名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)181号 判決 1978年7月10日
控訴人
レオ・フランシス・ヒユー
被控訴人
宗教法人聖心布教会
右代表者
フランシス・クワーク
外二名
被控訴人
ブライアン・ジー・テーラー
右三名訴訟代理人
大脇保彦
外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴布教会が、本件仮差押申請事件の申請をし、右申請に基づき、名古屋地方裁判所により仮差押決定が発せられ、右決定に基づく執行のなされたことは当事者間に争いがない。
しかるところ、控訴人は、右仮差押決定は、申請人を控訴人主張の修道会「聖心布教会」としてなされたと主張し、右主張事実を本件仮差押が違法・不当のものであることの一事由の前提事実とするので、まず、この点について検討する。
なるほど、右事件の申請書記載の申請人の表示は「宗教法人聖心教会」であり、仮差押決定書の申請人の表示は、「聖心布教会」となつていることは、<証拠>によつて認められるが、<証拠>によれば、被控訴布教会の名称は「宗教法人」という文言の冠せられない「聖心布教会」であるから、右仮差押申請に基づいて発する仮差押決定書に記載する申請人の表示の方法として「宗教法人」という文言を冠することは必要不可欠ではなく、右文言の記載がなくとも宗教法人たる「聖心布教会」を表示したものではないということにはならない。そして、このことは、仮差押決定書の当事者目録が申請代理人があらかじめ用意したものを利用されたものであり、右目録中申請人の表示として当初記載されていた「宗教法人」という文言が二条の棒線で抹消され、決定した裁判官によつて訂正印が押捺されていても、別異に解すべきものではないのである。また、仮差押申請事件の記録上他に控訴人主張のように非法人たる聖心布教会を表示したものと解すべき余地は全くないのである。したがつて、被控訴布教会との間において控訴人仮差押の本案訴訟や異議訴訟において勝訴の判決を得てもその実効が得られない虞があるなどとは考えられない。
この点に関する控訴人の主張は採用できない。
附言するに、もし、右の控訴人の主張のように非法人たる修道会を指称するものと解しなければならないならば、本件仮差押決定の執行をした者は修道会「聖心布教会」であるということになるのであるから、被控訴布教会が右仮差押決定の執行をしたことを前提として損害賠償を請求する権利があるという主張はこれと矛盾する主張といわざるを得ないのである。
二本件仮差押が被控訴人ら主張の貸金債権保全のためとしてなされたものであることは当事者間に争いのないところ、控訴人は右債権は不存在であり、かつ保全の必要性もないというので、次にこの点について検討する。
<証拠>を綜合すると次の事実を認めることができる。
控訴人はオーストラリア人であつて、昭和一八年頃、ローマに総本部があり世界各地に地区本部をもつ修道会「聖心布教会」の会員となつたが、その後昭和二四年頃カトリツク司祭となり、いわゆる終身誓願者となつて昭和二七年頃来日し、オーストラリア地区に所属する日本管区修道会の会員となり、右修道会を実体として宗教法人令(後には宗教法人法)に基づく法人格を取得した被控訴布教会の会員となつた。
控訴人は単式誓願により貞潔・清貧・従順の三誓願をしたものであるが、修道会を規律するカノン法及び聖心教会典範によれば、単式誓願による清貧の誓願立願者は財産の基本的所有権及び財産を取得する資格は失うものではないが、財産管理、使用収益の委譲は退会によつてその効力を失うものとされている。
被控訴布教会は控訴人に対し昭和四七年二月八日頃控訴人の母の要請により控訴人に金八〇〇万円を交付し、控訴人は将来これを返還することを約し、右金員をもつて本件土地及び地上の建物を自己名義をもつて買受けた。
ところが、控訴人は、これよりさき、昭和四六年頃訴外山本美代子と肉体関係をもつて同女を妊娠させたり、昭和四三、四年頃にはオーストラリアに上長者の許可なく旅行したほか、前記の土地・建物の自己名義による取得についても上長者の許可を得ることなく、同様上長者の許可なくして株式の売買をするような行為があり、さらに被控訴人テーラーを殺人罪で告訴しようとしたため、控訴人の上長者であるオーストラリア地区総長マクマーンは昭和四七年三月一一日来日し、被控訴人バークらとともに交々控訴人に対しオーストラリアに帰国するよう説得したが、控訴人はこれに応ぜず、同月二一日に帰国するよう命ぜられてもこれを拒否した。そこで、マクマーンは、日本管区役員会議に諮つたうえ、控訴人をカノン法六五三条、聖心布教会典範一五六条により修道会「聖心布教会」から除名する旨決定し同月二三日その旨を控訴人に通知し、同時に被控訴布教会にあつてもその会員名簿から控訴人は削除され、除名となつた。そして修道会の右除名は右各法条により使徒座(修道者聖省)の裁定に付され昭和四七年四月一四日付で右退会処置が確認決定された。
しかるに、控訴人は被控訴布教会の会員たる資格の喪失を争い、本件土地及び地上の建物もこれを売却しようとしている。
以上の事実が認められ、<る。>
右認定事実によれば、被控訴布教会は、所属会員でカノン法及び修道会聖心布教会典範による清貧の誓願の立願者たる控訴人に対し、被控訴人ら主張のとおり、期限を定めず金八〇〇万円を貸付けたものとみるべきであるが、控訴人が清貧の誓願により財産の管理及び使用収益に関する制約を受けている間は、特段の事情のない限り、被控訴人布教会において右貸金の返還は求めない趣旨で貸付けがなされたものと解するのが相当であり、本件全立証によるも右特段の事情は認められない。しかるところ、控訴人は前述のとおり、修道会聖心布教会から除名され(右除外が無効であるとの主張はなく、本件全立証によるもカノン法上無効とされるべき事由は認められない)、財商の管理及び側用・収益に関する制約は失われたのであるから、控訴人は被控訴布教会に対し右貸金を即時返還する義務を負うに至つたとみるべきである。
しかして前認定の事実によれば、控訴人は被控訴布教会より借受けた右金八〇〇万円をもつて取得した本件不動産を売却処分しようとしているのであるから、被控訴布教会において右貸金返還請求権保全のために本件仮差押をする必要性もまた存在するものといわねばならない。
しかるところ、控訴人は、修道会聖心布教会のなした前記除名処分の急速なる執行のためにのみ本件仮差押がなされた旨の主張をし、昭和四七年八月二〇日付ヨゼフ・バークの報告書を援用するが、右報告書は右貸金返還請求をなし得べき時期の到来をいうだけであり、他に控訴人の右主張事実を認めるに足る証拠はない。
なお、控訴人は、修道会聖心布教会のとつた前記除名の措置に対してはカノン法一八九四条に基づき「無効不服申立」をしたから、右除名は同法二二四三条によりその執行は停止せられているというけれども、右法条は不服申立により除名処分の執行の停止されることを規定したものではないから、控訴人の右主張は理由がなく、また、控訴人が名古屋地方裁判所に被控訴布教会を相手方としてその会員たる地位保有の訴を提起したからといつて、カノン法一五五三条が適用され右事件の本案判決確定に至るまで右除名の執行が停止され、控訴人が貸金返還の責任を免れることにはならないものと解すべきである。
三次に控訴人は本件仮差押は訴外ブライソンの控訴人に対する復襲を目的としたもので裁判所制度を乱用した違法のものであるという。
しかし、本件仮差押は前述のとおり被保全債権の存在及び保全の必要性が認められるのであつて、それにも拘らず右ブライソンが控訴人に対し復襲の念をもち被控訴人ヨゼフ・バーク、同テーラーがこれに同調して控訴人主張の如く右復襲を目的として本件仮差押をなしたものと認むるに足る証拠は存在しない。
控訴人はさらに、被控訴布教会が本案訴訟を追行する意思はなく、控訴人を苦しめるためにのみ本件仮差押をしているというけれども、右本案訴訟の経過が控訴人主張のとおりであることから、直ちに控訴人の主張を是認できない。
四控訴人はさらに、本件仮差押事件の申請人と仮差押決定表示の申請人とが異ることを前提として、本件仮差押が正当な手続によらないものであると主張し、本件仮差押の違法をもいうけれども、右前提の認められないことは前記一において説示したとおりであるから、控訴人のこの点の主張も採用できない。
五以上の次第で控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。<後略>
(綿引末男 白川芳澄 高橋爽一郎)