居住および営業の用に供して、全体的に利用してきたもので現在この借地は控訴人とその家族にとって唯一の生活の本拠となっている。これに反し、被控訴人は、隣地および他所にも広大な土地を所有し、それを駐車場その他に利用して、経済的に安定した生活を維持しているのであって、被控訴人側に、本件土地明渡を求める必要性は全くない。

(五) 人的信頼関係について

控訴人は、本件建物建築に先立ち、被控訴人に対し、再三にわたり承諾を求めるべく交渉しているのであって、これに対し、被控訴人は承諾するごとき態度で応待し、明示の反対の意思表示がなかったため控訴人は承諾があったものと理解して着工したものである。

ところが昭和四六年五月上旬、すでに旧家屋の取りこわしを開始してから施工に対する異議が出たがそれは建築自体に対する異議ではなく建築を認めるかわりに借地の二分の一を無条件で返還せよというものであった。控訴人は、この申入れを拒絶したが、それはこの時点における被控訴人の申入れが、足許をみた過大な要求であったため控訴人にとって無理からぬことであった。

そして控訴人は被控訴人の建築中止の申入れに応じなかったが、それは、前述のように既に承諾があったと信じ、その前提で準備をすすめ着工した矢先突然中止の申入れを受け心外であったからである。控訴人からの宥和的な態度を拒否してそれを無視したのは、むしろ被控訴人であったのである。

したがって、着工後の中止をめぐって、当事者間に若干のトラブルがあったにせよ以上のような事実関係、ことに永年の友誼関係からすればこの間のトラブルをもって直ちに本件土地賃貸借契約解除を理由づける信頼関係の破壊とみるべきではない。

(六) その他の事情について

本件土地賃貸借契約には増改築禁止の特約はなく、かつ控訴人は、堅固な建物を無断で建築できないことを充分に知らなかったし、また本件土地は準防火地域に指定された区域内であり、本件土地に建築する場合には、木造建物でも本件建物と同様、屋根、外壁、軒裏を不燃材料の使用その他防火構造を義務づけられているのである。

三、かりに以上の主張が認められないとしても、本件土地全部につき賃貸借契約を解除するのは、権利の濫用であって無効である。

すなわち、本件土地は北側南側ともに道路に接しており、これを適宜分割して利用を認めることが容易であり、本件借地上の建物の配置からみてもその使用を一部に限定することも可能であるから解除権の行使にあたっては信頼関係が失われた限度においてその一部分の明渡を求めれば充分であり、その程度を越えて控訴人の生活基盤を一挙に失わしめる如きことは許さるべきではない。

(被控訴代理人)

右控訴人の主張は、すべて争う。

一、改築の承諾の有無について

(一) 本件建物は改築前約八六年を経過しており(本件不法改築のあった当時少なくとも約七一年を経過していた)朽廃の状況にあったから本件土地の賃貸借は終了の時期に至っていたのである。かような時期に建築後八〇年を経過した木造平家建家屋を重量鉄骨造二階建家屋に改築することを被控訴人が承諾していたとすれば増改築の承諾料の話し合いや地代増額の話し合いなどが当然なさるべきであるのに全くなされていない。

(二) 控訴人から増改築の承諾を求める働きかけがあったのは昭和四六年四月三〇日がはじめてのことで、その時控訴人の妻はるが被控訴人の留守宅に来訪して改築の意向を述べたので被控訴人の長男の妻久子がこれを被控訴人に伝え、翌日はるが再び来訪した際被控訴人から改築してはいけないと拒絶の意思を明確に表明してあり、異議がなかったなどということはない。またもし四月二八日に被控訴人が改築を承諾しているなら、四月三〇日に同月分の地代を提供したが受領を拒絶されたとして控訴人がこれを供託(甲第七号証)するなどのことはありえない。地代の受領を拒絶することがそれ自体既に明白な拒否の意思表示である。本件では控訴人の不法建築に抗議して一旦受領した四月分地代を五月末突き返したのである。また控訴人から昭和四五年一二月以降本件建物の改築計画やその図面を示されて相談を受けたようなことはなく、控訴人自身またはその子の源市が改築の件で被控訴人方を訪問したことは一度もない。したがって四月二八日に控訴人及び源市が被控訴人宅を訪れて被控訴人から改築の承諾を得たという主張が事実に反することは明らかである。また控訴人は二月半ば頃から四月中の某日被控訴人が控訴人方を訪ねたときに承諾をえたようにいうが、さような事実はなく、当審証人早瀬はる、同早瀬源市の各証言によっても被控訴人が「やりやすか」とか「そうか」と述べたというにとどまり被控訴人が改築を承諾したような具体的事実は何ら認められない。もし四月一五日頃被控訴人が控訴人に改築承諾を与えてあるなら、同月末に改めて早瀬はるが被控訴人方を訪ねて改築の話しを申出る事情も必要も存在しないし、その時受領した四月分地代を五月二四日の控訴人の建築着工を知って被控訴人が突き返すこともありえないのである。さらに控訴人に対し建築中止の申入れや賃貸借契約解除の意思表示をした被控訴人の六月一一日付と六月二一日付の二回にわたる内容証明郵便(甲第一、第二号証)に対し、もし控訴人が真に被控訴人の承諾を得てあるというならば、その旨の反論が口頭なり書面でなされるべきが当然と思われるのに、本訴に至るまで何らの回答もなかったことこそ不可解というべきである。

(三) 以上いずれの見地からしても被控訴人が控訴人の本件建物の改築について異議を述べなかったとか、認めるような応待をしたことはなく却って明確に改築の不可なることの意思表示をしているのであって被控訴人が本件建物の改築の承諾をしたことは全くない。

二、信頼関係について

(一) 用法違反の程度について

借地権はその借地上に堅固な建物の所有を目的とするかその他の建物の所有を目的とするかによって存続期間が区分されることからも明らかなように借地上の建物の種別によってその性質を大きく二分されており、通常(非堅固)建物所有を目的とする賃貸借において賃借人が堅固な建物を建てることはそのこと自体賃貸借契約の目的に大きく違反するものであり、地主の承諾をえない以上賃貸借当事者間の信頼関係を破壊することは明白である。しかして本件建物は既に朽廃に瀕していた従前の木造家屋を取りこわしてこれを重量鉄骨コンクリート陸屋根造二階建に改築したもので右が堅固な建物に該当することは明らかである。すなわち本件建物の基礎は鉄筋コンクリート独立基礎でこれが九基設置され各基礎は設計地盤より八五センチメートル掘下げ、その下に捨てコンクリート五センチメートル、その下に栗石地業一五センチメートル以上合計一〇五センチメートルの深さがありこの地盤耐力一平方メートル当り一〇トンは充分と思われ鉄筋コンクリート構造物の基礎としてもこの程度で充分である。また各基礎間を縦横につないで二五センチメートル×三五センチメートルの鉄筋コンクリート造の梁が設けてあり上部よりの曲げ荷量に耐えさせ各基礎間の一体化をはかり、底盤より四〇センチメートル×四〇センチメートルの柱状鉄筋コンクリート立上部を設け、その上に柱と電気溶接で一体としたベースプレート(板厚九ミリメートル)を四本のアンカーボルトで堅固に締めつけて上部構造と基礎を一体としている。次に躯体(柱、梁)についてみるに、柱、梁はすべて重量鉄骨で設計され(軽量鉄骨に比し鉄骨の肉厚が大きく雨水、湿気の被害が大きい柱脚部の防錆上非常に有利である)構造計算において常時荷重及び地震、風圧荷重が作用した時柱梁に生ずる力はおおむね材料の許容耐力の六五ないし七〇パーセント以下で構造余力は充分である。また柱と梁との接続方法は剛接合と称して工場で電気溶接により柱材と梁材が完全に一体になるよう加工されている。もっとも、運搬のため柱より約五五センチメートルの点で梁を現場接合しているがこの部分は使用鋼板の強度以上になるよう継手鉄板を設け高力ボルトで締めつけている。屋根については一階屋根(二階バルコニー部分)、二階屋根とも梁の上に軽量鉄骨の母屋を四五センチメートル間隔に取りつけ、キーストンプレート(角波形に加工した厚さ一・二ミリメートルの鉄板)を敷並べ、その上に豆砂利入モルタルを四ないし六センチメートル厚に打設し防水モルタルで仕上げ防水層をウレタン樹脂液を塗布することにより被膜を形成させる方法で施工してあって防水性は高い。また右豆砂利モルタルは通常コンクリートより小さい砂利を使ってあり材料組成上はコンクリートと同じである。しかして用いられた右柱、梁材は板厚五・五ないし一一ミリメートルの重量鉄骨H形鋼もしくは板厚二・三ミリメートルの軽量鉄骨C形鋼及びそれらの組合せである。以上のごとく通常建物か堅固な建物かの判断の基礎となる耐久性の点からしても本件建物が堅固な建物であることは疑う余地がなく、時に契約違反を回避する目的からなされたと見られ判例上非堅固な建物と認定される事例のあった鉄骨と木材とのつぎ合せ構造で全体として比較的解体が容易な建物の事例とはその趣きを異にするものである。

(二) 改築の事情について

控訴人主張の動機、目的から出た改築であったとしても通常建物所有の目的でなされた借地上に無断で堅固な建物の建築をなしえないことは言うまでもない。まして従前の建物はすでに八〇年を経過し柱は傾き使用に耐えない状況になっていたのであるからすでに本件土地の賃貸借は期間終了に達していたというべきである。しかるにこの時期に本件建物のような堅固な建物を建築したのは既に終了しようとしている賃貸借をこれによって殆んど永久の賃貸借関係に変更しようとするもので、その用法違反の程度は当事者間の信頼関係を破壊するものである。このことは後記の事情と相まって契約解除が本件建物敷地部分のみに限らず賃借地たる本件土地全部に及ぶ理由ともなるものである。なお控訴人主張の事情(家屋の老朽化に伴なう不便)があるからこそ本件改築がなされたもので本件建物は改築前後を通じ控訴人ら家族の生活の本拠となっていたのであるから、母屋である本件建物に炊事場、便所がないとしても、それは従たるもので母屋の改築が認容される限り従属建物の建築も認められる関係にあって控訴人の本件建物改築の違法性には何ら影響しない。

(三) 借地全体への影響について

控訴人は本件(改築)建物の敷地部分(六〇・四九平方メートル)は本件賃借土地の全体の面積(四二三・一四平方メートル)からすればその一四・二パーセントにすぎないのでこれによって契約違反の責任を解消しうる如く主張するが、本件土地の賃貸借契約は賃貸地全部を一括して控訴人一名の使用のためになされたものであって、この賃貸目的はこれを分割して異なった目的のための使用又は異なった使用者のための使用等に区別されるものでもない。賃貸借当事者間の継続的契約における信頼関係もこれを量的に区分されるものではない。従って本件契約解除の効力も本件土地の全体に一括して及び、決して違反改築にかかる本件建物の敷地部分のみに限定されるべきものではない。

(四) 本件土地使用の必要性について

契約違反者に土地使用の必要性があるからといってその違反が正当化される理由とはならない。

(五) 人的信頼関係について

1 控訴人のこの点に関する主張が事実に反することは既に述べた(一)とおりである。被控訴人が改築を認めるが如き態度で応待したこともなく、改築を承諾しなかったからこそ昭和四六年四月末日に一旦受領した四月分の地代を同年五月に入り突き返しそのために控訴人がこれを五月三一日受領拒否を事由に供託したものである。しかるに控訴人は被控訴人の再三の抗議にかかわらず違反建築を強行し、被控訴人において建築続行禁止の仮処分をえてこれを執行したのちにも建築を続行しこれを完成させているのである。このような事情において信頼関係の破壊がないとは到底なしえないところである。

2 控訴人との人的信頼関係は本件紛争以前にもすでに破壊し現在に及んでいる。即ち本件土地の地代は昭和三一年末当時一ヶ月一坪当り三円(一二八坪全体で年額四、六〇八円)の低額であったため被控訴人はその頃控訴人に対し翌昭和三二年一月からの賃料を一ヶ月一坪当り六〇円の割合に増額する旨の意思表示をした。昭和三二年当時被控訴人は二ヶ所の土地を他に賃貸しその地代は一ヶ所は一ヶ月一坪当り九〇円、他の一ヶ所は一ヶ月一坪当り六〇円であったから被控訴人の右地代増額の意思表示は決して不当なものではなかったが、これに対して控訴人は昭和三二年二月分以降昭和四〇年一一月分まで約九年間にわたり昭和三二年分は一ヶ月一坪当り三円、昭和三三年一月分以降は一ヶ月一坪当り四円の割合による地代を供託し続けたのみであった。そして控訴人の供託にかかる右地代は統制地代よりも低く(昭和四〇年についてみると一ヶ月一坪当り四円の地代は昭和三九年の統制地代同二〇円の五分の一である)被控訴人の他の賃貸事例に比して二〇分の一に当る低額であったが、そのまま経過し、右九年間の供託金は被控訴人において受領することなく、ついに時効となっている。その後控訴人もあまりの低額に反省したものか昭和四一年から一ヶ月一坪当り五〇円の割合による六、四〇〇円の地代を持参するようになり、被控訴人もやむなくこれを受領して本件紛争により控訴人が再び前記供託(甲第七号証)をなすに至るまでこの地代が継続してきたのである。しかし一ヶ月一坪当り五〇円の地代は既に二〇年前になる昭和三一年に被控訴人が増額を求めた同六〇円よりも低く、もとより本件紛争の起きた昭和四六年当時の地代としては法外の低額であって、このことは控訴人も承知しているとおりである。かように控訴人は常識を逸した人柄であり前記の本件違反建築を強行し仮処分後もこれを続行して完成させたことなどと共に被控訴人との信頼関係を著しく損なうものである。

(六) その他の事情について

増改築禁止の特約がないことは何ら用法違反の不法建築を正当化する理由にはならない。また準防火地域における防火構造は木造建築においてもなしうるところで鉄骨建築を認める理由となるものではない。

三、権利の乱用について

前記(二(三))のとおり、本件土地の賃貸借はその全体を一括して契約されているものであってその使用状況に区分があるわけでもなくそのような格別の約束も存在しない。控訴人は道路の位置や本件建物の配置状況を云々するが、かかる事情があるからといって違反建築のなされた土地につきこれを区分して明渡部分を限定すべき理由は全然存在しない。また控訴人の生活の基盤を一挙に失わせる結果となったとしても、叙上の控訴人の態度からすればまことにやむをえない次第で本件土地賃貸借契約の解除をその一部に限定する理由は何ら存しない。

第二、証拠関係《省略》

理由

一、当審における新たな証拠調の結果を加えて行なった当裁判所の判断によるも被控訴人の本訴請求は全部正当として認容すべきものであると考えるが、その理由は左記のほか原判決の理由記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

二、(補正)

原判決七枚目裏六行目の「甲第一〇号証、」の次に「甲第一四号証、甲第一五号証の一ないし四」を加え、同七行目の「同尋問」の前に「原審及び当審における」を加え、同「証人早瀬」の前に「原審及び当審(第一、二回)」を加え、同八行目の「源市」の次に「当審証人早瀬はる」を加え、同八行目から九行目にかけての「及び当裁判所の」を「並びに原審及び当審における」と改め、同八枚目表末行の「至ったこと」の次に「(もっとも現在本件建物二階にその後の工事により控訴人の孫(源市の子)のため勉強部屋が作ってあること)」を加え、同八枚目裏二行目の「標石」を「栗石」と改め、同九枚目表四行目の「証人早瀬源市の」を「前掲証人早瀬源市、同早瀬はるの各」と改め、同九枚目裏四行目の「劣ることなく」の次に「解体も容易でなく」を加え、同一〇枚目表三行目の末尾に「右認定に反する当審証人山田敏秋の証言は前掲甲第一四号証並びに原審及び当審における検証の結果に照らして措信しがたい。」を加え、同一〇枚目表一〇行目「民法第六一六条」の次に「第五九四条」を加え、同一〇枚目裏四行目から五行目にかけての「証人早瀬源市の」を「前掲証人早瀬源市、同早瀬はるの各」と改め、同七行目の「とする」を「とし、また後には四月半ば控訴人方と改める」と改め、同一〇行目の「同尋問」の前に「原審及び当審における」を加え、同末行目の「証人山田」の前に「原審」を加え、同一二枚目表末行目の「証人早瀬源市の」を「前掲証人早瀬源市、同早瀬はるの各」と改める。

三、(権利乱用の主張について)

(一)  叙上認定のとおり控訴人は借地上に存した従前の家屋の一部を取りこわし、地主たる被控訴人の承諾をえないでこれを主要部分が重量鉄骨構造の堅固な建物と認められる本件建物に改築したものであるが、そのこと自体賃貸借当事者間の信頼関係を損なう重大な非違行為というべきである。加えて右従前の家屋は右改築当時控訴人の自陳するところによれば建築後八六年そうでないとしても少なくも七〇年以上を経過し、前認定のとおりその耐用年数の限界に達していたとみられるものであるから、借地法二条一項にいわゆる朽廃の時期に至ったか少なくともこれに近接した時点にあったものというべきである。したがって、かような場合の改築について何らの対価ないしは交換条件を伴わないで、地主の承諾がたやすくえられることは多く考えがたいというべきところ、《証拠省略》によれば、右改築に際して承諾料の支払いないしは地代増額その他の話し合いは全くもたれていないばかりでなく、却って前認定のごとく控訴人は再三の被控訴人の工事中止の申し入れを無視して本件改築工事を強行したものであってその背信性は著しいといわざるをえない。本件土地の賃貸借は貸借当事者の先々代からの少なくとも七〇年以上にわたる長期間の関係が継続していたため借主たる控訴人においても本件土地の使用について安易な権利者意識が先行していた結果、堅固な建物を無断で建築しえないことを充分には知らず、本件改築工事時の紛争に当って前叙のような言動をとったものと推測されるけれども、これを法的にみるかぎり本件土地賃貸借契約の存続上の信頼関係を破壊するものとの評価を免れないものである。また本件建物の建築面積と従前の家屋の面積並びに本件建物の敷地面積と本件土地の面積との各比率、建築の事情、本件土地使用の必要性、その他の事情についてする控訴人の各主張は、たとえ主張のような事情が存したとしても、これをもって前記控訴人の無断改築を理由とする被控訴人の本件契約解除を無効ならしめるものとは認めがたい。

(二)  次に《証拠省略》を綜合すると本件土地の地代は昭和三一年末当時一ヶ月一坪当り三円の割合による低額であったため、被控訴人はその頃翌昭和三二年一月以降の地代を一ヶ月一坪当り六〇円に増額する旨の意思表示をなしたところ、右金額は当時の被控訴人の他の賃貸事例からすると決して過大な要求とも考えられないのに控訴人はこれを不服として応ぜず、従前の地代(一ヶ月一坪当り三円)のまま昭和三二年度分地代から供託をはじめ、昭和三三年度分以降一ヶ月一坪当り四円に増額供託したものの、右は当時の統制地代に前後する低額(昭和四〇年度分についてみると統制地代二〇円の五分の一にしかならない)であり、右供託は昭和四〇年度分地代まで続けられたが、ついに被控訴人においてこれを受領しないまま終ったこと、しかして翌昭和四一年度分地代から控訴人において一ヶ月一坪当り五〇円の割合による地代を提供するようになり以来同額の地代が授受されて現在に及んでいるが、これとても控訴人自身低額にすぎることを自覚しており、本件紛争のおきた昭和四六年六月現在の鑑定による適正地代三五一円に比較してその七分の一にしか当らないものであったことが認められ、かようなことから被控訴人の控訴人に対する不信感は高度に形成され、このような過去の紛争が尾をひき現在の両当事者の心理に影響を及ぼしていると推認される。

(三)  本件建物の敷地部分が本件土地の全体の面積に対してその約一四・三パーセントを占めるにすぎないこと及び本件土地上の本件建物以外の他の三棟の建物はそのまま存在していて本件土地の南北にそれぞれ公道が存在することからすれば物理的には本件土地を区分して本件建物の敷地部分のみを明渡すことも可能であるけれども、元来本件土地の賃貸借はその全体に及ぶものとして一体として契約されたものと認むべくこれを区分して使用するような格別の約定が存した形跡はないうえ、上来認定の諸般の事情を綜合すれば本件土地の賃貸借契約における両当事者間の信頼関係は全体として失われているものと解するほかない。また本件土地はその全体が一筆の土地として存在するものであって賃貸借当事者間の特約に基づくなど特段の事情のないのにこれを区分して権利関係の対象とすることも相当でない。

(四)  以上の次第で本件契約解除によって控訴人の本件土地に依拠してなしてきた生活の基盤が失われることになったとしてもまことにやむをえないところであり、被控訴人のなした本件土地全部についての解除権の行使が権利の乱用にあたるとの控訴人の主張は失当として採用することができない。

四、(結論)

よって被控訴人の請求を認容した原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 杉山忠雄 上本公康)

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