名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)35号 中間判決 1977年5月17日
控訴人 甲野花子
被控訴人 乙山太郎 〔人名仮名〕
主文
本件控訴は適法である。
事実
一、控訴代理人は本件控訴の適否について主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を却下するとの判決を求めその理由として本件控訴は、第一審判決確定(控訴人に対する該判決正本の送達は昭和五〇年七月一日公示送達によつてなされ、同判決は同月一六日確定)後になされたものであり、控訴期間経過後の控訴提起であるから却下を求めると述べた。
二、控訴人の主張
(一) 控訴人は、夫である被控訴人との夫婦仲がわるく、昭和四八年一二月二九日、被控訴人から言われるままに家を出て、名古屋市○○区△△町三丁目××番地、控訴人の弟甲野二郎経営の株式会社○○不動産の建物内に居住し、同会社の事務員として働いていたが、昭和四九年七月二一日からは同市○○区△△町三丁目×番地△△ビルに転居した。そして昭和五〇年一二月中旬頃、名古屋家庭裁判所に被控訴人を相手方として夫婦円満調停の申立をなし、昭和五一年一月二〇日、同裁判所に出頭したところ、調停委員から知らされて始めて、本件第一審判決言渡を知つたのである。
(二) 被控訴人は、控訴人が家出してからも、右甲野二郎とは、親しく交際しており、同人に聞けば控訴人の所在は容易に判明したし、控訴人の親、兄弟も控訴人の所在を承知していたのであるから、同人らに聞けば同じように控訴人の所在を知り得た筈であつた。殊に昭和五〇年正月に控訴人の兄甲野一郎から控訴人がいるから来ないかと呼びかけたところ、会いたくないから後日行くといつて、正月三日頃甲野一郎の家に子供を連れて正月の挨拶に来ているのであつてこの際にも右甲野一郎に聞いて、控訴人の住所を知りうる機会があつたのである。
(三)(1) 被控訴人は控訴人が家出してから六か月後にこれまでの居宅とその敷地を売却処分して、名古屋市○区△△町二丁目××番地に転居しており、訴状に控訴人の最後の住所として記載した同市○○区△△町一丁目××番地に控訴人が居住していないことは当然知つていた。
(2) 名古屋地方裁判所からの控訴人所在調査嘱託により調査を担当した警察官が、訴状記載の最後の住所地へ調査に行つた際、被控訴人は、控訴人の兄甲野一郎に尋ねれば、控訴人の所在が判明することを承知しながら故意に担当警察官をどなりちらして帰らせた。
(四) また右警察官の調査も不充分であつた。すなわち警察官は、名古屋市○○区役所市民課で調査したのみで、控訴人は、昭和四九年二月頃、同区役所外国人登録係に、名古屋市○○区△△町三丁目××番地へ住所移転届出をなしており、その名前からして明らかに韓国人であることがわかるにも拘らず、外国人登録係を調査していない。また被控訴人の訴訟代理人も弁護士法の規定に基づく照会をしなかつた。
(五) 以上のように被控訴人は控訴人の所在を知り得たにも拘らず、故意に調査をしないで、控訴人の住所を不明であるとして原審裁判所に公示送達の申立をした結果本件訴状、その他の書類及び判決が公示送達でなされたものであり、控訴人としては過失なくして本件判決の送達を知らなかつたために、本件控訴期間を遵守できなかつたものである。右遵守できなかつたことについて控訴人の責に帰しえない事由があつたものとして民訴法一五九条により控訴の追完が許されるべきであり本件控訴は適法である。
三、被控訴人の答弁と主張
(一) 控訴人の主張(一)の家出をしたこと(但し家出の日時は争う)、控訴人の兄甲野一郎が名古屋市○○区△△町四丁目××番地に居住し、弟甲野二郎が同市○○区△△町三丁目××番地の三で株式会社△△不動産を経営し、居住していること、控訴人が昭和五〇年一二月中旬頃名古屋家庭裁判所にその主張のような夫婦円満調停の申立をなし、その調停期日に控訴人が同裁判所に出頭したこと、同(三)(1) の事実及び同(三)(2) の調査担当の警察官が、控訴人主張の住所に来て、調査したことは、いずれも認めるが、その余のことは争う。
(二) 被控訴人としては控訴人の突然の家出のため子供を抱えて困惑し、同人を呼戻すため、昭和四九年の正月に、控訴人の実家である甲野二郎宅へ行つたが同人不在のためその妻に、控訴人が戻るよう懇請し、その住所を尋ねたが不明であつた。同年三月にも右実家を訪ね住所を尋ねたが不明であつた。さらに、被控訴人の姉妹、丙山月子、丁川雪子を通じて、電話で控訴人の実家や、控訴人の実弟の戊野三郎に昭和四九年二月と三月に各二回計四回、控訴人の所在を尋ねたが不明であつた。また同じように右月子、雪子等から電話で前記甲野一郎、甲野二郎に控訴人の所在がわかり次第連絡してくれるように依頼しておいたが、何んの連絡もなかつた。そこで、被控訴人は、やむなく離婚を決意して、本訴を提起したのである。
(三) 控訴人は家出の際、被控訴人名義の電話加入権を、弟甲野二郎に売却しているが、この点からみても、控訴人と甲野兄弟らは共謀して、控訴人の所在を隠ぺいしていたものである。
(四) 昭和五〇年一〇月頃甲野一郎の妻は被控訴人宅に来て、被控訴人が再婚した妻と会つており、また同年一一月頃、控訴人も子供等と会つて、被控訴人が再婚したことを聞いているのである。
なお、外国人登録簿の住所欄には、控訴人のいうような届出はされていない。
四、証拠<省略>
理由
一、本件記録によれば、本件控訴提起に至るまでの経過は次のとおりであることが認められる。
昭和五〇年二月一九日、被控訴人(原告)から控訴人(被告)に対し、名古屋地方裁判所昭和五〇年(タ)第二七号離婚訴訟提起
同日 控訴人の居所不明のため、同人に対する公示送達申立
同年三月四日 同裁判所は、○○警察署に対し、控訴人の所在調査嘱託
同年三月二八日 同警察署長から転居先住所不明の旨回答
同日 公示送達許可命令
同年六月三〇日 被控訴人と控訴人は離婚する旨の判決言渡
同年七月一日 右判決正本公示送達の方法により送達
昭和五一年一月二一日 控訴人は同裁判所で、判決正本受領
同年一月二六日 訴訟行為の追完としての控訴提起
したがつて控訴人に対する本件第一審判決は昭和五〇年七月一六日形式的に確定し本件控訴提起は控訴期間経過後になされたことが明らかである。
二、そこで控訴人が本件控訴期間を遵守できなかつたことについて、同人の責に帰すことのできない事由があつたかどうかを検討する。
(一) 公文書であるから真正に成立したものと認められる乙第一号証、当審証人丙山月子、同丁川雪子の証言の各一部、同己野春子、同甲野一郎の各証言並びに当審における当事者双方本人尋問の結果(被控訴本人尋問の結果については、その一部)に弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められ、右証人丙山月子、同丁川雪子の各証言並びに被控訴本人の供述中、右認定に抵触する部分は措信し難い。
(1) 控訴人は夫である被控訴人との夫婦仲がわるく被控訴人から出ていくように言われたため昭和四八年一二月下旬頃、同人の許から家出し、最初一か月位の間は名古屋市内に住む友人宅に居たが、昭和四九年一月初旬から同年八月一杯までは弟の甲野二郎の経営する名古屋市○○区△△町三の××所在の△△不動産に事務員として勤め、同年九月から翌五〇年三月二二日までは、甲野二郎の経営する喫茶店(名古屋市○区△△町所在、店名○○○)に勤務し、本件離婚訴訟の提起された同年二月一九日頃はその住所である名古屋市○○区△△町三丁目×番地の△△ビルから右喫茶店に通勤していたものである。そして控訴人は、前記△△不動産に勤めるようになつてから△△不動産の所在地を勤務場として名古屋市○○区長宛に届出て、控訴人の外国人登録証明書にその旨の記載を受けた。
(2) 昭和四九年正月に控訴人の兄甲野一郎から被控訴人に対して、控訴人がいるから来ないかと電話で連絡をしたが、被控訴人は来なかつた。また昭和五〇年の正月にも被控訴人が子供を連れて甲野一郎宅に来たことがあり、その際右甲野一郎が控訴人から預つていた金品を右子供らに与えたことがあつたが、その時に甲野一郎から被控訴人に対して控訴人は弟の店で手伝つている旨を話しており、また甲野一郎の妻も被控訴人宅を訪れた際に同人の姉から控訴人は子供を置いたまま家出をして困つたものだと苦情を言われたので、控訴人の所在につき、右甲野一郎が被控訴人に言つたと同旨のことを話したことがあつた。
(3) 控訴人は昭和四九年暮頃、被控訴人が名古屋市○○区△△町一の××に居住していたときに、子供に再三にわたつて電話をしており、その頃右自宅に子供の服を持つていつてやつたこともあり、また子供に会いたくて、子供が通学している学校に尋ねて行つたところ、被控訴人から差止められていると同校の先生に言われて、子供と面接ができなかつたことがあつた。
(4) 被控訴人ら夫婦は折合いがわるかつたが、被控訴人は当審において控訴人が家出をした当時は全く離婚する意思はなかつたと供述しており、控訴人も子供の幸福のことも考え、夫婦間の紛争をやめて、その間の円満な調整をはかるべく、昭和五〇年一二月中旬頃、名古屋家庭裁判所に被控訴人を相手方として夫婦円満調整の申立をなし、第一回調停期日の昭和五一年一月二〇日に同裁判所に出頭したのであるが、その際に、調停委員から、すでに本件第一審判決(昭和五〇年(タ)第二七号離婚請求事件)の言渡しがなされていることを聞き翌二一日名古屋地方裁判所に出頭し調査の結果、はじめて控訴人の住居所が不明だとして公示送達の方法により控訴人不知の間に右判決の送達がされていたことを知つたものである。
(二) 以上認定の事実によれば、控訴人らは、かねて夫婦仲が悪く、被控訴人から出て行くように言われたために控訴人としては、一旦別居したものの、子供達の幸福なども考えて夫婦間の円満調整をはかり、夫婦の仲が旧に復することを希望していたことが窺われ、被控訴人から離婚の訴を提起され、不日、当該訴訟による離婚判決を受けるなどということは予想していなかつたものと判断することができるから、控訴人は過失なくして、本件判決の送達を知らなかつたものであり、控訴人が本件控訴期間を遵守できなかつたことについて同人の責に帰すことのできない事由があつたものというべきであり、一方被控訴人としては、提訴するに際し、控訴人の兄弟である甲野一郎、甲野二郎について確認すれば、容易に控訴人の所在は判明し得たものと認められるし、甲野一郎からは、控訴人が弟の甲野二郎のところに勤務していることを聞いており、控訴人の住居所を確認する手がかりはあつたものであるから、公示送達の申立をするにつき故意少なくとも重大な過失があつたものというべきである。そうとすれば両当事者間の公平の観念からしても控訴人に対し控訴の追完を許すのが相当と考える。
もつとも控訴人は家出の際、被控訴人名義の電話加入権を弟甲野二郎に売却したことは当審における当事者双方本人尋問の結果により認められるけれども、かかる事実があつたからといつて、直ちに被控訴人主張のように控訴人と甲野兄弟らが共謀して控訴人の所在を隠ぺいしたと推認することはできない。また甲野一郎の妻が、昭和五〇年一〇月頃、控訴人が同年一一月頃、被控訴人が再婚したことを知つていたことは、本件全証拠に照らしてみても、認めることはできない。
三、かくして、控訴人は本件第一審判決の公示送達による送達を受けたことを知つた昭和五一年一月二一日から一週間以内の同月二六日に控訴の提起をしたのであるから本件控訴は適法である。よつて民訴法一八四条により主文のとおり中間判決する。
(裁判官 丸山武夫 林倫正 杉山忠雄)